誰の言葉も、私の心には染みてくれなかった。 みんなが私を元気づけてくれようとしてるのは、分かっていた。 頭で理解することは出来た。それに応えたいとも思った。 けれど、私のからっぽな心には、何もかもただ響くだけ。 響いたそれが大きく広がって、それで、いつの間にか消えてしまう。 あとには何も、残らない。 それなのに、なぜ? どうして、あのひとの言葉は。 「ねえ、のことを必要だって言う人間がここにいるんだ、はいらなくなんかない」 響いて、大きく広がって。 ひろがって、ひろがって、残していく。 私のからっぽなはずの心に、確かなぬくもりを、のこしていく。 トリップチュア! カーテンから薄く漏れる光に、俺は目を覚ました。昔から朝は苦手だけど、なんだろう、いつもよりずっと、だるい。はああ、とあくびをしかけて、はたと気づく。……え、な、んか、あの、……お、んなのこ……? ……えっ?! 女の子?! なんでおれ抱きしめてんの!? なにこれ!? え?! 「ちょっ、なん?! ……あ、」慌てて離れようとした時、俺の腕の中で眠る女の子が、俺のTシャツの襟元をきゅっと掴んだ。……あぁ、そうだ、おれ、彼女を預かるって決めて……、なに寝ぼけてんだ、おれ。いや、でもフツー女の子拾うとかさ、ないじゃん。おれの反応がふつーだって。そうそう。今までもっとフツーじゃない体験してきたくせに、とかそういうことは全く思わないからねおれ。そこまでぐるぐる言い訳しながら、そういえば今の驚きの声で彼女が目を覚ましたんじゃ……? と思いつく。あんまりびっくりしたせいで、何も考えずにただただ声をあげてしまったので、こうして至近距離で眠っている彼女からしたら、とてもすやすや安心して眠っていられる音量の雑音ではなかったと思うのだけど。ふと視線を落とすと、長い睫毛がきれいに伏せっている。ちいさな寝息も聞こえるし、どうやら起こしてしまってはないようだ。さっき俺のTシャツを握った時、無理に距離をとらなくてよかった。安心して寝入っている様子に、俺は心底ほっとして、それからの髪をそっと梳き始めた。信じられないような体験をして、昨日の今日だもんな。疲れてるだろう。……それに、あんなことだってあったんだ。眠れない、なんてことにならなくてよかった。髪を梳く俺の指先がうっかり耳元に触れると、の身体がちいさく震えるように動く。眠ってても、くすぐったいんだな。その様子がかわいくて、わざと耳にかかる髪を指先であそぶ。 「……ん、」 「! ……あ、」 「……、ん……、つ、なよ、し?」 俺の指のくすぐったさに加えて、カーテンからの朝日で完璧に目を覚ましてしまったらしいは、むくりと上半身を起こすと、ぼんやり俺を見つめて数秒、あまい声で俺の名前を呼んだ。……ちくしょう、やべえかわいい。朝からこれきついよなぁ……。と思ってすぐ、爽やかな朝に相応しくない下劣な俺の煩悩を振り払うため、両頬をひっぱたく。それにがびくりと震え、俺の様子を窺うように上目遣いにこちらを見る。、俺はね、昨日言った通り、きみを傷つけるやつは誰であろうと許さない。もちろん、俺自身であってもだ。っていうか正直今俺がいちばん怪しいんじゃないかと思うんですよね、ええ、正直言って。俺も健全な男子だから、そういう事情とかあるわけでね。……うわ、俺あんだけ自分で面倒みるとか父親になるとか幸せにするとかえらそうなこと言っといて……一日目で早速? 早速限界感じてんの? ……俺の使命はを愛し、守り、そして慈しんで幸せにすることだろ?! しっかりしろよ沢田綱吉!! 「、へ?」 「……あかく、なってる」 「え、あ、ほんと、に?」 「、ん。……いたく、ない?」 いたくないよ、もう痛くない! っていうか煩悩打ち払う為のビンタで何役得してんだよ俺……。のこのなんの邪気もない純粋な瞳をみろよ、もう申し訳なくって申し訳なくって……!! ……でも、口元がだらしなく緩んでしまうのは、仕方ないよな。真っ白なちいさい右手が、未だ少しだけ熱をもつ俺の左頬に、やさしく触れる。体温の低いその手は、ひどく心地いい。思わずその手に自分の手を重ねる。すると、もう片方の手も、俺のもう一方の頬をさっと押さえた。そしてまた、俺も手を重ねる。俺の手とは、大きさもつくりも違う。俺の大きいだけの骨ばった手と違って、の手は、やわらかくて、ちいさくて。でも、俺をすっぽり包み込んでくれるような手だ。手のひらの温度はそう高くないのに、彼女の触れたところから、心があたたまっていくような気がする。こんなに優しい気持ちで迎える朝が、今までにあっただろうか。、君は自分がいらないなんて言ったけど、やっぱりそんなことはありえないんだよ。だって俺、今こんなにも満たされてる。君のてのひらが持つ特別な温度に、自分でも気づいていなかった穴が、埋められていくようだ。必要のない命なんて、あるわけがないんだよ。仮に、もし君が言うようにそんな悲しい命があったとして、それは、君のものじゃない。それだけは、どうか分かって欲しい。 「、つなよし、へいき?」 「……うん、平気だよ。ありがとう、」 遠慮がちに彷徨う視線を捕まえて返事をすると、右のてのひらに唇を落とす。それから、名残惜しいけれど、両の手をゆっくりと手放した。ああ、学校行きたくない。昔から学校は好きじゃなかったけれど、なんだかんだで獄寺君や山本とつるむようになってから、学校は楽しかった。高校生になった今では、別の煩わしさで登校拒否したくなる時もある。が、今日はその比じゃない。昨日の今日で、をうちに一人残しておくのが不安で仕方ない。もちろん、母さんにの様子を注意深く見ていて欲しいとよく頼むつもりだし、リボーンだって面倒を見てくれると思う。なんだったら、ビアンキに来てもらうのだっていいかもしれない。けど、いくら安心出来る環境に彼女を置いたとして、俺の不安はきっといつまでも拭えはしないだろう。の面倒は俺がみる。彼女を絶対に幸せにする。そう誓った。俺は、何から何まで彼女のことが分かっていなければ、ずっと不安なのだ。……母さんに事情を説明して、今日は学校サボっちゃおうかな。 「おいダメツナ」 「っ! お、まえ、急に声かけんのやめろよ! つーかどっから入ってきてんだよ!」 「窓だ。見て分かんねーのかダメダメ野郎。、気分はどうだ?」 朝っぱらからなんなんだよこいつ! せめてドアから入ってくればよかったものを、なぜ窓から……。ま、そんなこと非常識の具体例みたいなこいつに言ったって仕方ないというのは、それこそ今までの経験という名の具体例によって十分理解しているので今更そんなつまらないことは口にしない。はあ、と一日の始まりに早くも溜息を吐く俺の隣で、リボーンの問いかけに困ったような顔をする。俺を見上げて、それから俯いた。たぶん、なんて返事したらいいのか分からないんだろうな。付き合い長い俺でも、リボーンの考えてることはいまいちよく分からないんだ、にしてみたらいまいちどころか理解不能の領域と言ったっていいだろう。気持ちや体の具合を聞いてると素直に解釈していいのか、それとも何か裏のある質問なのか。……こいつの場合、後者の確率が圧倒的に高いっていうのがなんともね! 俺も下手に間に入れない。しかしやはり、リボーンというのは常人には到底理解出来ない人間だったようで。 「、」 「今日はいい天気だからな、あとで散歩にでも行くか?」 「、(こくり、)」 「いい返事だ」 なんだよそれ、緊張した俺がバカみたいじゃないか……! と思いつつ、でもまぁいいか、にもいい気分転換になるだろうし、何よりリボーンからそう声をかけたってことが重要だ。こいつのことだ、どうせ昨晩のことだって全部知ってるに決まってるんだから。俺はを守ると決めたけど、どうしても俺だけじゃどうにもならないことがあるというのは分かっている。リボーンはむちゃくちゃなやつだけど、なんだかんだいって俺はこいつに頼ってるし、信頼してる――って別に今そういう話関係なくない? っていうかなんで俺リボーン褒めてんの? ……自分でそうしたのは分かってるんだけど……なんか納得いかない。っていうか自分で分かってるとこで更に納得いかない! 「おいダメツナ」 「……なんだよ」 「さっさと準備しろ。が朝飯食えねーだろ」 「あ、そっか。……っていうかさ、リボーン」 「だめだぞ。は今日オレと散歩してママンと買い物行くって予定あるからな。お前にかまってるヒマねえ」 ……やっぱだめか。 っていうか俺もと散歩したい! 買い物したい! ……ま、今日の買い物は何買うか大体予想つくし、俺がいるわけにはいかないと思うけどさ。 ………くっそう、 |