綺麗な顔をした男の子が、不機嫌そうに表情を歪めている。
あたしははっとして、彼の腕を掴んだ。
「受け止めてくれてありがとう、それからごめんなさいね、少年。
ゆっくりお礼をしたいところだけど、今ちょっと忙しいの。
助けてもらって悪いけど、もう行くわね」
早口に言うあたしの顔を見て、少年は溜息を吐いた。
「厄介事は嫌いだけど、僕の土地を荒らされるのはもっと嫌いなんだ。
仕方ないから、あともう少しだけ面倒見てあげるよ」
あたしが口を開こうとした時、イタリア語で怒鳴る男の声が飛んできた。
Love Sick!
Medicine8:少年道案内!
「Un donna!Aspetti!」―――女!待ちやがれ!
「Io non lo fallisco!」―――逃がさねーぞ!
ざわめく人並みの中を、少年に手を引かれて走る。
ちらっと後ろを振り返れば、トラダートの二人組みがかなりのスピードで追ってくるのが見えた。
さすが、過激派を名乗るだけあって、それなりの力があるファミリーがいるようね。
飛び降りる前に捕まらなくてよかった。(もしもあの時、と思うと背筋が凍る)
けど、今捕まってしまったら同じことだ。
ぐっと唇を噛みしめる。(どうにか、逃げ切らなければ)
決意を固めたあたしに、ねえ、と少年が声をかけてきた。(そうだ、そういえば!)
この少年、彼をいつまでも連れ回すわけにはいかない!
無事に逃がしてあげなくちゃ、無関係の心優しい少年をこれ以上危険な鬼ごっこに付き合わせるなんて出来っこない。
ああ、それにしてもなんて不運なんだろう、この子!
ビルから落っこちてくる人を受け止めちゃうなんて、フィクションでしかありえないことを……!
いや、ある意味幸運なのかしら、そんな非現実的な経験、したいと思っても出来ないし……。
でも命を危険に晒(さら)してまでしたい経験ではないもの!
「あなた、一体何をしでかしたの?ヤツら、普通じゃない」
もし、もし怪我をさせてしまったらどうしよう、ご両親にはなんてお詫びしたら!
そんなことを考えていたあたしは、少年の言葉に思わず目を見開いた。(……は?)
何か言おうにも、何を言えばいいのか分からず、ぽかんと口を開けていると、人通りの少ない道へ出た。
「逃げ回っても仕方ないからね。さて、どうしようかな」
にやりと笑って、少年はどこからかトンファーを取り出した。
妙な緊張を生み出す少年の存在感に、ごくりと唾液を飲み込む。
展開に、頭が追いつかない。
この少年は一体何を、いや、この少年は、一体。
「Una compensazione via il ragazzo!」―――どけ小僧!
「Io L'assassino a meno che io lo faccio rapidamente!!」―――さっさとしねーとぶっ殺すぞ!!
ばたばたと、トラダートの二人はすぐに顔を出した。
顔を真っ赤にして、完全に怒り爆発な様子だ。
既に、一人や二人殺しているんじゃないかという程の殺気を放っている。
あっちは銃を持ってるわけだし、ヘタに挑発したらマズイ。
ここは冷静に対処しなくちゃ、あたしだけじゃなくこの少年の命まで危ない。(あたしはともかく、少年だけは、死なせれない)
「Lui(彼は)「何語か知らないけど、暴言であることは分かったよ。どういう事情かなんて関係ない」
関係ないわ、と続くはずだったあたしの言葉を遮ったのは、彼、少年だった。
さぁっと、血の気が引いていく。(ま、マズイ、)
「……ガキ、てめぇ死にてーらしいな」
「死にたいのはそっちだろ」
「何ぃ!?」
「とにかく、咬み殺す」
次の瞬間、少年が信じられないようなスピードで動いた。
マフィアならまぁ分かるけど、学生ではまず、ありえない。
血気盛ん、やんちゃ盛りのお年頃にしても、ケンカばかりの毎日、というようなタイプには見えないし。
むしろ正反対のタイプだろうと思う。
線の細い、きれいな顔立ちをしていて、そう、トンファーなんて持ち歩いてるようには決して、
「ぐっ、」
「一匹」
派手な音を立てて、男の一人、ルソンと呼ばれていた男が、あたしの足元まで飛んできた。
「ルソン!ちっ、ガキ、てめぇドコのモンだ……!」
「僕はどこにも属さない。群れるのは、嫌いだ」
そう言い放って、少年は男の背後に回った。
……人は見た目で判断しちゃいけないって、こういう時に使うのね。
考える必要もなく、どう見たってこの子はフツーじゃない。
ちょっとケンカの強い子、というのも違う。
彼の、あの眼は、
「ヒマつぶしにもならなかったよ」
「なっ!テメ、がはっ……!」
「……二匹」
獲物を狩る、肉食動物の眼だ。(見つめられるだけで、ぞくりとするような、)
少年の言葉と、男が倒れる音の後は、なんの音もなかった。
そしてあたしははっとして、まず何を言おうかと頭の中を整理し始める。(少年の正体か、それとも、)
「で、あなたは一体なんなの?」
「え?」
「こんな連中に追われるようなことを、してるのかい?」
ぞくりと、背筋が冷たく震えた。
鋭い眼光から、何かを探るような気配がする。
こういう眼をする人間を、あたしはたくさん、知っている。(これは、)
「、あなた、一体どこのファミリーの人間なの……?」
「さっきも言っただろ。僕はどこにも属さな―――――、あなた、赤ん坊の知り合いかい?」
さぁっと、風が吹いた。
なんとなく張り詰めた空気が、あたし達の周りだけに広がった。
「赤ん坊?」
「最近よく耳にするんだよね、「ファミリー」って」
「―――――もしかして、ボンゴレを知ってるの?」
「沢田綱吉を中心とした群れが、そんなようなことを言ってたね」
10代目を知ってるということは、こちら側の人間じゃない!(まぁ、あんな殺気の持ち主が一般人なわけないか)
ということは、少年が言う赤ん坊っていうのは、リボーンさんのことね。
憶測で物は言えないと思ったけど、ビンゴ!
この少年には不幸でしかないかもしれないけど、あたしにしたらこんなラッキーなことってないわ!
「少年、ここから沢田綱吉さんの所へ行くのには、どう行けばいいのかしら?」
「ふぅん、あなた、やっぱり赤ん坊の知り合いなんだ。……なら、僕が連れてってあげるよ」
「あら、本当に?でも、もうこんな時間だし……、行き方を教えてくれれば充分だわ」
「それは困るよ。ビルから落ちてきたあなたを受け止めてあげたのは僕だ。
命を助けてあげたんだから、それなりのお礼はもらわないとね」
驚いた。
……でも、なかなか面白い子だわ。
ふと持ち上がる口端はそのまま、あたしは少年に手を差し出した。
「それもそうね。じゃあ、お願いするわ、少年」
***
次はディーノさんサイドです!
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