ディーノと別れた後、必要なものだけを持って、夜の街へ飛び出した。
懐かしいネオンに、ほっとしたような気持ちになったけど、やっぱりダメだ。
隣に、ディーノがいない。
喪失感に気づいて、ふらふらと歩いた。
行く当ても、ないのに。(ディーノの隣以外、他にないんだから)
ディーノと結婚する時、父さんは大反対した。
いや、”反対”なんて言葉は甘すぎるかもしれない。
でも、旅行先で出会った男と急に結婚、なんて許してもらえなくて当然だ。
結局、駆け落ち同然であたしはイタリアへ飛んだ。何一つ持たず、体一つで。
それから、もう両親と会うこともなくなってしまった。
今こんなに悲しいことも、いつかは忘れられることだろうけど、今は、何も聞きたくない。
ひとりぼっちだってことを、これ以上突きつけられたくない。
ディーノがあたしを愛してなかったということを、教えられるのは、絶対にイヤ。(そんなことは、自分が一番よく分かってるんだから)
Love Sick!
Medicine7:誘拐大脱走!
小さな街灯の光を辿っていくと、小さな公園に着いた。
守られていた、幼い頃に帰りたい。
過去が、ディーノとのことが、全部清算出来ればいいのに。(でも、臆病なあたしには、無理だ)
「ちょっ、やだっ、やめてください!」
女性の、震えた高い声。
あたしの周りだけ張り詰めていた空気が、ぴしりと音を立てたような気がした。
声のする方へ、ゆっくりと近づく。
「いーじゃんかよ、ちょっと付き合えって」
「別に食っちまおうってわけじゃねーからよぉ」
そういうつもりなんだろ、ヘンタイ、と毒を吐いてから、つかつかと間に割って入った。
「彼女みたいな魅力的な女性を付き合わせたいのなら、まずそのスーツをなんとかしたらいかが?
ついでに、その態度の悪さも新調すべきね。マナー教室でも紹介してあげましょうか?」
目配せをすると、女性は何度も頭を下げて走っていった。
街灯の当たる円から飛び出すと、彼女の姿はふっと闇に飲まれて見えなくなった。
あたしと、青筋を立てた男が二人、あとは誰もいない。
男たちは、あたしをぎらぎら光った眼で睨んでくる。
「テメェ、どういうつもりだコラ」
「おい、こっちの方がさっきのより上玉だぜ」
ネクタイピンが、きらりと光る。(まさか、)
どくん、どくん、と緊張に高ぶる心臓を宥(なだ)めながら、ゆっくり、口を開く。
「……トラダートファミリーは、日本まで進出してないはずよ。
それがどうして、こんな所にいらっしゃるのかしら?」
ゴールドのライオンといえば、トラダートファミリー。
過激派で、あまりイイ噂は聞かないイタリアンマフィア。
その振る舞いには、キャバッローネはもちろんボンゴレも迷惑を被っている。
でも、イタリア止まりなはず。(同盟ファミリーが協力し合い、そういったマフィアの撲滅に努めているからだ)
それなのに、どうして日本に?
「ほぅ、トラダートを知ってるとなりゃあ、お前その辺の女じゃねーな。どこのモンだ」
「………元、キャバッローネよ。今はもう違うわ」
「じゃあお前なわけか、跳ね馬のモッリエってのは」
しまった、と思った時には、もう遅かった。
強烈な腹部の痛みに、意識が遠のいていく。(なさけな、)
***
「ん、」
冷たいコンクリートの床で、目が覚めた。
手首のロープが擦れて、痛い。
「お目覚めかい?スィ二ョーラ」
ねっとりとした声に、鳥肌が立った。
顔を顰(しか)めるあたしに、男は笑った。(これも、気持ち悪い)
「跳ね馬のモッリエがジャッポーネに来てるってだけじゃあ、こうはいかなかったからな。
ま、アンタの方から来てくれるとは思ってなかったけどよ。
探す手間が省けてよかったぜ、ホント。奥さんには感謝ですよ」
「パーティーとかにも出席しないだろ?アンタ。
だから、さぁ探せとなったって見つけられるわきゃねーんだよな。
なんてったって顔が分かんねーんだからよ!なぁ、相棒」
最悪、さいあく、サイアクだわ。
もう関係ないとしても、ディーノは人を見捨てたり出来ないもの。
人質があれば、ディーノは要求を呑むに決まってる。(こんなのってないわ、)
あの時、あたしが余計なことを言わずに、そのままにしておけば。(なんて、形だけでもいいから、隣にいたかっただけのこと、)
……いやだわ、こんなこと考えてる場合じゃないのに。
きゅっと口を一度結んでから、あたしに人質の価値はないわ、とはっきり言ってやる。
あたしはもう、キャバッローネの人間じゃないんだから。
すると男はまさに悪人、というような嫌な顔で、にたりと笑った。
「さて、それはどうかな?奥さん。アンタが寝てる間に、ちょーっと荷物をいじらせてもらった。
何があったかは聞かねーが、アンタ荷物が少なかったし、目当てのものまで5分もかからなかった」
「ケータイから拾わせてもらったよ、情報。跳ね馬にも連絡済だ。
ウチの本部からだから、ここを探すことも不可能。……逃げようだとか考えるなよ。
俺らもイタリア男だ。自由が利かないのは手だけだろ?ま、ちょっとの辛抱だ」
逃げなくちゃ、最後は口封じで殺される。
ちょっとの辛抱?
そんなの、冗談じゃないわ。(誰が大人しく殺されるもんですか)
外から車の音が聞こえる。(どの辺かは分からないけど、大通りなのは確かね)
ドア、には近づけない。
脱出するなら、窓しかない。(前のビル高さからして、ここは、)
なんにしろ、コイツらをどうにかしなくちゃ。
でも、どうする?
相手がマフィアってとこは問題じゃない。
問題なのは、こっちが丸腰で、しかも手が自由じゃないこと。(まぁ、足が自由なだけマシだけど)
あっちは、銃の一つや二つ持ってるだろうし、こっちは分が悪い。
つぅ、と頬を冷汗が伝う。(迷っている時間は、いいえ、考えてる時間も、ない!)
「……ルソン、悪いが少し寝かせてくれ」
「ん?あぁ、構わねーよ。奥さん一人の面倒くれぇ見れる」
二人が、あたしに背を向けて話し始めた。(今しか、ない)
そっと身体を起こして、窓に近づいていく。(ゆっくり、落ち着いて、)
じりじりと、泥棒か何かみたいに、忍び足で。(あと、もう少し、)
窓枠に、そっと触れた。(いける!)
瞬間、男の一人が、こっちを見た。(ルソン、と呼ばれた方じゃない男が)
マズイ、ここで殺されたらおしまいだわ。
「テメェ!」
「ちっ、」
二人が銃を抜く前に、逃げなくちゃ。
拳を握って、窓に思いっきり叩きつけた。
そのままの勢いで、外へ倒れる。(イチかバチかに賭けるしかないでしょ!)
銃声。
悲鳴。
あちこちに走る、痛み。
このまま死んだりしてね。(笑えないわ、ホント)
でも、これはこれでいいかも。
あんなヤツらに殺されたり、ディーノに迷惑かけるよりかはマシだわ。
死を覚悟したあたしの身体に、そっとあたたかい温もりが触れた。
ふわりと、身体が浮いたような感覚。
「………どういうつもり?厄介事は嫌いなんだけど」
***
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