「ぐっ、ひ、ひば、り…、」



顔をぐちゃぐちゃにしてやった群れの頭が、僕の足元に這いつくばって呻いた。
口元が、歪む。


僕は、弱いものが大嫌いだ。


そして、




「僕は君達みたいな弱いヤツらが群れてるのが、一番腹立たしいんだ」


―――――その弱さに託つけて身を寄せ合い、我が物顔でこの町を闊歩する群れは、もっと嫌いだ。


もう一匹としてぴくりともしない群れの残骸を見下しながら、ケータイを取り出す。


「僕だけど。並中裏に、今すぐ救急車を回して」


それだけ言って一方的に通話を切る。
咬み殺してやった群れが町の景観を汚す前に、さっさと片付けてしまわないと。


薄汚い死骸と、その薄汚い死骸の流した血の跡。



ふと、僕より年上なのに、とても無邪気に笑う女性の横顔が、脳裏を過ぎった。



笑う彼女の横顔は、ひどく寂しそうだった。(そういえば彼女、今どうしているんだろう)


赤ん坊の知り合いらしい金髪の男の妻である、日本人の女性。
再会してからずっと、何かに怯えている。


しかし時々、何かを探しているような目をして……不意に、僕をいやに甘い瞳で見つめてくる。


彼女はどうして、また日本に?あの金髪は?


疑問はいくらでもあったが、そのどれも聞いて欲しくないようだったし、第一僕には関係ない。
ただ、彼女が並盛にいることは、赤ん坊には知られたくないと思った。(何が僕をそうさせるのかは、分からないけど)

僕はまたケータイを操作して、並中の応接室に引いてある回線へ繋げる。


「あぁ、草壁かい?こっちは終わったよ。後は君に――――、なんだって?で、彼女は?……そう、分かった。
じゃ、僕は病院に行くから。―――あぁ、それでその彼女に付き添っていったという男は―――、……ふぅん、」








黒髪の、日本人。








Love Sick! Medicine27:差し伸べられた手




「……に、ん、しん…、」




あたしのお腹の中に、新しい命。




耳に入ってきた言葉を、繰り返し呟いてまた耳に入れてみたけど、それはあまりにも他人事な響きをしていて。
とてもじゃないけど、あたしとは結びつかなかった。


綺麗なソプラノが、思い出される。




【ディーノの子どもがいるの】




「嬉しくないの?」




あたしは一体、どんな顔をしていたんだろう。
先生の声にはっとすると、心配そうな優しい目と視線がかち合う。


そして、途端にまた逃げ出してしまいたくなった。(もう、逃げる場所すらないのに)


あたしを見つめている瞳は優しく、このあからさまなまでの戸惑いを誤魔化すことはおろか、隠すことなど到底出来やしないと思った。



「……本当に、いるんですか?……あ、あたしの……、」
「そうよ。ほら、手を当ててごらんなさい」


先生があたしの手を取り、そのまま下腹部へ触れさせる。


「……っ、」


何故だか、さっぱり分からない。
でも、悲しいわけじゃない。




それなのに、涙ははらりと、あたしの頬を伝った。




両手で顔を覆って、俯く。(あぁ……、あぁ…、なんて、ことだろう、)




「……分かるでしょ?」




先生の言葉に、あたしは声を上げて泣いて、頷いた。
何度も、何度も。


「……なんだか、色々複雑な事情があるようだけど、」


先生はそう言うと、あたしの両手を握って、顔を覗き込んできた。


「あなた、今まで随分我慢をしてきたみたいね。……今でも、そうなのかしら」
「……え、」


背筋がぞっと冷えたような、心臓にカッと火がついたような。


「もともと、体が丈夫な方じゃないでしょう」
「……、はい、」
「……とりあえず、一日泊まってったらどう?」


先生はちらりと、あたしの後ろに立っていた薫さんを見た。(薫さんは関係ないのに!)
ここへ一緒にきた看護士さんが、やたらとにこにこしていたのは、あたしと薫さんが夫婦、と、思ったから。
今になってやっとあの時の状況に気がついて、何も知らない看護師さんにも、分かっていて訂正しなかったんだろう薫さんにもカッときた。
けれど、妊娠。それで大分冷静になってきたあたしは、感情的にはなれなかった。
そして、はっきりと口にする。




「無理です」




だって、入院なんか、無理よ。
そんなことしたらきっと、すぐ見つかっちゃう。






―――――誰に?






誰もあたしを……、(あたしの、こどもを、)必要としてなんかないのに!
誰があたしを(あたし、たちを、)、探して、くれるって?


「……あなたが嫌なら、無理に泊まることはないの。でも、無理っていうのはどういうこと?」


先生が言うと、ぽん、と大きな手があたしの頭を撫でた。


「無理なことなんか何一つない。日本には、……お前には、今俺がいるだろ。
でも、お前が嫌ならいい、先生がそう言ってるんだし、お前が好きにしろよ。
全部、俺がなんとかしてやるから。……なぁ、体、辛くないか?」


言いながら薫さんはその場に屈んで、あたしの両手を包み込むと、笑った。


「いいか、。今は、自分と子どものことだけ考えろ。な?他は後回しだ。
今一番大事なのは、お前と……お前の子どもだろ?だから、」


ぎゅっと、あたしの手に重なっている手のひらが、更に熱を押しつけてきた。
こんな風に接して欲しくないのに。一人で大丈夫だって、言いたいのに。




……まだ目にしたことはないのに、自分のお腹のなかにいるらしい命を、今になって微かに感じてしまう。




あたしのお腹のなかに、確かに、新しい命が宿ってる。
まるで、寂しくて怖くてしょうがないあたしの不安を慰めるみたいに。


こうして気づいてみればなんてことはない。
もう、今なら分かる。




ロウソクの火みたいな柔らかな温もりが、ゆっくりゆっくり、息づいてること。






あたしは、独りじゃないんだ。

受け止めなくちゃいけない命が、ここにあるんだもの。




それに、先のことだってある。




……ディーノには、この子のことなんて言えないし、あの人の性格を思えばありえないけれど、でもあの人は、―――マフィアのボスだ。
あの電話の女性、そして彼女とディーノとの間に出来た子どもがいる以上、この子の存在を知られるわけにはいかない。
きちんとした跡取りの他には、嫡流の血をひく子どもなんて認められないのだ。


もしかしたら、この子に危険が及ぶことだって、あるかもしれない。


………あの人はもう、あたしだけの―――――ちがう、そうじゃない。






あたしとは何も関係のない人だ。(差し伸べられる優しい手に、甘えちゃいけない)






そう考えると、もう日本には、少なくとも並盛からは、近いうちに離れた方がいい。
……ボンゴレに知れたら、お終いだ。



(さん、)



あたしを呼ぶ、声。
どうして今、思い出してしまったのか。(それは―――、後ろめたいことが、あるから)


……このままでいたら、あたしのことがボンゴレに知られるのは時間の問題だけれど、
そうでなくても、……あの子が、もしこのお腹の子の存在を知ったら。




雲雀、恭弥―――。




何にも属さない、ボンゴレとは関係ないなんて言っていても、いくらなんだって報告するだろう。

今あたしが一人で日本にいることは、まだボンゴレの関係者には話していないようだったけど、
それは、あたしとディーノのことを、まだ知らないからだと思う。

やっぱり、時間の問題だ。


そうとなれば、入院どころじゃない。


お腹の子のことを考えたら、先生の言う通り少し休んだ方がいいのかもしれないけど、
その間にあの子が、あたしが日本にいる理由を知ってしまったら?


―――命を、まず第一に考えなくちゃ。(……今日中に、ここを、)


そこまで考えると、あたしは笑顔をつくった。
先生、入院の必要はないです。そう言うために。



……子どもだけじゃない。
あたしの手を握っている薫さんまで、巻き込むわけにはいかないもの。


口を開き、声を発する瞬間、診察室のカーテンが勢いよく引かれた。
シャッ、っという音に振り返ると、あたしは急激な喉の渇きを覚えずにはいられなかった。








「ふぅん、運ばれたなんていうから何があったのかと思えば……、さん、妊娠してたんだね。気づかなかったな」








彼はいつものポーカーフェイスで、あたしをまっすぐに見つめている。
……知られて、しまった。(知られては、いけない人に)


「おい、診察中になんだお前。出て行け」


あたしを庇うように、薫さんが―――恭弥君の前に立った。(いけない、)
薫さんの背中で表情は分からないけど、確かに彼の雰囲気が変わった。


「そうか、草壁が言ってたのはあなたか。……さん、あの男はどうしたの?お腹の子、あの人との子じゃないの」


きっと今、何もかもを見透かしてしまうんじゃないかと思わせるあの鋭い瞳が、薫さんを通してあたしに向けられてる。
ごまかせるはずが、ない。(だけど、)


「、そ、れは、」
の知り合いのようだが、コイツは今疲れてんだ。悪いがまた出直してくれるか」


薫さんがそう言うと、恭弥君の研ぎ澄まされた雰囲気が、さらにキッと尖ったような気配がした。
薫さんの背中も、どこか物々しく感じる。(なんて、ピリピリした空気なの、)


「あなたには関係ないだろ。邪魔だ、そこをどいてくれるかい」
「関係ないのはそっちだ。俺はの、」


「はい、そこまで」


この緊迫感の終わりこそが、いちばん恐ろしいものだと覚悟するより前に、あっけなく平常が帰ってきた。
たった一言でそれをやってのけた人を、振り返る。


先生はにこにこ笑ったままイスから立ち上がると、労るようにあたしの両肩に手を乗せ、また口を開いた。


「そうやってすぐにカッとして、人の話を聞かないのは悪いクセね、恭弥君。
ええと、かおりさん、だったかしら?あなたも、少し落ち着きなさいな」


先生はそう言って、薫さんに座らせた。
薫さんは少しためらう素振りを見せたけれど、先生に従ってあたしの隣に座った。


「……診察してたの、あなただったの」


恭弥君は立ったまま、ぼそりと呟いた。


「恭弥君が気づかなかったなんて、相当急いでたみたいね?」


笑顔のままの先生に、恭弥君はポーカーフェイスどころか、むすっとした不機嫌顔になるばかり。
あたしはどうしたらいいのか、それどころか今の状況すらサッパリで、ただただぽかんとしている他なかった。













































***


今回もオリキャラ目立ちすぎです;が、パ二ハリ編はそういう話なのでね!
そして一応前回予告通り、復活キャラ登場しました。ヒロインとの絡み一瞬でしたが!←
しかもやっぱりダーリンじゃない笑。…笑い事じゃないくらい引っ張りすぎですか?←

というわけで、次話でいよいよ…?

とまたここで引っ張っておきますね笑!


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