が屋敷を出た、その日のこと。
「あ、!」
「っぼ、ボス、」
が特に目をかけている日本人のメイド、は、とても気まずそうな顔でオレの声に振り返った。
コイツはいつもオレと顔を合わすと嫌そうな顔をするが、今日のはなんだか、いつものとは違った。
けどオレは特に気にすることもなく、呼び止めた用件に入る。
「、友達の看病行ったんだろ?」
「あ、はい、そうです、」
「ケータイかけたんだけど出ないからさ、お前聞いてるだろ?誰んとこ行ったか」
「っボス!……っ、お、奥様の方からご連絡を下さると仰ってましたので、あたしは、」
「おい、行き先も聞かずに行かせたのか?……ま、連絡するっつってんなら、待つか」
「お相手の病状は存じませんが、奥様の慌てようからして、しばらくはお帰りにならないかと……、」
「……の性格じゃ、早く戻ってこいっつっても聞かねーだろうし、友達は大事だしな」
「………、」
困ったように、はしかめっ面で俯いた。
がいないからなのか、なんなんだ、この、言葉じゃどうにも説明出来ない違和感は。
「………お前、今日なんか変じゃないか?」
「は、なっ、何言ってるんですかボス!セクハラですよそれ!」
「はぁ?!ったく、お前ホンットいちいちムカつく女だな!のことちったぁ見習え!!」
「へたれに言われたくありません!じゃ、あたし仕事あるんで。ボスも少しは真面目に仕事してくださぁい」
「お前の100倍は真面目に働いてるっつーの!」
アイツなりにのことを、オレ達のことを考えていてくれて、その為に、苦しんでいた。
あの時どうしてオレは、感じた違和感をそのまま放っておいたんだろう。
あの時、のに対する敬愛の気持ちを打ち砕くことになっても、それに固められて隠されてたことを、無理に聞き出しておけば。
少しは変わったんだろうか。
今と違う未来を、オレ達は歩いていたんだろうか。
Love
Sick! Medicine24:削除、そして削除
「さて、そろそろお別れの時間かしらね」
随分長い時間、話し込んでいた気がする。
外はもう、薄暗くなっているし。
雲雀少年は、むすっとした表情をしているくせに案外話がうまくて、つい時間を忘れてしまったのだ。
話し上手だし聞き上手、相手に気を使わせずに親切を出来る紳士でもある。
お礼と言いながら、あたしの方がこの時間を楽しませてもらって、申し訳ない限りだ。
「もう?もう少しくらいいいじゃないか」
「あら、あなた風紀委員長さんでしょう?いけないんじゃないの、そういうの」
「さんは別だよ。ねえ、もう少しだけ」
「だめ。それにあたし、これから泊まるところ見つけなくちゃいけないし、ごめんね」
「……なら僕の家に来ればいいじゃないか」
「はぁ?雲雀くん、あなたまた突拍子のないことを……、」
「だって今から泊まるところを探すの、大変でしょう」
「そういう問題じゃなくてね。……とにかく、今日はもう終わり」
今日は、と言ったあたしに、雲雀少年は一瞬眉をぴくりと動かしたけれど、すぐに察したようで、
なんというか、にやり、というかわいくない笑顔を浮かべて、あっさり引き下がった。
なんか、いい金ヅル捕まえた、っていう風に見えなくもないんだけれど、気のせいだと思いたい。
あたしはケータイを取り出すと、画面を雲雀少年の方へ向けて、機体を左右に振った。
赤外線、ついてる?と言ったあたしに、雲雀少年は頷いて、シルバーブラックのケータイを取り出した。
「じゃ、また機会があったら会いましょうね」
「機会なんて作れるだろ、なんのためにこれがあるの?」
「……やっぱり教えない方がよかったかしら、」
「たまには僕がおごってあげるよ」
「出世払いに期待しておく」
それからあたし達は、お互い反対方向へ歩き出した。
さて、まずは駅の方から回るかな。
ずっしり重い荷物、気持ちもどことなく重い。
やっぱり独りになると、自動的に思い出してしまう。(こんなことじゃいけないのに、)
はあ、とため息を吐いたと同時に、スーツケースが手から放れた。
「っなっ、」
「並盛で何かあったら、僕が困るんだ」
「ひ、ばり、くん、」
「何その顔。なに、女性の一人歩きは危険だから、とかの方がよかったかい?」
「……び、っくりした……っていうかなんで、」
「ホテル探すの、手伝ってあげるよ」
「は、」
「君より僕の方が知ってると思うんだけどね、並盛のこと」
***
雲雀恭弥という少年は、一体何者なんだろうか。
雲雀少年の言い分はもっともで、結局このホテルまで雲雀少年に送ってもらってしまった。
あたしって本当にダメな大人、と落ち込んだのは言うまでもない。
しかしそれより、雲雀少年の正体というのがどうにも気になって仕方ない。
だってまっすぐこのホテルまで来たと思ったら、ロビーのソファにあたしを無理やり座らせて、
自分はさっさと受付に向かっていくと、1分もしないうちに戻ってきて一言。
「はい、」
差し出されたのはカードキーで、うっかり受け取りながらあたしは顔を顰(しか)めた。
雲雀少年はなんでもない顔をしているけど。
「は……、か、カギ?」
「あとはここの人間がしてくれるから、僕はもう帰るよ」
「ちょっと待って、ごめん、全然話についてけてない、」
「あぁ……、このホテル、僕の親戚が経営してるものだから、空いてる部屋、無償で提供するよって」
「へ……え?!いやいやいやっ、だっ、ダメよそんなのっ!」
「いいから。……実は僕、あなたの旦那に世話になったことがあってね、」
「ディ、ノに?」
「そう。でも、お礼とか出来なかったから、」
雲雀少年とディーノの関係、分からない。
まぁ雲雀少年はボンゴレ関係者だし、それ系統のことであるのは分かるけど。
あたしはディーノの仕事に関しては全くの無知だし。
でも、そんなことはともかくとして、あたしは差し出されたそれを雲雀少年の手に握らせた。
不機嫌そうに眉間にしわを寄せて、じっと見てくる。
親切はありがたいけれど、あたしにはこれを受け取れない理由がある。(彼は知らなくていいことだけど)
あたしは不機嫌な雲雀少年に気づかない振りをして、にこりと笑ってみせた。
「………なら余計に、お断りするわ。彼があなたみたいにしっかりした子の何を面倒見たか知らないけど、
それとあたしは関係ないもの。気持ちだけ、ありがたくいただいておくわ。ありがとう」
「じゃああなたの為に用意したって言えば、純粋な好意として受け取ってもらえるの?」
「え、や、だから、」
「あなたも面倒くさい人だな、僕が受け取れと言ってるんだから受け取れ。
並盛では僕が秩序なんだよ、今日説明したでしょ。受け取れ、」
その勢いに押されてしまってあたしは、結局そのホテルの最上階、しかもスウィートルームにいる。
いや、雲雀少年のせいにしてはいけない、あたしが押しに弱いだけ……、これも同じことか。
……とにかく、あの雲雀恭弥という少年は、何者なんだろう。
ホテルのスタッフは、あたしを見るとなんだか顔を真っ青にしてへこへこしながらすれ違っていくし、
さっきルームサービスを頼んだ時も、料理を置くとなぜか顔を真っ青にして「料金はいりません!」と
叫んで、逃げるように走り去っていったし、なんだか怖いんだけど……。
「………ま、今日はもう考えるのやめよう、」
なんだかんだで疲れているようで、さっきからまぶたが重くて仕方ないのだ。
無駄に大きなふかふかのベッドにうつ伏せになると、まるでタイミングを見計らったかのように、
ヴヴヴ、とサイドテーブルに置いてあったケータイが、メールか電話の着信を知らせた。
着信1件と、メール2件。
まず着信の方を確認すると、は、と自嘲的な笑いが口元を歪めた。
ディーノ、だ。
伝言が、残っている。
あたしがいなくなって、無事あの人との話が、正式にまとまったんだろうか。
書類を出さなければいけないし、その為の電話かもしれない。
考えて、やめた。
どっちも必要なことだもの、どちらであって同じだ。(もしくはこの伝言で、全て終わるかも)
伝言は再生せず、消した。
どうせこちらが書類を送れば終わりだし、話し合うことも特にない。
立場上、あちらは慰謝料だとか生活費だとか言ってくるかもしれないけれど、そんなものはいらない。
あたしだって、そんなに図太い神経はもっていないし、それなりのプライドだってもっているのだ。
次にメール画面の受信フォルダを開く。
ディーノの専用のフォルダに1件、メインフォルダに1件。
メインフォルダをじっと見つめて、さっさと指先を動かして開く。
雲雀恭弥、雲雀少年からだ。
喫茶店でコーヒーとケーキをおごったことのお礼と、またどこかに出かけようという誘いのメールだった。
お礼を言わなくちゃいけないのはあたしの方だし、今度こそ本当にお礼をさせてくれと返信した。
雲雀少年からの、句読点のみのシンプルな文面を、ぼうっと見つめる。
それから、
キーを動かすと、選択されたフォルダの名前が、ちかちか光った。
決定ボタンを押そうとすると、指先が震える。
口をきゅっと一文字にして、あたしは決定ボタンは押さず、いくつかボタンをプッシュした。
このフォルダを消去しますか
はい(そうだ、これで、)
フォルダ内メール全て消去します(これで、)
はい(ぜんぶ、おわる)
フォルダごと、受信したメールは消えた。
思い出も一緒に、ぜんぶぜんぶ、消えてしまった。
消えて、しまった?違う。
これはあたしが選んだことだもの。
あたしが、消したんだ。(だから、消してしまったと嘆いているのは、あたしじゃない)
***
今回もめちゃくちゃ久し振りですね;お待たせしましたー!
そしてディーノさんの登場も久々でしたね。絡みはありませんが笑(っていいのか?)。
その代わりお弟子さん大活躍です。しばらくディーノさんは絡み待ち!
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