「あなた、今晩も遅いんですか?」






聞かなくても分かってますけど、そう言いたげな顔だ。


こういう顔を見るたびに、ひどくイラつく。
何もそんな態度を取らなくたって、早く帰ってきて欲しいと言ってくれれば、そうするのに。
……ま、そんなこと言ってくれるはずねーんだけど。(たとえ天地がひっくりかえっても、)






「……そうだな。いつもと同じように、先に寝ててくれ」






特に気にした感じもなく、は黙って、オレのネクタイを締めた。
こうしてると、夫婦みたいなのになぁ……。
……ここでコイツが、ちょーっとかわいく「……ディーノ、さみしい、」なーんて言ってくれれば最高!


ふと視線がぶつかって、少し期待してみる。



……沈黙。(期待するだけ無駄ってか)



なんとなく気まずくなって、オレはさっさとから距離をとった。
そしてジャケットを引っ掴んで、出来るだけいつも通り、平然とした顔でドアに手をかけて、振り向きざま。







「………じゃ、もう行くな。Ciao、








Love Sick!  Medicine2:浮気、それは愛の美学!








「なぁボス」
「んー?」





どんどん通り過ぎていく景色を、ぼんやりと見つめながら、ロマーリオの声に適当な返事を返す。
やっぱり、この辺をウロつくのに、黒塗りの車はアウトだな。
ヘンに目立ちすぎる。





「俺ぁ別にいいと思うが、姐さんが可哀想だ。
浮気もいいが、隠れてしろよ。隠れて」





思わず、吹き出した。(か、隠れてしろって……!)


浮気に関しての説教は、これが初めてじゃない。
けど、浮気すんなら隠れてしろ、ってのは初めて聞いた文句だ。


後継ぎのこともあるし、別に愛人を囲うこと自体にゃ反対じゃねーんだろうが。
ロマーリオは、どっちかってーと寄りだからなぁ……。
今までの説教を思い返してみれば、まず一言目は「姐さんが可哀想だと思わねーのか」




にやついたオレに対して、不機嫌そうなロマーリオの顔が、バックミラー越しに見えた。
それでやっと笑いをこらえて、乾いた喉で言葉を紡ぐ。




「お、おいおいロマーリオ、お前、それ本気で言ってんのか?
隠れて浮気って、それじゃ、浮気の意味ねーじゃねーかよ」




が可哀想。
傍(はた)から見りゃそりゃそうだろうが、浮気はバレなくちゃ意味がねぇ。
オレ達夫婦は、フツーとは違う。
にバレてこそ、それは初めて意味を成す。






なんとも思っちゃいねぇ女を抱くことに、初めて、理由が出来る。






「………なぁボス、もし、俺の考えと同じ考えで、ボスが浮気してるってーんなら、最低だぞ。
口ではあぁ言ってるが、実際のところ、姐さん、相当参ってる。昨日のなんか特に」




ふと、昨日の修羅場の一場面が、ふっと頭を掠(かす)めた。
……昨日はさすがにやりすぎたと、自分でも反省してる。
アイツ自身、気づいていたかどうか疑問だが、泣きそうな顔をしてた。






だから今日は、久々に早く帰ってやろうかとも思っていたけど、今朝の態度で、やめた。






オレのネクタイを締める手は、いつもと変わりなく。
愛想笑いもせず、淡々と帰りを聞くところも、いつもと変わりなく。
昨日の今日のことだ、気まずくは思ってるだろうと思いきや、それもオレだけときたもんだ。







やっぱり、愛してるのはオレだけ。
オレだけが、のことを好きなんだ。







「………2年前、イタリアに観光に来てたを、ムリヤリ嫁にしたよーなモンだろ?オレ。
あん時、まぁ今もだけど、はオレに、なんも言わねーんだ。オレが好きとも、嫌いとも」












――――――オレは、のこと、こんなに愛してんのにな――――












だから、なんて言い訳がましいこたぁ承知だが、だから、オレは、浮気する。
浮気して、バレて、それでに怒られると、オレは少しほっとする。





なんとも思わねぇ男が浮気したって、どうってことねぇ。





金は充分にやってるし、贅沢な暮らしをさせてる。
なんとも思ってなくたって、オレといりゃあ金が入るんだ。
浮気を咎めて、ヘンにオレの機嫌を損ねるより、気づいてないフリして機嫌を取っておけばいい。
それが、惚れてもいねぇ男と上手くやれる、頭のいい女だ。







でも、浮気するオレを咎めるってことは、少しでも、オレに対して好意を持ってるってことじゃないか。







オレが他の女といるのが気に食わないってのは、そういうことだろう。
そういうことに、決まってる。




















「まぁよーするにだな、浮気ってーのは、愛の美学っつーことよ」




















































***


お次は急展開、いざ☆ジャッポーネへ!




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