「最後に聞く。……引き返す気はないか。俺は無闇に味方を傷つけるような真似をしたくない」


了平はそう言って、俺達を真っ直ぐに射抜いた。
ふと、口端が持ち上がる。


「俺はねェな。雲雀、テメェはどうだ?」
「ないよ。初めからここで引き返すような覚悟なら、こんな面倒なことするわけないだろ」

「俺達の答えはノーだ。了平、そこをどけ。俺も無用に戦いたくはねェからな」
「……あい分かった。ならばオレは全力で、お前達を止めるまでだ!」





純粋な黒






何が間違っていたのか。


考えてみれば、最初から全て間違っていたとしか思えない。
俺の選択は全て間違っていた。


そうじゃなければ、こうはなっていなかったはずだ。


大事なファミリー達の間に、埋めがたい大きな溝をつくってしまった。
必ず救い出すと誓ったはずの彼女を、深い暗闇に突き落とした。


ちかちか光るモニターに目をやる。
骸と山本、了平さんとリボーン達が対峙している。
リボーン達のところへ、そろそろ獄寺くんが着くはずだ。




それで?




俺はここで何をしているんだ。
事の発端は俺の短慮だったっていうのに。

また何かを失うのが怖いのか?
ファミリーとの敵対が?それとも、




彼女に嫌われること?




どっちにしろ、俺はただの臆病者なんだ。
あの時だって、俺は壊れてしまった彼女を前に、ただ立ちつくしていただけだった。


「やっと、やっと出逢えた」


そう、やっと、やっと出逢えたはずだった。
思ったよりも長くかかってしまったけど、約束通り、君を、助けだせると思った。


「君をこうして、この腕に抱きたかった」


でも、もう手遅れだったんだ、あの時には既に。
俺の軽率な行動で、彼女の運命は大きく変わってしまった。(そして、俺達の運命も)

俺がのもとへ行ったとアリウムに知れた夜から、
あの男はにより強力なマインドコントロールを施すようになった。
それまで僅かな精神力で必死に抵抗していただったが、
毎日3時間置きに行われる執拗な術から、逃れる術はなかった。




そして、彼女は壊れてしまった。




アリウムの巧妙な情報操作や、数々の悪質な罠を掻い潜り、どうにか奴の屋敷に踏み入った時。
そこにいたのは、もう生きる意味を見失ってしまった人形のようになってしまった、だった。


「………、可愛い、猫、従うだけの、かわいい、ガット、」

「っ、……?」
「ガット、ガット、」
「……どういう、こと、だ……っ、」
「これは……、随分と趣味の悪いことを…。綱吉くん、彼女は、」
「…骸…彼女は、は!元に……、元に戻るよな」
「…………、残念ですが。…こんなにも深く根ざしているマインドコントロールは、手の施しようがありません」
「そんなっ!お前なら、お前になら出来るはずだ!」
「そう言われましてもね……この状態では……、」


ボンゴレが誇る術士である骸さえ、彼女のことはどうにもならないと言った。
それでも俺は、諦めたくなかった。



「っ、どうしてこんなことに……、アリウム・ソガーロだけは、絶対に許さない、」



ガットと、何度も何度もそう呟く彼女を、俺は何をしてでも救いたかった。
あの日、彼女は決して言わなかったけれど、俺に確かな希望を見出していたはずだ。
俺は彼女を、見捨てるなんてできない。




自分で、言ったんだ。
必ず救い出すと、俺が、彼女に約束した。




「……こうなると、どうにもならねえな」




ぽつりと呟いたリボーンに、俺は喰ってかかった。
今まで散々酷い目に遭わされてきてこの子を、そんな簡単に切り捨てられるわけがない。

彼女を置いて死んでしまったご両親たち、そして今も彼女を探しているファミリー達はどうなるんだ?
彼女の存在こそが、最後の希望なんじゃないのか!




「……ひとつ、方法があります」




そう言ったのは、骸だった。
難しい顔をしていたが、何かを確信している顔つきだった。(この時からきっと、アイツは、)



「……、その、方法っていうのは、一体」
「幻術です」



いち早くそれに反論したのは、獄寺くんで、骸の幻術のような人体に危険性があるものを、
いくらマフィアの子女といえども一般女性と変わらない彼女に施すことは出来ないと言った。
これには山本も静かに頷いたし、俺ももちろん同意見だった。


骸の幻術の腕はもちろん、この期に及んで骸に不信感を持っているからというのではない。
純粋に、一般人に幻術のような危険な手段を用いることに賛成は出来なかった。


「なるほど、骸の幻術なら可能性はある。俺はそれに乗るぞ」


しかし、あのリボーンがその危険な賭けに乗ると言った。


「僕は反対だよ。幻術は一過性の麻薬のようなものだ。同じように彼女を蝕む」
「オレも賛成は出来んな。この状態で幻術をかけるというのは、酷だろう」





「もう他に手はない」





雲雀さんと了平さんも反対の意を唱えたけれど、リボーンは静かに切り捨てた。
そんなはずはない、何かあるはずだと言ってやりたかったけれど、俺にはなんの手段もなかった。
それでも、こんな状態のに、これ以上酷なことを強いることは出来ない。



「それしか方法がないとしても、それにだって対価は必要なはずだ」



ゆっくり俺が口を開くと、骸が頷く。
もちろん、対価は必要です、と。

「……それは、どんな、」

「幻術はマインドコントロールとは違います。もっとも、もっと早い段階であれば、彼女に傷を与えてしまうことにはなりますが、
マインドコントロールを施すことは出来たでしょう。しかしこうなってしまった以上、それは無理です。
幻術で僕が出来るのは、ひとつ。すり替えです。まずファミリーでの出来事をこの屋敷で起こったことであるとすり替え、彼女の憎悪を生きている我々に向けさせるのです。
そうすれば、少なくとも彼女は死ぬことはないでしょう。……綱吉くんには、辛いことでしょうが」

「――――――対価は?」

「ツナ!」
「10代目!!」

「対価は、彼女の過去の記憶、です」




:::




「対価は、彼女の過去の記憶、です」



これを良しとすることは、君の信じてきたものを捩じ伏せるようなことだと分かっていた。
言葉を交わしたのは、あの一度きりだったけれど、君の強い心を俺は知っていた。

それでも、俺は、君を失いたくなかった。
それだけは、何としてでも避けなければいけないと思った。



君は、俺を



「……面倒な女だ。沢田綱吉、僕は言ったよね?彼女に幻術をかけるのは反対だって」
「っ何をする気ですか……」

、僕が君を助け出してあげるよ」



がこの屋敷に来た日の夜、取り乱し泣きじゃくるに俺達は無力だった。
何をどうすればいいのか分からなかったし、そうなるように仕向けたとはいえ、彼女からの迷いない拒絶が怖かった。



その中で、ただ凛と自分を見失わなかったあの人は――――――、



「…ねえ、君」
「はい、ボス」



監視モニターを注意深く見つめる背中に声を掛けると、モニターからは目を離さず返事をした。
よく教育されたいい部下だ。彼ならもし何かあったとしても冷静に対応して、すぐさま俺に連絡をしてくるだろう。


「俺も出るから、ここは任せたよ」
「っな!じゅ、10代目!お言葉ですがそれはッ!」




「いいね?―――――俺も覚悟を決めて、真っ直ぐ事に向き合わなくてはいけないんだ」












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