「あなた…、だれ?ボスは、ここへはボス以外誰も来られないって言ってたわ。
あなたはなんなの?ボスに頼まれてきたひと?でも、わたしあなたを知らない」


彼女は用意された台詞を読み上げるように、つらつらとそう口にした。
俺はあまりの衝撃に、何もかもについていけない。


どうしてこんなところに女の子が?
どうしてこんなところに彼女をアリウムは?
どうして彼女は、彼女は、




こんなにも生気のない顔をしているんだろう。




まるで作りものだ。何もかもが完璧すぎて、逆に恐ろしささえ感じさせる美しさだ。
心臓がどくどくと脈打つ、血流を感じる。


「……ねえ、きいてる?」


はっと気付くと、彼女は俺の目の前に立っていた。
透き通るような白い肌に、赤い唇。人形だ。人形のようだ。


「あ、あぁ、ええと、うん、聞こえているよ、大丈夫だ」


間抜けな返答だけれど、やっとのことでなんとか言葉を絞り出した。
目の前にぽつんと立つ名どころかその存在の正体さえ分からない女の子は、きょとりと首をかしげた。


「……あなた、だれ?」


もう一度、彼女はそう口にした。






純粋な黒






思えばもう、俺は既に心を奪われていたのかもしれない。
正体の分からない、もしかしたらいつ俺に牙を向くか分からぬ存在に。
けれど確信していた。彼女が俺を傷つけることはありえないと。




「名乗れるような名前はないよ。……でも、忘れないで欲しい。俺が必ず、君を救うから」
「どうして?わたしはあなたのこと、何も知らないわ」
「なら俺もそうだよ。俺は君の名前さえ知らない」
「わたし?わたしは




彼女の瞳はどこまでも無垢で、純粋さに澄んでいた。
アリウムの悪事を暴こうと冷たく頑なに決意した心のどこかが、じんわり温かく柔くなっていくのには気付いていた。


、か。……うん、綺麗な名前だ。君にぴったりだよ」
「ありがとう、ボスもそう言ってくれるの」


彼女の口から、ボス、なんていう言葉が出てくることに違和感を感ぜずにはいられない。
彼女から、血生臭さはしないのだ。ぴくりと、自分の眉根が動いた。


「……ボス?…っていうと、アリウムのことかな?」

「そうよ。わたしのボス。わたしはボスのガットなの」

「、は、な、なんだって?」

猫よ。ボスの言うことをなんでもきく、猫なの。わたしはここにいて、
ボスの言うことだけを聞いて生きていかなくちゃいけないの。
だから本当は、あなたのこと、今すぐボスに知らせなくっちゃいけないの」


待ってくれ、と俺が言う前に、でも、と彼女が口を開いた。


「どうしてかしら、わたし、あなたのこと、ボスに言いたくない。言ったらきっと、
ボスはあなたのことをころしてしまうもの。わたし、それは嫌だと思うの、何故かは分からないけど。
でもきっと、あなたから外の香りがするから、しんでほしくないんだわ。
ねえ、外はどんな所?わたし、外に出てみたいの。でも、ボスがそれを許してくれない。
ねえ、外はどんなところ?教えてちょうだい。知りたいの」


何の穢れも知らないような澄んだ瞳をしているのに、何故だろう。
彼女の瞳の奥の奥には、言い知れぬ深い闇を思わせる何かがあるように思われた。




けれども、こんなにも真っ直ぐに俺を捉える。




心臓を丸ごとぎゅっと手中に収められたような、その髪で縛られてしまったような。
彼女の持つ何かに誘われるように、俺は宝石のように透き通り輝く白い頬に手を伸ばした。
瞬間、びくりと細い肩が震えた。


「大丈夫だ。…何もしないよ、君が恐がること、嫌がること、ぜんぶ」
「、い、いや、やめ、」
「だいじょうぶだ。……本当に、何もしない。ただ、俺の目を見て」


そう言うと、ゆっくり視線が彷徨って、それから俺の目に焦点が定まった。
どくりと脈打った何かには知らぬ振りをして、口を開いた。




「俺の名前は沢田綱吉。……きっと、君を外の世界へ連れ出してあげるって、約束するよ」




俺がそう言うと、彼女―――は一瞬はっとした顔をして、それから傷ついた表情で俯いた。


「……だめよ、無理だわ。いくら貴方があのボンゴレの10代目だとしても」

「俺を知ってるのか?!」

「大きな声を出したらだめよ、いくら夜会の最中だとしても、誰が来るか分からないもの。
そうなってしまったら、わたしは貴方を助けられないわ。…父様に、聞いたことがあるの」

「待てよ…、どこかで…、」

「貴方が、ありえないような偶然でここへ不運にもやって来てしまったただの男ならよかったのに。
余計な期待も不必要な希望も持たずに済んだ。…私は、今はもう存在しないファミリーのボスの娘よ」


俺の手をそっけなく振り払うと、彼女は仄暗い目で俺を睨むように見た。




ファミリー…謎に包まれた不可侵の存在。
先日、不幸なことにその守りの要塞だった森ごと儚く散ってしまったという話だった。
事故時お屋敷にいたボスの兼孝氏を含むファミリーは、全員死亡が確認。
任務などで外へ出ていた者はアリウムの所へ身を寄せながら、行方不明となっている氏の娘さんを探しているということだったけれど、まさか、




「君が、その娘さんだっていうのか、いや、でも何故、」

「…貴方に話したところで何も変わらないわ。アリウムの狙いは私、そしてその為に…っ、
その、ために、父様や母様、ファミリーが殺された。……、それだけよ、もういいでしょう」


吐き捨てるように言うと、ベッドへ戻っていく。
俺は慌ててその腕を掴んだ。


「それだけってことはないだろう!残されたファミリーは君を探してるんだぞ!」
「知ってるわ!父様達を殺したアリウムの下で!何も知らずにっ!」


腕を掴んだ勢いでこちらへ身体を向けた彼女の頬には、涙が伝っていた。


「でもっ、わたしには何もできない!わたしが大人しくしていなければ、そのファミリー達の命も危ういの!!
……なにが、できるっていうの…!あの男の言うことを聞く以外にっ、ここで、なにが……!」


そのまま泣き崩れる彼女の姿を見て、やっと分かった。
瞳の奥底に眠っていたのは、アリウムに対する深い憎悪と、ファミリーに対する言葉では言いきれない愛情だったのだと。

座り込んだ、小さな身体。
どれだけのことを、この閉鎖された空間で独りきり、耐えてきたのだろう。


そっと抱き寄せると、俺は静かに口を開いた。


アリウム・ソガーロ―――あの男は、俺が思っていたよりも欲深く、汚い男だった。
街の人々や同盟ファミリーに対する悪業、そして氏への身勝手な裏切り。




あの男だけは、許してはいけない――――ボンゴレの名に懸けて。




「俺が来た。ここへ、俺が来たのは運命だ。こうなるべくしてなった。君が泣く必要はもうないよ。
アリウム・ソガーロの数々の悪業に対する確たる証拠がない以上、今まで黙っていてしまったけれど…
、君が生き証人だ。君の存在で、君のファミリーだけじゃない多くの人達が救われる。
だからお願いだ。…もう少しだけ、どうか頑張ってくれ。――――必ず、助けてみせる」




他の誰でもない、この俺が―――――。




***




の手引きで上手くガラスの牢獄から地上へと戻った俺は、なんでもない顔で華やかな夜会へと戻った。




「随分と長い散歩だったな。お前が一番最後だぞ」




そう言ったリボーンの顔は、俺が何か掴んできたことを確信していた。
その後ろで、不機嫌そうな雲雀さん、対照的に明るい笑顔を浮かべている山本が俺を見ていた。


「華やかな場って、どうも慣れなくてね。そろそろ失礼しよう」


それぞれがすべきことを果たしたところで、早々に引き揚げアリウムに対する策を、と考えていた矢先だった。




「まだ夜が明けるには少し早いではありませんか、ボンゴレ」




アリウムだった。




思わず鋭くなりそうだった視線を柔らかに微笑ませたまま、俺は言った。




「俺もファミリーも、みんな本当はこうした華やかな夜会は苦手なもので」
「天下のボンゴレのボスが何を!こんな湿気た場でご謙遜を」
「いえ、本当に。庭を少し散歩させてもらいましたが、あちらも華やかですね。うちもああしようかな」


庭を、と俺が言った瞬間、アリウムの目の色が変わったのは明らかだった。
リボーン達の空気も、本当にほんの少しだけ変わった。


「庭を?いやはや、嬉しいものですな、ボンゴレのボスにお褒め頂けるとは」
「そちらこそご謙遜を。手入れされたいい庭でした」
「はは、今度は是非そちらの庭も拝見させていただきたいものです」




「ええ勿論、いつでも歓迎しますよ」




***




「――――今思うとね、あの時もうリボーンは何かを予感していて、どうあってもこうしていたと思うんだ」




10代目がそう言って見つめるメインカメラには、第3ゲートで対峙する芝生頭とリボーンさん達が映っていた。


予定よりも凄まじいスピードで、リボーンさん達は地下ゲートへと近づいてきている。
のんびり構えている余裕などないはずだ。
けれど10代目は穏やかな目をしていらっしゃる。


もう、止められないというのだろうか。
それならいっそ、だなんて。




「……10代目、地下ゲートへ俺を行かせて下さい」
「…獄寺君、」




「俺が止めてみせます!!いずれ思い出すにせよ、今はその時ではない……っ!
10代目もそうお考えだったはずです!!俺がっ、俺がやってみせます!!」




メインカメラ越しのさんは、うつろな目で空を見つめながら、何かを呟いている。
俺は、こんな姿見ていられない!(俺に何が出来るのだと言われても!!)




「――――分かった、許可しよう。…なんとしてでも、を奪還してきてくれ。
今の彼女をあそこへ―――アリウムの屋敷へ連れてはいけない、絶対にだ」


「はいっ!!獄寺隼人、ボンゴレ10代目の右腕として、必ず―――!!」














































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