「の父親、兼孝(かねたか)はアジア系マフィアのボスの中でも、穏健派として有名な人だった。
あまり表舞台に出てくる人ではなかったから、俺も一度しか、会うことはなかったけど、
とても博識な人でね、のあの聡明さは、きっと父親譲りなんだと思うよ」
なんとも優しい目で、10代目は言った。
近頃、どことなくピリピリしていらっしゃったのだが、今は不自然な程に、落ち着いておられる。
過去を振り返る時間というのは、誰にも等しく、優しいものなのだ。
「アリウム・ソガーロ。あの男も元は、氏率いるファミリーに所属していたんだ。
けれど、傲慢で、強欲なあの男は、氏のやり方が気に入らなかったんだろうね。
悪知恵だけはよく働くロクでもない男だ、そういうやり口で力をつけていって、
ファミリーから抜けて、新しい組織、グロリゼファミリーのボスとして、」
俯いた10代目の、いつも優しい色をした瞳は、はっきりとした憎悪を浮かべている。
オレはぐっと拳を握りしめて、それでも10代目から目を逸らすことはせず、続きを待った。
あの人はもちろんのこと、目の前のこの人も、辛くて仕方がないのだ。
幸せを願っているのに、幸せになれない。
そのことに、絶望しながら、それでも、先へ進もうとして。
傷ついたとしても、明日を掴もうとして。
だから、
純粋な黒
「………、氏のお屋敷は森の中にあってね、人に知られていなかったんだ。あの場所を知っていたのは、
ボンゴレ9代目、氏の中でも特に信頼のある数名と、兼孝氏の親友だった、アリウム・ソガーロだけ」
「っ……な、なん、」
「火事で深い森ごとお屋敷が焼けるまで、彼らを除いて、誰にも知られていなかった。
……謎に包まれたその存在の全てを知ろうとした人間は、沢山いたけれど。
不可侵のところにあったんだ、あの人は。……いや、違うな……、あの人の、
兼孝氏の守りたいものが。……彼女こそが……、」
「……っではあの火事は!」
「そうだよ。俺も、あの日まで知らなかったけど。……あの火事は、の家族を殺したのは、あの男だ」
ぞっとするほど、冷たい声だった。
悲しみと、後悔と、そしてそれ以上の、憎しみ。
ふとメインカメラの映像に視線をやって、10代目は目を伏せた。
オレもちらっと見てみると、さんを抱き上げて走る雲雀と、その後ろを追うリボーンさんが映っていた。
唇をきつく噛んでみたが、痛みどころか、何も感じなかった。
ただ何故か、心臓の辺りがひどく、軋むような気がした。
いつも、迷いのない、真っ直ぐした憎悪を宿して、オレ達を睨みつけていたその視線は、
オレ達を、オレを、残酷なまでに優しく、あまく、殺す。(憎しみの中のもうひとつを、知っているから)
それでも、さんの意思を映している瞳から、逃げることなんて出来なかった。
たとえそれが偽物であっても、そこにある気持ちは嘘ではないのだ。
「表舞台に滅多に姿を現さないファミリー。同盟ファミリーの中でも、不審に思ってこそこそ調べてるとこもあったようだけど、
時期も時期だったしね。ちょうど、グロリゼがあれこれ活発に動き始めてた頃だ、それどころじゃなくなった。
………真実を知ってから、俺はずっと後悔しているよ。調べなければいけないことだったんだ。
そうしていれば……っ、あの時俺が、もっとよく考えていれば、誰もこんなに……、
彼女はあんなにも、こんなにも……っ、苦しまなくて、済んだんだから、」
「じゅう、だいめ……、」
「……夜会の時の話、だったね。……ごめん。……氏時代のアリウム・ソガーロは何かと評判がよかったし、
グロリゼのボスとして活動し始めてから、ヤツに従う人間も、沢山いた。分かるだろう?
こちら側の人間からすれば、アレは悪の頂点だったわけだけど、あちら側からすれば、
なんだろう、ヒーロー、違うな、もっと……、そう、神様、みたいなものだったんだ」
***
夜会に招待されていた面々に、俺は眉根を顰(ひそ)めた。
各方面で名のある人物が揃っている。
政界、社交界、マスコミのトップ、またはそれらに対する影響力を持った人間。
旧貴族、もちろん、こちら側の人間も。
腐っている。
グロリゼのしていることを知っているくせに、その巨大な悪意に呑(の)み込まれているのだ。
ヤツの顔色を窺(うかが)い、出来るだけ自分が甘い蜜を吸えるよう、必死に媚びる。
やはり皆、自分の身が可愛いか。
情けないことだ。(しかしそれは、自分にも言えて)
「………、」
「しっかり見ておけ。どっかに綻びがある」
「、わかってる、」
こんなどろどろした、きたないせかい、知りたくないし、関わりたくなかったのに。
「じゃ、オレは素敵な美女でも探してくるかな。今夜のお相手、ぜひお願いしたいしな」
「オレが見たところ、なかなかの上玉が揃ってるぞ」
「マジで?リボーンが言うなら間違いねーな。よっしゃ、んじゃ12時まで物色してくるな」
任務スタートの合図だ。
グロリゼファミリーの凶行、及びアリウム・ソガーロの裏の証拠確保。
タイムリミットは今夜、午前0時。
山本には情報収集を頼んだ。
なんでもアリウム・ソガーロは、無類の女好きらしく、幾人もの愛人を囲っているとのこと。
現にこの会場では、華のような女性が沢山、煌びやかに着飾ってダンスを楽しんでいる。
その辺りを中心にして、うまく情報を聞き出してもらう。
情報を持っていそうな女性がちらっといるようだし、何か掴める可能性は0ではない。
リボーンが言うんだから、間違いないだろう。
持っている情報の重要性はともかく、誘いの可能性もあるから用心はしなくてはいけないけれど。
「君の警護ということで不本意ながらここへ来たけど、もういいよね?
任務とはいえ、僕は好きで組織の駒のようなことをしてるわけじゃないし」
「あはは、はい、ヒバリさんもそれなりに楽しんで下さい。いいお酒あるんじゃないですか?俺は飲まないから、
よく分からないですけど。お屋敷も広いことだし、静かな場所でも探してゆっくりして下さいよ。
お付き合いは俺とリボーンで適当にやっておきますから。な、リボーン」
「こんだけ人がいるわけだ、キレて面倒起こす前にそうしろ。こっちもその方が助かる」
「そう。じゃ、僕も行くよ。しっかりやってよね、一応ボンゴレって組織に僕も組み込まれてるんだから」
ヒバリさんには屋敷の精確な地図を作る為の資料、グロリゼ解散の為の資料探しを頼んだ。
よく夜会が開かれるこの屋敷、盲点、この屋敷のどこかに、武器庫があるらしい。
情報筋はそれなりに信用出来るけれど、今まで散々うまく逃げてきたアリウム・ソガーロが、
そんな重大な情報が易々とこちらに流れるようなことをするとは思えない。
少なくとも、ただでは。
しかし、ここがグロリゼにとって重要な場所であることは確かなようだ。
この目で見て、分かった。
正確には、俺に流れる血が、そう言っているだけなのだけど。
少なくとも、ここの地図を作って損することはないだろう。
こういう几帳面な仕事は、案外ヒバリさんが得意なので任せた。(本人は夜会なんて嫌だと言っていたが)
「さて、じゃあ俺達はご挨拶回りでもしますか」
「こっちから行かなくても寄ってくるぞ」
「……それもそうか」
俺とリボーンは、グロリゼの悪行をボンゴレは知っていると、この夜会に出席している人間達にアピールするのが仕事だ。
俺達がここへ来た理由を悟って、早くもどうにかこちら側に寝返ろうとしている人間がちらほらいる。
あわよくば、そういう人間をこちら側に引っ張り込むのも悪くない。
この際、卑怯だとかなんとかと正義を振りかざし、手段を選んではいられないのだ。
「これはこれは、貴方様がこの夜会にお越しになられるとはドン・ボンゴレ!」
「ふふ、たまにはこういう場に顔を出すのも、ね。ええと、失礼ですがお名前を伺っても?」
「ボンゴレ一のヒットマン、ぜひ一度お会いしたいと思っておりました」
「そりゃどうも。ま、そのうちウチのボスが来るだろうから、それまで酒の相手でもしてくれよ」
彼女に出会う、3時間程前のこと。
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