銃声。
爆音。
叫び声。
硝煙。

それから、血の臭い。


、と私を呼ぶ、優しいボスの声。
ボス、ボス、私には貴方だけなのに。



行かないで。
行かないで。


私を置いて、遠くに行ったりなんかしないで。



、とボスは優しく私の名前を呼んで、笑った。
お前だけは、どうか幸せに、と呟いた。


ボスが息絶えた瞬間、重い扉が音を立てながら開いた。



純粋な黒



ボンゴレの屋敷に来て、一ヶ月。

私のファミリーが皆殺しにされてから、一ヶ月が経った。
あの日のことは昨日のことのように思い出せる。
それなのに、もうそんなにも経ってしまったのだ。

誰にでも平等に訪れてしまう朝。
それをその間ずっと、こんなにも憎い男と迎えたのだ。





男の声は呟き程度のものだった。秘密ごとを話すかのように。
それも、妙に甘ったるい声で。
この男はいつでも、私の憎しみを煽るようなことばかりする。
……憎しみ? いや、そんなに優しいものじゃない。
既存の言葉なんかでは言いようのないどす黒い感情が、
腹の底からふつふつと湧き上がって止まらない。


「……いつになったら分かるの? 私の名前を軽々しく口にしないで」


この男に名前を呼ばれるたび、私は表現こそ変わっても毎度同じことを言う。
するとこの男は、ひどく傷ついたような顔をする。悪魔で、人間のクズのくせに。
何もかも持っているくせに。これからもそれを手放すようなこと、ないくせに。

どうしたって、あの夜の罪を償うことはできないというのに。

そういう顔をされると、私は感情という感情を抑えられなくなってしまう。
この男がどうあっても償えないように、私の憎しみも終わることなどないからだ。

何をもって幸せとするのか、それは定義することなどできない。
幸せを感じるものは、人それぞれ違うからだ。

私の幸せは、ファミリーたちとの生活だった。
ボスの隣にいることだった。

他人にとってそれが無価値であっても、他人にそれは違うと否定されたとしても。
私にはそれが、唯一の幸せだった。

それを、この男は奪ったのだ。

どうして私が家族を奪われなくてはいけなかったのか。
その理由が、毎晩この男が私にあてがった部屋へ通う理由だ。

私の家族は、私のせいでみんな死んでしまった。
私も、後を追ってしまいたかった。今だってそうだ。
けれど、この男が私を屋敷へ連れ帰って同じ朝を迎えた日に、私は心に誓った。

ファミリーのためにも、ボスのためにも、私はここで死ぬわけにはいかない。
私の唯一の家族たちの無念を晴らすことができるのは、私だけだから。


「貴方みたいな人が、どうしてゴッドファーザーだなんて呼ばれているのかしら。私には理解出来ないわ。
神の名に相応しいのは、貴方みたいな人じゃない。……もっと、もっと優しくて、気高い人よ」


唇が切れるほどに噛んでしまわなければ、涙するのが分かっている。
それが一度でも流れ落ちてしまったら、目の前の男はどうするだろう。
私に一体、どんな仕打ちをするだろう。
それでも、私は思い出さずにはいられなかった。
こうして目を閉じてみれば、すぐに浮かんでくるのだ。
幸せだった頃の記憶も、あの夜のことも。


「君が優しさを望むなら、ボンゴレの優しさ全てをあげるよ。
君が家族を望むなら、愛情を望むなら、俺があげるよ」


男の指先が、私の目元に触れた。
ゆっくりと目を開いて、その顔を見つめる。


、俺は君を、」


何か言い出すのを聞かず、私は触れている指先を払った。
そしてまた、この男は笑うのだ。
とても悲しい、自分は被害者だ。そういう顔で。


「………、仕事を済ませたら、また来るよ」
「あなたの顔なんて見たくないわ。結構よ」


彼は何も言わずに、部屋を出ていった。


私は絶対に、あの男を――ボンゴレの全てを許さない。
私はあの日、全てを失ったと同時に誓ったのだ。

必ず、復讐してやると。

私はいつか、そう遠くない未来に、あの男を殺すのだ。


男が、私の家族にしたように。
私の、この手で。


一番苦しい方法で、じわりじわりと、まるで毒薬の如く侵し尽してやるのだ。




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