「お前は―――――――――の所有物なんだよ」
「さぁ、こっちへおいで?可愛いガット」




かわいそうな所有物。
あそばれるだけの、玩具。




「可愛い可愛いガット、私だよ」
「ガット、ガット、ガッと、がット、がっと、」





かわいそうな、ガット。
時間が経てば経つ程、冷めていった。(助けを待ちわびた、こころが)




そしてそのうち、




「お前は―――――――――の所有物なんだよ」
「さぁ、こっちへおいで?
可愛いガット」




涙さえも、忘れてしまった。








純粋な黒







「……声が、聞こえるの」
「………どんな?」




山本武はそう言って、私の淹れた紅茶のカップを、そっとテーブルの上のソーサーへ戻した。
その間にも、頭の隅で聞こえるのだ。
ざわざわとした胸騒ぎと共に、私を呼ぶ声が。




ガット、ガット、と。(私を猫と呼ぶ、舌舐めずり)




「私のこと、猫って呼ぶのよ」
「……お前は猫なんかじゃない。ちゃんとした、人間だ」
「そんなの私が一番分かってるわ。……でも、違うの、私を、そう呼ぶの」
、そんなのは忘れろ。お前に必要なことじゃない」




頬に伸びてきた、あたたかい手のひら。
振り払うことは簡単なのに、私は何故だかそれを受け入れた。(あたたかい、ぬくもり)




「……頼みごとなんかしたくないけれど、お願いよ。私に本当のことを教えて」




私がお茶に誘った時、この男はどうしようもなく嬉しそうな、そんな、顔をした。
まるで、子どもみたいにはしゃいで。
私をそっと抱きしめて、眩しい笑顔を浮かべたのだ。(ありがとう、なんて繰り返して)






その時、ほんの少し、ほんの一瞬だったけれど。






それでも私は、あたたかい感情が芽生えたことを、否定することは出来ない。
私を壊れ物のように扱う腕に縋りついたのは、演技でも嘘でもなく、素直な私自身の意思だったのだから。




だからこそ、眩しい笑顔をくれた、私に温かみを教えた彼には、こんな顔をさせるべきでなかった。




「………お前が知りたがっていること、分かるぜ。でも教えられない。お前は知る必要ないんだ」
「どうして?私自身のことよ。どうして不必要と言えるの?」






「お前の望みはなんでも叶えてやりたいけど、こればっかりは駄目だ」






苦しげな言葉の裏には、一体何が隠されているというの?
私が知っているのは現実であって、真実ではないという。




私にあるのは、底の見えない復讐心と、生温かい男の声と、




「………もう嫌なの、苦しいのよ、」
「……っ、、」




ガットという、不名誉な呼び名。




何にも分からないままの私を残して、時間が過ぎていく。
それと共に、断片的な映像はより鮮明になって、私を蝕む。




「…………少し前、ふと思ったことがあるの。……イエスかノーかで、答えて」




じっと視線を送れば、しばらくして観念したというように、山本武はお手上げだと苦笑した。
ふと目を伏せて、一度深呼吸をすると、いつもの笑みを浮かべた。(そして、)




「いいぜ、なんでも聞いてくれ。ただし、一つだけだ。嘘は言わない、約束する」
「……いいわ、一つだけね」




元より、質問は一つだけ。




このたった一つの質問によって、私の中の疑念いくつが解決することだろう。
思うに、呪われた赤ん坊が言う真実というものに、ぎりぎりまで近づく可能性もある。




もしかしたら、真実そのものに触れてしまうことも、ありえない話ではない。




「…………ただ、ちょこっと残念だったな。俺はいつまで経っても成長しねーガキだからよ。
純粋に、お前が午後のティータイムに誘ってくれたんじゃないかなんて、期待しちまった」




願わくば、知り得た答えがどうか、彼を傷つけてまでも得るべきものでありますように。




***




「………山本、もう一度だけ聞くよ。……今なんて言った」




こうなることは分かり切っていたわけだから、今更なのだが。
いざ、その事に直面すれば、それなりの恐怖心を覚えるわけだ。




相手はドン・ボンゴレ、自分の主人なわけであるし。




の質問に一つ、答えてやった」
「それは分かった。そうじゃなくて、どういう質問になんて答えたのかって聞いたんだ」




お怒りはごもっともな話だが、お前がオレの立場でも、同じことをしたはずだ。




なんてことは言えるわけがなく、オレは頭を下げた。
深い溜息が、頭上から降ってくる。




「……山本は、のことを大事に思ってるんじゃないのか」
「大事に想ってるぜ、当たり前だろ」

「ならどうして勝手なことしたんだ!!ただでさえは……っ、記憶を、取り戻し始めてるのに……っ。
骸はもう幻術をかけ直す気なんてない、ヒバリさんも、リボーンでさえ影で何かしてる!」




これ以上混乱させないでくれと言ったドン・ボンゴレは、これまでにない程、疲れた顔をしていた。
そこから滲み出る、焦り、不安、戸惑い、怒り。




そして色濃く、溢れ出るような感情がひとつ。




陳腐な表現であるが。
それはまるで、モノクロの戦場で、輝くような色を放つ花のような。
黒く塗り潰したような夜空で、ひっそりと神々しい光を放つ星のような。








への、深い愛情。








「…………ただ、ちょこっと残念だったな。オレはいつまで経っても成長しねーガキだからよ。
純粋に、お前が午後のティータイムに誘ってくれたんじゃないかなんて、期待しちまった」

「………、そうね、少しの下心もなく、探るためじゃなく、あなた自身を知る為だけに、
午後のティータイムはいかが、なんて貴方を誘えたら、きっと楽しいでしょうね」




浮かべた微笑みの、悲しさといったら。




なんでもない、普通の女だった。
その、美しさを除けば。




類(たぐい)なき美しさゆえの不幸を知って、お前はどんな絶望へと身を投じてしまうのか。




「これさえ分かれば、何もいらないの。私が欲してるのは、現実でなく真実なのよ」
「……誰に吹き込まれたかは聞かないが、的を射てる。予想がついちまうな」




骸が勝手に事を進めてしまえば、遅かれ早かれこうなることは目に見えていた。
それに雲雀も、ましてやあのリボーンまでが奴の計画に乗ったなら、仕方がない。




「………私が見る断片的な映像や、流れてくる声は全て、私の過去の記憶なの?」




もう、時間の進みと彼女の心を、待ってはいられない。
本来なら、そこをなんとかするのがオレの役目なわけだが、彼女自身が既に疑問を持ち始めている。
自分の中を流れる、断片的な記憶達に。




自分の中の、現実に。





「お前が見る、断片的な映像」
「お前が聞く、途切れ途切れの声」
























































「全て、お前の過去の記憶だ。……この屋敷、ボンゴレに来る前のな」




























目を見開いて驚いた、壊れそうな彼女を。
理不尽に降りかかる不幸を、懸命に受け入れた彼女を。






神様とやらに良心があるのならば、あんたが散々痛めつけた彼女を、どうか包み込んでやってくれ。















































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