「―――――――――――っ、」
何だか息苦しくて、目が覚めた。
よく分からないけど、まだ頭が痛い。
「」
冷たいような気さえする、凛とした声。
鋭さを持ちながらも、どこか甘い響きを放つ。
「………、呪いの、子、」
呟くようにして言った私に、男はひどく不機嫌な顔をした。
呪われた赤ん坊と忌み嫌われた、男。
「その呼び方は駄目だと言ったはずだぞ。……具合の方はどうだ?」
「……、私、」
「倒れて、また倒れた」
ぼんやりと、おぼえている。
全く分からないわけでもない。
けれど、曖昧すぎて、それが現実だったのかが分からない。
「覚えてねぇなら構わねぇ。……それより、少し話してぇことがあんだ」
純粋な黒
「……珍しいこともあるものね。貴方、いつも私を避けるのに」
笑みを浮かべて、私がゆったりとそう言うと、男は眉根を寄せた。
そして、私の顎を長い指先で持ち上げる。(ひどく、面白そうな顔をして)
「いいや、その逆だな。俺はお前みてぇな女は好きだ」
「気安く触らないでちょうだい」
「そういう気位(きぐらい)のたけぇとこも、好感が持てる」
「あらそうありがとう。私は貴方のそういう軟派な態度が大嫌いよ」
「テメェの身の程を弁(わきま)えねぇ気位の高さ、尊敬するぜ、」
冷笑を浮かべ、男はただ私をじっと見つめる。
今度は私が、眉根を寄せた。(身の程を弁(わきま)えない、ですって?)
「用件はそれだけ?ならさっさと出てって」
「テメェにそんな権限があると思ってんのか?ここはボンゴレの屋敷だぞ」
「そんなことは貴方のご主人に仰って下さる?私だって好きでこんな所にいるんじゃないわ」
「口が過ぎるぞ」
「何とでもどうぞ。私は嘘は言ってないわ」
どうして、あの時私も一緒に死ねなかったのか。(いとしいいとしい、あの、)
どうして、私は今もこうして生きているのか。(憎い憎い、この、)
大事なものはいつも、私の手から溢れて、零れていく。
「お前の言ってることは全て嘘だ」
「貴方が決めることじゃないわ」
「いいや、決めることが出来ないのはお前の方だ。俺は真実を知ってる」
「真実、ですって?……笑わせないで。これが現実よ」
「そうだな、お前の言ってることは間違いじゃない」
失ったものは、もう還(かえ)らない。
ふっと、そんなことを思った。
失ったもの、そう、いとしい温かな存在には、もう二度と逢えない。
温かい思い出にだって、もう触れられない。
思い出にさえ、触れられない?
まさか、そんなはずはない。
だってほら、今だって、目を閉じてみれば温かいあの、
………、あの―――――――――?
「お前が知っているのは、現実。俺が知っているのは真実、だ」
ひゅう、と気管が音を立てながら、冷たい空気を取り込んだ。
嫌な汗が、じわじわと滲む。(現実と、真実)
「どういう、こと?」
「、愚かしいお前が、俺は心底愛しいぞ」
「っ、なに、なんなの、」
「……優しすぎるお前が、悪い、」
「、わからないわ、そんな、」
「赤ん坊」
鋭い、男の声。
厳しい、声音(こわね)。
「……ひばり、きょうや、」
「何の用だ?雲雀」
「そのまま返すよ。勝手なことしないでくれる?」
「お前に言われたかねぇよ」
張り詰めた空気の中、飛び交う殺気。
くらくらと、眩暈がする。
「、僕は君に言ったね。僕だけが、君を助けてやれるって」
「……そうね、言ったわ」
「君が知りたいと言えば、僕は君に全てを教えてあげるよ」
そう言うと雲雀恭弥は、ちらりと男に視線を送った。(勝ち誇ったような、)
小さな舌打ちが返ってくると、満足気な顔で、私の髪に唇を落とした。
「、選ぶのはお前だぞ。俺は、真実を知ってる」
「駄目だ。、言っただろ?僕だけが、君を助けてやれるんだ」
「、どちらの話も聞く必要はありませんよ」
……どうにも、今日は騒がしい。
目まぐるしいまでに、あれよあれよと変わっていく。(私の知らない、ところで)
「テメェまで来やがったか。……帰れ」
「おやおや、協力し合おうって言ったじゃありませんか」
「何、真に受けてたの?」
「まさか!僕はともかく、君達は協調性なんてかけらもないでしょう」
「当たりめぇだろうが」
「合わせてる暇があるなら、付け入る隙を探してるよ」
混乱するばかり、だ。
雲雀恭弥は、自分だけが私を救えると言う。
呪いの子、アルコバレーノと呼ばれた黒一色の男は、自分は真実を知っていると言う。
そして、六道骸、は。(ずきり、)
また、また、また、だ。
米神の辺りがズキズキと痛む、嫌な、頭痛。
吐き気と一緒に、ぐるぐると巡る、思考。(思惑と、復讐は?)
「、いいんですよ。何もせずとも貴女は、時期が来れば全て思い出す。
僕はどこかの誰かと違って、お優しくはありませんからね」
例え、貴女を傷つけることになっても、
ふわふわと、意識が漂い始める。(そんな、感覚)
力が、抜けていく。(何故、駄目よ、肝心なことが何一つ、)
そうした努力さえも、飲み込んでゆく、蝕んでいく、(一体、何が?)
***
彼女はぐっすりと、安やかな夢の中。
沢田綱吉らを、甘い甘いとことある毎(ごと)に口にしているが、僕も充分甘い男だ。
どうにか、彼女を世界で一番幸せな女性に出来ないかと、こうして考えている。
不幸せな過去を払拭(ふっしょく)出来る程の、幸せ。(全てを、この哀れな女性に)
「……あとは、どう黙らせるかだな」
「そう簡単には黙らないよ。……いつまで経っても甘いんだよ、彼は」
アルコバレーノも、雲雀恭弥も。
僕と同様、口では彼らを小馬鹿にしながら、解かっている。
彼らと同じように、彼女の幸せを。(ただひたすら、願っていることを)
「まぁ、僕らもそう人のことを言っていられませんがね」
「馬鹿言え。あんなのと一緒にすんな」
ただ一つ、決定的に違うことがある。
「それはそうです。彼らは無償、ですからね」
「よく出来るものだと感心すら覚えるよ。僕には到底真似出来ない」
「真似出来ない?違うだろ、雲雀。俺達は真似したくないんだよ」
そう、僕達は見返りを求める。
無償の愛だなんて、そんなもの。(べとべと甘い、そんなもの、)
彼女に注ぐ愛には、それと同等の見返りがなければ。
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