全て、記憶している。(ちがう、)
その全てが、全てでないことも。(ちがう、)
全て、記憶している。(違う、)
私が忘れてしまっても、身体に染みついた恐怖は、消えることなどない。(嘘だ、)
そうだ。(嘘に決まってる、)
今なら全て、全て、解かる。(違う、知らない、)
私はあの人の、お人形。(違う!)
息をして、動いて。(そうだとしても、)
言葉を理解して、身を委(ゆだ)ねる。(私、は、)
私はあの人の、可愛いガット―――――――――――――。(猫なんかじゃ、ない、)
純粋な黒
「、ちがうわ、こんなの、ちがう、」
あれが、私の過去の記憶?(残酷な夢こそが、甘い現実)
冗談じゃない、あんなもの、違う。(ちがう、)
「っヒバリさん、もういいでしょう!これ以上彼女を傷つけないで下さい!」
「傷つける?僕が彼女を?……違うだろう。彼女を傷つけているのは誰でもない、君だよ、沢田綱吉」
私の過去は、あんなものじゃない。(ちがう、)
私の過去は、眠たくなるような、優しい夢。(そうだ。あれこそが、夢)
「………ガットと呼ばれ、あんな風になるまで弄ばれたことが、幸せだったのか?」
違うと、確信出来る。(沢田綱吉の怒声が、何度も繰り返される)
それなのに、どうして否定の言葉を紡ぐことが出来ないのか。(その答えも、知っている)
「―――――――――――――あんたの言うことなんて……っ、信じない、」
「君はもう解かってるはずだ。何が真実であって、何が間違いであるのか」
「お遊びが過ぎますよ、雲雀恭弥」
口元の笑みが、ひどくうさんくさく映って、私は眉根を寄せた。
私を上手く揺さ振るこの男も、あの優しい過去を、嘘だと言うのか。(………六道、骸)
「そろそろ魔法が解けてしまう頃だと、すっかり忘れていました」
小さく微笑んで私に一歩近づくと、男の手だとは思えない程繊細なそれで、私の頬を撫でた。
ゆっくりと、優しい動きに、甘い眠気に誘われる。
瞬間、驚いた時にはもう遅く、ゆらゆら揺れていた意識は簡単に飛んでいった。(あの、特徴的な、笑い、)
***
「………わざとだろ」
「何がです?」
カッと、全身に熱が回ったような気がした。
その感情のまま骸の胸倉を掴むと、後頭部の冷たい感触。
一気に、引き戻された。
「……その、すぐ人に銃口向ける癖、いい加減治せよ、リボーン」
「オレに指図すんなダメツナ。テメェはこのすぐ感情に突っ走るとこをなんとかしやがれ」
両手を上げて溜息を吐くと、また徐々に、感情の波に攫(さら)われる。
「………骸、正直に答えてくれ。……お前、に幻術をかけ直すこと、わざと忘れた振りしたのか?
……それから、ヒバリさん。どうしてにあんなこと、言ったんです?正直に、答えて下さい」
二人が口を開く前に、山本と獄寺くんが、乱暴に席を立った。
「…………お前らに何したんだ」
「テメェらが何したか知らねぇが、さんに手ぇ出したとなりゃタダじゃおかねぇぞ……っ!」
「山本も獄寺も落ち着け!このままでは話が進まん」
了平さんに宥(なだ)められ、渋々ながらも席に着く二人。
その様子を見て、ヒバリさんが不機嫌そうに言った。
「君達はそうやって過保護にすることが幸せかい?」
そこで俺は、あぁ、と納得したような気分になってしまった。
ヒバリさんの考えを認めるわけではないけど、俺にも似たような、我侭な気持ちがある。
「…………僕達がどんなに彼女を大事にしても、今の彼女にはそれが不愉快なだけだ。
それに何の意味がある?僕達は嫌われる為に彼女をここに連れてきたのか?」
「非常に不本意ですが、僕も雲雀恭弥と同意見なんですよ、ボンゴレ。……不本意ですがね。
……僕の幻術がなければ、彼女が絶望してしまうことは承知ですが、納得出来る話ではない」
もし彼女が、悲しくて苦しい、悲惨で、冷たい過去を、知って、しまったら。(きっと、間違いなく)
彼女はそのことに深く絶望して、生き地獄の上に更に同じ苦しみを重ね、その挙句。
生きることの意味を見失い、生きていることにまた絶望して。
そのまま、死んで、しまうだろう。(それだけはなんとしても、止めなければ、いけない)
「…………憎まれたままだとしても、アイツを苦しめたり、悲しませたりするよりマシだ」
「けっ、テメェにしちゃいい答えじゃねぇか。……10代目、さんをこれ以上傷つけるのは、」
「俺も同意見だ。………あの日のような彼女は、もう見たくない」
山本が言うように、俺はもう、彼女を苦しめたくないし、悲しませたくない。
もし、そういう要素がどこかにあるなら、それの全てを壊して、消して、殺してやる。
獄寺くんが言うように、俺はもう、これ以上彼女を傷つけたくない。
もし、何か、彼女を傷つけているものが、まだ、この世に存在するなら、跡形もなく、葬り去ってやる。
了平さんが言うように、俺はもう、あの日のような彼女を、もう、見たく、ない。
彼女のせいでない、誰のせいでもない、何のせいでもない悲しみを、あの小さな身体で全て背負って。
ひたすら堪えることだけをして、次第に、感情も、心も、失くして。
最後には、人形のようになってしまった身体だけを、残して。
「………………憎まれたって、彼女が幸せなら、それでいいと、俺は思うよ」
本当は、俺が言う言葉の半分に満たなくてもいいから、愛情をもって、返事を返して欲しい。
俺のキスに、愛情をもって応えて欲しい。
我侭な思いは、腐る程、あるけれど。(それでも優先すべきは、)
そんな、偽善の皮で必死に隠そうとしている欲望に気づいてか、そっと、笑った。
何かを堪えるように、何かを企んでいるように。
ヒバリさんと骸、それからリボーンが、小さく笑った。
***
なんでランボがいないんだっていうのは、次話で。
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