まだ子どもだった私を残して、両親は死んでしまった。
交通事故だったそうだ。両親のことは、それしか知らない。
身寄りのない私を引き取ってくれたのは、とあるマフィアのボスだった。
拾って面倒を見てやったところで、なんの得にもなりはしないのに。
何も持っていないただの子どもだった私を、本当に大事にしてくれた。
ファミリーはみんな、優しかった。
みんな、兄であり父であり、姉であり母だった。
それなのに。
純粋な黒
ぼんやりと、目を覚ました。なんだかくらくらする。
外からの光に、そっと目を細めた。目に痛いほど眩しい光だ。
もう、朝らしい。
誰にでも、朝はやってくる。それがどんなものであっても。
私にも、この男にも。朝は平等にやってきてしまう。
「気分は、どうかな?」
ベッドが、ぎしりと音を立てた。昨晩は散々だったことを思い出す。
ここでの私には、なんの自由も許されていない。人間としての自由は。
ああ、あの日に――違う。幸せだったあの頃に戻りたい。
今朝も、私の心にはたった一つしかない。
あるとすれば、あの頃の幸せな記憶だけだ。
こんな胸くそ悪いところから逃げ出さないのは、目的があるからだ。
その琥珀色の瞳をきつく睨みつけると、憎悪の念を少しも隠さず言った。
「用が済んだなら、すぐに出ていって。
いつも言ってるじゃない。もう朝よ。
いつまでそうしているつもり?」
早口に言った私に、男は悲しげに微笑んだ。
こういうところが憎いのだ。まるで自分は被害者だと言うような顔をする。
この男は、どうあっても加害者だ。
素肌に触れるシーツの感触さえも、私を苛立たせる。
「」
「あなたみたいな人間に、気安く呼ばれたくないわ」
私のファミリーが。
唯一の家族が。
柔らかく呼んでくれた、私の名前。
それを、こんな汚い人間に口にされたくない。
私は、何があってもこんな人間にだけは、屈服しない。
目的を果たすまで、私はどんな仕打ちにだって耐えてみせる。
「……君を、こんな風に手に入れるはずじゃなかったんだ」
イタリアンマフィアのトップ――ボンゴレファミリー。
ボスは私を決して仕事に関わらせなかったから、
名前と、その名前の持つブランドについてしか知らなかった。
知りたくもなかった。だって、私にはそんなことどうだっていいことだ。
それが、今はこれだ。
今、私の隣で横たわっている男こそが、ボンゴレのボスだ。
沢田綱吉という日本人の若い男だ。
容姿だけで言えば、とてもマフィアのボスとは思えない。
けれど、この男が私の全てを奪ったのだ。
「……そう。それで? なら、私の全てを返してちょうだい。
奪ったのはあなたでしょ? ……返してよ……、返して」
私の唯一の家族を、奪ったのだ。
「……、、」
「私の名前を口にしないでっ!」
憎い。
憎い。
憎い。
ファミリーだけだったのに。私の唯一の家族だったのに。
なんにも望むことなんてなかった。私は幸せだった。
肉親のない私を、本当の子どものように可愛がってくれたボス。
いつでも私の力になってくれて、いつだって優しかった。
私にいつも笑いかけてくれて、私を笑わせてくれたファミリーは、もういない。
憎い。
憎い。
憎い。
私の全てを奪ったこの男が、憎くて仕方ない。
私は絶対に、この男にだけは屈服しない。
たとえこうして、平等にやってきてしまう朝を共にしても。
私は絶対に、この男を許しはしない。
何があっても。それがどんなことであろうと。
絶対に、許しはしない。
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