「――――――で?遅刻した理由は、山本武なの?」
ご立腹だ。
この様子じゃあ、お昼休みまで帰してもらえないだろうな、きっと。
「だから、わたしが寝坊しちゃったんですって」
溜息を吐くと、キョーヤ先輩は顔を顰(しか)めた。
全く、この人は面倒くさい性格をしてる。
「……それに僕、君が山本武と登校してるなんて、聞いてないよ」
02:嫉妬
「、は?っていうか、なんで、そんなこと報告しなきゃいけないんですか?
わたしが誰と登校しようが、キョーヤ先輩には関係ないじゃないですか」
キョーヤ先輩の言葉に、少しイラっときたわたしは、つっけんどんに言った。
キョーヤ先輩は、黙ってわたしを見つめてくる。
「っ、たーくんは、たーくんとわたしは、生まれた時から、ずっと、ずっとずっと、一緒なんです。
大好きで大事な、幼馴染なんです。……それを、キョーヤ先輩に壊す権利なんて、ないっ!」
涙で、視界が滲んでいく。
やっぱり、あの夢を見たせいだ。
たーくんのことを思い出すと、なんだか苦しくなる。
イライラして、悲しくて、どうしようもない。
ただ、たーくんに逢いたい。
「…………壊そうなんて、思ってないよ。……ただ、ただ少し、気になっただけ。
ごめんね、泣かせる気なんて、なかったんだ。………ごめん。泣かないで、」
そう言ってキョーヤ先輩は、わたしの頭を、優しく、撫でてくれた。
大きな手の、温かいぬくもり。
ほっとしたら、余計に涙が溢れた。
「っ、ごめ、ごめんなさい、わ、わたし、キョーヤ先輩に、失礼なこと、」
「僕が、悪かったんだ。……が謝る必要はないよ」
ほんの少しだけ、キョーヤ先輩は笑った。
それは、本当に淡く、だったから、笑ったのかどうか、怪しいけど。
けどわたしは、その微笑みに、居た堪れない気持ちになって、逃げるように応接室を出た。
***
「………っ、ムカつく、」
壁に、拳を叩き込む。
悔しい思いの苦しさで、痛みは感じられない。
「委員長」
情けないところを見られた。
イラついてるし、いっそ、咬み殺してしまおうか。
「……珍しいですね、そんなお顔をなさるのは」
ムっとするよりも、カッとするよりも、驚いた。
目を見開いて、草壁を見る。
草壁は、あからさまに、しまった、という顔をした。
「「そんな」って、どんな?」
僕が言うと、今度は、意外そうな顔をした。
今度こそ僕は、ムっとして、トンファーを取り出す。
「な、何かお悩みになられているような!」
慌てて、草壁は言った。
でも、なんて?
悩んでいる?
誰が?
「……僕が?」
「は、はい」
人間誰しも、悩むことはある。
つまりそれは、僕だって例外じゃないってことだ。
僕だって、悩むことくらいある。
でも、一体何に?
だって最近、僕は悩んだ記憶がない。
「、あ、あの、と、と一緒にいらっしゃる時は、穏やかなお顔をなさってますよ、委員長は」
瞬間、ついさっき、涙を浮かべたまま、ここを出て行った彼女の後姿が、ありありと浮かんだ。
引き止めたかったけど、機嫌を損ねたのは僕だし、仕方なく見送った、彼女の後姿が。
「、嫉妬、ってヤツかもね、」
らしくもない。
けど、どこかで分かってたことだ。
仮に僕が、今悩んでいるとする。
僕は、その悩みというものの正体を、分かっている。
解決する方法も、知っている。
けれど、それを実行する権利は、僕にない。
僕は、彼女、のことが、好きだ。
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