これのつづき




 「ヤバイんだわチョット聞いて?」

 ……まぁ予想はしてたんだよ、なんか今日マッキー変だったから。変だったから! でもさ!! どうしてマッキーはこういう……みんなが疲れてるっていうときにコレするの? 今日土曜だけど俺ら練習だったよね? いくらお昼で解散っていってもさ、朝早くからさっきまで“いつも通り”練習してたよね? つまりね? みんな早く帰りたいんだよ?? お昼ご飯おうちでゆっくり食べたいの。課題もあるの。あと俺はちょっとお昼寝もしたいの。


……もしかして忘れてます????


 ついこないだ――ホント、“つい”こないだ――の合宿で国見ちゃんの一件が終わったあと、マッキーの自慢のカノジョ――ちゃんのラインで(マッキーだけが)めっちゃテンション上がって、結局うんたらかんたら延々と「それどっから出てくんの? そんなある? え? まだまだある? マジ??」ってくらい俺たちにどれほどちゃんが“かわいいカノジョ”であるかというの(まぁつまり自慢話)を散々に語って俺たちにクソ迷惑かけたクセになんでまたやるの?? いや合宿のときだけじゃなく何かあればすぐちゃん語りしてくるけど。でも俺知ってるからね? 合宿の件でものすごくちゃんに怒られたって知ってる(国見ちゃん情報だから間違いない)からね?? あんな美人のカノジョに怒られてやんの〜! ざっまぁああああ!!!! ……アッ……でも逆にそれはそれで――――というわけで。


 「ハイッ、解散ッ!」


 俺が高らかにそう宣言すると、マッキーはいつもの涼しい顔はどこへやら鬼の形相で「うるせえ大ピンチなんだよ聞けコラッ!!」とか言い出して、もう今にも小動物食い散らかしそうな狼……いや、なんかもっと獰猛な……なんかコレっていうたとえ思いつかないけど! とにかくなんかヤバそうな殺気みたいなのがゆらゆらしていて……とにかくなんかヤバイ!!!! 俺のボキャ貧もヤバイ!!!! そしていつも「解散ッ!」って言う役みんなして俺に押しつけるクセに(主将だからって理由で。こういうときばっかり調子いいよねホント!!)いざとなると誰も助けようとしない。そして相変わらずそんな俺を優しく癒やしてくれる美人でかわいい――そう、ちゃんみたいな!!――カノジョ俺にはいない!!!! ぐるっとみんなを見回しても、どこ吹く風〜みたいな顔そろってしやがって……ッ!! とギリギリしつつも、まぁここはホラ、なんとか乗り切るしかない!!(だって俺お昼寝したいから!!) というわけで、俺は「い、岩ちゃんじゃないんだからさ〜。チンピラみたいな話し方しないでよマッキーってば〜。ホラはやく帰ろうよ〜ね〜??」と冷や汗だらだらって感じだけどヘラヘラっと言った。すると今度は背後から殺気が襲ってきて――。

 「そりゃどういう意味だクソ川コラッ!!」
 「そのまんま!! イテッ!」

 とかなんとか俺たちがやっていると、国見ちゃんが「……で、どうしたんですか?」といつもの無気力な顔で言った。さ、さすが……! 怖いもの知らずな子……ッ!! …………いや、国見ちゃん早く帰りたいだけだなこれは……顔がそう言ってる……俺には分かる……分かるぞ……。

 「おお、さすがのイトコなだけあるな国見……。俺のことは“お兄さん”と呼んでいいぞ……」
 「それ顔合わせるたびに言うのやめてもらっていいですか? で、結局なんなんですか?」

 マッキーの発言に「後輩になんてウザイ絡み方してんの?!」とツッコミそうだったけど、国見ちゃんの華麗なスルーで回避できた。そうだよね、国見ちゃんやればできる子って俺知ってたよ! なんてったってこの及川さんの後輩ッ!!!! よし、この波に乗るぞッ!!

 「もうこの際聞くから!! めんどくさいから早く言って俺ら早く帰りたいから!!!!」
 「うるっせえ黙って聞けブチ転がすぞッ!!!!」

 ……鬼神と化したマッキーはもはや誰にも止められないようである。つまり構わず続ける気。「そうだよな、疲れてるトコごめんな」とか遠慮するなんてないよね、知ってた。もうこうなったらしょうがない。聞くしかない。それなら早く終わらせよう……早く終わらせてご飯食べてちょっとお昼寝したいから……。

 みんな視線を合わせて、ごくっと生唾飲んでマッキーの言葉を待った。


 「……夢をな、見たんだよ…」


 「「「「……」」」」


 「ハイッ解さ「でな?」……ハイ……」

 ごめんねみんなってなんで俺が謝んなきゃいけないの!! って感じだけど!!!! もうマッキーほんとマジ鬼神!! こわい!! その中で今にも眠りだしそうな国見ちゃんの神経構造どうなってんの?!

 「その夢っつーのがさァ!!」
 「と、突然キレないでよ情緒不安定なの?!」

 言いながら(怖いから)サッと岩ちゃんの後ろに隠れた。俺より小さいけイテッ! なんで殴るの?!

 「が!! どこぞのパツキン野郎と!! キスしてたんだよ!!!! キス!!!! しかもめっっっっちゃディープなヤツ!!!!!!!!」

 Oh……それは……なんというか……と俺が思ったところで、「……それは単純に花巻さんが欲求不満なだけなんじゃないですか」と国見ちゃんがめんどくさそうに言った。だから国見ちゃん!! きみはね!! ちょっとね?!?!

 「みんなが思ったけどズバッと言わないで……!」

 実際そうだろうなって感じなんだけど! 俺らの代わりに言ってくれてありがとう感がちょっとあるけど!! まったくこの子はほんとにマイペースかよ……と頭を抱えそうなところへ、マッキーが吠える。マジ鬼神こわすぎ。

 「カノジョが他の男とキス……しかもめっっっっちゃディープなのしてる夢見て嬉しいヤツがどこにいんだよ!!!! だいたい欲求不満で見る夢なら俺がをああだこうだと――」

 「岩ちゃん! 教育的指導ッ!」

 「任せろ」

 「っうぐッ!!」

 まぁでもマッキーの言いたいことは分かるよ……付き合って六年目でついこないだやっと名前呼びしてもらってさ? そこまでの(どこまでいってるのかとかそういうね?)事情は知らないけど、そこへそんな残酷な夢みちゃったらちょっと情緒不安定にもなるよね、あんなに溺愛してんだもんね……だからって俺たちに迷惑かけていいってことじゃないけど!!!!

 しっかし……これどうしたもんかな……おうち帰りたい……と思ったところで、救世主が現れた。いや、この場合は救世主ではない気がする。というかこの子には何の非もないので申し訳ないんだけれども、マッキーがおかしなテンションになるときばっかりはどうしたもんかということになるわけで……つまり――。


 「あれ? はなま――え、えっと……た、たかひろ、くん、まだ帰らない?」


 なんでちゃんココいるの……?


 「あ、さん。花巻さん待ってたの? ……デート?」

 マイペースな国見ちゃんがススッとちゃんに近づくと、ちょっと首をかしげて聞いた。……あざといなオイッ!! 俺はそんな国見ちゃん知らないぞッ!!!! ちゃんのまえではいつもそうしてるから……だからかわいがられてるんだなッ?! 及川さん分かっちゃったぞッ!!!!
 ちゃんはちょっと困った様子でいるけれど、「あ、うん、そう。英くん、お疲れさま」と言って、それからちらっと俺に視線をもってきた。……ぐぅ……ちゃんかわいいマッキーずるいクソッ……!!

 「でもなんか……わたし、お邪魔しちゃったかな……?」

 俺の目をじっと不安そうに見つめてくる。……あーッ!! うらやましいマッキーうらやましい〜ッ!!!! 人のカノジョでこれだけ盛り上がれるのは、やっぱり日頃からマッキーに「がかわいい」洗脳されてるからなんでしょうかッ!! いや今はそんなことより!!

 「……!!」

 もう頭おかしくなってる(ちゃんが絡むと大体そうだけど)マッキーを止めることが最優先事項である。

 「ぜっ、全員マッキー確保ーーッ!!!!」
 「「うぃーす」」

 さすがッ! 苦楽を共にしてきた三年は強いッ!! みんな訓練されているッ!!

 「! 俺は浮気許さないからな!! あんなキスしたいなら俺に言えよ!! 俺だったらもっとイロイロ……ちょっ、ッ岩泉離せ……ッ! 俺には引けない理由があるッ!!」

 ワケが分からないという顔で(当然だよね!)ちゃんが「うん……?」と呟いて、国見ちゃんと俺とに交互に視線をやるので、ここはやっぱり主将である俺がッ! ……みんな……骨……ちゃんと拾ってよね……?


 よしっ、及川徹ッ! いきますッ!!


 「ああああちゃんお疲れマッキー待ってたんだよねちょっと今マッキー疲れてるみたいだからなんかおかしいけどなんともないからダイジョブだよこわくないこわくないでも今日はマッキーこの通りちょっとだいぶアレだから悪いけどおうち帰ったほうがいいと思うんだよねお互いのためにも!!!!」

 ちょっとマッキー黙っててくんないかな!?!? と思いつつ、まるで呪詛のように「あんな……あんなパツキン野郎に俺は……ッ!!」と低く唸る姿を見ると、なんていうか言葉が見つからなかった。こうなったマッキーはホント迷惑だけど、でもいろいろな事情が背景にあるんだということを考えると……。でもちゃんにはなんの罪もないわけでさ?? うーん……と俺も唸りそうになったところで、ちゃんがまさかの発言をした。


 「……パツキン……金髪? きんぱつ……う、うーんと……蛍くん? 知り合いなの?」


 「「「「……」」」」

 「お、おい……オイ……及川……」


 ヤバイぞマッキーの目がヤバイ。


 「まっ、待ってマッキー金髪ってだけでしょ早まらないで??」

 「……殺ッ!! チャン俺は今すぐ“ケイくん”に会いたい!!!!」

 「ウワァァァ!!!! 国見ちゃんちゃん送ってってくれる?! ね?! マッキーこれだから!! コレだから!!!!」

 「はい。さん、帰ろう」

 「え、あ、うん……」

 国見ちゃんに優しく声をかけられて、ちゃんは戸惑いつつも俺たちに背を向けた。こ、これでとりあえずは……とほっと息をつきそうなところで、ちゃんがぴたりと足をとめて振り返った。それからはにかんだ笑顔を浮かべる。あああ、なんかさ? 美人て“美しい人”って書くじゃん? つまり美しいわけであって、かわいいとはまた違うわけ。あの合宿のときのラインでも思ったけど、かわいい子がアレ送ってきたら「かわいいな〜」ってそりゃ思うし、この笑顔も「かわいいな〜」なんだけどさ? これが美人の場合だとさ? もうなんていうかテーブルドンドンと地団太ドンドン同時にしてそのあと床に這いつくばって血涙流しながら「う、うつくしい……」って呟いて転げまわりたくなる「かわいい」なんだよね。でさ? とか考えてたら――。

 「……なんだかよく分からないけど、でも、たかひろくん、が、蛍くんと会いたいって……嬉しいな。ふたりが仲良くなってくれたら、わたし……うれしい」


 …………。


 な、なにそれどういう意味ちゃんに限ってないと思うけど「彼氏と浮気相手でわたしをシェアするには仲良くね☆」みたいなことなの?! いやいや、そんなことあるわけない……あるわけないけど……。

 「チャン? ちょっと待って俺の話聞いて? 大事な話だからホント! 離せ岩泉ッ!! ……オイッ! オイッ国見!! ……国見コラァッ!! 何おまえさりげなくと手なんか繋いでやがる離せ聞こえてんだろッ!!!!」

 「みんな!! 国見ちゃんとちゃんが帰るまでマッキーはホールド!! 離しちゃダメゼッタイ!!!!」




 「……それで国見ちゃん……どういうことだったのかな……?」

 俺がゲンドウポーズでうつむきながらそう言うと、国見ちゃんはなんでもないような顔で(ホントこの子マイペースかよ)サラッと「あぁ、なんかお隣さんらしいですよ、“ケイくん”」と言った。そしてパンをかじる。うん、購買のメロンパンめっちゃおいしいよね。じゃなくて。

 あのあと、鬼神・マッキーをその場ではいさめられたものの、やっぱりどうしても“ケイくん”が気になったようで――そりゃそうだあんな意味深な発言――マッキーはちゃんに鬼の名に恥じぬ鬼ライン、鬼電、さらには若干すたれてきているメールまでも使って、なんとか“ケイくん”の情報を聞きだそうとしたわけだけれど、返信する間もないほどの突っ走りぶりにちゃんは「もう! たかひろくん全然話聞いてくれない! 知らない!」というわけで――。そうなればもはや頼れるのはこの子だけ! そうッ国見ちゃんッ!!

 落ち込むマッキーの代わりに、ここはやっぱり主将であり、ふたりをずっと見守ってきた俺が一肌脱ぐところだな……と思って、ちゃんになんとか――なんとかそれとなーく「そういえば“ケイくん”て誰?」と聞いてきておくれ塩キャラメルあげるから!! と国見ちゃんを買収した。いや、それはともかくです……そうですか……“ケイくん”はお隣さん……お隣……さん…………。

 「お、お隣さんていうのは……あれですか……窓からお互いの部屋を行き来できるという少女マンガ的なアレなんですか……そうだとしたらぼくはあと数秒でここへ駆けつけてくるであろうマッキーになんと言えばいいんでしょうか……」

 マッキーに「大丈夫! 俺が国見ちゃんに頼んどいたから!! ちゃんも国見ちゃんにならポロッと話してるはずだからさ?」とか言わなきゃよかった……なんて展開だお隣さんだと? 色んな要素がめいっぱいでどこをどう説明すればマッキーが納得して“ケイくん”抹殺計画を練るの止められるわけ?? 無理じゃない????

 バァンッ!!!!


 「それで国見クン、どういうワケだったんですか」


 …………ダメだ終わった……。

 「あ、花巻さん、早かったですね」

 「土曜からずっとに連絡シカトかまされてっからな。“ケイくん”を即刻抹殺するためだ、俺は一秒ですら時間が惜しい」

 ……さ、殺意が目に表れている……ッ! 朝練のときは「ちょっと落ち着きないかな〜」くらいだったけど……そうですか……昼休みには“ケイくん”の話聞けると思ったら、もう感情が制御できなくなったんだねマッキー……。とりあえずマッキーのクラスメイト(主に前後左右の子)に合掌……。マッキーほんと鬼神こわすぎ……。これは“ケイくん”の話を聞いたらいよいよヤバイのではないか……と俺がぷるぷるしだしたところで、「聞けましたよ、“ケイくん”の話」とメロンパンを食べ終わったらしい国見ちゃんがこれまたサラッと言い放った。ま、待って待って待って? 国見ちゃんマイペースなのはいいけどね? 分かるよね??

 「く、国見ちゃんあの……アレはね? 今のマッキーに話すべきではないかと――」
 「うるせえ黙ってろ及川おまえも抹殺対象にするぞ」

 これは完全に殺る気の目だ……! 俺(主将)すらいとも簡単に殺る気だ……!!

 「ヒィッ! わ、分かった! 国見ちゃん、よしっ、レッツゴー!!」

 俺の言葉に国見ちゃんはちっとも表情を変えることなく、「“お隣さん”らしいです。それから“ケイくん”も烏野らしくて、仲良くしてるって言ってました」と真実をありのままにマッキーに告げた……。いや、レッツゴー!! って言ったのは俺だけど……俺だけど!! 「そうか」と静かに応えたマッキーに安心はできない。沈黙がヤバイ。ほっとできるやつじゃない。

 「…………殺ッ!!!!」

 ほらねやっぱり!!!!

 「待ってマッキーお願い待って……!! 不祥事は……ッ! 不祥事だけはッ!!」

 「それからバレー部とも言ってましたよ。“ケイくん”は烏野の一年の、月島のことらしいです。あの、一番背の高い」

 なんで追撃くらわすの国見ちゃん!!!! と思いつつ、記憶を探ってみると心当たりのある子が一人いる。烏野で一番背の高い子……えーと……。

 「あっ! メガネくん?!」

 「そうです。で、いろいろ聞いてたら……その“ケイくん”、甘いものが好きらしくて、花巻さんもそうだから、ふたりが仲良くなったら同じもの好き同士、話が合って花巻さんが楽しいんじゃないかって思ったらしいですよ。だから『ふたりが仲良くしてくれたら嬉しい』につながったみたいです」


 …………。


 「……アッ、そういうね……。……だそうですけどマッキー、どう思われますか」

 なんかぷるぷるしてる(俺とは違う種類のやつ)マッキーが、小声で「え? え? え? なに?」と繰り返している。それから「…………え、何? チャン俺のコト大好きなの? 俺のためなの?? 知ってるけどクソかわじゃね? え?」と言って俺の胸倉引っつかんでガクガク揺さぶってくる。

 「……うん、そうだネ……」

 なんとか俺がそう答えると、国見ちゃんがさらに余計なことを言った。

 「『話聞いてくれないからって言っても、連絡を無視してるのは悪いと思うし、嫌われちゃったかな』って心配してましたよ、さん」

 それを聞いたマッキーは口元を覆って、ぽんと国見ちゃんの肩に手を置いた。

 「……国見……やっぱり俺のことは“お兄さん”と呼んでいいぞ……」
 「遠慮します。あ、及川さん、そういうことなんで約束忘れないでくださいね。塩キャラメル」
 「あ、うん……」

 国見ちゃんは「はあ、これで仕事終わった。めんどくさかったな〜」っていうのを隠す気もないんだなこの子ってば〜! な顔で、さっさと部室を出ていった。……せめて隠してよ!! せめて!!!!

 「やっぱかわいい……おまえもそう思うよな及川……俺は何があってもと結婚するんだという気持ちを再確認した……」

 マッキーは「とりあえずに電話しよ」とか言ってスマホ取り出して数秒、「――あ、? 国見から話聞いちゃった。え? 怒ってないヨ。そんなコトよりさ、俺やっぱりのコトちょー好き。愛してる。結婚しよ?」とかなんとか……。


 「よ……よかったねマッキーいいカノジョで!!!! クソッ! だからうらやましいんだよッ!!!! 末永く爆発しろッ爆発しろッ!! ……ッカー!! ほんっとやってらんないね!!!!」






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