これのちょっと前の(及川)



 「なんと! セイジョとの合コンが決まりました!」
 「へえ、すごいじゃん」

 言いながら雑誌をめくろうとすると、ササキはそれをバッと引っ掴んで俺から取り上げた。ちなみにセイジョとは、清嬢女子学院のことである。県内でも有名なお嬢さん学校というやつだ。あそこは秘密の花園と称されるほど完璧なシールドを装備していて、内部の事情はよく分からない。唯一、中を探れる文化祭――文化祭? そんなもんチケット制である。
 そんなイイとこ育ち――温室培養のお嬢さんだなんて、俺はごめんだ。まぁ、セイジョの彼女がいるなんて言ったら、大層羨ましがられるだろうが。特にココでは。でも俺にはちっとも関係ないことなので、「返せよバカ」とササキに奪われた雑誌を取り返そうと腕を伸ばすと、ササキはそれを背中に隠して神妙な顔つきで言った。

 「ただな……一つ条件があるんだ……」

 「あ?」

 「二口、あちらはお前をご指名だ!」

 「ハァ?」

 「頼む二口! お前が来てくれないとこの話ナシなんだよ! そしてお前が来てくれたらセイジョで一番の美少女呼んでくれるって言うんだよ!! 頼む!!」

 「ヤダよめんどくせぇな」

 「頼むよ〜! ちょうどお前の部活ないとこで予定くんであるから!!」

 「本人抜きで何勝手に話進めてんだよ」

 呆れて物も言えないな、と思ったが……いや、待てよと。ここらで恩売っといたら、後々役に立つこともあるかもしれない。そういえばササキはアホだが成績はいい。俺はにこっと愛想のいい笑顔を浮かべると、「分かった。頼まれてやるよ」と言ってササキから今度こそ雑誌を取り返した。




 「遅れてごめんね〜」と申し訳なさそうに眉を寄せてみせると、一人があっという顔をした。なるほど、美少女だ。
ササキ――と、その他この場にいる三人はこの子見たさに俺を呼んだわけか。
他もレベル高いとは思うけど、この子は群を抜いている。確かにかわいい。

 「遅いぞ二口! さっ、ご所望の二口ご登場ですよ〜!」

 俺に向けた顔(鬼)とは真逆の明るい笑顔を女の子たちに振りまきながら、ササキは席を詰めた。
しかしセイジョ女子とファミレスで合コンとか大丈夫かよ。でもまぁ嫌そうな顔はしてないか、と座る。

 「あ、私です〜。わざわざ来てくれてありがとう、二口くん」
 「いえいえ、こちらこそセイジョのお嬢さんとお会いできて嬉しいです。呼んでくれてありがとう」

 この感じだと、このって子が? と思ったけれど、その隣で視線を俺からじっと離さないので、「で、キミは? 名前」と笑ってみせると、「あっ、お、及川です」と視線をふっと逸らした。
 ふぅん、チャンが俺狙いかなぁ。ササキ(と、その他三人)悪いな! ごめん俺だわ〜。
俺はジュンスイなお嬢さんになんてカケラも興味ないし、どうだっていいけどな。
だってなんもおもしろくないじゃん、そんなの。でもまぁこの場は、とにこにこ笑っておいた。




 しばらく話をしているうち、ササキが「そろそろ場所変えますか!」と言って立ち上がった。ちらっと腕時計を確認すると、もう三時を過ぎている。もうこれで解散でいいだろ、散々くっちゃべったんだし。と俺は思ったが、「どこ?」と爽やかに笑ってみせた。


 あぁ、俺狙いのチャンは、あの青城の及川の妹だという。
 なかなか会話に参加しないチャンを見かねてか、「あ、二口くんバレー部だよね? ちゃんのお兄さんもバレー部なんだよ。青葉城西の及川さん。知ってるでしょ? あの人有名だから」とさんが話をふってきた。
聞いた最初は驚いたが、甘い顔で人気のある“あの”有名な――いや、バレーでも有名だけど――及川徹の妹。
なるほどチャンもそういう系統の顔だ。

 「へえ、そうなんだ。うん、知ってるよ。お兄さん、ホントすごいよね」

 なんてテキトーに当たり障りのないことを言うと、チャンは俺の目をじっと見つめてきた。こちらの様子をうかがっているようだった。それから「ありがとうございます」と言ったかと思うと、眉間に少しシワを寄せて視線を逸らした。……褒めてやったのになんだよ。そう思わないこともなかったが、相手はセイジョ女子である。プライド高そうだし、何かしら気に障ったんでしょうね〜、すんません〜、でも俺キミにカケラも興味ないから大丈夫ですありがとうございました〜ってな具合だ。まぁ、ここも爽やかに笑っておいたが。

 俺ってホント友達思いでいいヤツだよな、ササキ。とさりげなくササキを見たら、デレデレしながら「俺はバレーあんまりよく知らないけど、ちゃんのお兄さんすごいんだね〜。しかもこんなにかわいい妹さんまでいて羨ましいよ〜」なんて調子いいこと言ってたので、バレないようにテーブルの下でつま先をふんずけてやった。

 まぁそれはともかく、ササキが「カラオケ行きましょ!」と言って伝票を取ると、「ハイ、男子で割り勘な」と言い出したので死ねと思った。後でぜってー回収すっから覚えとけよ。つーかセイジョ女子とカラオケとか以下略。




 ササキが流行のバラード曲を熱唱しているとき、チャンがそっと席を立った。なんだか具合悪そうに口元にハンカチをやっている。カラオケ特有のタバコ臭に酔ったのかな、お嬢さんは。と俺が思っているところへ、さんも後を追うようにして部屋を出ていった。あららァ? これは女の子二人でそろそろ「今日の男子レベル低くなーい?」的な会話おっぱじめるんですかね。それなら、と俺もさり気なく部屋を出た。

 外階段の見える廊下の隅に、二人はいた。

 「ちゃん、大丈夫?」

 力なくその場に座り込んだチャンの背中を、さんが優しく撫でている。なんだ、ガチの体調不良かよ。まぁそれにしたっていやァ、か弱いお嬢さんってめんどくせー……。だから温室培養の女なんかつまんないって話だよな。とそっと溜息をついた。

 すると、「あ……、ごめんなさい、先輩……。せっかく、二口さん呼んでいただいたのに……」とチャンが言ったのを耳にして、ちょっとだけ口角を上げてしまった。へえええ、そんなに俺に会いたかったんだあ! セイジョのお嬢さんが!! これだけでも充分自慢して回れるよな。これ終わったらササキに全部言ったろーと思っていると、さんもチャンの隣に座り込んで、「いいよいいよ、私もいい男みっけたし! でも、無理しないでいいんだよ。具合悪いなら帰っても――」とフォローしたところ、「ちっ、違うんです……」ちゃんのか細い声に、「え?」と返したさんと同じように、俺も内心「え?」と聞き返す。

 「あの……二口さん呼んでほしいなんて言っておいて、本当に申し訳ないんですけど……」

 「うん? え、まさかなんかされたの?!」

 なんもしてねーよ。だから俺は“お嬢さん”になんぞ興味のカケラもねーっつーの。……まぁササキ(のノート)のこともあるし、そんなこともう今後一切関わることのない本人たちに言うことないので、ムッとはしたが出ていくことはしなかった。それに、この先の会話が気になる。

 チャンが慌てて「いえっ! そうじゃなくて……」と前置きしてから、ものすごく言いづらいんですけどという顔をして、「ただ、わたし……二口さん、ダメです……」と小さくなって俯いた。

 「えぇ?!」というさんの声に、今度もまた俺は内心で「えぇ?!」と聞き返した。こっちは貴重な休み潰して来てやったっていうのに(まぁササキに恩売りつけんの目当てだけど)それでいて俺はダメってどういうことだよと。あんだけ人に爽やかな笑顔振りまかせておいて“ダメ”ってなんだよと。これだから“お嬢さん”ってやつはイヤんなるよな。お前にどんだけの価値あんだよ。

 プライド高そうとは思ってたけど、それはオレのセリフだ。こっちのが断然“無理”だっつーの。するとさんが「あんなに二口くん二口くんって言ってたじゃん!!」と言うので、まったくその言葉に大賛同である。あんだけあっつーーーい視線送ってきておいて!

 「先輩声大きいです! ……そう、なんですけど……わたし、ああいう根っからの爽やかなひとってすごく苦手っていうか……」

 確かにさんの声はあちこちの部屋から漏れている熱唱に勝るくらいだった。
さんは少し考えるように俯くと、「まぁ爽やかだね、二口くん」と言って頷いた。

 でしょうねえ、でしょうねえ。こっちはオトモダチ(のノート目当て)に爽やかに爽やかにと振るまっていたのだから。別に気に入られたいと思ってそうしたわけじゃないのでどうだっていいが、根っからの爽やかが苦手って……逆にアンタどんだけひねくれてんの? と聞きたいところだ。温室培養のなぁんにも知らないお嬢さんなら、白馬の王子サマでも待ってそうなのに。と思っていると、「……わたし、二口さんってこう……」と言葉が続いたので、これはますます気になるな、と俺はやっぱりそこを動かなかった。

 「こう?」

 さんが言うと、チャンは聞き取れるか取れないかギリギリの音量で「性悪、かと、思ってまして……!」と両手で顔を覆うと、「そういうひとだと思ったから、お知り合いになりたかったんです!」と悲壮な声で、でもキッパリ言い切った。俺の感想は一つだ。ハァ?

 「え……」

 さんは俺に背を向けるかたちでそこにいるので、表情は分からない。が、ちょっと引いたような声音だったのでオイ(俺に)失礼だぞと思ったが、あんだけカワイイ顔した“お嬢さん”の口から“性悪”なんて単語を聞くとは誰も思うまい。けれどチャンの言葉は続く。

 「去年お兄ちゃんの試合観に行ったときに見かけて……、そのとき先輩にものすごく失礼な態度とって、からかったりしてたから……」

 そして更に、「わたし、そういうひとがタイプで……」と言ってゆっくりと、顔を覆っている両手を外した。
 ……なるほどねえ? と思うと、自然に口元が緩んだ。確証はないが、そうするとファミレスで俺が話をするたびに眉間にきゅっとシワを寄せたり、不思議そうな顔をしていた理由はこれなのかもしれない。
 今日の俺は自分でも気色悪いと思うほどにこにこ愛想よかった。性悪とは程遠い、それこそ白馬の王子サマの如く振るまっていた。もちろんこのカラオケ屋のせっまーい部屋の中、隣り合って座っていたチャンには特に。

 さんはすくっと立ち上がってチャンから一歩後ずさると、「おっ……及川さんのことシスコンシスコンって言うけど……、ちゃんも大分ブラコンだと思うよ、私……」と言った。その言葉に顔を真っ赤にしながら、チャンも勢いよく立ち上がった。あの及川徹がシスコン――とそこは今は置いとくとして、「そっ、そんなっ! 違います! お兄ちゃんはちがくて! とっ、とにかく、わたしもう二口さんのことは大丈夫なので、あとは先輩たちで――」と言って、だから帰りますと続きそうな言葉に、俺はやっとそこへ顔を出した。

 クソ生意気でひねくれてる自覚はある。そういう男をお探しというのなら、俺ほど似合いのヤツなんていないだろう。
そのかわいらしいお嬢さんの仮面を引き剥がしたら、一体どんな顔をするかな。


 おもしろいじゃん、及川チャン。


 「なぁ、その話、ちょっと詳しく聞かせろよ」

 愛想よく? そんなのもうする必要ないよな。
そう思って口端を持ち上げると、チャンはそれはもう嬉しそうにぱあっと表情を明るくさせ、満面に笑顔を浮かべた。

 ……まいったね、こりゃ確かにかわいい。
俺のモンだと思ったら特に。

 チャンが俺狙いであんなとこ、こんなとこへ来たっていうのなら――“お嬢さん”も悪くない。


ああ、かわいい人よ、かわいいい人