目に入れても痛くない? ハァ? そんなのは当然のことである。世の中の兄貴舐めんなと俺は思う。妹がかわいいのは必然だ。でもウチの妹が世界で一番かわいい。妹という存在はこの世にいくらでもいるけれど、その中の一番はウチのだ。他と比べるまでもない。 「ねぇお兄ちゃんホントいい加減にして」 だからがこんなこと言い出すのには絶対に理由があるのだ。それもとんでもなく可哀想な、悲しい理由に決まっている。そしてそれを解決するすべもなく、でも俺に迷惑をかけまいと堪えているに違いない。お兄ちゃんであるこの俺が、お前のことを守ってやらないわけがないのに。 「ちゃんどうしたの? お兄ちゃんがなんでも解決してあげるよ!」 「それ。それをやめて。用もないのに部屋こないで。中入ってこないで」 「うんうん、お兄ちゃんに遠慮なんかすることないんだからね!」 やっぱりウチのが世界で一番かわいい妹だ。他所の妹と比べられちゃ困る。この子こそが世界で一番尊い、俺だけのお姫様だ。この先どんな男が現れたとしたって、俺は認めてなんてやらない。まぁ、ちゃんに寄り添えるようなよくできた男なんて俺以外にいるわけないけどね! いつまでも及川でいて、この及川徹の妹であってくれと思う。 「それが余計なんだよバカ言ってんなクソ」 「お兄ちゃんのこと心配してくれるのは嬉しいけど、俺はお前のための苦労ならなんてことはないんだからね」 「日本語使えるように頑張って」 「お兄ちゃんはちゃんのためならなんでも頑張れるよ!」 「マジかよコイツ」 かわいい妹との会話はいつだって俺の心を温めてくれるし、いつだってこの愛おしさを再確認させてくれる。こんな時間を手放したくないから、ずっとずっとずぅっとは手元に置いておきたいのだ。だってはこんなにもかわいい、この世でたった一人の俺の妹なのだから。 鏡と雑誌、交互に視線を変えては眉を寄せる姿さえもがカンペキである。さすが俺の妹。どんな顔をしていてもかわいい。あぁ、そうだ。の部屋へやってきた理由を思い出した。まぁ、理由なんてなくたって時間さえあればいつでも顔を出しているけれど。お兄ちゃんだからね! かわいい妹が今日も元気かな〜? と気にかけるのは俺の仕事だ。 「ちゃん、今週末はお兄ちゃん練習試合あるからね! 応援きてね!」 「無理」 なんの躊躇いもない即答に、俺はうろたえた。なんで! どうして! お兄ちゃんの――お前を心底愛おしく思ってかわいがっているお兄ちゃんの――かっこいいところを見ることのできる機会なのに! 無理ってのはどういうことなんですか! 昔はあんなに喜んで、笑顔いっぱいに応援してくれたのに! の両肩をがしっと掴んで――もちろん優しく――こちらへ視線を向けさせると、「えっ?! な、なんで?! ちゃんいつも応援してくれるじゃない!!」と叫ぶように――いや、叫んだ。 「いつも試合観に行ってるような言い方しないでよ。その日伊達工と合コンあるから無理」 冷たく、面倒そうに言い放ったの言葉に凍りついた。 「ごっ……合コン……?」 合コン。俺の知っている合コンならば――とそこまで考えて、ヒィッ! と思わず悲鳴。 かわいい妹は俺の手を振り払うと、また雑誌に目を落とした。 「そう。分かったら出てって。服と髪型とメイク考えんのに忙しいから」 ちゃんはね、どんな服でも似合うしどんな髪型だって素敵だし、メイクなんかしなくったって世界一かわいいよ! ……いや、そうじゃない! そうじゃない!! 俺はもう一度、俺よりずっと小さい妹の両肩を掴んで――とびきり優しくだ――「ゆっ、許しませんよお兄ちゃんは!!」と大きな声できっぱりと言った。合コン?! が合コン?! 冗談じゃない! かわいい妹がそんなもんに参加することを許す兄なんてこの世に存在しない。 けれども、は俺のそんな兄心をうざったいとでも言いたげに恐ろしい言葉を続ける。 「ハァ? うるせーなこっちはお前のせいで女子校入れられて男いないんだからしょうがないでしょ」 はここらでは有名な女子校に通っている。ピカピカの一年生だ。俺がそうするようにと言って、親も喜んでそこへ入れた。進学校なので両親共に賛成したわけだが、俺の目的はかわいい幼気なちゃんを危険な男どもから守ってやるということであった。それなのに合コン! しかも相手は伊達工だなんて冗談じゃない!! それじゃあ同じ学校へ一緒に通うのを諦めたのに意味がない! 中学のときみたくマネージャーをやってもらうっていう夢も諦めたっていうのに! 掴んだ両肩――もう一度言うが、“とびきり”優しく――を揺らした。 「だっ、伊達工なんて飢えた男ばっかでしょ?! ダメダメダメ! そんな狼の群れの中にちゃん放るなんてできないよ!! ていうか合コンなんてダメだよ!!!!」 「ほっといて。いい加減彼氏欲しいの。ていうかもう目星付けてんだから邪魔したら殺す」 恐ろしい! 恐ろしい! 俺はまたヒィッ! と悲鳴を上げた。 ちょこちょこと俺のあとをいつでもついて回って、少しも離れなかったあのかわいいちゃんが! その俺に対してそんな乱暴な言葉をぶつけるなんて信じられない! 「なっ、なんてコト言うのちゃん!! ……えっ……目星付けてる……?」 驚きと悲しみのショックは俺を打ちのめしたけれど、それよりも問題である。はうっとりとした表情で「そう。二年生の二口くん……。はあ、かっこいい……。ああいう爽やかな顔したイケメン大好き」と溜息混じりに呟いた。 「さっ、爽やかさならお兄ちゃんだって負けてないでしょ?! いや、お兄ちゃんのが爽やかだよそのフタクチってヤツ知らないけど!!」 俺の言葉にはハッ! と嘲笑すると(ホント恐ろしいことになった)、「自分で爽やかとか言っててキモくないの? っていうかお兄ちゃんが爽やかとか笑わせんなよ性悪でしょ。マッキーもこないだ言ってたもん」と言って、さらには「ホントうざったいな」と俺の手をまたも振り払った。というか、である。 「はっ?! マッキー?! なんでここでマッキー?! 俺の知ってるあのマッキー?!」 女子とシュークリームの話で盛り上がる女子力高い系男子でありながら、ちょっとアンニュイな雰囲気が人気のマッキーの姿がパッと頭に浮かんだ。確かに俺はよくちゃんの写メなんかを自慢して回っているけれども! だからマッキーがちゃんのことを知っていることはともかく。それは二人が出会うことなどないから安心して自慢しまくっていたわけである。しかしフタクチとかいう素性の知れない男の存在すら恐ろしいというのに、ここでまさかのマッキー! 会おうとすれば――俺はもちろん、それを阻止するためなら手段など選ばないけれど――会えちゃうかもしれないマッキー!! 「もうさっきからうるさい! マッキーはマッキー! こないだ青城行ったとき一くんと一緒にいたから知り合ったの!! 分かったらはやく出てってよ性悪!!」 「……マッキー……!! 許すまじ!! っていうかちゃんが青城きてたなんてお兄ちゃん知らない!!!!」 どういうこと?! と雑誌を取り上げると、は冷たい目を俺に向けて「もうホンットお兄ちゃん邪魔。いい加減にしないと一くん呼ぶよ」と言ってチッと舌打ちした。そんなことする子じゃなかったのに! それもこれも全部フタクチとかいうのとマッキーのせいである。ふざけんな。 けれど! ここで岩ちゃんを召喚するならば俺の完全勝利が目に見えている。ちゃんに岩ちゃんをぶつけるなんて心底納得いかないが(だってお兄ちゃんはこの俺)、今回はしょうがない。緊急事態である。 「岩ちゃん呼んだっていいよ別に!! 岩ちゃんだってちゃんのこと心配して絶対反対するから!!!!」 はじっと俺の目を見つめてきた。やっぱりウチの妹はかわいい。お姫さまだ。天使だ。それなのにクソ汚らわしい男ども――フタクチもマッキー(チームメイトだけど関係ない)――もどうかしてる。こんな清らかな女の子に手を出そうだなんて。お前らの手が届くような存在じゃないんだよバーカバーカ! と本人たちに直接言ってやりたい。 しかし本当に見れば見るほどお姫さまで天使である。マッキーはもう信用できないから見せてなんてやらないけど、他のみんなにはちゃんのベストショットいっぱい見せて(自慢)あげて、お話もいっぱいしてあげよう。だってウチのちゃんてホントに「……お兄ちゃんキライ」……ホントに……。 「……え……?」 「わたしの邪魔ばっかするからお兄ちゃんキライ」 …………い、いやいやいや、い、今のは聞き間違――い、じゃない!!!! 「そっ、そんなっ! ちょ、ちょっと待ってちゃん! お兄ちゃんはかわいいお前のことを心配して……!」 「ハイハイ、そのかわいい妹はお兄ちゃんキライだから出てってね〜」 はそう言うと、俺の背中をぐいぐい押して部屋から追い出した。 な、なんてことだ……ウチのかわいい妹が――お兄ちゃんを大好きなちゃんが……! おのれフタクチ許さん!! 「なんでお前ホントに一くん呼んでんだよタコ」 腕を組んで俺を睨むに、本日三度目の悲鳴を上げる。ヒィッ! 隣に立つ岩ちゃんの肩をぐらぐら――ガクガク揺らす。ヤバイでしょ?! ヤバイでしょ?! のことを自分の妹であるかのようにかわいがってる岩ちゃんなら絶対反対してくれるはずだ。本当の本当にお兄ちゃんなのはこの俺たった一人だけど!! だから俺の言うことすら聞かないちゃんが岩ちゃんの言うこと聞くはずないけどね! でもここは一人でも仲間いたほうが説得できるし!! そういうわけだから!! 「ねっ! 言ったでしょちゃんが悪い男の影響受けちゃってるって!!」 俺の言葉に岩ちゃんは神妙な顔つきで、ぽんとの肩に片手を置いた。 それから、「……、考え直せ」と言ってを座らせると、その正面に岩ちゃんも腰を下ろした。 俺も岩ちゃんの隣に(ホントはちゃんの隣がよかったけど)正座してピンと背筋を伸ばす。 「は? 一くんまで何言ってんの?」 ちゃんはムッと眉間にシワを寄せた。うんうん、岩ちゃんの説得なんかじゃ言うこときかないよね! だって俺の言うことすら聞かないんだもんね! ……いや、それじゃあ岩ちゃん呼んだ意味ないんだけど! 「そんなのはロクな男じゃねえぞ」 そう、ロクな男じゃないよね! 俺は隣でうんうんと頷く。いいぞ岩ちゃん! もっと言って!! するとは「はァ?」と言って、ちらっと俺を見た。岩ちゃんは言葉を続ける。 「あちこちに女つくって、しかも暴力まで振るうようなクズはやめとけ。お前にはもっとふさわしい男がい――」 「ちょっと待って。一くんお兄ちゃんに何言われたの?」 「何って、が浮気症のDV男と付き合ってるからどうにかしたいって…………オイ、クソ川」 「だってホントのことでしょ?! ちゃん合コン行くって言ってるんだよ?! 飢えた汚らわしい狼どもが幼気なちゃんを食い物にしようと待ち構えてるんだよ?!」 俺が立ち上がって拳を握ると、岩ちゃんは呆れた目で俺を見上げた。 それから「だってもう高一だろ」と言って深い溜息をついた。そこは“まだ”! “まだ”高一なんだから!! なのに岩ちゃんは眉を吊り上げて、「友達との付き合いもあるだろうし、合コンだとしても……騒ぐようなことじゃねえだろまだ何もないのに!!」と言って俺の頭を(いつものように)殴りつけてきた。けど! 今日はひるんだりなんかしないから!! 痛いけどね!! 「何かあってからじゃ遅いでしょ!!」 俺が反論すると、岩ちゃんはなんでだかますます――でもこれは静かな怒りだ。噴火前の火山みたい――顔をしかめた。ちょっと待ってよこれじゃまるで俺が悪いみたいじゃない!! 俺はかわいい妹の身の安全を第一に考えているし、だからこそ辛くて悲しくてもを女子校へやった。ついでに言うと月曜は毎回学校まで迎えにいって、さらに安全の強化を図ってきたわけである。……たまにちゃんが先に帰ってることもあるけど、俺はめげたりせずに毎回お迎え行ってるのに!! 岩ちゃんが「……、コイツは俺がなんとかしてやっから、お前はココで大人しくしとけ」と言うと、ちゃんは「はーい」なんて素直に返事してさっさと雑誌を手に取り、またぺらぺらとめくり始めた。何コレ絶対おかしい! 「ちょっと! なんで岩ちゃんの言うことは聞くの?!」 俺がそれを阻もうとすると、岩ちゃんは俺の襟首を掴んだ。……俺の味方だと思ったのに!! しかもそこへちゃんが「お兄ちゃんと違って一くんのことは大好きだからでーす」なんて言って俺には視線すら向けない。ちょっと待ってちょっと待って! と手を伸ばそうとしたが、そういえば岩ちゃんに襟首ひっ捕らえられていた。ぐえっと声を漏らしたけれど、岩ちゃんはそれでも手を放さず「コラ及川、テメーこっち来いクソ!!」と言った。幼馴染になんてヒドイ仕打ち!! でも岩ちゃんが「……ただな、」と続けたので、やっぱり岩ちゃんは俺を裏切ったりなんかしないよね……! …………と思ったのに! 「お前、変なのには引っかかんじゃねえぞ。もしなんかあったら、必ず言え」 なんて岩ちゃんなのにかっこよさげなこと言った。すると俺の! かわいい妹であるちゃんは、ほんのり頬を赤らめたかと思うと(俺の妹なのに!)、ぱあっと輝く笑顔を浮かべた。極めつけに次のセリフである。 「う、うん! 一くん大好き!」 ヒィッ! 俺は四度目の悲鳴を上げた。ちゃんが……! ちゃんが……!! ぐるっと振り返ると、岩ちゃんもに向かって笑顔なんか向けちゃって片手を上げた。 「おう。じゃあな、あとはコイツに話つけてやっから」 「うん!」 二人で話をまとめようとするので、俺はもちろん、ぐえっとなりつつもちゃんに声をかける。こんなにお兄ちゃんを打ちのめすなんて……! しかもそのまま放っておこうだなんて……! いや、俺のことなんかどうだっていい。 「ちょっと待ってちゃ――痛い! 岩ちゃんなんで殴るの?! ウチのかわいいの危機なんだよ?!」 そう岩ちゃんに(ほとんど怒鳴るように)言うと、なんてことだ。 「うるせえシスコン!! ちっとは妹自由にさしとけボゲェ!!!!」 ともう一発俺の頭に拳を振り落した。マジなんてことなの。俺はぐぬぬと唸った。が、ここは大人しく引き下がろうと思う。だって試合当日までちゃんに何度も話してきかせられる。優しい俺だけの妹は、なんだかんだ言って俺のほうを選ぶに決まってる!! どこの馬の骨とも知れないフタクチとかいう生意気な野郎より、めいっぱいかわいがってるお兄ちゃんを選ぶに決まってるから!! 俺にはその自信があるから!! ――でも、いつか本当に俺よりもお前を大事にしてやれると言う男が現れたのなら。 俺はその時にはコテンパンに伸してやるから安心してほしい。 ちゃん、大丈夫だよ。俺がどんなものからも守ってあげるからね。 俺の一生をかけて、ちゃんを幸せにしてみせるからね! |