紫の扉でのよく分からないイベントをよく分からないまま攻略した俺は、いよいよ最後の試練の間である緑色の扉の前にいた。ここでの苦行さえクリアすれば、あとは愛しのが待つホールへ一直線!すぐさまあのかわいい子をこの腕の中に閉じ込めてしまえる。……けど、最後の最後にこれはないよねほんと。扉を開けなくても分かる中の様子に、俺はドアノブに手をかけるのを躊躇っていた。

「どぐふええ!!っぐ、な゛、何しやがんだクソボズゴフエゥ!!」
「うるせェ。黙れドカス」
「なんでオレがお前にンなこと言われなくちゃならねェんダボゴブすふぅっ!!」
「んもう!察しの悪い鮫サンなんだからァ!チャンはボスのお姫様なのよん!心中が分からないの?」
「うししっ、ま、スクアーロってアホだししょーがないんじゃね?」
「ふん、それにしてもあの野郎…俺のボスを待たせるとは…許さん!!」
「レヴィ、その心配はもう無用のようだよ。もうアイツはここに着いてる」


どのタイミングで突入すべきか考えあぐねていたのは確かだったけれど、できれば俺のタイミングでドアを開けたかった。が、声からするにマーモンの発言によってそれはなんの合図もなしに自動的却下となった。扉の向こうからとんでもない殺気を感じ取った俺は、瞬時に扉から離れる。すると瞬きする間もなく、ズバァアアアン!!と大きな音を立てて真新しい緑色の扉は木端微塵に吹き飛んだ。つぅっと額から冷や汗が流れるのを感じながら、舞い上がる粉塵の中からゆらりと動く人影に俺は本能的に戦闘態勢をとった。

「沢田綱吉ィ…!テメェ何故もっと早くに入ってこねェんだぁ!!!!」
「す、スクアーロ!!…ってお前…その、だ、だいじょうぶ?」
「あ゛ァ?!これのどこが“大丈夫”に見えんだァ馬鹿野郎がぁ!!!!」


頭と鼻からだらだら血を流しつつも通常通りの大音量ボイスに、見た目ほど大した怪我ではないんだね!と言えばいいのか、そんな大怪我しながら平時と変わらず叫ぶようにしゃべってて大丈夫なの?と言えばいいのか俺には分からない。マフィアそのものが理解不能(とか言いながら俺もマフィアだ)だけれど、さらに理解不能なのがボンゴレが誇る暗殺部門における特殊部隊・ヴァリアーのヴァリアークオリティーというやつである。…でもまあ、俺がさっさと中に入ってれば、もうちょっとマシな怪我で済んだかもしれないので「ごめん」と謝罪だけはしっかりしておく。ふん!と不機嫌を隠そうともせずに鼻を鳴らすと、スクアーロは俺の背中を蹴り飛ばして部屋の中へ押し入れた。ランボと了平さんの流れでうっかりしてたけど、そうだよね…これ…ボンゴレ式バースデーだもんね…。こういう扱いがふつう…!と思いつつ、いや思っちゃいけないんだけどほんとはさ!「いでっ!」とうめき声をあげながら床とキスする俺。…ディーノさんのこと言えやしないなこれ…っていうかこの映像も観てるんだよね…はあ、ほんとにまいったなぁ…こんな情けないとこ見て別れるなんて言い出さないよねマジで…。

「いつまで這いつくばってんだこのドカス」
「でっ!何も蹴ることないだろ!」


ゴッ!と硬い革靴で腰のあたりを蹴られた俺は、しぶしぶ起き上がった。
ザンザスがふんと鼻を鳴らして、俺を上から下までじろじろと見る。

「なっ、なんだよ!」
「……なぜアイツはテメェのような冴えねェ男を選んだんだかな」
「おいそれどういう意味だよっ!」


呆れたような、バカにしたような。
それでいてどこか不機嫌そうな顔でザンザスが言い放った言葉に、俺はすぐさま噛みついた。
しかしそれに反応したのは、ザンザスではなくスクアーロだった。

「テメェは―――いや、あの跳ね馬さえも知らねェことだ。知るはずがねェ。
あの女…は、元は9代目との親が認めた正当な…このザンザスの婚約者だ。」

「―――――は?…いや、まさか、そんな…」


スクアーロの言葉にうろたえる俺に、次々と追い打ちがかけられる。

「あんなおテンバなお姫サマだけど、家柄も容姿もカンペキだし?」
「何より度胸があるのよねェ。深窓のお嬢サマより好感もてるわァ〜」
「要するに、金・家柄・容姿・内面、どれをとってもSランクってことは…」
「このヴァリアーのボスをお勤めになるボスにこそ相応しい女ということだ」


こいつらの言うことはもっともだ。何より、はそうあるべくして育てられた令嬢だし、いくらお転婆でマフィア嫌いとは言っても、普通に考えればおそらくその通りの人生を彼女は歩んだに違いない。でも、その相手がザンザス?そんなこと一度だって聞いたことがない話だ。それにしても、9代目やのご両親が認めていたとなると…マフィア関連の話はちっとも聞きやしないはともかくも、ディーノさんの方は知っていたとしておかしくはないはずだけど、知らないからこそ自分がをもらうつもりだったはず。―――――どういうことだ?

「……オレは随分と前から、が相手だと知っていた。だが、アイツは…ああいう女だからな。相応しい時がくるまで内密にしておくはずだった。……テメェが横からかっさらわなけりゃな…このドカスが!」

「ぅおっ!」


いきなり飛んできた拳を上体をそらして避けると、ぎらついた殺気をまとった紅い目が俺を射抜く。
ごくりと生唾を飲み込む。つぅと額から頬を伝う冷や汗に、俺は静かに目を閉じた。

「――――俺は、と生きてくよ」

俺の言葉に眉を動かして、それからザンザスは黙って腰に差してある武器を手に取った。
俺もそれにならって、ポケットからグローブを引っ張り出す。

「…いいのか?生きてアイツにゃ会えねェかもしれねェぞ」
「やだな、お前の中では俺しんじゃうの?――――まさか、させないよ」


部屋の中には、俺とザンザスだけになった。

***

「……ったく、どいつもこいつも全く台本通りにやりゃしねぇ」

巨大スクリーンに映し出されるザンザスとツナを見つめながら、そう吐き捨てるリボーン。
でも口端は楽しげに持ち上がっているんだから、こいつも大差ない。

「……に、してもさ。オレは知らなかったぜ、ザンザスがと婚約してたなんてよ」
「そりゃ当然だ。なんてったってウソだからな」
「あ゛?!え、ちょっ待てよ!じゃなんでアイツらマジで戦ってんだよ!」
「そういう台本だからな。ま、ほんとはヴァリアーでリンチするはずだったんだがな」
「な゛っ…お、お前、教え子のバースデーになんつーことを…!!」


あちこちで興奮ぎみな声援やら罵声やらが飛び交う中、オレは呆れと恐怖でため息を吐いた。なんだってリボーンは素直に祝うってことができねーんだか…これじゃも可哀想だろうがよ…と思ってちらりとリボーンの隣に座るに視線をやると、なんだかきらきらした目でスクリーンを見つめている。

「リボーンさん!ザンザス様もツナさんも迫真の演技ですね!」
「だろ?こういう催しモンにも手を抜かねぇのがボンゴレだ」


さらっとウソ教えてんじゃねー!!!!
ぐいっとリボーンの肩を引っ掴んで、小声で説教をする。

「ボンゴレ式バースデー初参加ののために、こういう具合にやるんだゾ☆というのを分かりやすくリアルタイムで…」
「うそつけ!!ったく、このまんまじゃマジでバースデーどころじゃねーぞ。どーすんだ?」
「まさかザンザスがマジになるとはな。アイツ、本気でに惚れてんじゃねェのか」
「……おいおいやめろよ!マジだったら事だぞ!」


《テメェにアイツを守れるとは思えねェな…!手を引けッ!!》
《お、れは…!と、一緒に生きてくって――――決めたんだ!!》


次の瞬間、爆音を最後にスクリーンには砂嵐が吹きすさんだ。
きらきらしい瞳は消え失せて、不安げな顔でオレを見つめてくる
獄寺の怒号と、ざわつくホール。

どうやらマジみたいだぞ、というリボーンの声はもうぼんやりとした反響にしか聞こえなかった。

***

「っ、はあ、っは、」
「はっ、はあ、」

床に大の字になって転がって、お互い呼吸だけをしていた。

「……俺は、手前ェのような、理想、ばかり語って何もしねえ、甘い野郎が、一番、ムカつく、」
「へ、え、そりゃ、昔もおんなじような、こと、聞いた、なぁ、」

それからザンザスは何か考えるような間を空けてから、言った。

「……、だが、アイツは、お前を選んだ、」

その言葉の直後、誰かの怒鳴り声や足音のようなものがどんどんと近づいてきて、

「ツナくん…!!」

なんでだか、大きな瞳いっぱいに涙をためた今にも泣きだしそうな俺のかわいい天使が、俺に縋るようにしてこちらをじっと見つめてくる。痛いでしょう?とか、まさか本当に戦ってるなんて、だとか早口に言いながら、俺の心配をしている。確かにあちこち痛いし、っていうか今日俺の誕生日なのに!っての後ろでニヤニヤしてるリボーンをぶん殴ってやりたいとこだけど、でもそんなことよりも、やっと会えた俺のかわいいひとを思いきり抱きしめて、

――――――それからキスをさせてほしい。