人肌の温度で、やけどなんてするわけがないのに。


触れられたところが、燃えるように熱くなる。
そしてその熱は温度を上げ、広がって、やがて私を焼きつくそうとする。


与えられる優しさは、私にはどれも、温度が高い。


手足が。
口が。
瞳、が。




だいじにすると、かたりかけてくるから。




トリップチュア!




母さんにはどう説明しよう。


一度引き取ると言ってくれたこともあるので、山本はともかく。をあれだけ警戒していた――というより、している、か――俺の言うことに頷きはしたものの、納得はしてない顔をしている獄寺君までを巻き込んで、あれだこれだと考えたものの、最終的にはシンプル イズ ベストだろうという結果に至り、俺は単刀直入にお伺いを立てた。年中家を空けている父に代わって、沢田家のあれこれを仕切っている母に。俺が離れるとぐずるをなんとか宥めて、どきまぎしながらリビングへ向かい。


あの、母さん、ちょっと。その、さ、今日連れてきた女の子のことなんだけどね、え? ずいぶんきれーな子だからビックリした? え、あぁ、うん、そうでしょ、はとってもきれいな女の子だよ。って今はそうじゃなくてさ、その、彼女、のことなんだけど、その、彼女いろいろと複雑な事情があってさ、しばらく家で面倒見たいって思ってるんだけど、だ、だめかな?


あらぁ、なんだかえらく真面目な顔してるから、また具合でも悪くなっちゃったのかと思ったのに、そんなこと? もちろんいいわよー、好きなだけいてもらいなさい。うふふ、また新しい娘が出来たみたいでうれしいわー。




「っていう感じで、あっさり許可出ました」




「……そうっスか、」
「あはは、おばさんらしーな!」


難しい顔の獄寺君を視界から遠ざけながら、にこにこ笑う山本に俺も笑って頷いた。そういえば、ビアンキの時もランボの時も、イーピンの時も。母さんは何も言わずに、簡単に受け入れちゃったもんなあ。……わざわざお伺いなんて立てずとも、母さんは分かってたのかもしれない。が何か抱えてることも、彼女が俺を必要としてることも。もちろん、それは母さんにしか分からないことだから、答えなんて知りえないのですが。




しかし、とにもかくにも無事、は俺が世話してやれるわけで。




、よかったな。これから楽しくなりそーだ」
「、つな、よし、」
「リボーン、あんまり馴れ馴れしく話しかけるな」
「……出たな、親バカめ」
「なんとでも言え」


リボーンに話しかけられたって、山本ににこにこされたって、はただ戸惑うばかり。そして獄寺君に、いくらか柔らかくなったとはいえ敵意を向けられれば、それは尚更だ。誰よりも繊細な彼女の心は、とっても脆い。うっかり力加減を間違えば、いとも簡単に壊れてしまう。たったの数時間を共有しただけだけど、俺はそれを痛いほど知った。きっとは、たくさんのことに傷ついてきた。


だからこそ俺は、を大事に大事にして、まもってあげたいと思う。




「……あー、じゃあさ、自己紹介さしてくんね?オレ、さんと仲良くなりてーし。だめか?」

「! てめ、何言ってやがんだ野球バカ!!」

「なるほどな、いい案だ。おいダメツナ、に許可もらえ」

「っリボーンさんまで! ……っ、」


人当たりのいい山本は分かる。そして獄寺君の反応も想定内のこと。けど、なんだってリボーンが。それも、“許可をもらえ”だって? ……珍しいこともあるもんだ。間接的に手を貸すことはあっても、いつも直接何かすることはないのに。まさか、またいつものノリでに目をつけたんじゃないだろうな。というかまず、お前にそんな常識的なフツーの人間みたいなことが言えるなら、なぜもっと早くに俺に許可を取ることをしなかったんだ。今までにたくさんあったよな、俺に許可取らなくちゃいけないことが何度も! ……、それはいいとして。いや、よくないんだけどとりあえず。まったく、気まぐれだかなんだか知らないが、こういうことは今に始まったわけじゃないけど、興味本位でにちょっかいかけることだけは、なんとしてでも阻止せねば。


と悶々としていると、が俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。何事かと思えば、そのまま俺に甘えるように擦り寄ってくるではないか。ちょ、やっぱりこれってどう考えてもおいしいよなあ……じゃなくて。なに? と、艶のある綺麗な髪を撫でて聞けば、困ったような顔をして俺をじっと見つめる。…………ああ、だめだ、だめだなこれ。いや、下心とかじゃないのだが。断じて違うのだが。俺はパパ宣言したんだぞ。むすめをよこしまな目で見てたまるか! そりゃ確かにどう考えても俺はおいしいポジションにいるわけだが、それはそういう展開のためのポジションじゃないんだ。俺の役目ってなに?! このかわいいこをまもることでしょ! よし、しっかり! しっかり俺! そうだ、よこしまな考えを抱きそうになったらこの目! 純粋な光だけを集めたような、きれいなこの瞳を見れば、そんなもん全部ふっとんで……って、あ、れ? これは、もしかして、




「自己紹介、してもらいたいの?」
「、」
「いいんだよ、がしたいようにして」
「……、」


頷いたその瞳に、ふっと笑顔が浮かんでくる。
なんて一生懸命で、かわいいこだろう。




「……順番に自己紹介、してもらっていい?が、して欲しいって」




***




悲しいくらいに非現実的なことに慣れっ子な俺でさえ、今日は疲れた。


そりゃもう高速超スピード、音どころか光もびっくりですよという速さで、濃密な時間を過ごしたんだから当たり前。出会いからまさかの入浴、そして運命の同居までどのくらいの時間がかかりましたかね。まあ、実際そんなことはどうだっていいんだけど。大事なのは、俺を必要としてるが、こうして無事俺のところへやってこれたということだ。




「今日は疲れたでしょ?」




俯いているの顔を覗き込むと、細い腕が俺の背中に回った。甘えるように、もぞもぞと首筋に顔を埋めてくる。髪を撫でて、背中を撫でて、、と名前を呼ぶと、腕に力が込められる。それはとても優しい束縛で、簡単に振り払うことが出来てしまう。けど彼女の気が済むまで、いつまでだってずっとこうしていたい。それは、俺の我侭だけど。




「、ごくでら、くん、」




がぽつりと漏らした言葉に、ぴんときた。
あれだ。
絶対あれだ。




気に、してるのか、あれ。




せっかくだから、うちで飯たべてきなよ。という俺の提案に、山本は爽やかな笑顔を浮かべた。が、獄寺君はやっぱり「遠慮します」と呟いて、すみませんすみませんと連呼しながら帰って行った。意味ありげな眼差しを、じっとに注いで。それが、つい3時間程前のことだ。思い起こせば3時間ともっと前、ふたりっきりの浴室を出てからはずっと口数が少なく、俺に甘えるようにくっついていたわけだが、言葉がなかったことを気づかなかった理由には出来ない。だって俺は、見つめるだけで君の心の内に触れられる。言葉なんかなくたって、君が俺にくれる視線、しぐさひとつで、ぜんぶ分かってしまえるんだから。


「……獄寺君は、悪い人じゃないよ。ただ、俺が関わることになると、神経質なくらい慎重なんだ。気にしないで」

「、でも、わたしは、」




「いいんだよ、は何も心配しなくていいんだ。俺が守ってあげるから」




にこりと笑ってみせると、は首を振った。もちろん横に。だめなの、そんなのゆるされない。今にも零れそうな涙をたたえた瞳が、俺を映す。だめなわけがあるか。きみみたいな、かよわい女の子を、どうして男の俺が守っちゃいけないっていうんだよ。、何にこわがってるんだ。全部、俺が守ってあげるよ。俺がぜんぶしてあげるって決めたんだ。


「……俺が、世界一幸せな女の子にしてあげる」
「だめ、そんなの、」
「どうしたの? 急によく話すようになった」
「っ、つなよし、」
「……意地悪なんてしてないよ、ただ、」




やっぱり君には俺しかいないんだと思ったら、くやしくなったんだよ。




「……、気づいてあげられなくて、ごめんね」

「……ちがうの、」

「みんなの前で寡黙で、俺の前で饒舌なのは、には俺が必要だからだよね」

「っ、つなよ――」

「俺は、を守ってあげるよ。どんなものからでも、絶対」




風呂に入って、口数が多くなったのは。
風呂を出て、口数が少なくなったのは。


俺が、いたから。
俺だけじゃ、ないから。




どうして、そんな絶対的な信頼が注がれているのか。




答えはだけが知っていることだから、今の俺には分からない。そりゃもちろん、知りたいけど。でも、彼女が言いたくないなら、無理に聞きたくない。逆に、彼女が話したいと思ってくれれば喜んで聞く。無神経に踏み込めば、彼女を傷つけることを、もう傷つけてから知ってしまった。だからこそ、俺は尽くすだけ尽くそうと思う。待って、受け止めて、守る。何を思ってるのか、曇りのない瞳は決して映さないけれども、とにかく俺には責任があるわけだ。義務なわけだ。ああして出会って、こうして今抱きしめているんだから。彼女が俺に寄せる“絶対”を、彼女の“絶対”である俺が自ら、壊すわけにはいかない。




「今日はいろんなことがあったからね。ゆっくり休まなくちゃ」
「、つなよし、」
「俺は、絶対を裏切らないよ」




何か言いたげな顔は、困ったように口を噤(つぐ)んだ。