一瞬でも、ひとりになりたくない。

寒くて、こわくて。
真っ暗な妄想、と言っていいような考えばかり。


どうしようと思っては、どうすればいいか分からなくて、くるしい。


でも誰も、何も、教えてはくれない。
それがまた、どうしようもなく怖くて。


、こっちおいで。ふらふらしてる」


そういえば、視界がぐらぐら揺れている。
と思えば、優しい腕が私の身体を捕まえる。




ここは私の知ってる、知らない世界。




トリップチュア!




俺はもちろん、彼女もタオルで重装備。


事情が事情だし、まあ仕方ないといえば仕方ないわけだけど、年頃の男女が一緒に風呂っていうのはやっぱりいただけない。よろしくない。非常に。……でも俺は、を放っておけないし……っていうのは言い訳くさいかなあ、やっぱ。……そうだな、俺がを放っておきたくないから! 下心がありますっていう言い方だけど、俺も健全な男子高校生だしね! 全くないとは言い切れない。残念ながら、慈善活動です! なんて風に爽やかな物言いは出来ない。残念ながら。


でも、この子をどうこうしようなんて奴がいたら――。


だから、大事にしたいって気持ちはある。……ああでもなんか、今のもなんか違う気がする。誤解招く言い方な気がする。……うーん、でも、そうだなあ、が、俺に手を伸ばすところなんか、ああ、もう、かわいいな、みたいなこと思うし。うん。……え、なんかこれまずい? やっぱちょっと、っていうか結構? いや、かなり? 下心あんのかな俺。……いやいや、のこの純粋な瞳見てみろ俺。この子をどうこうしようというのか? そんなのしたらお前――俺は俺を許さないぞ?




「つな、よし、」




「(びっくぅ!)ん? あ、あぁ、肩冷えちゃうから、もうちょっとこっちおいで」
「……、」
「大丈夫、狭くないよ。なんだったら、だっこしてあげようか?」
「、」
「うん、おいで」


おずおず、といった感じで、ゆっくり俺の首に腕を回す。俺と同じシャンプーの香りが、ふわっとの髪から弾けた。どくん、と心臓が大きく鳴る。……いやいやいや。だめだって違うってこの子はそういうんじゃないんだって。っていうかほら、何? テレパシーっていうの? もう目で会話出来るくらい、この子は純粋に俺を慕ってるんだぞ。そしてその気持ちを理解出来てるから、俺もなんとなーく彼女の気持ちを察することが出来てるんじゃないのか? そういう素敵な、ね? なに、裏切るのそれを。俺にそういうこと出来る権利ありますか?




「……つなよし?」
「、なんでもないよ」




ないって。(あるわけがないでしょうが)


「……はさぁ、なんであんなとこにいたの? しかもあんなカッコで。寒かっただろ?」
「、しらない、」
「家は? この近くなの?」




「つなよし、」




無粋、だった。無神経にも程があるだろう。女の子相手に、何考えてんだ。もっとこう、優しい質問の仕方とかあるだろ。もう聞かないで、っていう目だ。聞かれたくないこと、聞いちゃったんだ。俺が。確かには、俺に対してどこか甘えてるところがあって、俺以外の人には悲しいくらい警戒心を持ってるけど。でも、それは俺が土足で、の中に踏み込んでいいってことじゃ、ないだろ。ちょっと考えれば、っていうか考えなくても分かる、当たり前のことなのに。無神経っていうか、何、空気読めよっていう。最悪で最低だ。。ごめんな、俺が、




「もう、さむくない」
「……え、」
「もう、いいの」


俺の首筋に、の唇が触れた。
お湯の水面が、少し跳ねる。
の長い髪から、雫が零れる。




「つなよし、」




都合のいい解釈だと思うけど、でも、もういいから、と言われてるような気がした。うん、とだけ返して、そのままの細い身体を抱き上げる。ザバァッと、お湯が零れた音が、がんがん頭に響いた。俺の首に回っている腕に、少しだけ力が込められた。俺もなんとなく、の腰と背中に回している腕に、ぎゅっと力を込めた。あれだけ冷えていた身体も、もう熱を取り戻して、真っ白だった肌はほんのり赤味を帯びている。




「着替えたら、すぐ部屋行こうな」
「、うん、」




俺はなんだかどうしょもなく嬉しくなって、細い身体をぐっと上に持ち上げ、笑った。




***




「……それで、ですね、「ダメだ」


まだ何も言ってないのに、俺の最凶家庭教師はむすっと言い放った。はずっと俺の身体にひっついている。その様子を見て、獄寺君が眉間にしわを寄せた。山本は興味津津、といった感じの顔で、ただを見つめている。……やっぱりな、と思いながら、俺は再度口を開く。ここは引いちゃいけないところだ。俺がしっかりしないと、が不安になっちゃうし。




のこと、俺が面倒みたいんだ」




「だからダメだっつってんだろ。犬猫と違うんだぞ」
「オレも反対です、10代目。こんな、どこのどいつかも分かんねーような女、」
「分かってるよ。でも、には俺しかいないんだ」
「ボンゴレ10代目はお前しかいねぇ。その女の男の代わりはいくらでもいる」
「俺とはそんなんじゃない」
「10代目、リボーンさんの仰る通りです。考え直して下さい」
「嫌だ。のことに関しては、全部俺が責任を持つよ。だからいいだろ」
「いいわけねーだろダメツナ」
「10代目がなんと仰ろうと、自分は賛成出来ません」




「じゃあオレんとこで引き取るぜ」




へらり、と山本は笑った。うっかり脱力しかけて、俺は、「え?」と間抜けな声を出してしまった。俺に真正面から抱きついているの身体が、ぴくりと反応した。……これはどういう……? ちらっと山本に視線を戻すと、爽やかな笑顔だ。いつも通りの。だからこそ、山本が何を考えてを引き取るなんて言い出したのか、全く見当がつかない。リボーンと獄寺君が、眉間のしわを更に深くした。


「自分が何言ってんのか分かってんのか、山本」

「おう。よーするに、行くとこねーんだろ? えーと、? さん。で、ツナんとこではダメってんなら、」

「分かってねぇじゃねーか野球バカ! この女の正体が分かんねー以上、10代目のお傍には置けねぇんだよ!!」

「んなこと言ったって、放っておけねーだろ。どっちにしろ今日はもう一人に出来ねーぜ。外、真っ暗だ」

「っ、てめえ……」


確かに、山本の言うことは尤もだった。外は真っ暗だし、相変わらず雨は降り続いている。勢いこそ大人しくなったものの、女の子を放り出すには危ない。とりあえず今晩は山本のところで預かってもらって、明日までにリボーンを説得しよう。それでリボーンが納得すれば、結果的には獄寺君も頷くだろうし。よし、大丈夫。希望が見えてきた。、と小さく彼女の耳元で囁いてみると、ふるふると小刻みに震えている。な、んで?


「、?」
「っ、」
「どうした? ……泣いてても分からないよ、、」
「、つな、」
「ん、どうした?」
「……、や、っ、つな、や、」


ぎゅうっと俺にしがみついて、繰り返す。背中を撫でても、大丈夫だよ、とどれだけ優しく言っても、首を横に振るばかり。漏れる嗚咽に、獄寺君がいよいよだらだらと冷や汗を流し始めた。山本は、ありゃ、オレんちじゃ嫌かー? と苦笑い。リボーンはただ、をじっと見つめている。


「んー、よしよし、泣くな、」
「、っふ、え、」
「だいじょーぶだからね、、」


はあ、と呆れたような溜息。




「早く泣き止ませろダメ親父」




「おやっ……、せめてパパにしといてくれる? リボーン」
「オレは寝るぞ。……、ツナにあんまひっつくなよ。男は狼だ」
「っリボーンさん?! ま、まさか……」




「ママンには自分で説明出来んだろーな、ダメツナ」




あ。考えてなかった。そうだよな、ビアンキ達とは訳が違うし。……それに何の関係もない女の子だしな、実際。……この様子じゃ、リボーンは頼れないしな。っていうかこのくらい自分でなんとか出来なきゃ、の面倒なんてみてやれないか。


「もちろん。……ってことで、ごめんね、ありがとう山本。それで獄寺君、今後に妙なこと言ったら怒るからね」


そして、まだ泣きじゃくるに、「もう泣かないの」とほっぺたを軽くむぎゅっとする。と、きょとんとした顔をして、またぎゅうっと俺にしがみついてきた。あああ、だめ、もう自分の娘がこんなだったらべったべたに甘やかしちゃうよ、俺。

っていうかもう俺はの父親でいいよ。まかせとけ。




俺が世界一幸せな女の子にしてあげる。