ヤバイ……。ヤバイ!! なにがヤバイって遅刻ッス!! え? 学校? 撮影? そんなもんよりずっと大事!!!! 今日はひっさびさにオレの天使ちゃん――ちゃんとデートなのだ。それが……それがこのザマッ!! でもだいだいだいすきなカノジョのまえでは、いつでもかっこよくいたいじゃないッスか! 学校も違うし、日常生活でポイント稼げないぶんはこういうところで補っていかないと……!! 黒子っち(ちゃんの大親友・鉄壁)がいるとしても、安心はできないし……。もし仮にちゃんがふらっとよそ見なんかしちゃったら……! いやいやいや、ないないない。だってこのオ・レ・が! ちゃんのカレシだし、何より黒子っちいるし!! きっと中学時代と変わらぬ高い壁となって男どもを近づけずにいてくれてるはず!! さすが黒子っちッス!! オレもそれでイタイ目に散々遭ってきたんで、そのあたりの信頼感ゆるぎない……。とか言ってる場合じゃない!! ちゃん――この地上に舞い降りた最後の天使……オレの天使……。あんなかわいい子を、街にひとりポンと放り出したら何が起きてしまうことか……!! ゆ……誘拐とか?! …………ありえる!! 早々にお迎えに行かなければ!! オレは乱暴にドアを押し開いて駆けだした。「涼太!! ドア壊れたらどうするの!!」なんていう母さんの声とか今はどうでもいい。お説教なら帰ったらちゃんと聞くから!!(たぶん) 「あっ、ちゃ――!」 待ち合わせ場所である、駅の改札を出てすぐまえに設置されている、よく分かんないオブジェっぽい感じの時計台のまえに、そわそわした様子で何度も時計を見上げているちゃん発見!! ……したところまではよかったけど、状況が状況である。あれはどう見たってナンパだ。……天使相手にナンパとかよく俗なことできるッスね? 死にたいんスか?? とか黒子っちがいたら言いそうなことを思い浮かべながら、ずんずんと近づく。 「ちょーっとアンタ、何してんの?」 オレがそう言ってちゃんの細い両肩に手を添えると、ナンパヤローは「あ?」とチャラッチャラの顔と身なりで突っかかってきたので、ちょっと文句でも――と思ったけど、ちゃんのまえである。こんなチャラッチャラのうえにチンピラみたいなのをまともに相手してるヒマはない。……大事なデートに遅刻までしちゃったわけだし。ということで、「この子、オレの彼女なんスけど。……ナンパなら、他当たってくれる?」と簡潔に、冷静に対応すると、「チッ」と下品に舌打ちして去っていた。「男持ちなら先に言えよな」とか情けねー捨て台詞吐いて。そしてちゃんをオレのほうへくるっと反転させると、腰折る勢いで頭を下げた。 「ちゃんっ、ごめんね! 遅れるなんてオレ、ホントごめん!」 でもね、ちゃんの隣を歩くには、やっぱりパーフェクトなオレじゃないとダメだし、そしたら服も髪もなかなか決まらなくて!! と遅刻の理由を隠すことなくしっかり白状しようと思ったができなかった。 「ううん、だいじょうぶ。黄瀬君がそんなに謝ることじゃないよ。……今日の私服も、かっこいいね」 ……ちゃんマジモンの天使ッス知ってるけど……。うう、でもちゃんの危機に比べたら、服も髪も完ッ全どうでもいいことだったッス!! オレってなんでこう大事なときに限ってバカかますのか……。ちゃんのまえでは、スマートでかっこよくて、「黄瀬君はわたしの自慢の彼氏だよ」って言ってもらえる彼氏でいたいのに……。 しゅんとうなだれるオレの頭上から、「あの、ほんとに大丈夫だよ。……あの、あの、黄瀬君がきてくれたから、あの……」と、ほんの少し震えた声が降ってきた。思わず顔を上げると、ほっぺを真っ赤っかに染めて、うるうるした目でオレを見上げているちゃん…………こっ、これは、泣いちゃ……泣かせちゃう!!!! 「こ、怖かったよね?! ご、ごめんね?! ホントにごめん! なんもされなかった? 大丈夫? どっかで休む? ……家帰りたい?」 「ちがうの、あの、黄瀬君が助けてくれて、あの……あ、ありがとう。……だから、デート……、しよう?」 ……黒子っちに言われるまでもなくオレは今日が命日になるのかもしれない……。 キュン死ぬ……。 オレ“が”助けてくれて、なんて――なんだかちゃんのヒーローになれたみたいだ。遅刻の理由はとんでもないバカなうえ、そのせいでちゃんに怖い思いさせちゃったけど!! でも、オレ“が”助けてくれてって――なんか、オレがちゃんを助けた(っていうのも変だけど。彼氏なら当然だし)ってことがうれしいって聞こえちゃって ……うあああああちゃんが天使!! 知ってるけど天使!!!! うああマジで今日が命日かもしんないッス黒子っちに言われるまでもなくオレ死ぬかもしんない黒子っち……!! とりあえず。 ちゃんはひたすら「大丈夫」を繰り返してたけど、オレが心配で心配でたまらなかったので、初めの予定だった映画の時間をズラしてカフェでお茶することにした。実はこのカフェちゃんと調べといたんで、ちゃんの好みに合ってるはず! ……怖い思いさせちゃった分、ちょっとでも元気に……ちょっとでも落ち着けるといいんだけど……。 「おいしい……!」 「ホントに?!」 「うん。……こんなにおいしいケーキ、なかなかないって思う。……テツくん、連れてきてあげたいな……」 「す、好きなだけ食べていいんスからね! …………え……?」 「あっ、ご、ごめんなさい! えっと、あの、」 ……デート中であったとしても、おいしいケーキが思考の中心にいたとしても、そこへ容赦なく割り込んでくる黒子っちマジすげえ。 ……じゃなくて!! なんてことだ……まさかいっつもデートのときちゃんこんなこと考えてんの……? お、オレと一緒のときもいつも黒子っち中心なの? メインなの……? い、いやいやいや、そんなのずっと前からじゃん! こんなことでくじけて負けるオレじゃないッス!! 「く、黒子っちも喜ぶんじゃないスかね! でもオレはちゃんに喜んでほしいッス!」 「え……」 するとちゃんは耳元までうっすら顔をピンク色にして、「う、うん、えっと、うれしいよ、すごく……。……ありがとう、黄瀬君……」とちょっと俯き加減に言った……た……た……(※エコー)。………… 天使ッ!! まごうことなき天使ッ!!!! この圧倒的天使力に勝るものなどこの世に存在しないと断言できるッス……うあああ……かわいいッス……もうしみじみ感じる……かわいい……。このかわいいがオレの……オレだけのものだと思うともう、もう……ッ!(テーブルドンッ!!)。 「?! 黄瀬君……?」 「あっ、ごめんねちゃんが天使すぎてつい……」 「(“てんし”ってなんだろう……?)う、うん」 きょとんてするトコも圧倒的天使なんでオレはどうしたらいいのか分からない……ッ!!!! ていうか首こてんのこの破壊力……もうずーっと前から感じてきてるコトだけどホントやばい。もうオレの部屋引きずり込んでああだこうだと…… いや!天使相手にそんな俗なことコト考えるなんてオレはバカかッ!!!! 今日はもうバカかましてるので、コレ以上失点するわけにはいかない……。もしかしたら――いや絶対――黒子っちはこのデートの内容を知るだろう……。なぜならちゃんは絶対このデートのコト黒子っちに話してるし(ちゃんの週末の予定なら黒子っち全部把握してるってオレ知ってる)、黒子っちも「黄瀬君と遊びに行ったんですよね。楽しかったですか?」(デートとは言わないの分かってるッス!)とか聞くもん!! そしたらちゃん何もかも素直にお話しするだろうから……(頭抱え)。あぁッ、すでにナンパのとこでアウト……!! ……いやまぁもうそれはしょうがないッ振り返るな前を見ろッ!! こっからッス!! こっからが見せ場ッ!!!! 「……あの、黄瀬君」 悶々と考え事をしているオレを引き戻したのは、やっぱりどうあっても聞き逃すことのないちゃんの甘い声だった。ううう、耳が溶ける……甘い……幸せで耳溶けるッス……。 「なんスかっ? あ、ケーキ食べたいのあった? パフェとかプリンとかもあるッスよ。それとも飲み物ほしい?」 「ち、ちがうの。……あの、さっき……あの、ああいうことがあったから、黄瀬君、気を使ってくれてるんだと思うけど……」 「え! いやっ、そんなコトないッスよ! 会って急に映画っていうのも会話なくってさみしいかなって思って、カフェ先にしよーって思っただけで!」 …………ぜんっぜんダメ!!!! スマートさのカケラもないってことが今証明されたッス!!!! ちゃんに余計な気を使わせてしまった……。これじゃ意味ない……。ちゃんに気を使わせることなくちゃんの不安を取っ払うのがオレの使命だったのにも関わらずこのザマッ……!! ……なさけないッス……。 しゅんと肩を落とすと、ちゃんは「でもね、」と言ってちょっと緊張したような顔で「……黄瀬君が、助けてくれたから、こわいとか、そういうの全然なくって、……あ、安心、してて、だからあの、あっ、でもこのカフェがいやとかじゃないんだよ。ケーキ、ほんとにおいしいし、でもあの、黄瀬君が気にすることなんてなんにもな――」 天使ッ!!!! 圧倒的ッ!! 天使ッ!!!! 「天使ちゃ――じゃなくてちゃんっ……! いいんス! オレがしたくてしてるコトだから、ちゃんこそなんも気にしなくていいんスよ。オレはちゃんのうれしそうな顔見れたらそれだけでいいし、気ィ使ってるっていうか、ホント、それだけッス! ちゃんがデート楽しいなって思ってくれればなんでもオッケー!! ……ケーキ、おいしいッスか? ――――遅刻したオレが悪いんスけど……、ホントに……ホントにオレが来て――安心、した?」 オレの言葉にちゃんはくちびるをきゅっと引き結んでから、やっぱりほんの少し緊張したような顔をして(でもほっぺがピンク色ッス天使かよ(真顔))、「……うん。黄瀬君が……黄瀬君だから、あ、安心、した……」と言った……た……た……(※エコー)。 「〜っ! よ、よかったッス! ホント、オレも安心した!!」 「(びくっ)う、うん、あの、ほんとにありがとう……」 「ううんっ、当然ッスよ! だってオレ……ちゃんの彼氏だもん!」 オレがそう言うと、ちゃんはふわっと笑顔を浮かべて、「うん」とはっきりとした口調で――――うああああああああなんか今日いつにも増して天使なんスけどどうしたらいいの?! いやいつも天使ッスけど久々のデートだからッスかね?! もうオレ……ホント、マジでメロメロのとろとろッス……! 「あ、黄瀬君、映画……時間、そろそろじゃないかな?」 「あっ! そうッスね! じゃあ行こっか。あ、バッグ持つよちゃんっ!」 「えっ、いいよそんなこと……! 自分で持てるっ」 ちょっとすねたような顔をして、ちゃんはさっと立ち上がってバッグの持ち手をぱっと引き上げた。……はうわ……うん……すねた顔もプリティーってもちろん知ってるけどやっぱり今日はホント……。 もう床に倒れ込んでごろんごろんして萌えを発散したいのガマンして、オレもさっと立ち上がってぱっと伝票を取った。そしてレジへ直行しようとすると、ちゃんが慌てた様子でぱたぱた後をついてくる。こ、転んじゃうッスよそんなにぱたぱたしたら!!!!(でもかわいいッ!!) 「ま、待って黄瀬君!」 「? なんスか?」 「お、お会計! いつも出してくれてるし、今日はめいわく、も、かけちゃったし、わたしが出すから……っ」 「え?! いいいっ、いーッスよそんなの! ていうか迷惑かけたのはオレのほうっしょ! オレが遅刻しなきゃよかっただけの話だし!! いやてゆーかデートなら男が出すのが――とにかくちゃんに払わせるなんてオレには無理ッス! ダメ!!」 「で、でも……」 「そ、そんなうるうるした目で見たってダメなもんはダメだから……!!」 「……わ、わかった……。あ、あの、ごめんなさい……。やっぱり気を使わせちゃ――」 「……どうせなら、“ごめんなさい”じゃなくて“ありがとう”がいいッス。言ったでしょ、オレはちゃんがデート楽しいって思ってくれればそれでいいって! だからなーんも気にしないで! ねっ?」 しゅんとした様子のちゃん……もう人の目とか関係なしにこの場でぎゅーしたいッスけど、そんなコトしたらちゃんぷんすかしちゃうし……やっぱりここはガマン!!!! いや、そんなことはどうでも(よくないけど)いい。……やっぱりちゃんは天使ッスね……オレのコト、最後まで気遣ってくれて……。これじゃあホント、ちゃんよりオレのほうがずーっと安心させてもらっちゃったッスよ……。……ぐう……このままじゃイイ彼氏ポイントゲットならずでデートが終わってしまう……ッ!! ……だ、大丈夫、ま、まだチャンスはある……デートはまだ始まったばっかだし! 映画館でこれまでの失態のマイナス、取り返してみせるッス!!!! そしてあわよくば――――ッ!!!! |
Photo:十八回目の夏