目的地である映画館は、ファッションビルや娯楽施設が立ち並ぶ大通りにある。この辺りはいつでもにぎやかで、オレたちのような学生から、もう少しおねえさんなんかもキャッキャと楽しそうに歩いている。……そんないろんな女の子たちの中にいても、とーぜんちゃんがダンットツでかわいーッスけどね! うううこの子オレのカノジョなんスよ!!!! チラチラとちゃんを気にしている男ども全員に言ってやりたいッ!! ていうか隣にオレいんのにジロジロ見んなっつーの! ちゃんの彼氏なんスけど! ていうかこんな天使にカレシいないわけないっしょ。

…………まっ、そのカレシってオレなんスけどねっ!

と、ふわふわとろっとろの思考でいると、ちゃんがオレのシャツの裾をくいっと引いた。
……天使……。


 「まだちょっと時間あるね」
 「そうッスね。ギリギリだと座るの大変だし、もう入っちゃおっか」
 「うん」




 映画館へ入ると、見事に女子ッ! ……とカップル。……カップルか……。……お、オレとちゃんも周りから見たら当然カレカノってわけで(実際そうだけど)……あああ……!(喜びによる震え)

 今日観る映画もカフェと同様調査済みッ!! 最近全女子の間でちょう話題の恋愛映画である。ちゃんも気になっていたのか、このデートを提案したとき目をきらきらさせていた。そんときもリアル天使でもう床ドンドンしたい気持ちだった。そして今周りからもちゃんと“カップル”と認識されていること――いつもは黒子っちのせいでそういうの味わえないし――に喜び打ち震えていると、「……あの、」ちゃんが遠慮がちに口を開いた。チケットを持っている手が、そわそわしている。

 「ん? あ、パンフとか欲しい? それならオレが――」
 「ち、ちがくって……」
 「?」

 うんと、あの、えっと、と緊張したような……心配してるような? 顔でオレの顔をじっと見上げるので、ごくりとした。……え、も、もう(っていうか“また”)なんかマイナスポイント稼いじゃった感じ……?


 「っな、なんか悪いトコあったら今すぐ直すんで帰るとか言わないでぇええ!!!!」


 周囲の人がちょっとビクッとしたけど構ってられない。うああ「うんと、あの、えっと……黄瀬君、帰ってもいいかな?」……そんなコト言われちゃったら結局マイナスで すべてが終わってしまう あんな決意して次こそって思ったのに……!!!!


 「えっ、ち、ちがうよ? か、かえらない……」


 ……かえらない…………おっと違う!!  ちがう!! なんか違う「帰らない」をもうそ――想像しちゃったッス……あぶないあぶない黒子っちいたら膝裏に鋭いキックが……って黒子っちはいないんだからそんなコトは考えなくていいんだよ!! ……はぁ、いつかは「黄瀬君……今日は、帰りたくないな……」とか言われたい……。

じゃなくて!

 「じゃっ、じゃあどうしたんスか?」
 「……えっと、あの……笑わない?」
 「? ちゃんの言うことなら、なーんも笑ったりなんかしないッスよ?」

 オレがそう言うとちゃんはほっとした顔をして、「あのね、」と目をきらきらさせた。ぐぅ、今日オレは何回萌えれば……!! 悶えつつも「うん?」と返事をする。するとちゃんはオレの手をきゅっと握って、たたたっと売店のまえまで引っ張ってった。……くそっ、かわいすぎか!!!! 今日もちゃんのおててはすべすべのふにふにでかわいいッスね?!?! ていうか売店ってことは、やっぱりパンフとかそういう……あっ! 飲み物……! ……だからなんでオレはこういうコト気づかないのか……!! 前ならこういうのはサラッとできてたのに――って今までのレンアイとちゃんとのはちがう……。

圧倒的天使力 のまえではオレなんか無力……。
と凹んでるヒマはない! プラスポイント!

プラスポイントッ!!

 「飲み物ほしいッスよね! 気づかなくってごめん。ちゃん何がいいッスか?」
 「あ、うん、それもなんだけどね、あっ、ここはわたしが出すから――」
 「それはだめっ! ほら、好きなの選んでいいんスよ?」
 「う、うん、あの、でもね、」
 「? さっきからどうしたんスか? ……オレ、なんかしちゃった……?」


 やっぱりマイナス……ッ!! と頭を抱えそうになった。

いや、稼ぎたいのは プラスのほうであって決してマイナスじゃないんスちゃん……!!


 するとちゃんは慌てた様子で「ううんっ、ちがくて……あの、ほんとにほんとに笑わない……?」と言った。そういえばそんなこと言ってたッスね。でも笑うって一体何に……と思っていると、ちゃんはきゅっとしていたオレの手にさらにほんのちょっとだけど力を込めて、「あ、あの……ぽ、」と言いにくそうにしている。


 「ぽ?」

 「……ポップコーン……は、キャラメルがよくって、でもさっきケーキも食べたし、それに黄瀬君――」

  「ぐうかわ!!!!」

 「(びくっ)え、う、うん?」

 「キャラメル……キャラメルポップコーンがいいんスね!! キャラメル……」


 ポップコーン食べたいとかッ! キャラメルとかッ! ケーキ食べちゃってるから……とか気にしちゃうとかッ!! そんなコト笑ったりするわけないじゃないスかこんなかわいいんスよ?!?! 笑う要素ドコ?!?!

 ちゃんはほっぺたをピンク色にして、「い、いつもテツくんと映画観るときは、そうだから、あの、でも黄瀬君が食べたくなかったら……」と言って、はずかしそうにしている。て、天使……天使…………だけど!

 「ぐっ、黒子っち……ッ! いやっ、食べるッスよ! オレもちゃんとキャラメルポップコーン食べたいッス!!!!」


  ……映画始まるまえなら「あーん」とかありえるかもしれない……ッ!!!!




 「あの、結局買ってもらっちゃって、ごめんね。ありがとう」
 「ぜんっぜん気にしないで! ちゃんのためなら安いもんス」

 オレがそう言って「あーん」のチャンス……と思っていると、ちゃんはちょっとだけうつむいて、「テツくんもいつも、『ちゃんが笑ってくれるならいいんですよ』って言ってくれるから……うれしいけど、やっぱりわるいな……」と言った。

  ま、負けた――ッ!!!!
 すでに使われてる手かよクソッ!!!!

 ……いや……さすが黒子っちッス……歪みない揺るぎないッ!! そしてちゃんの黒子っち大好きっぷりも歪みない揺るぎないッ!! ……やっぱりオレ彼氏なのに “大親友” 黒子っちに完ッ全に負けてるッス……!


 「あ、あの……」
 「……はいッス……」


 落ち込むオレに神サマからのプレゼントが……ッ!!!!


 「あの、何かわたしにできること、ある?」


  うああああ「あーん」のチャンスッ!!!!

 「あっ、あのっ、ポップコーン『あーん』て――ブーッ……え……」
 「あ、始まっちゃうね。黄瀬君、ケータイ切った?」
 「う、うん……」


 なんで……! なんでこのタイミング……!
やっぱり神サマはオレにだけいじわるッス!!!!


…………いや、まだある……まだあるッス……!!

映画デートの 定番 がッ!!!!




 『……私……今までとても幸せだった……あなたと、過ごせて……』

 『今まで、なんて過去みたいに言うなよ……これからもずっと一緒だ。俺は君を放さない……!!』



  ヤバイなにこれめっちゃ泣けるッス……!!


 あらすじはこうだ……。結婚して一年、毎日を幸せに暮らしていたマイケルとサリー夫婦に、突然悲劇が……。そろそろ二人の子どもがほしいね、なんて話していた矢先……サリーが不治の病にかかり、余命はあと一ヶ月と診断されてしまう――。

 ……オレ正直、CMとかポスターとかのナレーションとか、煽り文とかでなんかこう、「あ〜、こういう系ね。女の子好きそう〜」とか、「まぁラストこんなかな〜」みたいな感じでいたんスよ……。ちゃんが相手じゃなきゃ、オレ一人だったら、コレは観ないな〜っていう……。でもちゃんが感情移入して泣いちゃって――ぐすぐすしてたら激かわいいな(テーブルドンドンッ)!! とか、映画の雰囲気になんか気持ちが盛り上がってちゅーできちゃったりとかするかもしんない何それヤバイな(テーブルドンドンドンッ)!! とか思ってたんス……。


……思ってたんスけど!!


 「うっ、ううっ、」
 「……」


 『マイケル、ダメよ……。あなたには、これから掴める幸せがあるの。……わたしのことはもういいの。……こんなに、こんなに涙が出るほど、幸せにしてくれたんだから……!』

 『サリー……! 俺はまだ……っ、まだ君を幸せにしきれていないよ……。俺はまだ、君といたい……! この先もずっと、ずっと……っ!』


 「ぐすっ、うう、はうっ……」
 「……」

 ああああウソだこんなのねえサリー死なないッスよね?! マイケル残して死んじゃったりなんかしないッスよね?! ……もしこれがオレとちゃんの間に起こったら……とか考え始めちゃってもうダメ!! だめッス涙とまんねえなんだこの映画予定と違うッスよなんでこんな オレのこと 泣かしにきてんの?!?!


 すすり泣く声はあちこちから聞こえてくるが、ちゃんはというと――。


 「……」


 真剣にスクリーンに見入っている……にはいるけれど、な、泣いてない……!
泣いてないんスこれがッ!!やっぱ予定と違うッス!!!! 
なんでオレがこんな号泣してんだよ!!!!

泣き出しちゃったちゃんの手を暗闇の中でそっと握って(定番ッスよね!)……ここぞッ! ってタイミングであわよくばちゅーをッ!! って思ってたのに!!!! オレはそういう余裕をもって観れるって思ってたのにッ!!!!

 「ふ、うう、ううう……っ」


 はあホントにヤバイ……うう、ティッシュ……と思ったところで、ちょんちょんと肩をつつかれ――ハッとして隣を見ると、ちゃんがちょっと困ったような顔をしてオレにハンカチを差し出している。……ッあー!! と思って、どうしよう、「黄瀬君、映画で泣くとか……」とか、「泣き顔かっこわるいね」とか言われたらまたマイナスがッ!! と頭を抱えそうになったオレの手をちゃんはそっと引き寄せて、ハンカチを握らせてくれた。「え……」と思わず呟くと、ちゃんはやさしい笑顔を浮かべて、それからまた真剣な目をしてスクリーンに視線を戻した。

 …………かっこよすぎかッ!!!!

 ちょっと待ってちょっと待ってそれオレがやりたかったやつ!! コレやられたら女の子がキュンとくるやつでしょ……? そうでしょ……? え、それをちゃんがオレにしてくれたってことッスよねこれ……え? ……ちょっと待ってちょっと待って理解がですね?! 追いつかないですね?!

 ただちゃんがかっこいいということだけはかろうじて分かりました……ッ!!!!

 かわいいのに……天使なのに……そのうえ“かっこいい”までプラスなの? 変幻自在? それともオレの知らないうちになんかあったんスか? え? ……ダメだもう床ごろんごろんしたいッ!! これはこれで最ッ高に萌えるシチュエーションッ!!!! いや予定ではオレがするはずだったけど!! でもこれはこれでイイッ!! ちゃんサイコーかよ知ってるサイコーだよ!!!! どこまでオレの気持ち揺さぶれば気が済むんスか?!

 …………いくらでも揺さぶってくださいッ!!!!




 「……黄瀬君、だいじょうぶ?」

 戸惑った顔でちゃんがオレの顔を覗き込んできたので、ぱっと笑って「うん、もう大丈夫ッス……! あ、ハンカチありがとうっ。新しいの買って返すから!」と答えると、ちゃんはきょとんしたあとに「え? いいよそんなのっ」と慌てた様子で首を左右に振った。 いやオレはこれが欲しいッ!!!!

 「記念にとっておきたいんでオレにください!!!!」
 「(びくっ)き、きねん……(なんのだろう……)う、うん、わかった」

 と、それはともかくだ。

 「ていうかっ、あの、オレあんないっぱい泣いて……かっ、かっこわるいッスよね!」

 オレが情けなく乾いた声を出すと、ちゃんは本当に分からないって顔をして「? どうして?」と言った。ど、どうしてって……理由はたった一つ“かっこわるい”それだけッス!!!!

 「え、だって……」とオレが言葉に詰まっていると、ちゃんはふわっと笑った。

 「感受性が豊かなのはいいことだよ。――って、わたしが映画で泣いちゃうと、テツくんいつもそう言ってくれるから……。だからあの、泣いちゃうのは仕方ないっていうか、いいこと? っていうか、」


  ……黒子っち……ッ!!!!


 これはヤバイと直感で思ったので、「……あのっ!」と少し大きく声をかけると、ちゃんはいつものように柔らかく「うん?」と返事した。……この、「うん」じゃなくて「うん?」っていうのめっちゃかわいくて――じゃなくて!!

 「ちゃんはその……え、映画! 感動した?!」

 「え? うん。サリーの病気が治るかもしれないっていうところからエンディングまでが、すごくすてきだったなって思うよ」

 「……な、」

 「な?」

 「泣いちゃったりとか! そういう!」

 「あぁ、今日はだいじょうぶだった。テツくんといっしょだと、すぐ泣いちゃうんだけど……」

 「そ、そうッスか……」


 ……黒子っち……ッ!!!!


どこまで存在感発揮してくるんスか?! ねえ!!!!
 もう何もかも黒子っちにもってかれてる……。

なんで一緒じゃないときすら黒子っちその場にいるかのごとし存在感ッ?! 大親友パワー?! やっぱり“大親友”パワーなの?! と地面踏みつけてこんな街中で大絶叫しそうなオレを、「でも、」とやさしい声が思いとどまらせた。

 ちゃんはオレを見上げて、「……今日は、泣かないで、よかった」と言って安心した様子をみせた。たら、と嫌な汗が背中を伝いそうだ。

 「な、なんで? く、黒子っちと一緒じゃないと泣けないみたいな? 黒子っちじゃないと安心できないみたいな?」

 マジ大親友……ていうか黒子っちが!!すごいッスよどうやったらここまでちゃんに影響与えられる存在になれるんスか?! ていうか今回の話はオレがイイ思いできる予定だっt「うん? そうじゃなくて……黄瀬君には泣いてるところとか、は、はずかしいから……みられたく、ないんだもん……」…………。


 「そ、そうッスか……!」


 なんだよその理由かわいいかよかわいいだよ大好きちゃん!! オレ“には”泣き顔みせたくないとか……“はずかしい”とか…… ぐうかわッ!!
やっぱりちゃんは天使ッスかわいい……ッ!!


 「ちゃんっ、次どうしたいっ?」
 「えっと……」
 「なんでも言って! ちゃんが行きたいトコとかしたいコトならなんでもいーッスから!」
 「……じゃあ、どこかで少し休みたい、かな。えっと、えっと、お、落ち着けるところ……」
 「分かったッス! じゃあ――」




 ……今日のデート、ほんっとサイコーだった……。ちゃんのハンカチもらっちゃったし、ほんと、ほんと……ッ!!!! スタートからやらかした!! って思ったッスけど、なんかもうよくよく考えると通しでみたらサイコーじゃん? ちゃんの“かわいい”を最初から最後まで楽しめてもうずっとクライマックス的な? 盛り下がったトコとか一瞬たりともなかったッスね!! ありがとう神サマ……オレ幸せッス……ッ!!!!

 …………ん?
ちょ、ちょっと待った……。


 オレ、遅刻したッスよね。カフェでちゃんに気ィ使わせちゃったッスよね。映画館で号泣してちゃんにハンカチ差し出されたッスよね。そのあとゆっくりできるところってコトで、最初のトコとは別のカフェ入って――。

 「……黄瀬君」
 「はいッス!」
 「あの……、きぶん、おちついた?」
 「? うん?」
 「なら、よかった」



 ……気を使わせている……ッ!!


 誰だよイイ彼氏ポイント稼ぐって決意してたヤツ!!
オレだよアホかッ!!

うあ〜ッ、幸せの絶頂にずっといたのってオレだけじゃないッスかコレ!!!!
 ……つ、次!! 次のデートがあるから! ほらっ!!!!


 …………もう映画デートはやめといたほうがいいッスかね、アハハ……。






(ちゃん、週末はどうでしたか? 楽しかったですか?)
(うんっ! あのね、)
※10分後
(そうですか、よかったですね。訳→「黄瀬君はやはりどうしようもないですね」)
(うん! それでね、そのカフェ、テツくんと行きたいの! ケーキ、ほんとにおいしかったんだよ)
((きゅん)ふふ、それじゃあ次のお出かけは、そこにボクを連れていってくださいね)
(うんっ!)


◎ひさびさデート“イイ彼氏ポイント”ゲット!!
(結果→ムリだった)





Photo:十八回目の夏