大事件ッス。 「あ、あのっ、ちゃん!」 オレが声をかけると、ちゃんは「うん?」と穏やかに返事をくれた。……くぅ〜、かわいい〜っ! これこれ! これッス!! この“かわいい”! 今やオレのものなんス!! と叫びたくなるのはいつものことなんだけども、今日はそのいつもの比じゃないくらいにオレはハッピーである。なぜなら。 「オレ今コレ夢なんじゃないのってくらい超絶ハッピーなんスけど! けど!!」 「(びくっ)う、うん」 「なんで黒子っちとは恋人繋ぎなのにオレとはしてくれないんスか?!」 そう、今日はなんと手を! ちゃんと手を! 繋いでいる……!! オレよりずぅっとちっちゃくて白くってかわいいあの“おてて”!!!! 繋いでる!!!! 初めて、初めてちゃんと手を繋ぐことに成功した。なぜならみんなもう予想できてると思うッスけど今日は黒子っちがお留守だから! ちゃん曰く、黒子っちは今日は家の用事がなんたららしい。……初めて神サマがオレに味方してくれた気がするッス! でも!!!! オレは納得いかない……なぜだ……黒子っちは恋人繋ぎオーケーでオレとは普通に繋ぐってどういうことなんだ……。そういうわけでオレは素直に疑問をぶつけた。だってだってここでまで負けたくないじゃないッスか!! やっとちゃんの彼氏になれたのになんで親ゆ……だ、大親友……なんかに(小声)負けなくちゃいけないんスか?!(大声)オレは心の中で大いに大絶叫しつつ、縋るようなかわいい目(あざといとか言われても平気ッス全然)でちゃんを見つめる。するとなんとちゃんはこう言った。 「え……あの、“恋人繋ぎ”ってなに? わたしとテツくんは……(きゅん)し、親友だから、あの手の繋ぎかたは……」 ……黒子っちの教育どうなってんスか!! 程度を知らない!!!! まさに鉄壁ッ!!!! しかし黒子っちがいない今なら、オレが正しい“カレカノ”ルールを教えることができる……。 オレはキリッとした顔を作って、でもやっぱりちゃんて全面的に黒子っち信じてるから……と不安になりつつも、「いや黒子っちとちゃんは付き合ってないじゃん!! あれは恋人繋ぎって言うんス! つまりはオレとちゃんしかしちゃいけないヤツ……」と説明すると……。 「(じわぁ)え、わ、わたし、テツくんとはし、親友で、ず、ずっとお付き合いしてて……」 …………しくったーーーー!!!! これ前にもやった気がするッス!!(※告白時) 「ごっ、ごめんねちゃん! あのっ、そういうつもりで言ったんじゃないッス!! 黒子っちとちゃんはずーっと親友ッスよ!! オレも嫌というほど知ってるから大丈夫!!!! だから泣かないでお願い……!!」 すん、とちゃんは目元をぬぐって、小さな声で「うん……(……テツくん……)」と頷いた。 ……よかったッス……ここでちゃんに泣かれちゃったら話進まないうえに、せっかく手繋げたのにこれ以上の進展ないまま終了ッス……せっかく黒子っちいないのに!!!! 気を取り直して……と、オレはちゃんの両手をきゅっと胸の前で掴んで、「あのね」とできるだけ優しい口調で「オレとちゃんは今手繋いでるけど、これは普通のやつッス。オッケー?」と顔を覗き込む。ちゃんはぽんっとほっぺをピンク色にすると、「う、うん」と目を逸らそうとしたので、すかさず「こっち見て」と耳元で囁いた。……いた……いた…………た…………た……。※エコー っだぁああああ息止まる!!!! 自分からしといてなんなんだけど、ちゃんは天使なわけで! つまりはオレが今までしてきた“レンアイごっこ”で使ってきたテクニックみたいなのは!!!! 天使相手にはハードル高すぎて……!!!! だってだってめっちゃいい匂いしたし、ほっぺだけじゃなくて耳まで赤いの見えちゃったし!! ウブ? ウブなんスか? 純情なんスか? 天使なんスか? …………天使だったッス!!!! 身悶えるオレに、ちゃんが「あ、あの、黄瀬君……?」と戸惑った声で言った。そ、そうッス、ここでオレがしっかりしなくちゃダメなんスよ!! 黒子っちがいないうちにこの問題を解決するには!!!! 「あのっ、つまりッスね! ……その、ちゃんがいっつも黒子っちとやってる手の繋ぎ方! アレをオレもしたいってコトなんス!!」 「えっ……」 ちゃんは困ったというか、ちょっと意味が分からない……みたいな顔をして、半歩くらいオレから距離をとった。……つらい! つらいッス!! 半歩でもちゃんから距離置かれるとかオレ彼氏なのに……!! っていうか恋人繋ぎでなんでこんな足踏みしなくちゃならないんスか?! マジ黒子っち鉄壁ッ!! いや、その黒子っちのおかげでちゃんはここまで純な女の子でいてくれたわけッスけど!! オレが彼氏になるまでこんなにピュアでいてくれてマジ感激ッス!! 黒子っちありがとう!!!! でもそれとこれとはお話ちがうじゃないッスか!!!! 「え、あの、えっと、」 「あのっ、ホラっ! オレたち付き合ってるじゃん! 黒子っちとは違うお付き合いしてるじゃん! だからねっ? オレも黒子っちとおんなじのしたいなーって!」 我ながらコレめっちゃイイ言い回しじゃないッスか?! と思いつつ、ちゃんのかわいい両手を包む手にほんのちょっぴり力を込める。するとちゃんは空いた半歩の距離を詰めて(ドキッとしたッス)、「えっと、」と言って、それから「いっかい、手、はなしてくれる……?」と潤んだ目でオレを見上げた。 〜〜〜〜!!!!※声にならない こんな激かわいいちゃんの手を放すなんて……! と思ったけれど、念願の恋人繋ぎが叶うなら……!! とオレは名残惜しくもするっとかわいい手から離れた。 ちゃんは視線をあちこちにさまよわせて、ううん、ううんと考え込んでいるような様子を見せる。はああ、天使……悩んでるとこも天使……。…………? いや! ここで悩まれて「やっぱりだめ」とか言われちゃったら!! とオレはちゃんの手をもう一度握った。ちゃんは目を丸くして、それから逃げ出そうとでもいうようにびくっとして、ぐっと手に力が入ったのが分かった。 「なんでそんな悩んじゃうんスか? 黒子っちといつもしてるみたいにすればいいんスよ?」 「う、うん……そ、それは、分かって、るんだけど……」 ……もっ、もしかして……「いいですか? ちゃん。こうやって手を繋ぐのは親友である僕とだけで、他の人とはしてはいけませんよ。危ないので」とか言われてるんじゃ……。た、確かにちゃんが誰とでも(そんな機会なかなかないと思うけど)恋人繋ぎなんかしてたらかわいい“おてて”が穢れちゃってオレ憤死する。で、でもオレは彼氏なわけだからそれじゃ困る。……オレだって……というかオレこそちゃんと恋人繋ぎすべき男じゃないスか黒子っちじゃなくて!! ……しかしその可能性は十分にあるし、黒子っち大好きなちゃんがそれを素直に受け入れてる可能性もまた大である。て、鉄壁ッ!! その名に恥じぬ鉄壁ッ!! さすが黒子っち尊敬するッス……!! でもでも、だからってホイホイ「黒子っちが言うなら仕方ないッスね!」なんて言ってられない。そんなことしてたらオレとちゃんとの距離は永遠に縮まらないし、彼氏じゃない黒子っちにいつまでも勝てない……!!!! オレは逃げ出そうとするちゃんの手に、またほんのちょっぴり力を込めて「……だめなの?」と天使すぎるプリティーフェイスを覗き込む。ちゃんはぎゅっと目をつぶって、オレをちっとも視界に入れる気はないようだ。……て、手強い……い、今までならオレがこうすれば――いや、これは“レンアイごっこ”じゃない本気だ。オレがテキトーに相手をしてきた女の子相手のテクニックは――とさっき思い知ったばっかりだった……。オレのほうが照れてしまって……!! やっぱりちゃんは罪深い天使……!! もうこれは無理か……と諦めかけたところ、ちゃんがか細い声で「……ちゃ、ちゃんとやってみるからっ、あの、もういっかいだけ、手……放して、くれる……?」と言った。……いくらでも!!!! いや、名残惜しいけどオレの願い叶うなら今はいくらでもそうするッスよ一回と言わず!!! と、オレはちゃんの気が変わらないうちにとすぐさまその手を放した。 お互い沈黙。流れる時間はとてもゆっくりな進みのような気がするし(ホントのところどうだかは分からない)、オレのドキドキがあんまりにも大きすぎてちゃんにまで聞こえちゃってるんじゃないかと緊張が走る。スマートな彼氏でいたいのに……。 すぅっと、ちゃんが息を吸った。決意を固めたような。 それからオレの手にゆっくりと手を伸ばしてきて、白くて細い指先をオレのにそっと絡めた。 〜〜〜〜!!!!※声にならない でっ……できた……ッ!! 恋人繋ぎできたッス……!! 顔中に熱が集まっていくのが分かるし、指先も手のひらも、とにかく手が震えているのも分かる。ついでに言うと息も止まった。心臓も止まったかとすら思った。けれどそれは一瞬のことだった。 オレのほうが負けた。 バッとちゃんの手から今度はオレが逃げ出して、あっと思ってちゃんを見る。あ、あんなにねだっておいて自分から手を放すなんて……! ちゃん、どう思ったかな?! と。するとちゃんもかわいいお顔をさっきよりもっと――真っ赤に(耳までも)して、「あのっ!」といつもより大きな声をあげた。オレも思わずうわずった大きな声で「はいッス!!」と返す。 「あ、あの……は、恥ずかしいから……やっぱり、で、できないっ」 …………天使!!!! しかし同感であったオレは、「そ、そうッスね……!」としか言えなかった。やっぱ黒子っちすごいこんなかわいいちゃんと平然と恋人繋ぎできるとかすごすぎヤバイ。 う、うん……こ、この問題はもうちょっと時間かけて解決しよう!! |
Photo:十八回目の夏