「……あの子、ほとんど毎日来てるな」

 という伊月先輩の言葉に、ボクは内心「当然ですね」と思ったけれど、もちろん声には出さなかった。黄瀬君のような自制の利かない馬鹿ではないので。きっと黄瀬君ならここで、「当然ッスよ! ちゃんはオレの超絶天使な彼女ッスから、彼氏であるオレのかっこいいトコ見にきてくれるのは当然! 愛の証拠ってヤツ! あっ、そうだ先輩聞いてくださいよちゃんて――」とかなんとかくだらない妄想話を延々とするに違いない。
……っち、本当に忌々しいことですね。黄瀬君なんて取り柄といえば顔しかないくせに、ボクのかわいいちゃんの彼氏だなんておこがましいにもほどがあります。さっさと辞めてください。

 まぁその話はともかく、ボクの大切な親友であるちゃんは、ボクを追ってこの誠凛に入学してくれた。運の良いことに同じクラスになれた上、席も隣同士。やはりボクたちは定められた運命のもとに出会い、そしてずっと仲良しなわけである。
神がそう囁いて――いや、叫んでいる。これは運命であると。


 「しかも休憩となれば黒子が走ってくし、あの子も帰りまで待ってるよな……黒子のこと」

 「もしかしなくとも付き合ってんじゃねーのか……」

 「やっぱり日向もそう思うか? ……入学式で早速ウワサになった美少女が、もう人のモノだったなんて泣けるなぁ」


 早速ウワサに――というところで、ボクはふふっと思わず笑ってしまった。ちゃんが噂に? 当然のことである。ボクのかわいい親友は、誰にも何にも代えられないこの世にたった一人のボクのお姫様だ。親友として鼻が高いことです。ですが、そうなることで黄瀬君のような不届き者があちこちに湧いているだろうことを思うと、頭が痛くなる。あんな馬鹿は黄瀬君一人で充分だ。まぁ、その黄瀬君もいずれかはボクがこの手で葬ってやるつもりでいるが。一応今はちゃんの彼氏(不相応にもほどがあります)だとしても、

ボクはちゃんの親友ですから(ドヤァ)。

 それもともかく、休憩に入ったのに……でも邪魔になったら……というような表情でボクの様子を窺っているちゃんを放っておくことなんてボクにはできません。先輩たちの言うとおり、彼女は親友であるボクをほとんど毎日応援しに来てくれているわけですから。

そう、親友のボクの。

 体育館の出入り口でそわそわしているちゃんに、早く声をかけてあげなくては。
ドリンクボトルとタオルを持つと、そちらへと駆け寄った。


 「あっ、テツくんっ」
 「ちゃん、今日も来てくれてありがとうございます。とても嬉しいです」
 「ううん、好きできてるんだよ。テツくんが頑張ってるとこ、見てたいの」
 「ふふ、ちゃんが来てくれるともっと頑張れるので、本当に本当に嬉しいです」


 一番初めに入部希望者かと聞かれたとき、ボクがすかさず「いいえ違います、彼女は見学者です。入部してもらうつもりは全くありませんが、見学くらい許してもらえますよね。彼女、バスケ(をしているボク)がとても好きなんです」と言ったので、先輩たちは特に何も言ってこない。

 ちゃんはもちろん静かに見学してくれている――当然ですが黄瀬君ファン(笑)のような騒がしい真似はしない。ちゃんは真面目で清楚な純白の天使さんである――ので、先輩たちが咎める理由もない。ただ、カントクは時折ちゃんに何か言いたそうにしているけれど。悪いことではないだろう。あの感じでは、やっぱり入部してほしいということではないだろうか。ですが初めに宣言したように、ボクはここでちゃんにマネージャーをやってもらう気は毛頭ありませんから素知らぬふりをしています。

 「毎日ありがとうございます、ちゃん。そうだ、今日は自主練はお休みする日です。どこか行きましょう。部活が終わるまでに考えておいてください」

 「え、で、でも……テツくん、休んだほうがいいよ。まだ入部して一ヶ月もしてないし、慣れないでしょ?」

 「いえ、大丈夫ですよ。毎日来てくれるちゃんに、何かお礼をしたいんです」

 「それはわたしが好きで――」

 「その気持ちが嬉しいんです。……いけませんか?」

 「(きゅううん)ううんっ、うれしい……テツくんだいすき」

 「(きゅううん)ふふ、ボクもちゃんのことが大好きですよ」


 「おっ、おい! ……デス……」


 声のしたほうへ振り返ると、火神君がムッと口を引き結んでちゃんを見つめている。……おや? これはこれは……と思ってカントクに目を向けると、サッと視線を逸らされた。他の先輩の反応も同様である。

 毎日ボクの姿を見にきてくれているちゃんのことがやはりどうしても気になって、恐らく「誰かなんか聞いてこいよ」というような展開になり、火神君はじゃんけんか何かで負けてきたのだろう。

 それはともかく、目つきの悪いうえに背の高い火神君を見たら……ああ、やっぱりです。かわいい瞳をうるっと潤ませて、ちゃんがボクのTシャツの裾を引く。小さな声で「テツくん……」とボクを呼んでくれるあたり、親友として誇りが持てます。ちゃんを守るのはこのボクです。

 「なんですか火神君」

 「オマエに用じゃねえよ。……あー、なんだ、そこの……ちっこいの」

 「ち、ちっこいの……」

 「火神君ちゃんを傷つけるのはやめてもらえますか? 彼女はお姫様です。小さくて愛らしいと言ってもらえますか」

 先輩方はともかく、火神君はただでさえデカくて無神経なおバカさんなので、ちゃんにこういう失礼を働くんじゃないかとボクは思ってましたよ。ですから部活中だけでなく教室でも目を光らせていたのにこの事態です。ちゃんの親友として情けない限りですが、「はぁ? あ、いや、なんだっていいけどよ……」とか言う人には何を言ったって無駄です。ボクがもっときちっとちゃんのそばで彼女を見守っていくべきだということが今ハッキリと分かったので、このことは(一応)不問としましょう。ボクは基本的にはちゃんの前では穏やかでいたいです。

 ボクにビシッと言われた火神君は、ちょっと腰を屈めて(ちゃんはお姫様なのでここは膝をついてもいいところですが)「オマエ、いっつも見にきてっけど……その、バスケ、好きなのか? ……デス。黒子の隣の席だよな。俺のこと分かるか?」と自分を指差して、先輩方に使うようなおかしな日本語でちゃんに話しかけた。ちゃんはきゅっとボクのTシャツの裾を握って、「あ、えっと、か、かがみ、くん……」と答える。……天使さんです。天使さんがいます……。ボクの親友です(ドヤァ)。

 「おう。……で、用事、なんだけどよ」
 「? うん」
 「バスケ部のマネ「お断りします」
 「なんっでオマエが答えんだよ!!」

 逆にどうしてキミが勧誘にきたんです? どうしてキミがちゃんを勧誘して、そして彼女が「うん」と言うと思ったんです? いや、どうせじゃんけんか何かで負けたの分かってますけど。どうせボクが反対しますけど。

 ツーンとしていると、ちゃんが「ねえ、テツくん……」とうるっとした瞳でボクを見上げてくるので、ちょっとくらっとしました。ボクの親友は天使さんですがお姫様です。ボクの。この目を見ると、なんでも「ええ、いいですよ」と答えたくなる。まぁ実際なんでもボクは「いいですよ」と言います。ちゃんはボクのお姫様です。お願いを叶えるのは当然です。

 「……あ、あの……や、やっちゃ、だめかな……」

 ……これは意外な……と思いつつ、今日までのことを振り返ってみる。

 帝光時代、ちゃんは桃井さんのような特殊な能力のあるマネージャーではなかったけれど、主戦力として活躍するマネージャーだった。ボクの…………えーと、そうです、一軍みんなを支える。まぁちゃんがバスケ部に入ってくれたのはボクのためですけど。
 けれどまぁ、色々なコトがあって、色々な事情があって、色々なタイミングが重なって今こうなっているわけで、新しい場所にきたからと言って、では新しく始めましょうというわけにはいかない。ボクはともかくとして、彼女はバスケ“部”からは少し離れたほうがいいのではないかというのがボクの考えだ。

 「ですが……」

 「……やっぱり、見てるだけじゃ、やだな……。……また、テツくんのサポート、したいもん……」

 そう言うと唇をきゅっと引き結んで、ちゃんは俯いてしまった。なんと声をかけるべきかな。考えようとしたボクを遮るように「ちょっと待って“また”?! ってことはアナタ帝光でマネージャーしてたの?!」とカントクがずかずかと大股でこちらへ近づきながら声を上げた。ちゃんの小さな手のひらに収められているちょっぴりのボクのTシャツが、またシワをつくる。

 「(びくっ)え、あ、はいっ」

 「このちっこいのがマネなんてできてたのか――よッ?! いってーな何すんだ黒子ッ!! カントクまで何すんだよ!! ……デス!!!!」

 ボクが火神君のひざ裏に一発食らわせたのと同時に、カントクもバシン! と思いきり背中を叩い――殴った。

 「ちゃんに対して失礼ですよ。ちゃんはボクの親友です。とっても優秀なマネージャーでした」

 「そうよ! あの帝光でマネージャーをやってたんならぜひうちに入ってほしいわ! ね?! 日向君!!」

 しまった、と思ったけれど、もう手遅れだ。カントクの目はぎらついている。桃井さんのことをふと思い出した。今のカントクの目は、彼女がちゃんを見つめるときに見せた目によく似ている。

 「そりゃもちろんうちは大歓迎だ!! 選手には練習に専念してほしいが、人手が足りてねーしな……そして何よりかわいい!!」

 ちゃんがかわいいのは当然です。ボクの親友なので。天使さんです。ですが、天使さんだからといってその“かわいい”をその辺の人間にくれてやる理由はありません。ボクの親友なので。ちゃんはボクのために地上に舞い降りてきてくれた天使さんなので。


 ですから。


 「……ねえ、テツくん……わたし、いたら邪魔かな……。どうしても、やっちゃだめ?」

 「……、」

 「……テツくんの力になりたいし……、先輩たちも……、あの、か、かがみくんも、頑張ってるの、応援、したいの。もう一度、がんばりたい。ここでならきっと、できると思うの」


 そんなちゃんのお願い――それもボクのためのお願い――を、親友であるボクが無下にできるでしょうか?


 「……分かりました。ちゃんがそう言うのなら。ただし、無理はしないで下さいね。いつでもボクを頼って下さい。……約束できますか?」

 「うん!」

 「というわけですので、ちゃんには明日からマネージャーをしてもらいたいと思います。勧誘したのは先輩たちですし、その辺りはきちんと弁えて下さいね。ちゃんはボクの大切な人です。よろしくお願いします」



((((アッ、ハイ……!))))


ボク“の”お姫様が、ボク“の”ために(ドヤァ)





Photo:十八回目の夏