「あれ…黄瀬君?」 部活が終わってソッコー誠凛へ向かったオレは、寄ってくるファンだという女の子たちの相手をテキトーにしながらずーっと校門でそわそわしていた。結構長い時間そうしていて、騒がしくオレを囲っていた女の子たちも一人、また一人と帰っていっていよいよオレは一人きり。あーあ、やっぱりサプライズなんてカッコつけたことしなきゃよかった。素直に「放課後デートしよ♪誠凛まで、オレお迎えいくッス!」ってメールしておけば、今頃はとっくにデートしてたに違いない。もうこんな時間だし、いくらなんでもバスケ部だって終わってるだろう。ちゃんは女の子だし(しかもリアル天使)、とっくに家に帰っちゃってるはずだ。それも黒子っちか、あるいは火神…!(嫉妬の炎が燃えさかるッス!アイツ、マジになんでオレのちゃんに「タイガくん」なんて呼ばれてんだよ!)両方とも考えられるけど、もうどうだっていい。なんにしろ、ちゃんに会えないんじゃなんも意味なんてないのだから。 …早い段階でバスケ部に顔出すコトも考えなかったわけじゃないけど、そんなコトしたらデートのジャマされちゃうに決まってるし。あーあ、オレってちゃんのコトとなると感情ばっか先走っちゃって、なんもスマートにできない。じわあっと涙が浮かんでくるのが分かって、いっそココで号泣しちゃおうか…くそっ…なんだよ誠凛て!(※やり場のない怒りの矛先)なんでちゃんが通ってんだよ!(黒子っちがいるからなんスけどね…!!)なんて情けないコトを考えてるトコだったんスけど…! オレを呼ぶ、あまい声! 聞き間違えるコトなんてありえない。 オレの、オレの…だいだいだーいすきなちゃんの声! …オレは現金なヤツ!それでいい!もう今日は直接聞くコトなんて叶わないと思っていたオレの天使ちゃんの声が、オレを呼んだのだ。涙なんて簡単にひっこんじゃって、空中すらふわふわと歩けてしまいそうなほど浮かれる足を叱咤しながら、かわいいオレの天使ちゃんのもとへ駆け寄っていく。なんか、長い間マテ食らってた犬がやっとご主人様にオッケーサインもらえたっていう心境、今ならちょー分かるッス!!マジ感激ッス!ちゃんちょー好きッス!!!!ああッ、中学んときみたいに毎日ずーっと一緒にいないからッスかね?!ますます輝いてみえるッス今日もちょーかわいーッス超絶天使でもうぐうの音もでないッス!! 「ちゃん!会いたかったッスー!!」 と駆け寄った勢いに任せて、ちっちゃくてラブリーなちゃんを抱きしめようとした。すると今まで何度となく感じてきた悪寒が、背筋をズゾゾゾゾッと駆けあがってくるではないか! そう…ちゃんがこうして今、校門を通るということは…おそらくは自主的に居残ってたのだ。 「誠凛で聞こえるわけのない駄犬の鳴き声がすると思ったら…やっぱりキミですね、黄瀬君。ボクのお姫様に一体何の用ですか?やっと別れてくれる気になったんですか?そうじゃないなら死ぬんですか?」 中学時代から…オレがちゃんのか、…彼氏(や、やっぱ照れるッス!)になっても変わらない…ちゃんがくっついて絶対に離れない彼女の親友、黒子っちのために。 「だから別れないッス!つか顔合わせるたんびに別れるか死ぬかのどっちかって選択強要するのいい加減やめて…!」 …まあ?このくらい想定の範囲内ってヤツッスよ!いや、だってオレ帝光で黒子っちとチームメイトだった時からこういう扱い慣れてるし?(思い出される黒子っちの辛辣なメッセージ…「黄瀬君、キミ死にたいんです?死ぬんです?」「…キミがちゃんの彼氏…?…ハッ!(嘲笑)」「あ、もういいです。キミがちゃんにとって害にしかならないコトは分かってるんで」) ちゃんが黒子っちの親友でちょーラブラブなトコなんて死ぬほど見てきてて、いつも通りだなーってむしろ安心してるくらいッスから…!(思い出される黒子っちとちゃんのラブラブな思い出たち…「ふふ、ボクの大切な親友?ほら、口元にクリームがついてますよ」「…あ、ありがとう、テツくん…(照れっ)」「いいんです、キミはボクだけのかわいいお姫様なんですから」「…テツくん…!」) く、黒子っちが傍にいるかぎりちゃんは他の男なんてぜーんぜん視界に入らないってコトくらいまっっっっったく傷つかないってか、その方がよけーな害虫が寄ってこなくて安心安全黒子っちばんざーい!的な?(思い出したくもないけど勝手に思い出される…声をかけたのに黒子っちを見つけた瞬間、表情が光り輝いて走り去っていくちゃんの後姿たち…「あっ、ちゃん!」「あ…黄瀬く――テツくん!(たたたっ)」「?!ちょ、ちゃん!まっ、待って!…ああ、」) ……だって彼氏は黒子っちじゃなくてこのオレだし?そんくらいの余裕あるっていう…か…。とここまで考えて、オレはくらっとした。オレ完ッ全にかわいそうなヤツじゃないッスか…!そう、黒子っちがいれば万事OKなちゃんは彼氏のオレですら眼中にねーよ言わせんなむなしい!!ちらっとかわいーオレのエンジェル、ちゃんを盗み見る。いや、彼氏なんだし“盗み”見なくていいんだけど。 「テツくん、今日はこのまま帰るの?」 「そうですね…、ちゃんが今日もボクの自主練に付き合ってくれたので、お礼に何か奢らせて下さい。なんでもいいですよ」 「えっ、でも、」 「ふふ、遠慮なんてダメですよ?ボクのかわいい人」 「…う、…じゃ、じゃあ、マジバのバニラシェイクがいいな」 …それって黒子っちの好きなものじゃないッスか。 オレとより、黒子っちとのほうがよっぽど“カレカノ”してる。帝光のころからずーっとそうだけど、ちゃんてなんであんなに黒子っちのコト大好きなんだろう。…学校違うだけでもものすっごいハンデなのに、肝心のカノジョがオレに無関心て…!マジ今に始まったコトじゃないし、ふたりの関係が“そういう”のじゃないってオレも分かってる。だけどやっぱりってか、当然ヤキモチやいてしまう。だってちゃんはオレの彼女で、黒子っちじゃなくてオレが!ちゃんの彼氏なんだから。…そういうコトをこうやって心の中で何回も唱えてしまうのって、とてつもなく情けないッス。 でもオレは、黒子っちのコトを親友って呼んで…ちゃんがいっつも楽しそうに笑ってるの、嫌いじゃないんだ。そりゃ、なーんでその笑顔が向けられる相手がオレじゃないんスかねー…って落ち込むコトのが多いに決まってるけど!ただ、ちゃんが笑う理由がオレじゃないにしたって…あんなにかわいい笑顔になれる理由を、オレのヤキモチなんかで失ってほしくないと思ってしまうのだ。…誰に言われなくても、オレってすげー損な性格してんじゃないの?って思うけどね!でもでもっ、オレはたとえちゃんが黒子っちほどオレのコト好きじゃなくたっていーんス!オレがちゃんのコトちょーだいすきで、ちゃんも今は(一応)オレの彼女なワケだし!(※ここまで震え声) …だからって妬くなってのは、ムリなんだけどね。 「オレ、ずーっとずーっと、ちゃんのコト、ここで待ってたんスよ」 「え…」 「え…?…黄瀬君、知ってましたけどキミってストーカーなんですね」 「黒子っち今そういうのいらないッス!」 相変わらずちゃんに関しては鉄壁のディフェンス発揮するッスね黒子っち…!そこも尊敬してるッスわりとマジで!と両目から滝のように流れ出る涙を拭う。ちゃんはきょとんとした顔で(うあああ天使がいるッス眩しいッス…!かわいすぎて眩しいッスでもガン見しちゃうッス!!!!)オレを見上げて、それからぽんっと顔を真っ赤にしてうつむいた。オレは思わず手で口元を覆って、必死に隠そうとしても滲んできてしまう表情を押さえつける。 「…て、天使…!黒子っち、ちゃんてマジなんでこんな天使なんスか?なんで地上にいるんスか?うっかりさんなんスか?うっかりお空から落っこちちゃったんスか?……ぐうかわ!!」 「キミって人は思ったコトがそのまま顔に出る自制の利かないタイプですね、本当に。いいですか?ちゃんはボクの親友ですから、天使さんなのは当然です。でもちゃんはボクがいるから地上に降りてきてくれたんです。いいですか?理解できました?」 「ちゃんが天使すぎて黒子っちの嫌味がちっとも響かない!」 マジさいきょーにラブリーなちゃんが見れてハッピーすぎて、オレはもう嫌なコトなんてぜんぶ忘れた。さっきまで何考えてたっけ〜レベル!そんなトリプルS級の美少女がオレの彼女だという事実にとろとろになっているオレを、さらなる天使ちゃんトラップが襲った。くいっと、オレの制服の裾を引っ張ったのだ。あのちっちゃくて白くてすべすべでふにふにで甘い匂いがしてとにかくかわいい、あの!ちゃんの手が!くらっと、オレはまたも意識を手放してしまいそうな感覚に見舞われた。本日二回目だが、一回目の時みたいなイヤな感じじゃない。…アレは本当に貧血みたいな、ショックすぎて失神的な。これはこれでとんでもない衝撃だけど、これは甘いショックだ。恋にときめく、胸の甘い痛み…なんてちょっと詩的すぎッスかね…☆なーんてもう原型とどめてないんじゃないの?ってくらい溶けきった思考でいると、あの、とちゃんが口を開いた。途端にびしっと背筋を伸ばしたのは言うまでもない。 「な、なんスかちゃん!」 「あの、どうしたの?きょう、約束…してないよね?」 っぐ、と言葉に詰まる。いや、ちゃんがなんの裏もなく言ってるのは分かってるんスよ。 そういう子じゃないんで、この子ったら天使なんで。 「ちゃん、黄瀬君はいわゆるスト「ちょ、黒子っち違うから!オレ彼氏ッスから!!」っち」 まったく油断もスキもないな黒子っち!!とは思うものの、それよりちゃんのほうが大事なのは当たり前ッスからね!屈んでちゃんの目線になると、じぃっと澄んだまあるい瞳を見つめる。 「っ、き、黄瀬君、ち、ちか、ちかい…!」 「オレ、ちゃんの彼氏なんスよ?…かわいい彼女に会いにくるのに、理由なんかいらないっしょ」 「、え、えと、」 真っ赤になってあたふたするちゃんの天使っぷりに、もうこのままちゅーしちゃってもいいんじゃ…?と思ってそおっと顔を近づけようとしたら、…まあお約束ッスよね! 「いってー!!!ちょ、黒子っち何すんスか!す、スネは…だ、ダメっしょ…!!」 「ルールなど無用です。ちゃんに近づくものは何人たりとも許しません」 「(きゅん)テツくん…」 「いやいやいや違うっしょちゃん!彼氏イズ黄瀬くん!オレ!!」 「さ、ちゃん、マジバ行きましょうね」 「うんっ!」 そうするのが当たり前ってくらいの自然さで、ふたりはするっと手を繋いだ。 しかも 恋 人 つ な ぎ である。 「…、ちゃん…(瀕死)」 きゃっきゃしながら歩き出すふたりの後姿に打ちひしがれ、後姿だけでもパーフェクトに天使なちゃんに手をのばす。なぜ…!オレはちゃんの彼氏なのに…!(つまりこのシリーズの主役なのに…!)どうしてこんなにも報われない…解せぬ!!コンクリートに四つん這いで絶望するしかないオレに、この先ちゃんとちゅっちゅラブラブな展開があるんでしょうか…!!そうじゃないならこんなクソみたいなシリーズさっさと終わっ「黄瀬君、」ちまえ…!! 「へ、」 もうとっくにあのうらやましくてムカつく黒子っちと一緒に、オレの空前絶後のキューティーエンジェルは帰ってしまったはずなのに。顔を上げてみれば、オレの… 「オレの…う、うわあああああんちゃんヒドイよぉおおっオレがちゃんの彼氏なのに黒子っちなんかとぉお、ひぃ、っく、う、お、オレ、ちゃん、だいすきで、ううっ、」 体中の水分という水分が、ぜんぶ目から出てく感じだ。目がしょぼしょぼで、オレのだいすきなちゃんがぜんぜん見えない。でも、オレがだいすきな笑顔じゃないのだけは分かってしまう。オレがこんな風に情けないから、ちゃんを困らせてしまうんだけど。…でも、オレはやっぱり自信なんてないのだ。黒子っちに勝ってる部分なんて、ちっとも思いつかないのだ。さっきとは違って、今度はちゃんが屈んで、オレと視線を合わせてくれる。 「…う、ご、ごめんなさい…、」 「やく、そく…っしてなかっ、悪いとおも、で、っでもぉお、ううう、」 それでもオレはちゃんの彼氏でいたいし、彼氏でいるからにはちゃんのいちばんになりたい。誰よりも先にちゃんに見つけてもらって、誰より先にその声でオレを呼んでほしい。 「…ううん、あの、…うれしいんだよ、きて、くれて、」 今は―――黒子っちにまだまだ及ばないとしても、この照れ屋さんなちゃんがそう言ってくれるのなら―― 「っぐす、…っほ、ほんとっすか?」 「…うん、だから、今日はふたりでかえろ?」 時間がかかったとしても、ちゃんのいちばんになれる日は来るに決まってるッスよね! 「っ、ちゃん大好きッス!!」 |
Photo:十八回目の夏