「ねえねえジャミルくん」

 言いながら近づいてくるに向かって、黙って腕を広げる。すると途端にきらっと瞳の奥に光が宿るので、今日も今日とてこの小動物じみた恋人は俺のことがだいすきである。これは自惚れでもなんでもない、純然たる事実である。何せ本人が恥ずかしげもなく、息でもするように何かにつけて言うことなので間違いない。つい一、二分前にも聞いた。

 「今度はなんだ」

 俺のこの言葉に、まったく意味が分からないがますます瞳をきらめかせるので「……なんだ」と重ねて聞く。すると、跳ねるようにして胸に飛び込んできた。あまりの勢いに驚くと、頭一つ分小さいところから見上げてきて「わたしが何か言おうとすると、そうやって聞こうとしてくれるところ大好き〜〜!」と頬を胸に摺り寄せてくるのでますます驚きだ。だってこんなことってあるか?

 「……お前、俺が何を言ってもそう言うな。きちんと考えてものを言ってるのか」

 「? 考える必要ってある? わたし、ジャミルくんのこと大好きなだけだよ。それって考えることじゃないよ」

 そう言われると、なんと返したものかと言葉に詰まる。感情を頭で整理するのは、思いの外難しいことだとよく知っているからだ。相手に正しく伝わるか分からない以上、思うことをそのまま伝えるのは難しい。だからと言葉を選びすぎれば、自分が感じていることとはズレてしまうこともある。

 俺のそうした迷いに気づいたのか、は言った。

 「じゃあ、今からじゃみるくんの好きなところを言っていきます」

 それから俺の手を引いて座れと促すので、従ってソファーに腰を下ろした。のほうは隣に座ればいいものを、俺の足元にぺたりと座り込む。堪らず「おい、なんでもいいが床に座るな。体を冷やすぞ」と言うと、ぎゅうっときつく目を閉じた。

 「ううっ、そういうところも好き……じゃなくて、あいや、そうなんだけど、今からそのお話をするから大人しくしてて!」

 確かにこの話題を始めたのは俺だろうが、また妙なことを思いついたものだ。溜め息を吐くが、こうなると聞かないのは分かっている。付き合ってやる他ないのだ、仕方ない。
 膝に肘をついて見下ろすと、ぱっと表情を明るくした。自惚れではなく、こいつは本当に俺のことがだいすきなのだ。こればっかりは誰にも否定できないだろう。この俺ですら、どうやら否定することは許されないらしいので。とにかくこうなっては仕方ないので、「……それで?」と話を聞く態勢になってやる。

 は「んふふ」と、どうにも我慢できないというように声を漏らして、膝に擦り寄ってきた。つい頭を撫でようと手が出てしまって、なんとなく髪を指で梳くだけにした。はやはり甘ったるく笑って、「あのねえ、」と頬を緩める。

 「まずね、お顔がとってもきれいなところ」

 さすがに呆れる。

 「……顔だと? おい、一番に顔か?」
 「だって目に見えるでしょ、最初に」

 どうにも面白くないので、額を指で弾いてやる。しかし、の口元は嬉しげにゆるゆるとしている。目尻もとろりと下がっていて、目は口ほどにものを言うとはこういうことか、と思いながら今度は頬を摘んでやった。まったくだらしない表情筋である。――それにしても、だ。こいつ、いつもいつも飽きることなく俺をだいすきだだいすきだと言うくせに、初めに出るのが“顔”とはどういうことだ。顔が好き? そんなものはまずすぐに飽きるじゃないか。それを理由に挙げて俺が喜ぶと思っているんだか知らないが、気に入らないものは気に入らない。

 「……それだけじゃないだろうな」

 「当たり前だよ! あとね、優しいしゃべり方だってできるけど、ほんとはちょっと荒いところも好き」

 「はァ?」

 「あっそれもすき!」

 なんでもかんでも、とにかく“すき”と言えばいいとでも思ってるんじゃないだろうなと疑わしく思えてくる。そんなとこが好きだと言われても、なるほどそうかとはならない。ただ、このタイミングでそんなところを理由にされてたまるかと言っても、こいつはそれも喜ぶに違いない。それも面白くないので口にはしないでおく――が、たとえ俺が荒っぽくものを言っても、こいつにだけは思ったことそのままに伝わるのではないかと思うと、それは悪くないと思うのだ。別にいい気はしないが。黙って髪をかき混ぜてやる。
 は「それもすき……」と小さく呟いて、もっと撫でろとでも言うように頭を押しつけてきた。いい気なもんである。

 「あっうそ! だいすき!」

 ……本当に、いい気なもんだ。人の気も知らないで。

 「……あとね、わたしのこと、好きでいてくれるところ。取り柄なんてないし、わたしが胸張って言えることって、ジャミルくんのこと世界でいちばんだいすきなのはわたし! ってことくらいなのに、」

 ……馬鹿なことを言うもんだ。

 そう思って「それがあれば充分だよ」とまた頭を撫でてやると、はふにゃっとだらしなく口元を緩めた。気の抜ける顔だが、これがいいのだ。言葉にはせずとも、俺のことがだいすきでたまらないのだとよく分かる。いや、こいつは口にも出すが。それもしつこいほど。

 ――だが、俺はそれをうっとうしいとは思わないし、むしろそれがいいとすら思うのだ。

 馬鹿らしいなと時たま思うが。それでもその馬鹿らしさこそが心地良いので、決して抜け出そうとはしない。このままでいい。このままがいいのだ。今も俺の膝に甘え縋ってくるこの恋人がくれる愛情を、ただそのまま受け取っていればいいのだ。俺のことがだいすきでたまらないのだから、俺がそれを受け止めてやることはこいつにとっての心地良さに繋がるだろうから。

 「〜っじゃみるくんだいすき! だいすき! いっぱいいっぱいだいすき!!」
 「分かってるからそう何度も繰り返すな」
 「でも言わないと爆発しちゃう、だいすきが」

 「……仕方ないな、」と呟いて体を屈めると、ほのかに染まった頬に唇を落とした。






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