ゆるゆると近づいてきている朝の気配を感じながら、昨夜の名残か俺の腕の中で甘えるようにじゃれてキスをねだるに幾度となくキスをして、くすぐったそうに身をよじる体を逃すまいと囲う腕に力を込める。
 「ふふ、」と小さな笑い声をこぼす唇にもう一度キスをして、あぁそうだ、と俺は口を開いた。一応、伝えはしたという事実だけは持っていないと、問い詰められたときにうっかり“ウソ”を吐いてしまって、後で辻褄が合わないなんてことになりかねない。

 「、ロッタが会いたいって言ってる」

 これを聞くと、はぱぁっと表情を明るくして、まるで小さな子どものようにはしゃいでみせた。

 「本当に? それはとっても嬉しい。わたしずっと思ってたのよ、ロッタちゃんと会ってみたいって」

 と付き合って、そろそろ半年が経とうとしているけれど、ロッタにはまだ会わせたことがない。
 に対してもロッタに対しても、会わせたくないだとかいうことは一切ないのだけれど、なんとなくその場その場で誤魔化してここまできた。俺としては、まぁそういう機会があればもちろん紹介するけれど、わざわざそういう機会を作ろうと思ったことがなかったのである。そして現在。
 しかし、いよいよ痺れを切らしたらしいロッタが、いい加減に会わせてほしい、カノジョにお願いしてきて! と毎日のように言ってくるようになったので、とりあえずカノジョに聞いておくよ、と返したのを今思い出したのだ。
 ただ、少し驚いた。ロッタのことはもちろん知っているし、尋ねられれば俺も話を聞かせていた。会いたいと言われたこともあったように思うけれど、こんなに嬉しそうな顔をするほどそう思っているとは思わなかった。

 「そうなの? 初めて聞いたな」

 そう言ってサイドテーブルのタバコに手を伸ばそうとすると、が腕を掴んで引き寄せてくるので諦めた。その表情は不満げで、唇は拗ねたように歪んでいる。

 「何度もお願いしたわよ。あなたの妹だもの、わたしだって仲良くしたいわ。ニーノばっかりずるい。ねえ、あなたの留守中、わたしがロッタちゃんの面倒を見たっていいのよ。ううん、わたしがそうしたいの。ニーノが頼りになるのは分かってるけど、女のわたしのほうが、ロッタちゃんだって気を使わないで済むことってあると思わない?」

 ねえ、ねえ、そう思うでしょ? と俺の腕にぎゅっとしがみついて、甘えた声で言う。
 確かに、がそばにいてくれるとなれば、ロッタはとても喜ぶだろう。同性だからこそ分かる悩みだとかにも共感してやれるだろうし、男じゃできない的確なアドバイスだって。
 ただ、ちょっとした懸念があるのだ。

 「……会わせたら、俺がいたって二人で遊びに行ったりするだろ」

 はきょとんとして、それから少し困った顔で笑った。

 「……嫌なの?」

 そんな顔をされてしまうと参るもので、なんと言ったものか……と思いつつ、うまくもないのに言葉探しをしてみたって仕方ない。溜め息をそっと吐いて、情けない心情を素直にこぼす。

 「……嫌だとは言わないけど、妹に恋人を独占されるっていうのは複雑だよ。ロッタと、きっと相性がいいだろうから」

 そう言う俺の表情をじぃっと見つめて、は「そうね……」と考える素振りをみせながら、口元を緩めた。澄んだ瞳が優しく細まる。

 「写真でしか見たことないし、話もニーノから聞くばかりだけど……とってもいい子だものね。かわいくってどこへでも連れ回したくなっちゃうわ、きっと」

 とロッタが並んで歩いているところを、少し想像してみる。きっとロッタはを姉のように慕って、あっちへ行きたいこっちへ行きたいと手を引いていく。でロッタを妹のようにかわいがって、その手に引かれてどこへでもついていってやるだろうし、時にはロッタの知らないところへ連れ出して、こうしたらいい、ああしたらいいと新しいことをたくさん教えてやるだろう。するとロッタはもっとのことが好きになって、ますますあっちへ行きたいこっちへ行きたいと言い出して、わがままの一つでも言うようになるかもしれない。そしては、にこにこしながらそれを全部叶えてやるだろう。
 ここまで考えて、俺はやっぱり情けないことを思うのだ。なるほど、おもしろくない、と。
 優しく細まっている瞳は、甘い色をしている。なんだかたまらなくなって目尻にキスをすると、はおかしそうに笑った。彼女は俺の気持ちなんて、すべて分かっているんじゃないだろうか。

 「仲良くしてやってくれるのも、かわいがってくれるっていうのも嬉しい話だけど、それを理由に俺を放っておかれても困る」

 は俺の頬にキスをすると、いたずらっぽく片目をつぶってみせた。緩くカーブを描いている唇が、甘く囁く。

 「女の子には秘密がたくさんあるの。それを共有するのも楽しいから仕方ないわね」

 楽しそうな様子につられて俺もふと笑うと、「……“女の子”って歳?」と軽口を叩く。
 はにこりとして、俺の頬をぎゅっとつまんだ。

 「……悪いお口はこれ?」
 「痛い痛い、ごめん、はまだまだかわいい“女の子”だ」
 「そう、よかった」

 柔らかい笑い声をこぼす唇にそっと顔を近づけて、それからちらりとと目を合わせる。不思議そうな色をしているので、耳元でそっと囁く。

 「……でも、かわいい“女の子”に手を出したとなると、俺の立場も危ういな。どうしよう」

 小さく震えた体を抱きしめて、首筋に鼻先を埋めると「……その時だけは、かわいい“女”でいてあげる」と秘密を打ち明けるようには言った。
 「それはよかった」と今度こそ唇にキスをして、リップノイズをたてながら、そのまま下へ、下へと滑らせていく。

 「……それじゃ、今からはかわいい“女”になってくれるとありがたいんだけど」

 俺の髪を指先に絡めて、甘い声で「……やらしいひと」なんて言うので笑ってしまった。やらしいひと。そうだ、俺はやらしいひとだ。
 とロッタがとても親しくなったら、それは嬉しいことだけれど――恋人との時間が僅かでも失われてしまうことを思うと、まだ紹介する機会なんて作らなくったっていいじゃないかと思うのだ。俺はやらしい。

 「お互いさまなんじゃない?」

 くすぐったそうに体をよじりながら俺のほうを向くと、は俺の目をちらりと見る。どうにも、この目は苦手だ。俺のやらしいところ、全部見透かしてしまっているみたいで。

 「……ん、そうかも……。ね、ロッタちゃんにはいつ会わせてくれる?」
 「ん、そのうち、」

 そう、そのうち。そのうちでいい。急くものじゃない。ロッタは何があったってずっと俺の妹だし、も何があったってずっと俺の恋人だ。急がなくったって、会おうとすればすぐに会える。
 そういうタイミングがきたなと俺が思って、そういう機会を作りさえすれば、すぐに。ただ、俺は今現在そうは思っていないので、かわいい恋人の体のあちこちにキスを送るので忙しい。

 「やだ、くすぐったい、ねえ、そのうちじゃなくて、」
 「そのうち」
 「あ、ばか、」

 だって、悔しいだろう。
 女の子でしか共有できない秘密というのがあるのなら、俺はずっと蚊帳の外でむずむずとのことだけを考える時間を過ごすことになるのだ。
 これ以上そんな時間が増えてしまっては、困るどころの話ではなくなってしまう。でも、それじゃあ困るからと何もかもすべてを手に入れることなんてできないし、仮にそうできるとしても俺はしない。俺が好きだと思うは、女の子同士でしか分かりえないという、かわいい秘密を抱えた自由な女の子なのだから。
 そうなると、俺は彼女にこうお願いするしかないのだ。

 「……もう少しだけ、俺だけのものでいて」

 は驚いたように目を丸くして、それからほんの少し頬をピンク色に染めてはにかんだ。

 「……この先ずっとそうよ、お馬鹿さん」

 それは何より。






画像:はだし