――心配していた通りになってしまった。

 膝丸さんの発言によって、ところんやろう! ということになっ――いや、初めからそんな調子だったけど……とにかく、清光くんのマニキュアコレクション全部を揃えて、その中からとびっきりのものを選ぼうということになったわけだけれど…………清光くんのコレクション、これがまたびっくりするほど多かった……! そういうわけで、膝丸さんに加えてさらに助っ人がやってきた。蜻蛉切さんである。
 「加州殿、これで終いでしょうか?」と言う蜻蛉切さんの両腕には、大きなネイルボックスが二つ引っかけられている。それどころか、さらに二つ両肩に担いでいるので、わたしは思わず「え゛っ?!」と声を出してしまった。まぁ、どんなネイルにするかで頭いっぱいな清光くん、乱ちゃんの耳には届かなかったようだけれども。

 「うん、そーね。ごめんね、蜻蛉切〜〜! でもめっちゃ助かった! ありがと」

 きらきらしい笑顔を浮かべる清光くんに、蜻蛉切さんは朗らかに笑って「姫様のお力になれるのであれば、自分はそれで充分です」と…………懐が深い……!
 蜻蛉切さんという人はなんというか……時代劇に出てくる武士的な感じの人で、わたしに用があるという時にはいつもいつも深く頭を下げて、わたしがそんなことしないでください! と言ったところで初めて頭を上げるような人だ。しかも、用件を言うにもわたしがどうぞ話してください! と促すまではひたすら沈黙……。曰く、姫様のお許しなく頭を上げることも話をするのも……や、やめよう……ここで思い出すのはやめておこう……。
 ううっ、と胃のあたりを押さえていると、蜻蛉切さんがボックスを机に置きながら「……ところで、これは一体?」と首を傾げた。お、おお……膝丸さんと同じ反応だ……。
 「ん? あぁ、とネイルしよーと思ってさ! あ、ほら、俺がしてるやつ!」と、清光くんが自分の手を見せながら笑う。なるほど、と頷いて、蜻蛉切さんは優しく目尻を下げた。

 「しかし、姫様の指先も爪も、そのままでも十二分に美しいかと思いますが……加州殿ならば、その指先をより一層美しくすることもできましょう。楽しみですな」

 ……蜻蛉切さんみたいな人からの褒め殺しは心臓にくる……! か、かっこいい……。思わず息を飲んでしまった……いやでもいい加減にお姫様設定はやめません……? 真面目なタイプの人ほど、空気読んで周りに合わせちゃうから! 蜻蛉切さんもそのタイプだから!! ド平民のわたしに深々と頭を下げたり、お許しなくば口を開くことはうんぬんみたいなことになっちゃうから……!
 今に始まったことじゃないけど、それなら終わりはいつくるのかな? というおはなし……。

 「あ〜、うん。それはそうなんだけど……なんか膝丸のスイッチ入れちゃったみたいでさぁ〜。いや、いいんだけどね? がかわいくデコれるなら、なーんも問題ないんだけど……」

 清光くんの言葉にハッとしたところで、膝丸さんが声をかけてきた。

 「姫、この水縹色、御空色、どちらの色がいい?」

 …………み、ミハナダいろ……ミソラいろ……え? ……こ、高貴すぎて分かんない……え? 膝丸さんがあまりにも真剣すぎて、それにもついていけない分かんない……。
 それでも、こうして時間を割いてじっくり協力していただいているわけなので、下手なことは言えない――んだけど! でも! わたしが言えることというと「え゛っ、え〜〜……ど、どっちもかわいいと、思いますけど……」……このくらいである……。
 わたしの反応をどう捉えたのか、膝丸さんは眉根を寄せた。

 「……そうか。では、こちらとこちらでは?」

 ……綺麗な色なのは確かだし、すごく素敵なんだけど――。

 「ん゛、んん〜〜〜〜!! え、え〜〜……ど、どっちも、かわいい、です、よね……?」

 提案される色、全部が全部お上品で高貴なお名前すぎて全然分からないんだなぁ〜〜〜〜! わたしの知ってる色がない……。……どうしよう……わたしが優柔不断でいると、これはますます決まらないっていうのは分かるんだけど……。

 「……なるほど。宗三左文字が以前口にしていたが、きみは存外こだわりが強いのだな」

 言いながら、ボックスの中を覗き込む膝丸さんのその言葉に震えた。違うんですよ……わたしが好みにうるさいとかなんとか、そういうレベルの話じゃないんです宗三さんの件については!! だってあの人……それこそお姫様っていうか雲上人っていうか……プレゼントしてもらう理由もないのに、毎週末何かとわたしにサラッと物をくれるけれど……恐ろしいお値段の品物ばっかりだから受け取れないって言ってるだけで、そこにわたしの好みとかいうのはまったく関係ない……。着物に始まりワンピース、バッグ、小物……それも、とにかく高価な物ばかりをハイどうぞって感じで渡してくるし――それを断ると、こういうふうに誤った情報が広まっていく……。

 「え゛っ、いや、それは宗三さんの持ってくるものの金額に問題が――じゃなくてですね! あの、膝丸さん、さっきからたくさん提案していただいてますけど、わたしどれも気に入らないっていうんじゃなくて、というか、どれも本当に素敵なんで選べないんです!! なので、ここはわたしの好みは置いておいてですね、」

 膝丸さんがいいんじゃないかなって思った色でいいんです――と言い切る前に、膝丸さんは静かに首を振った。……横に。

 「いや、それでは俺の気が済まない。やはり、俺たちの――いや、俺の好みを押しつけるばかりでは、姫も居心地悪く思うだろうことを失念していたのだ。今後のこともある。ここできみの好きなもの、そうでないものをはっきりとさせておきたい」

 …………。

 「……は、はあ……」

 ……この人、生真面目が過ぎるから、わたしがここでそんなの全然気にしないのでいいんですよほんとに〜〜! とか言ったところで絶対聞いてくれないし、場合によっては遠慮してるとかなんとか受け取られてしまってもっとヤバイ事態になってしまうに決まってる――ということまでは想像がつくのに、それじゃあどうしたらいいのかというのがまったく出てこないので、わたしは何かしらあるたびにご迷惑をおかけすることになっているんだけども……だけども……!




 ――あれからどれだけの時間が経ったのか、ちょ〜〜〜〜っとわたしには分からないけれど……。

 「――よーしっ! とりあえずベースカラーはこの三色ってことで! マジ膝丸ありがと〜〜! これなら夕餉までに完成させれそう!! あー、楽しみ! とおそろ自慢しまくれるやった〜〜!」

 や、やっと、やっと全員が納得いく色が決まった……!
 ご機嫌に清光くんが見つめるマニキュアは、ウスモエギ色(と呼ぶらしい淡いグリーン)、パステルピンク、クラシックブルーの三色。わたしがウスモエギ色、清光くんがパステルピンク、乱ちゃんがクラシックブルー。どれもかわいい色だけれど、いつもはっきりとした赤系統のネイルをしている清光くんが、わたしと乱ちゃんとおそろいだから! という理由で、膝丸さんがふんわりとした淡いパステルピンクを提案してもすんなり受け入れ、しかもこんなにも満足げ。

 赤いネイルといえば清光くんのトレードマークみたいなものだし、本人にも色々とポリシーがあるっていうのに、"おそろい"のために普段なら選ばない色を喜んでくれている。こういうところが清光くんのかわいいところなんだよな〜〜! 思わずぎゅっとすると、清光くんもぎゅうっと抱きしめ返してくれた。
 そんなわたしたちの様子を見つめながら、膝丸さんが立ち上がる。

 「いや、役に立てたのであれば構わない。俺は厨当番がある、これで失礼する」

 廊下に出たところで、膝丸さんは思い出したように「――完成が楽しみだな」と言って去っていった。……っていうか当番あったの?! えっ、えっ、お、お忙しいところすみませんでした……!
 膝丸さんの後ろ姿に深々と頭を下げていると、乱ちゃんがすすっと近づいてくる。満面の笑顔でデザインシートをわたしに差し出しつつ、「じゃあ、このデザインね! パステルカラーのグラデに、細かめのラメで全体をキラキラさせるやつ! あと、ボクやっぱりちゃんがくれたネイルシール使いたいから、おほしさまのシールはつけたい!」と声を弾ませた。……おほしさまシールを「見て見てっ!」と、わたしの目の前でひらひらさせる姿がアイドルすぎて、ついつい頭を撫でてしまう。

 「うんうん、小指にシール貼ろ貼ろっ! もちろん、も貼るんだからね! 目立たない小指なら、もそんなに気にならないでしょ? でもやっぱデコりたいから、パールとかストーンは入れる感じで。よーし、決まり決まり〜〜」

 いそいそとパーツや道具を揃え始めた清光くんの、「――じゃ、早速始めよっか!」という言葉を合図に、いよいよ作業がスタートした。


 真剣な顔つきで、丁寧に丁寧に筆を滑らせていく清光くんの器用さにはビックリである。いや、清光くんの女子力を常日頃から見ているこちらとしては、やっぱりそうだよね〜〜とは思うけれど、これはお金を払っていいレベルだとすら思う。
 何をやってもコツさえ掴んでしまえば、なんでも器用にこなしてみせる子だけど、こだわりのあるネイルならそれこそとことん突き詰めてるんだろうな……いやそれにしてもすごい……。デザインシートだってあくまでも見本っていう感じで、清光くんは自分のセンスでダイヤのストーンを乗せていく。使いようによっては派手になってしまうけれど、清光くんはうまい具合に華やかに飾ってくれた。もちろん、小指は星のシールを忘れずに。

 「わぁ〜〜! やっぱり加州さんって器用だよね〜っていうか、オシャレに手抜きなんて絶対しないのは知ってるけど、もうプロみたい! かわいい〜! ちゃんも思うよねっ?」

 わたしの指先を見てきゃっきゃとはしゃぐ乱ちゃんが、こてんと首を傾げた。……うん、清光くんのこの技術には感心するしかないし、女子力の高さにもいつもながら震える……。はしゃぐよりも、「うん……清光くんすごい……」という感想しか出てこない。
 完成したネイルを、まじまじと見つめる。見れば見るほどストーンの入れ方が上手だし、気になっていた年齢的に……という問題もあっさりクリアだ。これはほんとにプロの仕上がりである。……休暇が明けても、落としちゃうのもったいない……。
 ――と、綺麗に彩られた爪に気を取られていると、清光くんが言った。

 「じゃあ次はの番ね! 実はじゃんけんで順番決めてあるから、まずは乱のやってあげて〜〜」

 「うっ、うん……いや、できるかなわたし……」

 う゛っ……! た、確かにそういう約束だけど、わたしが器用じゃないということを除いても、まさにネイリストな清光くんの匠の技を見てからなので、ものすごいプレッシャーを感じてしまう……。
 思わず唸ったわたしに、乱ちゃんが「上手にやってほしいとかより、ちゃんにやってもらうってことだけが大事なんだから、そんな構えたりしないでよ〜〜」と笑って、すかさず「はいっ、やってー!」とマニキュアを差し出してきた。

 「……よし、とりあえず頑張るだけ頑張ってみるね……」


 なんとか乱ちゃんのネイルを完成させた。お願いされたおほしさまシールも、ちゃんと小指に使って。……だけどやっぱり、ネイリスト清光くんのようにはいかなかった……そりゃそうだよ……完全に不格好というわけでもないけど、どう見たって素人です!! って感じだ……。それでも、乱ちゃんは嬉しくてしょうがないという顔で、るんるんご機嫌に指先を見つめている。

 「わぁ〜! かわいいかわいい! えへへ、ちゃんにネイルしてもらっちゃったぁ! みーんなに自慢しよ!」

 すると、今度は清光くんがずいっとわたしとの距離を詰めて、「じゃ、次俺ね〜〜。かわいくデコってね、!」とこちらも大変ご機嫌である。

 「えっ、ええ〜〜……ハードル高いなぁ……」

 どう考えても女子力は清光くんのが高いじゃん……やっぱりプレッシャーがえぐい……。ただひたすらにこれ。
 緊張しながら清光くんの色のマニキュアを手に取ると、「ねー、」と声をかけてくるので、「うん?」と返事をしながらデザインシートを再度確認する。……よ、よし、乱ちゃんのもなんとかかたちにしたし、大丈夫大丈夫、いける……はず……。

 「……さぁ、言うほど不器用じゃないよ? めっちゃ上手!」
 「……そ、そうかな……? でも清光くんには敵わないよどう考えても……」

 清光くんは「そんなことないってば」と言った後、「あっ、俺のシールも星のやつね! 小指に入れてっ!」と手を机の上にぽんっと乗せた。

 「う、うん、これね、貼るよ……」


 なんとか清光くんのネイルも終わった。もちろん、三人でおそろいなので、小指におほしさまシールをしっかり貼って。……正直ここが一番緊張した。だって清光くん、じーっと指先見つめるから!!
 ……と、ともかく! なんとか三人おそろいのネイルが完成した。
 ご機嫌な二人の様子に、よかった……とほっと息を吐いたところ――その人は現れた。あ、現れてしまった……。

 「何をしているんです? そろそろ夕餉の時間で――なんです、それは」

 「あっ、宗三さーん! 見て見て! ちゃんとボクと加州さんで、色違いのおそろいネイルしたの! かわいいでしょ〜?」

 ……おっと〜〜? 宗三さんちょ〜〜っと待ってくださいね何も言わないでくださ「……なかなかいい出来ですね。――それなら、ふさわしい装いにすべきでしょう。そのネイルは、先日用意したワンピースに合いそうですから……、いらっしゃい。着替えましょう」……や、やっぱり〜〜〜〜! 本丸オシャレ番長(一人ではない)である宗三さんが見逃してくれるわけがないよね〜〜〜〜〜〜!
 けど、だからといって流されてはいけない。だってこの人、雲上人……しかもなんでだかわたし(赤の他人)に湯水のごとくお金を使う。他人なのに! 恐ろしいお値段のあれやこれやをプレゼントされる理由なんかないのに!!

 「え゛っ?! いや、どうせすぐお風呂入っちゃいますし、それじゃあもったいな――」

 「あなたはこの本丸の姫なんです。せっかく指先を飾ったのに、そのままの格好でいさせるだなんてこと、黙って見ていられるわけがないでしょう。とにかく、ふさわしい装いになさい」

 ま、マズイ流れ……! 宗三さんの仰ることご提案されることが嫌なわけではなく、ただただもったいないので〜〜という感じで(今回こそ)回避しようと思ったのに…………蜂須賀さんまでやってきてしまった……。

 「――宗三左文字の言う通りだ。はこの本丸の姫なのだから、それに見合ったものを身につけていなければ……示しがつかないだろう。宗三、俺が用意したものも見てくれ。何着か見合うだろうものがある」

 「そうですか。では、一度それをすべて並べてみましょう」

 ……こ、これは……雲行きが怪しくなってきたぞ〜〜〜〜!




 「や、やっと終わった……」

 ――あれから、宗三さんと蜂須賀さん監修のもと、わたしは何度も何度も着ては脱ぎ、着ては脱ぐという作業をひたすらに繰り返した。そして、一体これは何度目だっけ……? と回数も分からなくなってきた頃、ようやく釈放……。……いやでも、宗三さんも蜂須賀さんもセンスはほんとにピカイチなので、気に入らないなんてことはこれまでにも一度だってないし、今回だってそうだ。ネイルに合わせた淡いトーンのこのワンピース、すごくかわいいし、素材の肌触りもものすごく好みである。宗三さんが用意してくれたものらしいけれど…………それならお値段が恐ろしすぎて、どこのブランドかなとか、これ欲しいなとか、そんなことは絶対に口にできない。い、いや、もう着てしまった時点で受け取らずにいることはできないんだけども……だって断ると宗三さんすぐ捨てるって言い出すし、それが気に入らないならこっちですね、とかなんとか無限にあれこれ出してくるから……!
 もらってしまった物の総額どころか、今回こうして着せてもらったワンピースのお値段には到底届かないだろうけど、何かしらお礼を渡さなくちゃな……いやでもそうするとまた“お礼”としてポンと高額商品渡してくるからキリない……。

 そうして胃を痛めていると――……い、今なんか……聞き覚えのある音がしたな〜〜? と思った次の瞬間、天井からシュバッと人が――平野くんが落ちてきた。ま、毎回心臓に悪いよ平野くん……! そしてお決まりのカメラ(プロ仕様)を掲げて、「とっても良いお写真が撮れました! お嬢様、どうぞご確認ください!」と無邪気な笑顔を向けてくるので、心臓に与えられたダメージはさておき……というか、将来の夢に向かって頑張っているちびっ子を応援しないわけがないので、ウキウキと差し出された一眼の画面を覗き込む。お、おお……やっぱり上手というか、被写体がわたしなのにこんなに素敵に撮れるとは……やっぱりもはやプロ……という感じである。

 「あっ、このちゃんかわい〜! 平野、これボクの分も現像して!」
 「俺はこの写真がいいなー。自然体って感じでいい!」

 キャッキャとはしゃぐ清光くんと乱ちゃんに、平野くんが誇らしげに胸を張る。屈託のない笑顔を浮かべて、この写真が自信作で、こっちはもうちょっと光の加減を工夫したかった……と、一枚一枚丁寧に解説してくれるのを聞きながら、わたしたちは大広間へと向かった。




 大広間に入ると、かわいいアップリケがたくさんついたエプロン姿の光忠さんが、いそいそと食事の支度を整えているところだった。……毎度毎度、お世話になっていながらお手伝いの一つもしないで申し訳ないばかりである……。まぁ、言ってみたところでやらせてはもらえないんだけれども……。
 光忠さんの姿を認めると、乱ちゃんがぱあっと表情を輝かせた。そして、まるで見せつけるように両手をじゃじゃーん! と差し出す。

 「ねえ見て燭台切さん! このネイルかわいいでしょ? かわいいよね?? ちゃんとおそろいなの〜〜!」

 「わぁ、かわいいね。それに、ちゃんとおそろいなんだ! よかったね」

 乱ちゃんの指先をじっくり確認しつつも、光忠さんは朗らかな笑顔を浮かべた。う、うう、塗ったのはわたしなので、オシャレや流行に敏感な光忠さんにじっくりチェックされてしまうと、こう……粗が見えてしまうのではないかと心配になってしま――「うーん、ちゃんをかわいくするなら、僕も参加したかったなぁ……。でも、ちゃんにおいしいものを食べさせてあげるっていうのは、僕にしかできないし……」……そ、そうなるのか〜〜! ……あの場に光忠さんが現れなくてよかった……。ネイルの最中はもちろん、宗三さんや蜂須賀さんと一緒にやってきていたら、一体どうなってしまったんだかっていう……。
 ――まぁ、乱ちゃんがこんなにも喜んでくれてるんだから、不器用なりに頑張ってよかったなぁ。

 しみじみ感じ入っていると、「あっ、ちゃん!」と、安定くんがひょこっと顔を出した。わたしがそれに応えようとする前に、清光くんがずいっと安定くんとの距離を詰めた。そして、乱ちゃんのように指先をぴっと揃えると、「とおそろなんだよねコレ〜〜。しかもに塗ってもらったの。いいだろ? かわいいっしょ?」と自慢げに笑う。そ、そんな至近距離でまじまじと見せないで……! 光忠さんは触れなかったけど! 粗が! 見えてしまうから!
 笑顔満面の清光くんとは対照的に、安定くんはこれでもかというほどに表情を歪めた。ぴくりと眉を吊り上げて、「はぁ?」と低い声を出すので思わずビクッとしてしまった。

 「せっかく休暇なのに、何ちゃん煩わせてんの? バカじゃない?」

 その言葉に、今度は清光くんが眉を動かす。

 「あ゛? 休暇だからのこと好きなだけデコれんじゃん。おそろできんじゃん。おまえこそバカじゃない? 今しかできないことしただけなんだけど。嫉妬とかブスすぎ」

 「あ゛? 嫉妬とかじゃないし。おまえがちゃんに迷惑かけてんのがウザイだけなんだけど。思い込み激しすぎじゃない? どっちがブスだよ」

 「あ゛?」

 ふ、不穏〜〜〜〜!!!!
 睨み合う清光と安定の間にサッと体を滑らせて、まぁまぁと宥めつつ、「でも、ほんとにかわいいよね!」とわたしが言うと、清光くんがぱっと表情を明るくする。……未だにこのオンオフの切り替えの速さにはビックリするぞ……と思いつつ、もうお夕飯の時間だし、安定くんが顔を出したということは、きっとお料理もすぐさま運び込まれることだろう。
 ちらりと、綺麗に飾られた自分の指先を見る。わたしのネイルは、清光くんがそれはそれは丁寧に、かなりこだわってやってくれたものだ。もちろん完璧にかわいい。思わず口元が緩んでしまった。

 「普段はこんなのできないから、すごく嬉しい。……そう上手にできた自信なんてないけど、清光くんと乱ちゃんも喜んでくれてよかったよ。二人ともありがとう」

 仕方なさそうに溜め息を吐く安定くんを押しのけて、清光くんが笑う。その隣で、まだまだ足りないとでも言わんばかりに、乱ちゃんがご機嫌に指先を見つめている。

 「またネイルしよーね、! もちろん、俺と乱とおそろで!」

 わたしの答えも、もちろん決まっている。

 「うん、もちろん!」

 清光くんと乱ちゃんは示し合わせたかのように視線を合わせると、二人して飛びついてきた。完成するまで色々あったけれど、やっぱりやってよかったなぁ。まだまだ休暇はあるし、このネイルをすぐに落とさなければいけないということもないのだ。しばらくは三人で、素敵なお揃いを楽しめる。
 ぎゅうっと二人を抱きしめると、大皿(ピーマンの肉詰めが山ほど盛られている)を持った膝丸さんが現れた。ふと目が合う。
 次はこうしよう! あれもしたい! と、わたしの腕にそれぞれ抱きついて話す清光くんたちを見て、膝丸さんは小さく微笑んだ。それから、ちらりとわたしの指先に視線を移す。その瞳があんまりにも優しいから、ちょっと気恥ずかしい……。
 それを誤魔化すように、もう一度、綺麗に染められた爪を見る。うん、やっぱりかわいい。また口元をゆるゆるさせたところで、柔らかい声が耳を打った。

 「――やはり、その色にしてよかったな。よく似合う」

 わたしが、「膝丸さんが素敵な色を選んでくださったので!」と言うと、「、そうか……。それは、よかった」と囁くように零して、膝丸さんは大皿を長机に置いてすぐ背を向けた。……そういえば、このウスモエギ色……膝丸さんの髪の色に、よく似てるなぁ――なんて、赤く染まった耳を見てしまったからには黙っておこう。






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