三日月さんに連れられて、“サンジョウ”の居間までやってきた。
 この“サンジョウ”というのはふとした時に聞く――他にもオサフネとかライハとか――けれど、それがどういう意味なのか未だに知らない。本丸に顔を出すようになって結構経つというのに、わたしは知らないことのほうがずっと多いのだ。……本丸の“鉄則”みたいに……。
 それはまぁ(今は)ともかく。

 「、いつも言っておろう? まぁ、ひいじじということになろうが、我のことは遠慮なく“ぱぱ”と呼べとな」

 「はっはっ、小烏丸殿は異なことを仰るなぁ。の面倒は俺が見ておるゆえ、ぱぱはいらん。そうだな? 

 「……この父の言うことが聞けぬと申すのか?」

 「……ぱぱなどと、枯れたじじいがよく言う」

 この状況である。
 わたしは「いやどっちも他人様……」と呟きつつ、口元は緩やかなカーブを描いているのにまったく笑っていない目で向かい合う三日月さんと小烏丸さんとの間に挟まれながら、せっかくのおいしいご飯をほとんど味を感じられないままに済ませてしまったことに後悔の念を感じていた。
 いやでも、こんなに気まずい空間で食事して、おいしい〜! なんて思えるほどわたしは能天気な人間でもないので仕方ない。
 はあ、と小さく溜め息をこぼすと、すすすっとわたしの目の前に小狐丸さんが寄ってきて、ちょっとあざとく首を傾げる。にこにこと懐っこい笑顔がかわいいけれど、そのセリフが意味不明すぎて余計に居心地の悪さが増してしまった。

 「姫さま、小狐がおそばにおりますゆえ、何事もご心配召されますな。さぁ、この自慢の毛並みで癒して差し上げますよ」

 …………。

 「ヤバイ平安貴族と不思議ちゃん混ぜたら謎が深まりすぎて異世界感がすごい……」

 この空間でわたしはどう振る舞えばいいのか……。湯飲みの中のお茶を睨みつけていると、そこに「」と――。

 「あ、鶯丸さん……あ、」

 鶯丸さんの顔を見て、わたしは大包平さんとのまずすぎるやり取りのことを鮮明に思い出した。……ただでさえ嫌われてるっていうのに、わたしはなんてことを……い、いやでもあの場合は…………いや、わたしが悪いな……。
 そのことについてわたしが口を開こうとする前に、鶯丸さんは笑った。部屋に入るとわたしのすぐそばへ腰を下ろして、「大包平のことなら気にするな。まぁ、きみに“そんなもの”と言われたのは気にしているが」となんてことのないように言う。……それは気にするべきことだし、気にするなというほうが無理な話である。
 それによくよく思い出してみると、大包平さんが握っていたあの刀――とっても立派だった気がするのだ。いや、わたしは刀のことなんてちっとも詳しくないし、刀にどのくらいの価値があるのかも分からないけれど、そんな素人の目にすら立派だと映った刀だった。頭を抱えた。

 「あ゛っ、あぁ〜!!!! あれやっぱり大包平さんの宝物的なそういうあれですか? ですよね、なんかすごく立派な、」

 「――立派だそうだぞ、大包平。拗ねるのはもう止したらどうだ?」

 そう言って鶯丸さんが、くるりと廊下のほうを振り返った。えっと思うより早く、「誰がいつ拗ねたッ! 俺はっ……!」と大包平さんが真っ赤な顔をして現れる。……や、やっぱりとても怒っていらっしゃる……!
 ズンズンこちらに近づいてくる大包平さんの目は、きつく吊り上っている。うう、これは謝ったところでどうにもならないのかもしれない……いや、なんでも謝ればそれで終わりってことにはならないけど……。
 大包平さんは鶯丸さんを押しのけると、わたしのすぐ目の前に仁王立ちする。

 「……お、大包平さん……さっきはすみません、わたしもちょっとびっくりしちゃって、失礼なこ――と?!?!」

 さすがに鼻先で刀を抜かれるとは思っていなかった。いや、相当に怒ってらっしゃるのは分かったけれど、まさか刀を向けられるとは思わないでしょ普通……。
 咄嗟に仰け反り躱そうと思ったけれど、びっくりしすぎた体はぴくりともしなかった。それにますますひやりと背筋を冷たくしていると、大包平さんはじっとわたしの目を見据えて、「……おまえはこれをどう思う」と低く呟く。…………へっ。この状況で????

 「……えっ、いや、わたし刀はよく知らないというか、専門的なことはまったく分からないんですけど、」

 しどろもどろに応えながら、いつ刃先がこちらに向けられるんだろうと心臓が痛いし、どうしてもそのことに意識がいってしまう。けれど、大包平さんは大真面目な顔で「おまえが思ったように言えばいい。どう思う」と、とにかく刀に対する評価が気になって仕方ないらしい。い、いや、確かにこれが大包平さんの宝物なら、それを“そんなもの”なんて言ってしまったわたしに対して態度を改めさせたいと思うのは道理だ。
 わたしは価値を評価できるほどに刀の知識なんて持っていないけれど、これ以上失礼をするわけにはいかないと、刀の隅々にまで視線を滑らせた。……う、うーん……すごいとは思うけれど、どこがどうすごいとか、そういう専門的なことはちっとも分からないぞ……。
 それでもなんとか、「え、えっと、とっても立派なものだなぁって、素人ですけど思いますし、すごい強そう……?」と素直な感想を伝えたけれど、心がこもってなさそうな適当な感想と捉えられても仕方ないほど語彙力がない。うう、日本人なのに日本語不自由……! 国語の感想文とかは特別苦手ではなかったと記憶しているけれど、それは勘違いなのかもしれない……。
 チャキン、と音がしたのでハッと大包平さんを見上げると、口元が僅かながらも緩んでいる。刀は鞘に納められ――え? な、ない……? えっ、刀どこいったの……?
 えっ、と思わず声を漏らしそうになったけれど、大包平さんが口を開くほうが早かった。

 「……そうか。……俺は頼りになるか」

 大包平さんのほうはわたしに思うところがあるようだし――というか、むしろ嫌っているんだろうと思うけれど、だからといってわたしのほうも大包平さんのことが嫌い、というか、特別悪感情を持っているということはない。いや、それほど大包平さんのことを存じ上げないというのが主な理由だが、鶯丸さんのようなマイペースな人ともうまくコミュニケーションを取れているあたり、わたしは彼のことをすごいなぁと思っているのだ。
 三日月さんによく突っかかっているのは遠目に見て知っているけれど、まぁ三日月さんもそれを面白がっているようなので仕方ないというかなんというか……。
 それに、ちびっ子たちの面倒をよく見ていることも知っている。だから、ちょっと怖そうだなぁ〜と最初こそ思っていたものの、良い人なんだろうなという印象は変えたことがないのだ。五虎退くんと畑仕事をしているのを見たことがあるけれど、あの引っ込み思案な五虎退くんが、にこにこ大包平さんと話をしていたのもある。これで大包平さんが怖い人だったらビックリするよ……。
 ――というわけで、わたしはこれにも素直に「えっ? あ、はい、もちろん。いつも堂々としてて、頼りがいがあるだろうなって思ってますよ」と答えた。すると、大包平さんは今までに見たことのないような笑顔を浮かべて、「……そうか! 、こちらへ来い。俺が面倒を見てやる」と…………。

 「はっ?!」

 大きな声を上げるわたしをなぜか微笑ましそうに見つめながら、小烏丸さんが「ふふふ、素直は良いことよな。大包平、こちらへ来い。は我が面倒を見ておるゆえ、手伝え」と大包平さんを手招く。ところが、今度は三日月さんが手をしっしっと払いながら、「必要ないぞ、大包平。には俺がいる。や、菓子があるぞ。食うか? ん?」とわたしに構い始めるので……え?

 「いやわたしちびっ子じゃないので……」

 わたしはそう返しながら、これは一体どういう状況なんだろうと頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしていた。え?
ここの人たちのわたしの扱いに対しては、常々、もしかしてちびっ子だと思われてるのかな?? と感じているけれど意味が分からない……と三日月さんが差し出してくるおまんじゅうを避けながら混乱するしかない。しかし、この混乱はまだ混乱ではなかった。

 「ッ! おまえは今、俺は頼りになると言ったな! そう言った舌の根も乾かぬうちに……ッ!」

 これ大包平さんのセリフなんだけどどういうことかな???? これこそが本当の混乱である。

 「え゛っ?! いや、えっ、」

 思わず鶯丸さんに助けを求める視線を送ったけれど、鶯丸さんは柔らかい笑顔で「、ここは折れてやってくれ」と言うだけである。そして、眼前にはわたしの返事を眉を寄せて待っている大包平さん……。…………。

 「……じゃ、じゃあ、大包平さん、あの、ご面倒をおかけしますが……えーと、お世話してもらっていいですか……?」

 ……わたしはこの歳になって一体何を言ってるんだろう……。

 「はっはっはっ! 構わん、俺が面倒を見てやろうッ!」

 そして大包平さんも大包平さんでなんで嬉しそうなの……全部に違和感あるでしょ気づいて……。
 肩を落とすわたしのそばにどかりと腰を下ろすと、大包平さんは三日月さんが広げていたお菓子の山からチョコレートの包みを取って広げた。

 「よし、、口を開けろ」

 …………。

 「……はい?」

 大包平さんは胸を張って「この俺が菓子を食べさせてやる」と……え? なんでこの人はドヤッ! みたいなお顔をしていらっしゃるんだろう……おかしいでしょ……?

 「え゛っ?! え、いや、それはあの……」

 わたしは確かに大包平さんは頼りになると言ったけれど、だからと言ってこんな感じでお世話になりたいとは思わない。ちびっ子かご老体を相手にしてると思ってないかな大包平さん……どっちも違う……。
 大包平さんはわたしの言葉を聞くと、またくわっと眦を吊り上げた。

 「……俺の菓子は食えないと言うのか? 天下五剣の菓子は食えるが、この俺の菓子は食えないと……?」

  鶯丸さんが「くっくっ、、食ってやってくれ」と肩を揺らして笑っている。……だ、ダメだ、突破口がわたしでは見つけられそうにない……。
 意を決して、わたしは口を開いた。

 「…………いっ……いただき、ます……」




 髭切は機嫌良く笑っている。
 彼は永く存在しているおかげか、非常に大らかな性質の刀剣男士だ。戦いにおいては鬼神の如き気迫で敵を屠っていくが、普段はとてものんびり屋である。それに加え、相手を自分のペースに引き込むことも巧みで、なんでものらりくらりと躱してしまう。そのため、かなり扱いにくい刀剣だとも言われている。
 現に、穏やかに微笑みながらのんびりと語る髭切に、見習いは疲れきっていた。何を言っても髭切は見習いの言葉など聞いちゃいないし、かと言って退出できる雰囲気でもないのだ。見習いは疲れていた。

 「――それでね、姫ってばこの僕に、『のんびりしてますね、髭切さんて』なんて言うんだよ。僕がいつも世話してあげてるのにねえ、ふふふ。かわいいだろう?」

 心底楽しそうに笑う髭切に、加州清光が「いやアンタに世話されてんじゃん! 仕事で疲れてんのにさ〜」と溜め息を吐いた。すると、乱藤四郎がぱっと表情を明るくする。

 「仕事で疲れてると言えば、ボクこないだちゃんの手をマッサージしてあげたの! テレビでリラックス効果があるってやってたから。そしたらすごく喜んでくれてね、『乱ちゃん大好きだよ〜!』って言ってもらえたの!」

 きゃー! と両頬を押さえる乱に、加州が深々と頷く。

 「のかわいいとこって、素直なとこだよね〜。そういえばさ? こないだ――」

 見習いは、疲れていた。ここに見習いの味方は誰一人(一振り)としていない。静かに姿勢正しく座している膝丸は、会話に交ざりはしないものの、これが始まってから誰かが何か言うたびに誇らしげに頷き満足そうにしているし、今剣はずっと、見習いの様子を窺っている。
 もうこれ以上は黙っていられない。気がおかしくなりそうだ。
 見習いは勢いよく立ち上がり、「っさっきからなんなのよアンタたち!!!!」と怒鳴り散らした。
 髭切は肩で息をする見習いをじっと見上げて、にこりと微笑む。

 「きみが姫のことをよく分かってないから、僕たちがよく教えてやってるだけでしょ? 黙って聞いててくれるかな」

 「何時間話せば気が済むのよッ! もう三時間以上経ってるんだけどッ?!」

 が退出してから、三時間経っていた。その間、見習いはひたすらにまつわるエピソード――それも惚気のような――を聞かされ続けている。いい加減、気が狂いそうだった。自分がお姫様扱いされたくて、この本丸にやってきたのだ。それが一体何が楽しくて自分以外の、それも自分より劣っているはずの女の話を聞かなければいけないのか。それも三時間も。しかも、揃いも揃ってうちの(もしくは自分の)お姫様がいかに愛らしいか、大切か、というような中身のない話なのだ。しかし、見習いにとっては間違いなく無駄な時間だが、語り手である刀剣たちにとっては、これは非常に有意義な時間だった。

 「えっもう?! まだ一時間くらいしか経ってないかと思ってたぁ!」

 大きな瞳を丸くする乱に、見習いは「そういう意味じゃないわよッ!!!!」と怒鳴りつけた後、刀剣たちの顔を苦い顔で順番に見ていった。どいつもこいつも、顔だけはいい。だというのに、なんだってこんなおかしなことに……。見習いは大きく溜め息を吐いた。

 「……アンタたち戦うことが使命でしょ? それをって、やる気あるわけ?」

 これを聞くと、加州は「はぁ?」と機嫌悪そうに毒づいて、つまんない質問だけど答えてやるよ、という調子で言った。

 「当たり前じゃん。俺たちはに幸せになってほしいから戦ってんの。それに、せっかく人の身があるのにさ〜戦ってばっかじゃつまんないっしょ。楽しいこととか嬉しいこととか、俺たちもたくさん経験して、だからこそ守んなくちゃなーって思うわけ」

 見習いが、整えられた眉をぴくりと動かす。
 「そうそう。ちゃんがにこにこ笑顔でいてくれるのを見ると、ボクたちも頑張ろうって思えるんだよ」という乱の言葉を聞くと、いよいよこれまでの鬱憤が爆発した。
 だって、おかしいではないか。へらへらしているだけの、何の取り柄もなさそうな女が! それも、自分より何もかも劣っている女が! どうしてこんなに見目麗しい刀剣男士たちに、蝶よ花よと可愛がられるのか。若さだって、美貌だって、家柄だって、何もかも勝っている。審神者が時の政府で一目置かれていることは知っていた(だから乗っ取ろうと思ったのだ)。それに、彼が一般家庭の出身で、政府にコネがないことも事前に調査済みである。つまり、審神者でもないが持っているものなど、何もないのだ。それなのにどうして!

 「た、ただの刀のクセに! 何人間みたいなこと……!」

 その言葉に、深い意味はなかった。ただ、気に食わない女を気に食わないほど大切にする男士たちを傷つけてやりたい。それだけだった。しかし、この一言が見習いのこれまでの人生を、そしてその後の人生をも変えることになるのである。
 今剣が静かな声で言った。抑揚なく「――ただのかたなだからです」と。
 傷つけてやるつもりで放ったはずの言葉に対して、非常に落ち着いた返答だった。見習いは思わず、「……え?」と小さく漏らした。
 今剣は凪いだ瞳で見習いを見つめながら、静かに続ける。

 「ぼくたちのほんしつは、ひとのいのちをかること。たたかうことがすべてです。それが、こうしてからだをえた。これがどういうことなのか、おまえにわかりますか」

 何を分かりきったことを。
 馬鹿にされている、見下されていると思った見習いは、噛みつくように叫んだ。

 「そんなのっ、人間に戦わせたら危ないからでしょ! アンタたちはいくらでも代わりが利くじゃない!」

 これもまた、傷つける目的で放った言葉だった。逆上した今剣が自分に手でも出せば、それを理由に審神者を監督不行き届きで訴えられるし、小生意気な刀剣――自分をブスと言った加州など――を刀解してやることだってできる。
 しかし、そうした悪意はすぐに消えていくこととなった。

 「そうです。にんげんは、かえがききません」

 今剣の言葉に、見習いは言葉を失った。人間“は”替えが利かない。つまり、自分たち刀剣男士はいくらでも替えが利くことを、今剣は分かって口にしているのだ。今剣は必要であればいつでも折れるし、そうなったところで替えはあると言っている。覚悟が違った。

 「ぼくたちは、ひとのみになってはじめて、いきることを、このはだでかんじた。ごはんをたべること、ゆにつかること、ねむること。まねごとにすぎないといわれたら、たしかにそうでしょう。ですが、このけいけんによって、ぼくたちはにんげんがますますいとおしくなりました。そのにんげんのために、ぼくたちができること――それが、てきをほふることなんです。ぼくたちはただのかたなだから、いとおしいもののためにできることも、たたかうことなんです。ですが、からだがあるいまのぼくたちは、このやいばをだれのためにふるうか、じぶんできめられる。そうしてぼくたちがえらんだのが、あるじさまと、あるじさまがこころのそこからあいしておられる、ひめなんです」

 見習いは、何を言えばいいのか分からなかった。覚悟が違うのだ。いくら子どもの姿をしていようとも、今剣にとって自分などは小娘以下の存在なのだということを思い出す。
 もう、悪意などは消えてしまっていた。

 「みならい。おまえにまもりたいものはいますか?」

 見習いはぽつりと、「……パパと、ママ」と答えた。

 「そのふたりがしんだら、かなしいですか」

 「悲しいに決まってるでしょッ?! パパとママは、アタシのコト愛してくれて、大事にしてくれるもん……! あ、アタシは、イイ子じゃないかも、しれないけど、でも、それでもふたりは、」

 見習いは、両親のたった一人の娘であった。それも遅くにやっとできた子であったから、大事に大事に、これ以上はないというほどに慈しんで育てられてきた。見習いは生まれてからこれまで、苦労も辛抱も味わったことがない。
 父親は時の政府の高官だが、どこにでもある一般家庭で生まれ育ったごくごく平凡な男だった。しかし、真面目で勤勉なその性格から、コツコツと続けた努力を実らせて今の地位を得たのである。
 時の政府に勤めることを目指したのにも、理由があった。当時はまだ、環境が整っているとは言い難かった“審神者制度”を改革していく。これが理由だった。自らにはその才がなかったために諦めたが、国の歴史を守るという審神者の存在に憧れていたのだ。だから、審神者たちのためになることをしようと、政府の高官になることを決めて努力を続けた。
 見習いは、自分が審神者になりたいと言った時、誇らしそうに頷いた父親の顔を思い出していた。
 父は自分に、審神者という役目がいかに重要なものであるかを語って聞かせた。そして、その危険性も。けれど、そんな話などはすべて聞き流し、刀剣男士たちにちやほやしてもらうだけの生活を想像していた見習いは、楽に、それも邪な欲望を叶えるために父に言ったのだ。優秀な審神者になりたいから、優秀な審神者がいる本丸に研修に行きたいと。父親は、それを叶えてくれた。
 父も母も、見習いを可愛がってくれる。たった一人のかわいい娘を慈しんで、愛して、守ってくれている。しかし、見習いは今の今まで、そんなことは当然だと思っていたのだ。周囲の人間が自分をちやほやすることも同様に。だから、政府の高官である父の権力にすり寄るための媚びを、勘違いしていた。今になって、気づかされてしまった。自分が優れているというのは、すべて思い込みだったのだと。

 「おまえにたりないのは、かくごですよ。ひとをまもるためにつくすという、かくごです。おやにたいするじょうがあるのなら、そのうちよくわかることでしょう。ひとにたいするじょうやきずなこそが、ひとをつよくする。そしておまえのそのこころが、よびおこしたとうけんもつよくするんです。だから、このほんまるのとうけんだんしたちは、みな、つよいんです」

 今剣の言葉は、見習いの心を打った。元来、彼女は素直な質なのだ。だから、周りの反応を見て勘違いしてしまっていた。感情を揺さぶる今剣の言葉を、たったの一言も聞き漏らすまいと耳に集中する。

 「まもりたいと、おまえがつよくのぞむのなら、ぼくたちはおまえにちからをかします。ただし、それはおまえじしんがそのねがいをたくす、おまえのとうけんたちです。おのれのねがいをかなえるために、ひとをりようするのはおよしなさい。おまえののぞみは、おまえのてでかなえるんです」

 これまでの人生で、望みが叶わなかったことは一度とてない。それは、自分を大切に慈しんできた両親からの愛情が成してくれたことだ。そんなこと、見習いは思いつきもせずに過ごしてきたけれど。しかし、過去を振り返ってみれば、痛いほどに分かる。見習いのことを本当に思ってくれたのは、この世でたった二人の両親だけだった。そして、自分はそのたった二人からの愛情を、履き違えていたのだとも。
 勘違いしていた自分が、ひどく恥ずかしく思える。そして今、自分を真摯な眼差しで見つめる今剣に対しても、これまでには抱いたことのない感情が湧き上がってくるのを感じていた。
 見習いは、感極まって声を張り上げた。

 「……い、今剣――センパイ!!!!」

 今剣はぱっと表情を明るくすると、「おお、いいですね! おしえをこうにんげんですからね、おまえは。ふふん、せんぱいのいうことはしっかりきくようになさい」と上機嫌に言う。
 丸く収まりそうであるし、そもそもこの場にツッコミは不在なので致し方ないが――はっきりさせておこう。今剣の演説は、決して見習いを思いやってのものではないということを。
 今剣がこれまでに語ったのは、をいかに愛し、いかに支え、いかに守るか。その心構えとして、自分たち刀剣男士はこのようなことを常日頃から考え、それを基にして生活しているんですよという話であって、つまりこれもいわゆる自分語りというやつである。見習いのための教えは一つもない。
 ただ、「はい……! アタシ――いえ、私、本当に勉強不足でした! これから一ヶ月、ビシバシしごいてください!! 私……立派な審神者になりたいです! ここの主さまみたいに!!」と見習いが研修に対して前向きになっていることだし、思ってたのとは違う解釈されたけど問題はないから……まぁいいか。これが真実なので、一連の流れは決して美談ではないのだ。刀剣男士側は、最初からのことしか話していないのだから。見習いが元は素直な性格だったからこそ、今剣の語り口と場の雰囲気に影響されてしまった。そのために生まれた悲劇である。しかもツッコミは不在。この場にというか、この本丸そのものに。が幸せであること、そうしてやることがすべてという刀剣男士たちと、その主である審神者しかいないのだ。唯一のツッコミ役になれたであろうが退出した時から、結果は決まっていた。
 心を入れ替える――つまりの役に立てるよう励むというのなら、それが叶うように指導してやる。この本丸に新たに迎えられた刀剣男士にも、毎度行っていることである。加州は「ま、分かればいーよ。それよりさぁ、アンタのその化粧どうにかなんないわけ? マジでドブスだから。俺が指導したげてもいーけど?」と早速先輩風を吹かせた。見習いはサッと顔色を変えた。そして「あっ……さ、さっきは失礼なこと言ってすみませんでした加州さん! ぜひ教えてください!」と頭を下げる。

 「オッケーオッケー! 元は良いんだろうからさ〜、下手に塗りたくらないほうが絶対いいよ。ね、乱」

 「うんうん、ボクもそう思う。ちゃんとボクたちでいつも女子会してるから、あなたもおいでよ!」

 女子力の高さでは他の追随を許さず、その可愛らしい振る舞いからの相談役としても実力の高い加州と乱である。に仕えるものは、当然それにふさわしくあるべき――という信念のため、二振りとも見習いを今の姿のまま、再度の前に立たせるわけにはいかないのだ。ここでも“見習いのため”ではなく“のため”というのが、さすがこの本丸に顕現された刀剣男士である。まったくブレない。

 「はいっ、乱さん!」

 しかし、もうすっかり邪な思いを(斜め上に)更生されてしまった見習いは、なるほど確かに! と感心すらしている表情で力強く頷く。
 二振りと一人のやり取りをつまらなそうに眺めながら、髭切が「ありゃ、一件落着かな? 僕はまだ話し足りないのになあ」と唇を尖らせた。これを聞いて、見習いはキリッと眉を吊り上げる。

 「いえ、髭切さん……さまのこと、もっと教えてください!!!! ここの主さまに教えていただく私にも、さまをお守りする権利があります! 意識を高めるためにも、色んなお話を聞かせてもらう必要がありますので!」

 何を言っているんだという話だが、ここにツッコミは不在なのである。傍から見れば、誇り高い使命を担うものが集まるはずの本丸でなんてことだ……という異常な状態こそが常であるから、この見事に染められた見習いも同じく、本来の使命とはまったく違う審神者を目指すことになってしまっていることに疑問を抱くことはない。まぁ、疑問を抱くことができたのなら、それはそれでまたややこしい事態になっていただろうが。

 「ふぅん。まぁいいけど、あんまり姫に馴れ馴れしくしないでよね。ただでさえきみのこと気にかけてるんだから、これ以上気を使わせるような真似はやめてくれる?」

 をいつでもそばに置いて、ずっとよしよし可愛がってやりたい派の髭切からすると、の周りをうろつくものが増えるのは面白くないのだ。しかし、利用できるものは利用する狡猾さはあるので、見習いを都合よく使ってやる気はあるのがまた厄介である。
 そんな髭切の腹黒い思惑を一切知らぬ見習いは、「これまでの非礼はもちろん謝罪しますし、今後は私がさまに尽くしますので!!!!」などと張り切っているが。
 髭切は言質を取ったとばかりに微笑み、「そう。じゃあ弟丸、主に言ってアルバム借りてきてくれる?」と自らの後ろに控える弟を振り返った。
 「膝丸だ、兄者」と訂正しつつ、膝丸は素直に腰を持ち上げた。も常々思っているが、この膝丸という刀剣は兄にはイエスマンである。

 「……見習い」

 立ち上がった膝丸は、思いついたように見習いに声をかけた。
 「はい!」と返事する彼女をまっすぐに見つめながら、膝丸は「きみが本当に学びたいと思うのなら、皆が師と思って過ごすことだ」と言って部屋を出ていった。その姿を尊敬しきった眼差しで見送りながら、「もちろんです!!!!」と答える見習いは、この本丸にやってきてすぐを思えばしっかりと成長している。が、方向性がまったく間違っているのでやはり悲劇である。何度目かの繰り返しになるが、ツッコミは不在なのだ。
 今剣がすくっと立ち上がった。

 「さて。ではさっそく、ひめのところへいきましょう。みならい、つぎこそはれいせつをまもって、ひめにおつかえするものとしてふさわしいふるまいをするように」

 大先輩・今剣の言葉に、見習いは「もちろんです、今剣先輩」と真面目な顔で頷く。これを合図に、加州を乱も動き出した。

 「じゃあまずはメイクとファッションね。そのままじゃの前になんか出せないから」

 「ボク、次郎さんにメイク道具借りてくる! 歌仙さんに頼んで、きちんとした礼服もお願いしてくるね」

 「オッケー」

 髭切は張り切る二振りに、よくやるなぁ〜などとのんびりした感想を抱きながら、せかせかと支度を始めるだろう見習いにまたの話をしてやる気満々だった。よくやるなぁ〜は彼も同じである。
 今剣は満足げに「ふふ、ひめをおまもりするものがふえるなら、でしをとるのもやぶさかではありませんね。では、ぼくはさきに、さんじょうのいまへいきます! したくができるころ、よびにこさせますからね。あとはたのみましたよ」と足取り軽く部屋を出て行った。

 「了解〜! ほら見習い、まずはメイク落とすよ」
 「はい!」

 こうして、見習いの“乗っ取り”計画は終わった。彼女の敗因は一つではないが、すべては『この本丸を選んでしまったから』、これに尽きる。




 ……もういい加減にしてくれないかな……わたしはいつまで“お世話”をされなくてはならないんだろうか……。
 やれ饅頭だチョコレートだと三日月さんと大包平さんに代わる代わるお菓子を与えられながら、小狐丸さんの自分の毛並み(?)がいかに素晴らしいかという話に意味も分からぬまま頷きつつ、小烏丸さんとあやとりをする。そんなわたしを優しげな笑顔を浮かべながら、微笑ましそうに見つめる鶯丸さんが淹れるお茶を断りきれぬままに飲み下し、それがいよいよ四杯目になった時、救世主は現れた。

 「ひめ! いまのつるぎがきましたよー!」

 年甲斐もなく、わたしは「い、いまつるちゃん……! よかった待ってたよ!!!!」といまつるちゃんに飛びつく勢いで近づいて、小さくも頼もしい体をぎゅうぎゅうと抱きしめた。……これを見て、三日月さんと大包平さんの眉がピクリと動く。ええ……なぜ不満そうなの……。

 「む。おまえにはこの三日月宗近がおろう? 今剣ばかりずるいぞ!」

 「おいッ! 天下五剣よりも俺こそがおまえにふさわしいだろうッ! 俺は池田輝政に見出された刀剣だぞッ!!!!」

 というかこのお二人は何を張り合ってるのかな?? 数時間も拘束されていたのにも関わらず、彼らが何をどうしたいのかちっとも分からない。
 すると、いまつるちゃんが深い溜め息を吐いた。呆れたようなその眼差しは、並みのちびっ子にはできないぞ……やっぱりいまつるちゃんってすごいちびっ子なんだな……。

 「――なるほど、じょうきょうはわかりました。みかづき、おまえはもうすこしせつどというものをみにつけなさい。おおかねひら、おまえも、ひめと、ようやくきょりをちぢめられてうれしいのはわかりますが、ひめのおきもちをゆうせんするように」

 いまつるちゃんの言葉に、三日月さんと大包平さんが唸った。

 「ぐっ……」
 「ぐぬぅ……ッ!」

 いやだからなんで口惜しそうなの……? 今に始まったことではないのだけれど、ほんとに本丸にいる人たちってみんな変わってるなあ……。
 若干遠い目をしているわたしの頭をよしよし撫でながらも、「うぐいすまる、おもしろがるんじゃありません」とビシッとキメられるいまつるちゃんはやはり本丸カーストの最上位者……?
 「承知しているさ」なんて言いながらも笑っているので、鶯丸さんは反省(?)していないようだけど。
 苦笑いで状況を見ていると、いまつるちゃんがくるりとわたしに向き直った。

 「さて、ひめ。あのみならいはぶじ、こころをいれかえましたから、あとできちんとあいさつにこさせます。それまで、ぼくとあそんでいましょう! おしょくじはすみましたか?」

 「あ、う、うん、一応…………え? こ、心を入れ替えた……とは……?」

 う、うん? えーと…………だめだ、“心を入れ替えた”というその内容どころか、そうなった経緯すらもまるで分からないぞ……。
 清光くんと乱ちゃんも非常にクールだったけれど、あの二人はなんだかんだと研修生の面倒を見てあげられる性格をしているので心配は――ま、まぁそんなには……してない……そんなには……。いや、あんな怖い顔見ちゃうと……。
 ただ、優しげな相貌に反して過激な思想の持ち主である髭切さんと、その髭切さんに対しての究極のイエスマン・膝丸さんの存在から考えられる経緯…………はちゃめちゃにヤバそうなのだけははっきり分かるから怖い。な、何があったんだ一体……。……現場にはいまつるちゃんもいたわけだし、その彼がこうして楽しげにはしゃいでるんだから……ヤ、ヤバイことは何も起きなかった……そうだよね????

 「ふふふ、あとのおたのしみです! なにをしてあそびますか? すごろくはどうですか? あっ、それならあわたぐちのたんとうをよびましょう! ――まえだ」

 そして相変わらず前田くんの登場スピードはどうなってるのかな?? 一瞬で現れたようにしか見えなくて、毎度のことながら目を丸くしてしまう……いやでも……この現象を目の当たりにして平然としていられるだけの心臓の強さはない……。そう考えると、ちびっ子であるいまつるちゃんがちっとも驚いていないことがまたすごい……さすができるちびっ子は違う……。
 そんなおかしな感心を抱きつつ、キリッとした表情で「はい、すぐに呼んでまいります!」と元気良く返事する前田くんにも、まだまだちびっ子なのになんてしっかりした子だろう……とちらりと大人組に視線をやってしまった……。

 「むー……すごろくならば、おおひろまは、ひとがあつまりすぎてしまいますね……」
 「居間にしてはどうでしょう? それならば、集まりすぎてしまうことはないかと」
 「ではそのように! さぁさぁひめ、いきましょう!」

 ちょっと思考を飛ばしているうちになんだか話がまとまったようで、いまつるちゃんがぴょんぴょん跳ねながらわたしの手を引く。

 「えっ、あっ、うん……」

 立ち上がるわたしに続いて、大人組もさっと立ち上がった。

 「すごろくか。我も参加するとしようか」
 「、じじいも一緒に遊んでやろうな」

 ……え……ええ……と思いつつ、大包平さんが「たとえ遊戯と言えど、俺は負けんぞ……ッ! 鶯丸、行くぞ!!」と言って先陣切って部屋を出ていったので、わたしものろのろとそれを追いかけようとすると、背後で「やれやれ、これは誰かがあぶれるな」と鶯丸さんが忍び笑いをこぼしていた。……いや、笑い事じゃない……。このメンツでゲームなんてすれば、それはただのゲームにはならないんじゃ……?
 小さく溜め息を吐いて、わたしはいまつるちゃんに手を引かれながら部屋を出た。


 人生ゲームを持っている鯰尾くんと居間で合流すると、話を聞いてきたのか信濃くんがひょっこり顔を覗かせて、それからぱあっと明るい笑顔を浮かべながら駆け寄ってきた。

 「あ、お嬢さん! 人生ゲームするんでしょ? 俺は参加しなくていいから、懐入れて」

 信濃くんは事あるごとにこう言うけれど、さすがにこのくらいの年頃の男の子は……と思いつつ、ついつい甘えられるとぎゅっとしてしまう。
 わたしの腕にそっと寄り添う信濃くんの頭をぽんぽん撫でながら、「信濃くんも一緒にやろうよ」と誘うと――。

 「ええー、懐入れてくれないの? 俺、秘蔵っ子だよ?」

 ……粟田口家はただでさえロイヤルファミリーだっていうのに、信濃くんはさらに秘蔵っ子と聞いてしまうと……うう、この言葉にわたしは非常に弱い……。みんなかわいいけれど、さすがにロイヤルファミリーの秘蔵っ子を冷たくあしらえる度胸はわたしにはないからだ……だってわたしなんて平民中の平民……。

 「うう……そ、そうは言うけどね……」

 言葉に詰まるわたしの様子を見て、鯰尾くんが「信濃、あんまりお嬢さんを困らせるなよ。いち兄にバレたら怒られるよ」と注意しながら、「で、誰が参加します〜? お嬢さんと今剣は一緒にやりますよね? あとは俺と――」と言いかけたところで、マイペースな平安貴族様たちが素早く挙手をした。……何かと三日月さんと張り合う大包平さんも。

 「我もやるぞ」
 「じじいもやるぞ」
 「俺も参加するッ!」

 ……参加したい子が他にいないのなら構わないけれど……これじゃあ仮にいたとしても、仲間に入るにはちょっとな……と思うので、前田くんに声をかけられているかもしれないちびっ子がいたら、ちょっと申し訳ない……。
 まぁ「じゃあ、あと一振りですね」と言う鯰尾くんは気にしていないようだし、みんな異存なさそうなので、とりあえず一回戦はこれでいいのだろうけれど。
 さて、この人生ゲームは最大人数六名で行うゲームなのだが、どうするのかな? と思っていると――。

 「誰か――あっ、御手杵さん! 人生ゲームやるんですけど、どうです?」

 居間の前の廊下を通り過ぎようとしていた御手杵さんを、鯰尾くんが呼び止めた。御手杵さんは興味深そうな顔でこちらまでやってきて机の上を覗くと、「おお、人生ゲームかぁ〜。けど、俺刺すしか能がないからなぁ。ルーレット回すのあんまり得意じゃないんだよ、小さいしさぁ」とへらりと笑った。……確かに、御手杵さんからすればこのルーレットは小さすぎるのかも……と盤上のルーレットを見る。
 すると、鯰尾くんが「じゃあ信濃とペアってことでどうですか?」と提案した。すかさず信濃くんが、「えー? 俺、懐入るならお嬢さんがいいよ〜」とますますわたしの腕に擦り寄ってくる。
 ムッと顔を顰めた鯰尾くんが、軽く信濃くんの頭を叩いた。

 「別に懐に入らなくてもできるだろ、人生ゲームは」

 けれど、何か思いついたようで――こ、この顔は何か(わたしにとって)良くないことを思いついた顔では????

 「あっ! じゃあ勝ったやつがお嬢さんにぎゅってしてもらえるってのはどう? お嬢さん、それがご褒美ってことでいいですよね?」

 や、やっぱり〜〜〜〜!

 「え゛っ?! え、いや、あの、」

 なんとかそんなご褒美(になるのかというとならないと思うけれど)は避けなければ! と口を開こうとしたのだけれど……。

 「おお〜、いいなぁ。でもじゃあ、俺は懐に収められないだろ」
 「御手杵さんは逆に懐に入れたらいいんじゃないかな?」
 「なるほど、その手があったか〜」

 にこにこと笑顔で話し合う信濃くん、御手杵さんからは何の邪気も感じないため、余計に断りづらいような気持ちになってしまう……。いや、信濃くんならまだ良しとして、御手杵さんの懐(?)にわたしが入れてもらうっていうのはちょっと……。
 それに「や、俺はおまえの懐に入るほうがいいぞ」なんて三日月さんが言い出すもんだから、「ふんっ、何を勝つ気でいる。優勝はもちろんこの大包平だ」と大包平さんもご褒美はともかく負けまいと頑張ってしまうはずである。……マズイ。ちびっ子ではなくこの人たちを懐に入れるなんてことになってしまったら……!
 わたしは盛り上がっているのに申し訳ない……と思いつつも、「いや、誰が勝っても懐に入れるなんてそんな、」良くないですし、他に景品とか用意しませんか?簡単なのもので……と言葉を続けようとしたのだが。

 「え、だめなの……?」
 「う゛っ」

 ううっ、さすが秘蔵っ子……! 甘えたなその瞳にはなんでもうんうん聞いてあげたくなっちゃう魔力が宿ってる……!

 「よーし、じゃあ決まりってことで! まずじゃんけんですね! 最初はぐー! じゃんっけんっ――」


 思いの外白熱した人生ゲームの結果は、信濃くんと御手杵さんペアの勝利だった。
 わたしの腕にきゅっと抱きついて、上目遣いに「俺の勝ちだね。じゃあお嬢さん、懐入れてー」とにこにこ笑う顔を見れば……「ど、どうぞ〜〜」と腕を広げるしかなかった。はあ〜〜ほんと、信濃くんくらいの年頃の男の子相手には、こういうの良くないんじゃないかと思うんだけど…………これを知った一期さんに、我が粟田口家の秘蔵っ子・信濃に不埒な真似をされては困りますな……とか言われたらどうしよう……。
 若干ヒヤッとしたものを感じつつも、信濃くんを懐に収める寸でのところで乱ちゃんが飛び込んできた。

 「あっ信濃ずるーいっ! ちゃんっ、ボクは? ボクはぎゅーってしてくれないの?」

 信濃くんを押しのけるようにくっついてきた乱ちゃんに、信濃くんが「俺の懐!」と怒って――信濃くんの懐ではないんだけども。
 まぁそれはともかく。

 「あ、乱ちゃん! あの、研修生のことなんだけ――どっ?!?! えっ、あっ?」

 まるで滑り込むようにしてわたしの膝近くまでやってくると、彼女は額を畳に擦りつけるように深々と頭を下げ……え゛?!?! いや、っていうかこの子誰?! 本丸で見たことないけどいつの間にまた新しい子が増えたのかな?!?!

 「さま! 今までの非礼、どうかお許しください! 私、心を入れ替えました! これからはさまのために、はびこる悪を徹底的に排除していきます! これから一ヶ月、ぜひお世話させてくださいっ!」

 …………うん?

 「えっ、あ、あなた研修生?!」

 あ、あら? 研修生って、もっとこう今時のJK的な感じの……それもどちらかと言えば派手なタイプの子だったはずなんだけど……あら?
 惜し気もなく曝されていたスラリとした脚は、お正月に神社で見たことのある緋袴に隠されているし、バッチリしたメイクも薄くなって、密度の高いばさばさのつけまつげも今はもうない。ついでに言うと明るいハニーブラウンだった髪色も真っ黒である。…………と、唐突なイメチェンだね……? ……え? 研修先で????
 混乱しながらも、なんとか「ず、随分印象が違うから……」と口にしたところで、わたしは恐ろしいことに気づいてしまった。今、彼女は――研修生は、なんて言ったかな……?

 「……ん? お、おせわ……とは……?」

 聞き返しておいて、わたしは聞きたくないと思った。けれど、さっきまでわたしと楽しく人生ゲームに興じていたいまつるちゃんが、その時と何ら変わりない明るい笑顔で言い放つ。

 「ひめ、みならいはこのように、こころをいれかえました! なので、どうぞあんしんして、ほんまるにかえってきてくださいね! みならいのことはぼくたちでしっかりしどうしますが、ひめも、なにかあればこのみならいに、なんなりともうしつけてやってください!」

 ……な、なるほど、心を入れ替えたとはこういう…………え?
 研修生はきらきらしたまっすぐな瞳でわたしの目をじっと見つめながら、とても張り切った様子で声高に言った。

 「はいっ! 喜んでお世話させていただきます! 早速ですが、何かご用はありますかっ? さま!」

 ……なるほど、意味が分からない……やっぱりわたしは今時のJKとは感覚が違うのかな…………そうだよね??
 わたしはくらくらする頭をなんとか落ち着かせようと、額に手をやって目を閉じた。

 「……ご、ごめんね、ちょ、ちょっと色々整理させてね…………え?」






背景:215