「すみません……あの、せっかくの食事の場を……」 鶯丸さんと前田くんと一緒にお台所までやってきたけれど、前田くんには大広間に戻ってもらった。さすがにちびっ子にご飯を後回しにさせては、ただでさえ問題を起こしてしまったわたしにはダメージがいよいよヤバイ。 鶯丸さんにも申し訳ないな……と思いながら、差し出された湯呑みを受け取る。お茶の良し悪しなんてわたしには分からないけれど、鶯丸さんはお茶が趣味らしいのできっととても良い茶葉を使ってくれているのだと思う。……価値の分からない人間にはほんともったいない待遇である……。 「なに、気にすることはないさ。むしろいい機会だったはずだ。化けの皮が剥がれたからな」 言いながら、鶯丸さんはわたしの向かいに座った。 さすがに大所帯だから、ここのお台所は“台所”なんて言い方ではまったく足りない広さで、大きな幅のあるテーブルと椅子も設置されている。 たまに夜中にお水をもらいに来ると、ここでカップラーメンを食べている子がいて、そうなるとわたしもついつい食べたくなるのだけれど、それが叶ったことは一度もない。なぜかそういうタイミングには必ず光忠さんや歌仙さんが現れ、そんな体に悪いものを食べさせるわけにはいかないと、おうどんやら雑炊やらをわざわざ作ってくれるのだ。……カップラーメンみたいなジャンクなものだからこそ、夜中に食べるというのがとてつもなくワクワクするのに……。いや、出してくれるお夜食はやっぱりおいしいのだけど、お料理してもらうのも悪いし…………そういう時はほんとにカップラーメンが食べたいのだ。 それはさておき、化けの皮とは。 「ば、化けの皮……ですか、」 ……もしかしなくても清光くんのことかな……。確かに、いつもJK顔負けのキュートさを振りまく小悪魔ちゃんではあるけれど、怒るとその表情も言葉遣いも思わず二度見三度見してしまうほどに一変するので、なかなかのギャップの持ち主ではある。まぁでも、JK力が限界値を突破していても、清光くんだって男子高校生だ。化けの皮というほどでもないと思うんだけどなあ……。そりゃあびっくりはするけども。 お茶を啜るわたしに、鶯丸さんが艶やかに微笑んだ。 「まぁ細かい話は他がするさ。きみは俺と茶を飲んでいればいい。今剣も言っていただろう?」 ああ……とわたしは頭を抱えた。 いや、のんびりお茶なんて頂いてる場合じゃないんだよねほんとは…………どうしよう。 せっかく社会勉強にやってきたっていうのに、会社には一切関係ない人間のせいで居づらくなるなんて、申し訳ないどころの話ではない。向上心溢れる若者に、なんてかわいそうなことをしてしまったんだっていう。子どもたちの明るい未来を応援しなければならない大人なのに、わたしは一体何を……。 情けなさで若干声を震わせつつ、「で、でも、せっかく勉強に来てるんだし、あの子の気に触ったんなら、わたしはやっぱり期間中はこないほうがいいんじゃ――」と言ったところで、「馬鹿め」と鋭い声がかけられた。振り向くと、不機嫌そうに眉をきつく寄せた大包平さんが立っていた。 「敵を前にして尻尾を巻いて逃げるやつがあるか」 「お、大包平さん、」 て、敵とは……? いや、研修生からすればわたしは敵……? ますます落ち込むわたしに、大包平さんは深い溜め息を吐いた。 「大体、おまえは本丸の姫としての自覚が薄いんだ。主の妹というだけ? ふん。たったそれだけならば、俺が守ってやる義理などないな」 待ってわたしが姫だという誤った情報はどこまで浸透してしまっているのかな???? また新しい絶望ポイントが出現してしまったぞ……。 さらに肩を落として俯くと、鶯丸さんが小さく笑い声をこぼした。 「出ていく必要はない。おまえはここに必要な人間だ。――と、大包平は言っているんだ」 鶯丸さんのその言葉に思わず顔を上げると、真っ赤になった大包平さんが「おい余計なことを言うなッ!」と怒気を露にずんずんこちらにやってくる。 えええ、なんで怒ってるの……ってそりゃそうか、鶯丸さんはどこをどう解釈してそう思ったのかな……? 普段からちょっと考えの読めない人ではあるけれど。 「えっ、は、はぁ……え? いや、ポジティブにもほどがありません?」 とりあえずわたしには鶯丸さんの考え方は分からない。 でも、話を聞く限りでは大包平さんの考えも分からない。ここの人たちって、わたしの知ってる一般常識とは違う常識に従って生きてるから……。 「そもそも俺はおまえが好かん! この本丸の、俺が守ってしかるべき姫だというのに、いつまでも外に働きに出るとはどういう了見なんだ? 俺はあの格好も好かん! それに先日は厨に立ったな。皆が立派だと言っただろうが、俺はあれも気に食わなかった。大体――」 まずわたしは姫じゃないので、大包平さんに守ってもらうというのはおかしな話である。 そして働きに出なければ生活ができないので、どういう了見も何も生きるためですという。スーツは仕事着なので、まぁわたしも好きというわけではないけれど、好き嫌いでどうにかなる問題ではない。 料理をした件については状況が状況だったし、大人であれば誰だって手を貸すのが当然だ。だってちびっ子たちを守るのは大人の役目である。 考えてみればみるほど、大包平さんの主張は意味が分からない。どれもわたしには必要なことであり、義務でもあるっていうのに“気に食わない”なんて言われても困る。 なんて言えばいいのかな、こういう場合……とぼんやり考えていると、鶯丸さんが「その辺にしておけ」と言って湯呑みを置いた。 「大包平、口下手にも程があるぞ。聞いていられない。、気にするな。きみは分かっていると思うが、この大包平というのは馬鹿なんだ。素直だが、馬鹿なものだから言葉を知らない。決してきみを嫌っているわけではないんだ。分かってくれるか?」 う、うーん……これは鶯丸さんなりのフォローなんだろうことは分かるんだけれど……どうとも答えにくいなあと思いながら、わたしはとりあえず笑顔を浮かべて「え、あ、いえ、気にしてませんし、」と言って…。 「なんだとッ?! おっ、おまえ……っこの俺がここまで言ってやって気にしていないだと?! 馬鹿にしているのかッ!!!! っもういい! 俺は戻るッ!!!!」 ええええ、接し方が分からないので何が正解なのかなんて余計にサッパリだけど、とにかく嵐みたいだなぁ…………あれ? 「……ええと、大包平さんは鶯丸さんに用があったんじゃないんですかね……?」 鶯丸さんは心底面白いという顔で、「いいや、あれはきみに用があったんだ」と――。 「え゛っ?! ご飯の途中で抜けるほど文句言いたかったの?! わたしどれだけ嫌われてるんですか……」 大包平さんに何かしちゃったとかいう覚えはないんだけど…………気づかずになんかやらかしちゃったんだよね。しかも、あれだけの嫌悪感を向けられるってことは、わたしはほんとひどい鬼の所業を…………なのに全然覚えがないとかヤバイ…………。 頭を抱えて顔を青くしていると、鶯丸さんは「ふふ、そう思うのか?」と優しい声音で言った。そ、そう思うも何もどう考えたって明らかですよね……。 「え、いや、だってそうじゃないですか……。なんだか避けられてるとは思ってたんですけど……わたしのこと見ると怖い顔するし、話しかけてきてくれたなぁって思ったら…」 ああいう感じだし……っていうかわたしが悪いんだからしょうがない……。でも心当たりがほんとにない…………余計に悪い……。 鶯丸さんはわたしの様子をやっぱり面白そうに眺めて、「あれは、きみをよくよく大事に思っているさ」と言って湯呑みを傾ける。 でも、「ただ口下手でな。それを上手く言葉にできないだけだ」と言われても、へえ〜〜そうなんですね! とか言えるほどわたしの頭はおめでたくできていない。 「……悪い人じゃないのはもちろん、分かってますよ。そうじゃなきゃ、鶯丸さんもこんなこと言わないでしょう?」 だからこそ、わたしは大包平さんに一体どれだけ失礼なことをやらかしてしまったんだろうっていう。 鶯丸さんは大きく目を見開いて、それから嬉しそうに微笑んだ。 「……あぁ、そうだな。ふふ、いや、きみには敵わないな。新しい茶を淹れようか。、湯呑みをくれ」 「あ、はい、すみません、お願いします」とか返事してお茶を頂いてる場合ではないんだけれど……大包平さんのことはとりあえず置いておいて、まずは研修生のことをどうにかしなければ……。 ああ……ほんと、やってしまった…………。 あれから、歌仙の指示に応えた何人かの刀剣男士たちによって、たくさんのファイルやらDVD、アルバムが大広間に運び入れられた。その間、大広間は初めの賑やかさがウソみたいに静まり返っていて、啖呵を切っておいてなんだけど、アタシはさっさとここから離れたくてしょうがなかった。けど、今剣の赤い目がじっとアタシから視線を逸らさないので、それを振り切って出ていく勇気なんか出せるはずもなく、結局大人しく座っている。 歌仙が何かのリモコンのスイッチを押すと、審神者の後ろに天井から大きなスクリーンが下りてくる。 そして、「――では、初期刀であるこの僕が、事の始まりを聞かせて差し上げよう」という歌仙のこの一言から、地獄が始まった。 「あれは桜が盛りで、実に雅な日だった。主は僕を選んで、審神者としてこの本丸に着任した。主は僕を顕現させて、名乗りも最後まで聞かずに言ったよ」 ――あぁ、聞こえる。人に、求められる声が。 守るため、戦う力が欲しいという声が。 拓けた視界にまず映ったのは、年若い男だった。なるほど、彼が僕の主か。 「僕は歌仙――」 主は手を上げて僕の言葉を制した。 “主”と呼び、それにふさわしい立派な主君とするのは、初期刀である僕の務めだろう。まず、この無粋さをどうにかすべきだな。 しかし、主の言葉を聞くと、そんなことは頭から飛んでいってしまった。 「いいか、おまえがすることはたった一つだ。ちゃんを守れ」 「……は?」 主の足元で、政府の管狐がキャンキャンと耳障りに騒いでいるが、僕は呆気に取られてしまってそれどころではなかった。 審神者に初めに与えられる刀として選ばれた僕は、この戦いに必要なことの他にも、あらかじめ様々な話を聞いてある。主とする審神者と、僕たち刀剣男士たちとの橋渡しとなるためだ。しかし、主の言うことがさっぱり分からない。一体どういうことだ? 「ちょっと主さま何を言うんですか! こんのすけは何度も説明しましたよね?! 審神者とは歴史を守るんです! 様が大事なのは分かりましたからお役目はちゃんと果たしてもらわないと困りますよっ!!」 こんのすけの言うように、僕も審神者とは歴史を守るものだと聞いている。“”というのはなんだ? 聞いた覚えがまったくないが、この戦いに重要なものなのか? いやしかし、こんのすけの口振りでは、“”というのは審神者の役目には関わりがないものなのか……? 眉を寄せる僕の目から、主は視線を逸らさない。思えば、顕現して目を合わせてから、一瞬たりとも気を散らすことなく、真摯な眼差しで僕を貫いている。 まずは話を聞こうと、僕もまっすぐ見つめ返す。主は一つ頷いて、低い声で言った。 「俺はな、審神者なんてものになる気は一切なかったんだ。でも、聞いたら給料がいい。福利厚生もしっかりしてる。ちゃんに苦労をかけない、幸せにする、これが完璧に叶うから審神者になることにしたんだ」 初期刀ゆえに、審神者レベルだのそれに応じた待遇制度だのも、僕はあらかじめ聞かされている。なので、主の言いたいことを理解することはできた。しかし、それは知識として知ってはいるが、彼の言うことの意味はさっぱり分からない。そもそも“”とはなんなんだ。 「……ちょっと待ってくれ。僕は歴史修正を願う輩を倒せと聞いているんだが、その“”というのは一体――」 「でもな!!!! 俺は講習を受けるうちに気づいた……。なんて甘い考えで審神者になろうとしてたんだって、正直自分に失望した。歴史修正を阻止する、それが俺たちの役目だ」 凛々しく眉を上げた主を見て、管狐がぶんぶんと尻尾を右に左に揺らす。どうやら感動しきっているようだが、何が何だか分からない僕には、その感動の理由も見つけられない。 「あ、主様……! そうですっ、刀剣男士を率いて、この国の歴史を守ることが――」 「歴史修正を許して、俺のちゃんの幸せが脅かされたらどうする? そもそも、ちゃんが生まれてこなかったら? いや、生まれてきたとして、それは俺の妹としてじゃないかもしれない……そんなことが起きる可能性を黙って見過ごせるわけがないだろうがッ!!!!」 “”の正体は分かった。人間――というか、主の妹だと。だが、今それは重要なことか? 僕が知りたいのは……知りたいのはなんだ……? こうなっては、もはや黙って聞いてはいられなかった。 「ちょっと待ってくれ主! 先程から一体何を言っているんだ?! 僕にはさっぱり分からないことばかりだぞ!」 すると、主は極めて冷静な様子で口を開いた。その目は真剣そのものである。 「ちゃんがいるから、俺は俺でいられるんだ。おまえを喚び起こしたのはこの俺だ。けどな、その俺を俺足らしめる存在がちゃんなんだよ。いいか歌仙兼定。おまえがすべきことはたった一つだ。“ちゃんを守れ”」 ……なるほど、彼の目の真摯さの正体は、揺らがぬ信念がそこにあるからこその自信、そして覚悟が宿っているからか。 すると僕はすんなりと合点がいった。人が人として在るためには、己を確固たるものとする信念が必要だということを、僕は知っているからだ。 合点がいけば、僕にも迷うことはない。主に迷いがないのならば、僕も共にその道を行けばいい。そのための初期刀なのだから。 「……主。きみを、きみという存在足らしめる理由――それが、“”なのか」 主はしっかりと頷いて、「そうだ。俺が俺であるために、ちゃんが必要なんだ。ちゃんの幸せこそが俺の幸せだ」と淀みなく答えた。 僕は、人の歴史――つまりは人の命の営みを守るために喚ばれたのだ。だから、僕はその答えにとても満足したし、初期刀である僕の役目も理解した。主となった彼の信念を守り、そして貫くために在ることだ。そして、そういう在り方をしようという覚悟も決まった。 「……僕はきみに喚び起こされた。そのきみが信じ、守るものを僕も守ろう。主、のことを僕に聞かせてくれ」 僕が手を差し出すと、主はきつくこの手を握った。 「もちろんだ。ちゃんのことを知れば、おまえも自分の役目の重大さをより理解できるだろうからな」 咲き誇る桜木に誓いを立てたあの日は、今でも鮮明に思い出すことができる。この本丸の始動は、温かく優しい、実に雅なものであったのだから――。 「――あの日、僕は心に決めたよ。がいつでも笑顔で暮らせるよう、この本丸を盛り立てていくこと……それが僕の使命だとね」 ……何始めるのかと思ったら……何を言ってんの? 何を語ってんの? アタシは何を聞かされたの?!?! 「バカじゃないの?! ただのシスコンでただのバカでしょ?!」 思わず怒鳴ってしまったアタシを余所に、今度は一期が静かに手を挙げた。 ……この状況の意図が分かってしまったので、「主、私からも一つよろしいでしょうか。案内役を任されておきながら、このような事態を招いたのは私の指導不足が原因です。どうか、ここで挽回させていただきたく思います」とか言う一期にイラつくなってのは無理な話でしょどう考えてもッ! っていうか指導不足って何よッ! ここに来てからし指導らしい指導なんかなんもされてないどころか雑用押しつけられて誰より働いてんだけど失礼すぎるでしょコイツ……ッ! 大体アンタがアタシにしたのは洗脳みたいなもんじゃないのよッ!! 審神者が神妙な顔つきで「あぁ、この研修はみっちりやるんだ、二つでも三つでも構わない」とか言うのも余計に腹立ってくるわ……! 一期は恭しく胸に手を当てて、まるで王子様みたいに礼をした。顔は本当に本当に最高レベルだから、サマになるしホンモノの王子様なんじゃないかって思う。だけど実際は頭おかしいし、宝の持ち腐れもいいとこっていうか……ホントひたすら残念すぎてこっちの気が狂いそう。 コイツは一体何を語り出すのかしら……とげんなりするけれど、そんなアタシを気遣ってくれるのなんか一人もいない。……つまり聞くしかない。今剣に見張られてなかったら今すぐにでも飛び出して、すぐパパに連絡してあるコトないコト言いつけてやれるのに……! 「感謝いたします、主殿。それではお話しさせていただきます。……私がこの本丸に顕現された際も、主はたった一言、私にお嬢様をお守りするようにと仰られました。私は正直、あの時確かに戸惑いを覚えました。……ですが――」 ぱぁっと視界が拓けたと同時に、目が合った主は私に一言きっぱり告げた。 「……主、その、“”、というのは一体……?」 「俺の妹だ。世界一かわいい、いや、この世で最もかわいい俺だけの妹だ」 「主の、妹君、」 間髪入れずに答えた主の言葉を、なんとか頭の中でも反芻する。すると、主が真剣な顔つきで「おまえには兄弟が多いらしいな、一期一振」と言った。 「はい、藤四郎は私の弟です」 「それならあれこれ言わずとも分かるだろうが――ちゃんはな、俺が守ってあげなくちゃいけない存在なんだよ。人間なんてな、ちょっとしたことですぐに傷つくんだ。俺はちゃんのお兄ちゃんとして、ちゃんを守る義務がある。俺がおまえたち刀剣男士を喚び起こして戦う理由はたった一つだ。ちゃんの命、これまでの歴史、そして未来を守るためだ。ちゃんのお兄ちゃんとしてな!」 それを聞いて、私の胸は震えた。 「……なるほど、承知致しました。兄たるもの、下を守ってやるのは当然でしょう。主殿のお考えには、私も大いに頷けます。この一期一振、必ずやお嬢様のお力になりますこと、ここに約束申し上げる」 ……なんなの……なんで一期は泣いてんのよ……。 「――あの時、私は深い感銘を受けました。妹君のため、己が身をもって戦う。主のその信念に、私はついていこうと心に決めたのです。……そして……そして、何度、お嬢様にお会いできることを、夢に見たでしょう……。それが叶い、お嬢様は……お嬢様はっ……私のことを、親しみを込めて“一期さん”と……っ!」 乱が一期に箱ティッシュを渡しながら、「もー、泣かないでよいち兄ったら〜。ほら、ティッシュ」と呆れたように言うと、それを受け取って一期はますます泣いた。 「あ、ありがとう、乱……」 …………。 「だっからただのシスコンじゃん!!!! なんなの全員バカなの?!?! バカじゃん!!!! 信じらんないこんなくだらないこと――」 「ふん、くだらんな」 不機嫌そうに表情を歪めて、大包平が立ち上がった。すかさず長谷部が「大包平ッ! ……貴様、余程この俺に圧し折られたいと見える……! 表へ出ろ狼藉者ッ!!」と怒鳴り声を上げた。けど、大包平も同じくらいのボリュームで怒鳴り返す。 「くだらんことをくだらんと言って何が悪いッ! ……と、どいつもこいつも……付き合っていられるか!」 ……もしかして、大包平は惑わされてない……? しめた! そう思ったアタシは、大広間を出ていく大包平の後を追う。もちろん、「アタシももうこんなバカげたことに付き合ってらんない!」という捨て台詞は忘れない。 このチャンスは逃せない……何がなんでも、あの女の思い通りになんかさせないから……ッ!!!! 「はっはっは、若いなぁ。――しかし、やはりあの時、俺が見習いを指導してやるべきであったな。かわいい俺のの話を、たんとしてやった」 何を考えているのだか底知れぬ表情で、三日月宗近が笑う。そこへ現れた鶯丸が、「皆、すまないな。に振られたものだから、あいつも虫の居所が悪いんだ」と言って元の席へとついた。その様子を横目で見ながら、今剣が大儀そうに溜め息を吐く。 「あれもなんぎですね。ひめはおやさしいかたですから、したっているならそうだといえばいいものを」 まあ大包平なら仕方ない、というような苦笑がどこからか聞こえたが、鶴丸国永の「それで? どうする気だ、主」という言葉で、しんと静まり返った。主である男――審神者は、目を吊り上げている。彼は怒りに燃えていた。 「どっちにしろ研修は一月やんなきゃなんねえんだ。俺はあの見習いを立派な審神者にするって決めた。そんでちゃんに褒めてもらう!!!!」 ――そう。かわいい妹であるに、兄として尊敬の眼差しを向けられ、すごいすごいと持て囃してもら予定だったのだ。だというのに、これではが喜んでくれるわけもない。いや、この研修が上手くいったところでが喜ぶのかといえばそれも違うのだが、審神者の中ではそういう図式ができあがっているので、研修をみっちり行い、見習いを立派な審神者に仕立てることがすべてなのだ。 審神者がこの世に不可欠と思っていることは、妹・の幸せただ一つ。そしてこの審神者に顕現された刀剣男士たちも、皆似たり寄ったりな思想の持ち主である。前田が感動しきった様子で「ご立派です、主君! 僕も精一杯お手伝いいたします!」と涙ながらに頷いているのを、隣に座る平野が慰めている。 「大包平はどーすんの?」 加州の言葉に、鶯丸が立ち上がった。 「その件は俺に任せてくれないか、主。あれも言葉が上手くないだけで、を思う気持ちに嘘はない」 審神者は「分かってるよ、あいつはドがつくツンデレだからな。しかもデレの使い方が分かってないタイプだ。おまえに任せる」と言うと、仕方なさそうに肩を竦めた。ひらひらと手を振って送り出す審神者に一礼して、「感謝する」と鶯丸は大広間を後にした。 「大包平! 待って!」 前を行く大包平の腕を、見習いは後ろから強引に掴んで引き止めた。 大包平は眉間に深い皺を刻みながら、「……なんだ、おまえは研修があるだろう、戻れ」と冷たく吐き捨てた。しかし、ようやっと自分の仲間を見つけた見習いは嬉々としている。 「あんなバカらしい話聞く必要ないでしょ? 大包平だってそうじゃない」 鼻を鳴らす見習いをじっと見下ろして、大包平は低く呟いた。 「……バカらしい話か」 「だってってバカの一つ覚えにさぁ、おかしいと思わない? あんなババア――ひっ、あ、あ、」 すぐさま自らの依り代を手元に召喚した大包平は、鋭い切っ先を見習いの首筋に向ける。迷いも狂いもない刃は、生まれてこの方、人から面と向かって怒りを向けられたことのない見習いにとって、人の命を奪える凶器であること以上に恐怖を与えた。引きつった声だけが、震える喉から途切れ途切れに飛び出していく。 「おまえのような女に、あいつの何が分かる」 常なら、近づいてくるその気配に気づいたであろう大包平は、めまいすら覚えそうな怒りに夢中で気づかなかった。そこへ、がひょっこりと顔を出したのだ。タイミングが悪いとはこのことだった。 腰を抜かして座り込み震える見習いと、鬼のような形相で彼女に刀を向ける大包平。がそれを見てどう思うか、誰に聞くまでもない。 「あ、大包平さ――えっ?! 何してるんですか?! ちょっと大丈夫?! えっ?!」 顔を青くして見習いに駆け寄ったは、「あ、あ……」とかわいそうなほどに震える肩を抱き寄せる。 大包平は激昂した。見習いはを悪し様に言って、見下しているのだから。プライドが高く、不器用ながらものことは“守るべき存在”と心得ている大包平にとって、それは許しがたいことだった。 「おいっ何故その女を庇う?! その女はおまえを――」 「女の子に向かってそんなもの向けるなんて何考えてるんですか?! 遊びにしてもやりすぎです! ねえ、大丈夫? 部屋はどこ? お水か何かもらってこようか?」 ぶるぶる震える見習いの背中を擦りながら、なんとも優しい声音で語りかけるに、大包平の目の前はますます真っ赤に染まるようだった。 「っ馬鹿な……! それはおまえが情けをかけてやる相手ではないッ!! どこまで俺をコケにするつもりで――は、」 しかし、冷たく自分を射抜くの瞳に、大包平の怒りは一瞬でなりを潜めた。 はどうにも形容しがたい表情で、「大包平さんにも事情はあるんでしょうし、わたしは構いませんけど……こんな真似する人だとは思ってませんでした。――立てる? 行こう」と言うと、見習いを支えながら大包平に背を向け、そのまま場を離れてしまった。 「っおい! 待て!」 慌ててその後を追おうとした大包平の服の裾が、ぐんと後ろに引っ張られる。舌打ちをしながら振り返ると、乱藤四郎が真面目な顔で立っていた。 「今はやめといたほうがいいよ。ちゃん、結構怒ってる」 それに言葉を返す前に、その後ろから更に加州清光まで出てきた。 「、優しいからね〜。でも大包平ってバカすぎでしょ。猪突猛進すぎ。あんな真似したら怒るに決まってるじゃん。だから俺だって抜刀だけはしなかったんだけど?」と、大包平の手にある刀をじっと見て、それから大げさに溜め息を吐いてみせた。 また怒りを思い出した大包平は、先程よりもよっぽど恐ろしい顔で唸る。 「っ貴様らこそどうかしている……ッ! を悪し様に言った女だぞあれは! いつでもにぴったり寄って遊んでいるくせに、それを許すのか? あいつに対する侮辱だぞ……」 大包平のセリフに眉を吊り上げて、加州は「はァ?」とガンを飛ばした。しかし、すぐさま呆れたように肩を竦めてみせる。加州は冷静だった。 「そんなの許してるわけないじゃん。なんで俺があのドブスを庇ってやんなきゃなんないわけ? あのね、はこの研修やってほしいんだよ。じゃないと、受け入れ先の本丸の主が何言われるか分かんないでしょ」 それに続いて、乱も「思わず本体出したくなっちゃったのは分かるけど、ちゃんの前ではダメだよ。ちゃんはあるじさんが審神者だってこと、知らないんだから」と言って、やっと裾から手を離した。 「……前々から思っていたが、何故隠す必要がある。あいつはこの本丸の姫だ。ここで守られて当然の存在だ。それをあいつ自身が理解していないのが癇に触るんだ。……天下五剣には甘えた態度をとるくせに、俺には――」 若干話が逸れているが、それが大包平の本心だった。 はこの本丸で守られるべき存在である。何せ大将である審神者の妹だ。その家臣にあたる自分にとっては、姫であるは守るべき存在で、それは当然のことだと思っていた。 しかし、当のは当たり前だという顔で“外”で仕事をしている。そのおかげで、本丸には週末しかいない。守られる立場であるが、危険ばかりの“外”で平気な顔をして、人に使われるような仕事に就いているなど、大包平には許せないことばかりであった。 さらに、見た目が幼い姿をしている短刀たちはともかく、天下五剣のクソじじいに迷惑そうな顔をするのに、なんだかんだと奴の無礼とも言える振る舞いを仕方ないとばかりにいつも許す。自分には一定の距離感を保っているのにも関わらず! 天下五剣には世話を焼かれているではないか! 実のところ、今の大包平の怒りには、見習いは添え物程度にしか関わっていない。 大包平が一番腹に据えかねているのは、結局のところが自分には距離を取って世話を焼かせない、そして無礼な見習いに説教の一つでもしてやろうとしていたのに、どうしてか己を“そんなもの”とまで言われた。しかし、一番堪えたのはあの目だ。自分にはがっかりした、失望した。そのように見えたからだ。 なぜは俺には甘えない! 俺はおまえを守ってやるべく喚ばれたというのに! 大包平の根本には実はこうした思いがあったので、今はその感情に火がついてしまった状態である。のための行動が、罰すべき女のせいで無になったどころか、マイナスに加点されてしまったからだ。言いたいことは分かるが、本題とは微妙にズレてきている。しかし、本人はそのことに気づいていない。 怒りに燃えつつも、どうにも処理しきれない感情に黙り込む大包平を見つめていた加州は、なんてことはないと言った調子で口を開いた。 「隠してるわけじゃないよ。この戦争のことは国家レベルで秘匿されてるけど、審神者に選ばれた者の三親等まで知る権利あるから、が知っても問題ナシ。でも、わざわざ話す必要もないでしょ。平和そうでも俺たち戦争やってんだよ? にそんなこと言ったら心配するに決まってんじゃん。だから、には一から十まで説明する気ないだけ。っていうか今はそうじゃなくて。アンタ、ヤキモチもいいけどさぁ、その矛先が――」 「のことを、くだらないと言った。下に見る発言をしたんだあの女は」 そしてそのせいで、俺はにあんな目で見られた。の名誉を守ろうとした行動だったというのに、それをから咎められるなどとどうして想像できた? 今までまともに会話できたこともなかったが、それが叶ったというのに結果はどうだ。大包平の怒りは、まだまだ燻っている。 しかし、これを聞いた加州、乱も目の色を変えた。二人はを姉のように慕いつつ、彼女よりも年長者としてかわいがってもいるのだから。付喪神から見れば、はまだまだ小さなかわいい女の子である。 「……へー。生意気なこと言うね。どうする? 乱」 「えー? そんなの決まってるよね。――泣いて謝っても許してあげないよ」 目を光らせた二人は、廊下から庭先へ身軽に下りた。 「おーし、とりあえず裏庭に呼び出すか〜」と言って腕のストレッチを始めた加州に、大包平が「お、おい、何をする気だ?」と戸惑った声をかける。加州は間髪入れずに答えた。 「え? 気合い入れてやるだけだけど?」 「え? 焼き入れるんじゃないの?」 なんの不純物もない目が四つ、大包平を見つめた。血の気の多い新撰組の刀はともかく、見た目(だけ)は愛らしい女子のような乱から“焼きを入れる”など……。 大包平はサッと顔を青くする。 「やっ、やめろっ! が怖がる!!」 青い顔の大包平を軽く笑って、「ジョーダンに決まってんじゃん」と加州はいたずらっぽくウィンクをしてみせた。しかし、その後に「っていうかだから抜刀なんかしちゃダメなんだって。そもそもあんなドブスに割いてやる時間なんかないしねー」と言った表情には感情の色すらもない。相当にブチギレていると見てよさそうである。 それをまぁまぁと落ち着かせながら、乱がにこっと愛らしく笑った。 「それよりちゃんのご機嫌を直してあげることが大事でしょ? で、それはボクたちに任せてくれればいいから、大包平さんはなんて謝るか考えておいたら?」 ハッとした大包平だったが、だからといって何をすべきなのか皆目見当がつかないのだ。彼がしたことは、を守ってやりたいがための行動だった。アレがだめなら、じゃあ一体何をしてやればよかったのだと。 「お、俺はただ……」 どんどん俯いていく大包平を横目で見ながら、加州は「ま、鶯丸がその辺は解決してくれるっしょ。とりあえず、俺と乱での様子見てくるから心配しないでよ」と言って、の自室へと向かうようだ。 「そうそう、こういう時はボクと加州さんが適任だから」とその後を追いかける乱と二振りで。つまり、今このタイミングでは、大包平がと話をする機会は与えられないということである。 「……勝手にしろ!」 大包平はドスドスと乱暴に板張りを踏みつけ、加州たちとは反対に去っていった。ちらっとその様子を振り返った加州は、「あーあ、拗ねちゃってまぁ……」と言いつつ笑っている。 「あるじさんの言う通り、あの人ってばツンデレだからしょうがないよ。それよりっ、早くちゃんのところ行こっ! あの女、ちゃんに泣きついてるかも」 唇を尖らせるご機嫌ななめな乱の肩を軽く叩いて、加州も言った。 「あのドブス気に入らないのは、みんな同じだしね」 ――つまり、やはりこの二振りも十二分すぎるほどにブチギレているのであった。 まだ青い顔をしている研修生に、わたしは「……大丈夫? 少しは落ち着いた?」と声をかけつつ、初日からトラブルばかりで本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである……。大包平さんがあんなことをした理由は、二人の間に何があったのか分からない以上、口出しすべきことではないとは思うものの……女の子相手に、いくら本物ではないにしたって刀を向けるなんて、どんな理由があれども良いこと、許されることと言えないのは確かだろうと思うのだ。 ――とは言え、研修生に嫌な思いをさせてしまったわたしが、大包平さんにとやかく言うのも違うよね……。それにしても何があんなに大包平さんを怒らせてしまったんだろう……? そんなことを考えながら、小さく震える研修生に水を差し出す。彼女はか細い声で「っは、はい、」と答えて、ゆっくりとコップを受け取った。 ……まぁどういう事情があって、どんなことが二人の間にあったにせよ、彼女の研修は一ヶ月もあるし、その間は同じ屋根の下で生活するわけである。研修生にとっても大包平さんにとっても、気まずい思いは早いうちに解消することは絶対に必要なことだ。 わたしは意を決して、言葉を選びつつ口を開いた。大包平さんの事情については、詳しくは知らないけれど……嫌われてしまっているらしいわたしには、少し心当たりがあるのだ。 「……あの人も悪い人じゃないんだけど……多分ね、女性恐怖症とか、そういうのだと思うの」 わたしは研修生がショックを受けないように、大包平さんのことも考えつつそう言ったわけだけれど、これを聞くと彼女は「……は?」と口をぽかんをさせた。うん、突然こんなこと言われても困るに決まってるよね……。でも、大包平さんも根が悪い人ではないので、少なくとも同性であるわたしのほうからそれとなく研修生に話しておくことは、二人の今後の関係性にもいいのではないかと思ったわけで。 「わたしも大包平さんにはあんまり良く思われてないみたいで……。でも他の人とはそれなりに上手く付き合ってるみたいだし……あなたとの間に何があったかは知らないけど、あの人にも何かしら事情があるんだと思う。でも、だからって大包平さんがしたことは、びっくりしちゃったよね。後でお兄ちゃんに、よく言ってもらおう」 研修生はなんとも言えない表情でわたしを見つめると、「……大包平は、アンタのこと――」と何事か言いかけたのだが、そのタイミングで「ちゃーんっ!」と明るい声がして、部屋の障子戸がスッパーン! と開けられた。 「あっ、乱ちゃん、」 にこにこ愛らしい笑顔を浮かべる乱ちゃんの後ろから、御膳を持った清光くんが顔を出す。 「俺もいるんだけどー? 、お腹空いたでしょ。ご飯持ってきた」 そう言って二人して部屋の中へ入ってくると、清光くんがわたしのすぐそばに御膳を置いた。 「えっ、あ〜! わざわざごめんね、ありがとう。……あなたはご飯、ちゃんと食べれたの? わたし後で自分でお台所行くから、これ食べる?」 俯く研修生に声をかけると、清光くんが不機嫌そうに「これはに持ってきたんだからが食べてよね。あ、あと宗三から。万事屋のどら焼きだって」と言って乱ちゃんに視線をやると、乱ちゃんが紙袋から白い菓子箱とかわいい小箱を取り出した。 「これが宗三さんのどら焼き。あと、三日月さんからもあるよ! マカロン! でも、燭台切さんがプリンアラモード作ってあるから、後で厨においでって言ってたよ」 …………あの人たちはわたしのことを太らせるのが目的なのかな……? 渡された箱をそれぞれそっと開けてみると、ううっ、おいしそう……。光忠さんお手製のプリンアラモードだって、とんでもない誘惑である。 「わー、すごい、このマカロンこの間テレビで見た……いつも申し訳ないなぁ……。どら焼きもおいしそう。光忠さんのデザートは、後でもらいに行くよ」 へらっとだらしない笑顔を浮かべてしまったが、すぐにその表情は引っ込んだ。清光くんが仁王立ちで研修生の前に立ったからだ。しかもこのお顔はとっても怒っている時の顔である……。 「で、あんたさ、もうちょい自分の立場ってやつ考えれないの?」 「え゛っ清光く――」 咄嗟に口を挟みそうになったのだけれど、それを真面目な顔をした乱ちゃんに遮られてしまう。 「ちゃん、この人はあるじさんに教えてもらう立場なんだよ。遊びに来てるわけじゃないんだから、本丸の鉄則を守らないのはルール違反でしょ? ボクたちはセンパイだから、そういうことはちゃんと指導しなくちゃ」 見たことのない迫力ある顔をしている乱ちゃんにちょっとたじろぎつつ――鉄則……と思う。ちょいちょい聞く言葉である。ただ、わたしはこの“鉄則”を知らないし、聞いても誰も教えてくれない。 「う、うん……」と一度は乱ちゃんに押されてしまったものの、わたしはなんとか「えっその本丸の鉄則って何? 前から思ってたけどわたしそれ知らない……」と震える声で言い切った。研修生のついでにわたしも教えてもらえないかな……というわけである。 けれど、清光くんが「がこの本丸ですることは、仕事の疲れを癒すことだからいーの」とバッサリ切ってしまった……いやなんで……? “鉄則”なんだから、絶対わたしもそれに従わなくちゃいけないよね……? 特別待遇が過ぎると、それはもう一種の差別なんだよ……? 「いやそういうわけには――」 「とにかくさ、大包平さんが怒った理由、あなたは自分で分かってるよね? ならどうすればいいのかも分かるでしょ」 「……だって、おかしいじゃない! なんでこんな女が――っ!」 急に研修生に指を差されたので、思わず声を出してしまいそうになったのだけれど、ほのぼのと笑顔を浮かべた人の登場によってそれは叶わなかった。 「ふぅん、“こんな女”かぁ。あはは、見習いのくせに、大した口を利くんだねえ、きみ」 「髭切さ――」 髭切さんの後ろから、いたく真面目な顔をしたいまつるちゃんが顔を出す。その隣には膝丸さんまでも…………え? わたしが思ってたよりもずっと大事になってやしないかなこれは……え???? 「ひめ、ここでみならいのはつげんをゆるせば、ほんまるのちつじょがみだれます。ひめがおやさしいのは、もちろんぼくたちもしょうちです。ですが……だからこそ、ぼくたちはゆるせないんです」 これに反応する前に、髭切さんが「僕、言ったよね? 鬼は必要ないって」と……。……セリフと表情が噛み合ってないぞ……。お、鬼とは……? 「兄者、姫もいるのだぞ」 膝丸さんが髭切さんに意見するなんて珍しいな……なんて呑気なことを思える状況じゃないけれど、この人は髭切さんに関することは基本的になんでもイエスマンだから……。 ……こんな大層な感じになっちゃってると、いくら自分も関わっている――しかも悪い方向に――としても、大変口を挟みにくい状況である……。 そうしてわたしが躊躇っているうちに、髭切さんがにこりととびっきりの笑顔を浮かべた。 「姫、少し外へ出ておいで」 「え、」 膝丸さんが厳しい顔つきで、「姫、兄者の言うことを聞いてくれ。……これでも抑えているんだ」なんて言うので――。 「や、じじいが来たぞ。あぁ、飯も食わずにいたのか? ほれ、じじいが面倒を見てやろうな。行くぞ」 ……これはタイミングが良いのか悪いのかとても悩むところである……。いやどっちにしろ三日月さんマイペースすぎないかな???? 「えっ、いや、」 だ、誰か……と思わずきょろきょろしてしまったわたしに、清光くんが「大丈夫、俺と乱も残るから。やりすぎそうなら止めるから安心してよ」とクールな調子で言う。……うん? 「や、やりすぎそうならって、相手はまだ高校生なんだから、そんな――」 「はっはっはっ、は優しい子だなあ。俺は嬉しいぞ。さあ、三条の居間へ行こうな」 …………。 「えっえっえ〜……!」 |