なんでよ! こんな……こんなはずじゃなかったのに!! どうしてこのアタシがこんな惨めな思いしなくちゃなんないの?!?!

 立派な審神者になるために、戦績が優秀な本丸で研修を受けることになった。私はここで一生懸命頑張って――なーんて、そんなコトあるわけないじゃん! なんのために“優秀な”本丸を選んだと思ってんの? 楽するため以外に理由なんかある?
 そもそも、アタシが審神者になりたい理由だって“歴史を守る”とか“国のため”とかっていうのじゃない。いや、アタシが生まれる前のことなんか知ったこっちゃないし、国のためとかもっと知ったこっちゃないわ〜っていう。そういう理想? 自分がこの国を守る〜! みたいなアホ丸出しの看板掲げちゃってるバカが、審神者学校にもいたけどさ、それをしてどうすんの? って思うじゃん。審神者なんか他にもいるんだから、アンタがそんな理想語っちゃう必要ないでしょっていう。でも、そういう理想に燃えちゃってるバカじゃなくても、審神者になる旨みっていうのはあるわけ。もちろん、自分の中だけの正義感振りかざすような、あやふやな目的なんかじゃない。

 「ようこそおいで下さいました、見習い殿。私は一期一振。主よりあなたの案内役を任されました。どうぞよろしくお願い申し上げる」

 これ! これよこれ! 資料と政府機関の見学でチラッとしか見たことなかったけど、やっぱり近くで見たらもっとすごい! 刀剣男士のこのイケメン度!
 審神者になれば、高給とか名誉とか、理想うんぬんなんかよりずっと価値のあるものがたくさん手に入る。アタシの目的は、イイ男揃いの刀剣男士たちの中で、“お姫様”になること! 歴史を守るとかそういうのは他のバカに精々頑張ってもらうとして、アタシはイケメンたちにチヤホヤされる生活をエンジョイする。審神者なんて、霊力で刀剣を人型に顕現できるってだけでいい。アタシにはその才能がある。フツーの人間にはそれができないけど、アタシにはできる。それに、審神者には必要不可欠なその霊力は豊潤で、しかも純度だって高い。求められてる才能の持ち主で、刀剣男士の顕現を可能にしてあげるんだから、そのくらいの権利は与えられて当然でしょ。
 まぁそういうわけで、アタシが審神者になれるのはまず間違いないけど――それだけじゃあ、ね。
 審神者になりたいって言った時、パパもママも大喜びだったし、そのおかげでパパのコネを使って研修先を優先的に選べた。そうして選んだこの本丸は、アタシにふさわしい完璧な本丸だ。あぁ、これからがすっごく楽しみ。自然と笑顔になった。

 「こちらこそよろしくお願いします。……一期さん、優秀なんですね、案内役だなんて」

 こてんと首を傾げて、上目遣いに一期を見つめる。一期は照れくさそうに笑った。
 ふふふ、そうそう、そういう反応が正解よ。だって、この研修が終われば――アナタの主は、このアタシになるんだから。

 「ははは、そんなことは。本日の近侍じゃんけんに負けてしまいましたので、私など……」

 ……じゃんけん……? 近侍は審神者のサポートをするから、自分と相性のいい刀剣はもちろん、弱点を補ってくれるような刀剣を選ぶ人もいるし、コミュニケーションのために全員で回してるところもあるって習ったけど…………じゃんけんなんて聞いたことない。まぁいいや、一期は近侍になりたいみたいだし、そこをつついてやろう。

 「じゃ、じゃんけんで近侍を決めてるんですか……。――それってヒドイ話ですね。私なら、そんな適当なことしないのに」

 「……はい、全くです……」

 すると、一期は思いつめたような溜め息を吐いた。表情は暗い。
 大丈夫よ、そんな顔しなくてもアタシなら、一期をずっと近侍にしてあげたっていいの。だからこの研修が終わるまでに、アタシを主にしたいって言う準備を「お嬢様が本丸で過ごされるようになって、なんと喜ばしいことかと思っております。ですが、それからは時間の都合や公平性を考慮した結果、近侍のみが主よりお嬢様のお話を聞くことができるということに……。こんな惨い話があっていいはずがありません……。本日の近侍は髭切殿……先日はお嬢様とお茶をしておられたというのに、まったくこの世は不条理ですな……」……なんか、学校で習った一期一振と……なんか、違う。っていうか、“お嬢様”ってなにそれ、誰のこと? ここの本丸の主は男だって聞いてるし、部外者が本丸に出入りできるわけないんだけど、どういうことなわけ?
 一期の表情をじっと窺っていると、彼はハッとして首を左右に振った。

 「あぁ、申し訳ありません。私事ですので、どうかお気になさらず。では、早々に案内を済ませましょう。お嬢様がお帰りになる頃には、私も忙しくなりますので」

 この本丸にいる人間は、主である審神者だけのはず。……アタシのジャマになるような存在がそう何人もいられちゃ困る。
 少し不安そうな顔を作って、遠慮がちな調子で口を開いた。

 「……あの、“お嬢様”って? ……この本丸の主は、男の人だって聞いてますけど……」

 一期は溶けるような甘い微笑みを浮かべて、「はい。お嬢様は主の妹君にございます」と優しい声音で答えた。
 ああっ! 資料で見た通り! 一期って王子様みたい! 近侍になりたいみたいだし、まず最初の近侍は一期にしようかなあ……。アタシの望むようにお姫様扱いしてくれそうだし!
 ……それにしても、ここの審神者の妹ねぇ……。本丸への出入りを許されてるってことは、まだ小さい子なのかしら? ま、その妹がどんなガキでもアタシには関係ないけど。でも、チビがウロチョロしてるっていうのも、場合によってはジャマになるかもしれないなぁ……。
 じっと視線が注がれていることに気づいて慌てて一期を見ると、にこりと笑って――うん、やっぱりアタシの最初の近侍は一期に決まりね!

 「さぁ、それではまずは本丸内を一通りご案内致します。それが済みましたら、この本丸での過ごし方について資料をお渡ししますので、その確認を。よろしいですかな?」

 「はいっ、お願いします、一期さん」




 「滞在中はこの離れをお使い下さい。何か用向きがある際には、遠慮なく母屋へ」

 一期に連れられて本丸を一周して、詳しく話をすると部屋へ通された。
 本丸内を回っている途中で他の刀剣男士にも会ったけど、特に声をかけられることはなかった。……せっかくこの本丸を選んであげたのに、声もかけてこないなんて礼儀知らず。まぁ挨拶もまだだし、全員に紹介してもらってから仲良くなっていけばいい話よね。少しずつ、じっくり関わっていくほうがオトしやすいし。

 「さて、それでは駆け足になりますが、この本丸での過ごし方について詳しくご説明致します。どうぞ」

 そう言って一期が渡してきた冊子は辞書くらい分厚くて……たかだか一ヶ月の滞在なのに、過ごし方をあれこれ口出しされなきゃいけないわけ?
 困ったような、不安でいっぱいっていう感じの情けない表情で、アタシは震えた声を出した。ふふ、守ってあげたくなっちゃうでしょ?

 「す、すごい分厚いんですね……。……私、覚えられるか不安だな……」

 一期は笑った。柔らかい金色の瞳が、きらっと光ったように見えた。

 「ははは、この本丸に滞在するのであれば、これらは守っていただかねば困ります。それではまず一項目から参りますぞ。そろそろお嬢様がお戻りになる時間ですので、お出迎えの準備をせねばならんのです」

 笑顔で頷きはしてみせたけど……なぁんか釈然としない。審神者の妹だからって優先する理由にはならないでしょ。もっとアタシを尊重してくれないと、そんなんじゃかわいがってあげる気もなくなりそうなんだけど? と思いながらも、今の“私”はお淑やかで守ってあげたくなるようなかわいい女の子だから、しおらしく「よろしくお願いします」と頭を下げてあげた。
 一期は冊子のページをめくると、落ち着いた優しい声で音読した。

 「その一、“様がこの本丸でお過ごしになる週末は、何をおいても様を優先すること”。はい、復唱して下さい」

 …………はァ? 今……今、なんて言った?

 「はぁ?!」

 思わず声を上げたアタシに、一期は鋭い声を飛ばしてくる。

 「復唱して下さい。そして頭に叩き込んでいただきたい。私も暇ではありません、お早く」

 っていうか“”って子がここの審神者の妹なのは聞いたけど、それはどういうことなわけ?! お出迎えなんてのもおかしいけど、なんでただのチビが主の妹だからって――主を優先するなら分かるけど、その妹を優先? どう考えたってそんなのおかしい!!

 「こんなのおかしいでしょ?! 主ならともかく、その妹ってだけでそんな――」

 一期は一切表情を変えることなく、しかも「時間がもったいないので次に参ります」とまで言って話を続ける。

 「その二、“近侍は日替わりとし、朝礼の際にじゃんけんで決定すること。なお、前日の近侍は原則不参加。近侍のみが十五時から、主より様のお話を拝聴、お写真等のご成長の記録を拝見させていただく。また、この“ちゃん成長の歩みを振り返る会”は金曜のみ様がご帰還するまでとし、それまでにアルバム、DVD等の資料は片付けること”」

 はァ……? はァ?! 意味分かんない意味分かんない! 主から妹の話をってことは、妹がどうだああだって話を聞くってことでしょ? それで写真を拝見? 拝見?! 何よそれ、なんなのよ! いや、そんなことより仕事は? 審神者がこなすはずのノルマは? それをこなせないと、資源の配給に影響が出るからしっかりこなすようにってアタシは習った! なのに、それじゃあ妹のことばっかりで仕事のスケジュールが管理されてるようには思えない!

 「ちょっと待ってよ何よそれ、仕事はいつするって言うの?!」

 わたしの言葉に一期はしゅんと眉を下げて、深い溜め息を吐いた。

 「残念ながらお嬢様が本丸へとお帰りになるのは、毎週金曜の夜。ご滞在は日曜の夕方までとなっておりますので、任務や書類仕事等はお嬢様が本丸を空けておられる間に済ませます。なお、その際のサポートも近侍が行います」

 ……さっきから一期は何を言ってんの……? アタシは審神者になるための研修に来たはずでしょ……? 今はその“研修”のための滞在中の過ごし方について話してんじゃないの? ……意味分かんないこんなのおかしい!!!! だって――。

 「それじゃあ仕事のサポートのほうがついでみたいじゃない! 近侍って審神者の仕事のサポートが役目でしょ?!」

 「我らが主殿は大変優秀な方でいらっしゃいます。日々の執務もお嬢様の安寧のためですので、よく励んでおられますよ」

 そんなこと聞いてるんじゃなくて! っていうかまた“”! チビの安寧のためって意味分かんない! 保育園だか幼稚園だかでのんきに遊んでりゃ充分でしょ?! そもそも本丸は時間遡行軍との戦いの拠点なんだから、部外者だってことを抜きに考えてもチビなんか連れてきたらダメに決まってんじゃない!!!! ここの審神者は何考えてるわけ?!
 でも好印象を与えておきたいし、そんなこと言えるわけもないから叫びたいのを必死に我慢して拳を握る。
 一期は大真面目な顔で続けた。

 「ですが先程申し上げました通り、この本丸で過ごすにあたっては定められた本丸の鉄則を厳守することが決まりであり、それは主も同様。つまり、主であれどお嬢様が本丸にお帰りの間は“何をおいても様を優先すること”が求められますので、執務はお嬢様の留守中に済ませねばならんのです。さて、それでは本丸の鉄則その三に参りますぞ」

 ……ちょっと待ってよマジでおかしい! 仮にそのチビを本丸に出入りさせるにはなんか理由があるとしても、ここの主は審神者なんだからやるべきことなんて山ほどあるでしょ? なのになんで仕事じゃなくて妹を優先?! ここの審神者はどういうつもりで審神者やってんのよ!!!!

 「そんなのおかしい! 審神者の役目は歴史を守ることでしょ?! そんな遊び半分みたいな気持ちで――」

 「今なんと仰られましたかな?」

 「は?」

 「遊び半分、と仰られたのですか?」

 一期の瞳がすぅっと細まった。まっすぐにアタシに向ける視線は、まるで体を刺すような鋭さだ。
 喉の奥を震わせながら、アタシは言葉を絞り出した。

 「っだ、だってそうじゃない! お嬢様お嬢様って、なんのために戦ってるのよ!」

 一期は何の疑問も持った様子なく――いや、むしろそれが当然っていうような顔で、「お嬢様の健全で安全、そして幸せな生活のためですが」と抑揚なく答えた。……ちょっと待ってどういうことよそんなバカな話が「それは今からご説明します本丸の鉄則その三で詳しく解説致します。質問は結構ですが先にお伝えしたように私も暇ではありませんので、最後にまとめてお願い致します」……あるわけないでしょって思ったけど……表情を見る限り、一期は本気でそう思ってる……。……どういうことなの? この本丸、何から何まで――ううん、審神者の妹だっていう“”のことに関しておかしい。
 この本丸は戦績優秀の証書を何度も政府からもらってる、超エリート本丸だって聞いてる。だから研修先にここを選んだ。なのに、こんなのっておかしい。絶対、絶対何かあるに決まってる。……でも、それって一体何……?
 唇を噛み締めて俯きながら、アタシは懸命に頭を働かせていたけど、一期は話を止めやしない。バカみたいに分厚い冊子――もうこの際“辞書”でいいこんなもの――のページをめくった。

 「それでは本丸の鉄則その三、“様のお心の安寧を第一とし、その平穏を脅かすものすべてからお守りすること”。ですから、お嬢様がこの世に生を授かり、今日まで歩んでこられた歴史を守ることが我々の為すべきことの一つ。お嬢様がこの先も健やかに生を全うできるよう、我々は日々戦っておるのです。審神者とは歴史を守る者――すなわち、我が主はお嬢様のお命そのものをお守りするお役目を負っているのです。そしてその審神者に仕える我々、刀剣男士たちもまた、お嬢様のお命はもちろんのこと、お嬢様に関するすべてをお守りすることが使命。お嬢様の大変繊細でお優しい心をお守りすることも重要というわけですな」

 誇らしげな表情を浮かべる完璧な作りの顔はうっとりするほどキレイだけど、このクソ辞書でブン殴ってやりたい!!!! 審神者の仕事なんだと思ってんの?! 刀剣男士の役目をなんだと思ってんの?!?! どの審神者も刀剣男士も、この国の歴史のために戦ってるっていうのに……!

 「そんな個人的な感情で戦ってるって言うの?! っそんなの間違ってる!!!!」

 一期はすぐに辞書に視線を落として、アタシのことはちらりとも見ずにまたページをめくった。

 「見習い殿、時間が迫っておりますので次に参ります。本丸の鉄則は以上の三つとなりますが、これらに付随した規則もあります。抜け駆け等の規律を乱す行為が横行しないよう、公平性を考えて定められし三つの鉄則は徹底すべきですが、これらをどう守っていくべきかという実際の行動として補足したものです。まず鉄則その一に関するものとしては、お嬢様がお困りの際はもちろん、ご退屈されぬよう常々注意を払い、お嬢様の健やかなお心のため――」

 ……なんなの……なんなのよどうなってるのよ意味分かんない!!!!




 「――最後になりますが、鉄則その三に新しく加わった規則、“様のお帰りが二十二時を過ぎる際には、出陣、内番の担当ではないものから三名を選出し、様をお迎えにあがること。内訳は一名が周囲の警戒、一名がお荷物係、一名が本丸到着までの連絡係とする。なお、このお迎えの任は公平を期すべく、じゃんけんで決定する”というのが先日新たに加わりました。ですから、このじゃんけんが行われる際にはこんのすけを使いにやりますので、母屋への立ち入りは控えていただきますようお願い申し上げる。――さて、この本丸で過ごす間に守っていただく最低限の基本事項は以上です。これより主へのご挨拶に参りますが、本丸の三つの鉄則は覚えられましたかな?」

 ……コイツ、何を言ってんの……? ……覚えるも何も、あのクソ辞書全部の解説されるまでどれだけの時間アタシが正座してたと思ってんの? 音読も暗唱できるまで死ぬほどやらせたくせに何言ってんの?!

 「さすがに何千回と繰り返されれば覚えるわよ!!!! もうさっさと案内してよっ!!!!」

 この部屋に入ってからどのくらいの時間こうしてたんだか分かんないけど、知りたくもない。知ったらそれだけの時間を無駄にしたってどんだけ後悔すればいいんだか分かったもんじゃない!!!!
 怒りで声を震わせるアタシのことなんてちっとも気にした様子なく、一期は「よろしい。それでは確認ですが、本丸の鉄則その一は?」と…………。

 「“様がこの本丸でお過ごしになる週末は、何をおいても様を優先すること”!!!!」
 「結構。では参りましょう」

 ……なんなの! なんなのよこの本丸は!! 成績がすごく優秀で、刀剣男士たちの忠誠心も高い安定した本丸だってパパが言うからこの本丸を選んだのに!!!! この本丸ならアタシにふさわしいと思ったから選んでやったのに!!!! 通いでもいいのに、なんでわざわざ住み込み研修にしたと思ってんの?! 一ヶ月の研修期間中にうまく乗っ取ってやろうと思ってたのに、こんな頭おかしい本丸だなんて聞いてないッ!!!! 何が“優秀”よ、どこが“忠誠心が高い”よッ!!!! こんな頭おかしい刀剣男士なんか欲しくないッ!!!!
 大体、黙って聞いてりゃ“”ってとっくに成人したババアじゃんッ! チビだと思ったから、なんかの理由で刀剣たちが世話でもしてあげてるんだと思ってたのにババア! そんな女がどういうつもりで本丸に出入りしてるっていうのよ……。審神者の妹だってだけで、なんでその女が――。
 ……そうだ、おかしい。審神者の妹ってだけで、刀剣男士がこんなおかしくなるほど盲目になるはずない。……分かった。その女もアタシと一緒なんだ。この本丸を乗っ取ろうとしてるんだ……! どんな方法なんだかは分からないけど、随分うまくやったもんだわ。……でも、アタシが来たからにはそうはさせない。この本丸はアタシのものにする。そのつもりでここを選んだんだから、この望みは絶対叶えてやる。そのためには、女のしてることを絶対に暴いて――引きずり落とす……。アタシのジャマはさせない。何があっても、絶対に。


 アタシの先を歩いていた一期が、ある部屋の前で足を止めた。その場に膝をついて、外から「主、一期一振にございます。一通り終えましたので、ご挨拶に参りました」と声をかける。

 「おう、一期一振か。入っていいぞ」

 中からそう声が聞こえると、一期はそっと障子を引いた。

 「失礼致します。見習い殿、こちらがこの本丸の主殿にございます」

 思わず黄色い声を上げそうになって、慌ててそれを飲み込んだ。それから、緊張してますという上擦った声で「は、はじめまして、今日からお世話になります……っ!」と言って頭を下げる。
 やだ、妹なんかに本丸を乗っ取られそうになってるんだからどんなキモイやつかと思ったら……結構イケメンじゃない! まぁ刀剣男士には及ばないけど、悪くはな「俺の評価を下げるような成績だけは残すなよ。せっかくちゃんが『研修の請け負いやるんだって? やっぱりすごいね、お兄ちゃん』って言ってくれたからには完璧にやり遂げる以外にないからな。きみも心して研修に臨むように」…………はァ?!

 「主、続きは? もうそろそろ姫が帰ってくるんだから、もったいぶらないで話してよ」

 ふわりと柔らかい微笑みを浮かべた――確か、髭切だ。髭切が見ているのは古いアルバムで……幼稚園か保育園だかの制服を着た女の子が、地べたに座り込んで泣いている写真……お遊戯会らしい写真、運動会、誕生日……どれも同じ女の子ばかりが写っている。
 ……髭切もいるんだこの本丸、やっぱりいいなぁ――なんてことより、みんな洗脳されてるってことにバレないように歯ぎしりをした。
 “姫”? お姫様になるのはこのアタシなのに、なんでババアが“姫”なんて呼ばれてんのよ……。どんな方法を使ってるにしろ、そんなのズルイ。アタシの本丸になるのに、アタシの刀剣男士に“姫”なんて呼ばせてるなんて絶対許さない……ッ!

 「あぁ、ちゃんは恥ずかしがり屋さんだからな、見つかったらまた怒られちゃうもんな。まぁそんなとこもかわいい」

 っていうか本丸を妹に乗っ取られそうになってるっていうのに、ここの主であるはずの審神者がデレデレだらしなく笑ってるのが気持ち悪い。……まさか、自分の兄にまでなんかしてるってわけ……? 実物を見てみなくちゃ、“”って女がどんな女なんだかなんて分かんないけど……よっぽどの能力者かなんかじゃないの……? この審神者だって天才だって聞いてるし……。
 緊張で震える手をぎゅっと握りしめる。審神者がアルバムをぺらりとめくった。

 「とりあえず髭切、まずこの写真を見てくれ」

 ……はっ?! アタシのこと放置するわけ?! 今日から一ヶ月ここで研修するって聞いてるでしょ?! それに今一期からも紹介されたでしょ?! っていうかそもそも研修の話を打診されてアンタが受けたからアタシがここにいるんだから知らないわけないよね何考えてんの?!

 「話の続きなんだけどな、あの後、ちゃんが泣いちゃったから俺が――」
 「主、失礼ですが、見習い殿を放っておかれては困ります」

 一期の言葉に、アタシは胸がいっぱいになった。ふふふ、アタシの最初の近侍は一期だもん、そうそう、今からアタシに尽くしておくのが得策よ。よく分かんない術から救ってあげたら、アタシを“お嬢様”って呼ぶこと許してあげる。 

「い、一期さ――」


 うるっとさせた瞳で、一期を上目遣いに見上げ――ちょっとなんでこっち見ないわけ?!
 一期はきりりとした顔つきで、「私は本日のお嬢様のお茶の準備がありますので、もう下がらせていただきたい」と固い声で言った。それから難しそうに眉を寄せて、溜め息を吐く。

 「英国から取り寄せた品が、やっと届いたのです。お嬢様が飲むに値する品かどうか、まず確認せねばなりませんから、この後は別のものにお任せ下さい。茶菓子も、宗三殿が取り寄せた現世で話題となっているパティスリーのミルフィーユか、三日月殿が取り寄せたショコラトリーのボンボンで決めかねておるのです……」

 ……な、何よそれ……お茶? それもわざわざ取り寄せたって? “”のために? ……至れり尽くせりしてもらってんじゃないわよッ!! そういうもてなしはアタシが受けるべきことでしょ?! 研修初日なんだから、歓迎会の一つでもやってくれるわけでしょ?! なのになんでババアのお茶なんかにそんな手間かけんのよッ! アタシに出したお茶はなんだったわけ? ただの緑茶だった気がするんだけど?!?!
 わなわなと震える体を押さえつけて、なんとか怒りを抑えてるっていうのに、審神者がバカ丸出しのアホ抜かすからいよいよ爆発しそう!!!! どうなってんのよッ!!!!

 「おいお茶菓子はちゃんがひそかに楽しみにしてるんだぞッ?! 『おいしいものばっかりでうれしいなぁ〜』って今剣とににこにこしてたんだぞッ?!?! あとのことは……そうだな、膝丸に任せるッ! おまえは早く準備してこいッ!!!!」

 揃いも揃ってバカばっか! ……でも、これだけの影響力を与えられるってことは、“”って女……あんまり軽く見ちゃいられない……。どうにか立場を入れ替わるか、“”を追い詰めてやるか……どっちが確実な方法だろう……。
 アタシが真剣にこれからの作戦を考えている間も、洗脳されきってる審神者と一期のおかしい会話は続く。

 「はい、今回も必ずご満足いただけるよう最善を尽くしましょう。膝丸殿には私が直接引き継ぎをしておきます」

 「バカ言えッ!!!! そんなことしてるうちにちゃんが帰ってきたらどうするんだッ!!!! 本丸の鉄則その一を忘れるな!!!! おい見習いッ!!!!」

 ハイハイまた出たよ本丸の鉄則! バカらしいのなんのって――。

 「えっ」

 は、え、あ、アタシ?
 審神者はものすごい剣幕で「おまえが膝丸呼んでこい!!!!」と耳をつんざくような大声を出した。意味分かんない! なんでそうなるわけ?! アタシはここに研修に来た見習いでパシリなんかじゃないし、最終的にはここの主になるんだけど?!

 「はっ?! な、なんでアタシがそんなこと――」
 「見習い殿、本丸の鉄則は厳守とお伝えしたはずですが」

 一期は人当たりの良さような爽やかな微笑みを浮かべているけど、目の奥が冷ややかな色をしている。ごくり、と喉を鳴ら「ねえ主、話の続きは?」…………。
 髭切の言葉を聞いて、審神者が青筋を立てた。このアタシにガン飛ばしながら、「おい見習い話進まねえだろうがちんたらしてないで早く行ってこいッ!!!!」……っこの……! どいつもこいつも何様のつもりなわけ?!?! まともなのがたったの一人もいないじゃん!!!!

 「わ、分かったわよッ!!!! 行けばいいんでしょ行けば!!!!」

 やけっぱちになったアタシは、そう怒鳴り返して部屋を飛び出した。




 バカみたいに広い本丸のあちこちを探し回って、裏庭でやっと膝丸を見つけた。っていうか手伝ってくれたっていいのに、聞けば「知らない」とか「さぁ?」とかって返事ばっかで、刀剣たちはアタシのことなんかほったらかしでなんだか忙しなさそうにしてた。今日はアタシの研修初日だっていうのに、主役のアタシをほっとく理由がある? っていうかパシリにされてんのもマジ腹立つけどッ!!!!

 「膝丸!!」
 「……む?」

 振り返った膝丸は男らしい顔つきなのに品があって……。源氏の重宝ってこういうことよね。膝丸もかわいそう……兄弟刀の髭切があんなふうにされちゃって……。まぁ、そんな悪夢もすぐに終わらせてあげるわ、だってアタシが「あぁ、見習いが来るというのは今日だったか。何せ姫が戻る日だからな、すっかり失念していた。それで、俺に何か用か?」……そうね、髭切がああなら膝丸もこうだっておかしくないわ! どいつもこいつも……っ!
 怒りと悔しさとで口元が引きつってしょうがないけど、なんとか笑顔を浮かべた。
 そう、ここでの“私”はお淑やかで、守ってあげたくなるような、かよわい、かわいい、女の子! どんな女か知らないけどババアに負けるはずなんかないんだから、こんなとこでボロを出すわけにはいかないッ!!!!

 「審神者様が、膝丸さんを呼んでこいと」

 膝丸は「そうか、主が。分かった、すぐに行こう」と言って――アタシのそばを通り過ぎた。ッは?! 他には?! なんかあるでしょ!!!!

 「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 「何か?」

 その場に立ち止まって振り返ってはくれたけど、膝丸の顔には早くしろとハッキリ書いてあって、アタシは慌てて口を開いた。

 「えっ、えーっと、あ! あの、お嬢様ってどんな人ですか? 一期一振さんから審神者様の妹さんだとは聞いたんですけど、なんだか話をしてる様子がおかしくて――」

 膝丸はぴくりと眉を動かすと、目を吊り上げた。八重歯がちらりと覗く。

 「……なんだと? 一期一振が何を言った?」

 この反応……! 膝丸は正気なんだ!
 今までまともに話ができる刀剣はいなかった。ここでまず膝丸を押さえておけば、他のまともな刀剣とも繋がりを持てる!
 震えた手で膝丸の手を握って、アタシは涙まじりの声で訴える。

 「おかしいんです! お嬢様お嬢様って、何をおいても彼女を優先だなんて、何か変な術とかかけられて――」

 「姫を優先することの何がおかしい?」

 …………。

 「……はっ?」

 膝丸はアタシの手を払うと、不愉快そうな目でジロジロとアタシを見つめてきた。それから呆れたような溜め息を吐いて、ふと目を細めた。

 「姫はこの本丸の貴き姫君だ。優先することの何がおかしいと言うんだ? 俺も兄者も源氏の重宝としての誇りがあるが、今代の主に仕えることができる一番の誇りとは、姫をこの手で守ってやれることだ。その姫を優先し、姫の幸を願うことの何がおかしい?」

 「え、え……っ」

 な、何がおかしい……? 何がって何よ全部おかしいじゃない! どうしてこんな異常な状況に疑問を持たないの?! ううん、持てないように洗脳されてるのは分かってる! 分かってるけど……どんな方法で?! こんなのおかしい!
 男ばっかりの中にアタシみたいな女の子が――かわいくて、霊力の質も量も最高水準のこのアタシがいれば! 絶対にこっちに靡くと思ってたのに! だって今までだってそうだった! 男はみんなアタシの思い通りになってきたもん! その辺の女なんか目じゃなかった! ここに女が他にいるのは計算外だったけど、でも、でも!
 いざという時のために用意してた流行りの呪い札とかは、検査が厳しすぎて持ち込めなかったし……相手がどんな手を使ってるにしても、アタシは自分の身一つでどうにかしなきゃなんない。もちろん負ける気なんて……だって、だって相手はババアでしょ?! 若い女相手だって負ける気なんかしないけどババアなら尚更でしょ?! 若いほうがいいに決まってんじゃん!!!! なのになんで、誰もアタシに興味すら持たないわけ……?

 「――うすみどり」
 「っきゃあ!」

 突然かけられた声に驚いて振り返ると、今剣が真後ろに立っていた。気配なんて全然しなかった!
 ドキドキと嫌な心臓の音を聞きながら、胸を押さえつける。こんなにもかよわいアタシに目もくれないで、「あぁ、今剣。どうした?」とか膝丸こそどうしちゃってんのよッ! まぁそれもこれも“”とかいうババアの仕業なんだけどッ!!
 今剣は笑顔を浮かべながら、「あるじさまがおまえをよんでいましたよ。なんでも、みならいのことをおまえにたのみたいとか」と言って、ちらりとアタシを見た。短刀には興味ないんだけど。

 「……俺に? 一期一振はどうした」
 「いちごひとふりはひめのおちゃのしたくがありますから、てがはなせません」
 「なるほど、では致し方ないな。俺が引き受けよう」

 お茶なんか勝手に飲ませとけっつーの! と心の中で悪態をつきながらも、膝丸がアタシの世話係になるんならここで決めなくちゃ、と拳を握る。
 膝丸をオトせれば、髭切だってきっと目を覚ます。そこから生まれの近い刀剣たちを引き込んでいって「いえ、ぼくがひきうけます。ひめがおかえりになるまで、みならいとあそんでいたいんです」……はっ?
 膝丸は何か考えるように黙った後、じっと今剣を見つめた。今剣はにこにこと機嫌良さそうに笑っている。

 「……そうか。では任せた。俺も遠征先で鶯丸と共に摘んだ花を生けようと思っていたのだ。姫の慰めになればと」

 「それはよいかんがえです! ひめはおつかれですからね。では、ここはぼくが」

 「あぁ、よろしく頼む。俺はこれで失礼する」

 「えっ、あ、ちょっと……!」

 本当にさっさと立ち去っていく背中にアタシは慌てて声を上げたけど、服の裾をつんと掴まれた。振り返ると、今剣が楽しそうに「みならい、ぼくとあそびましょう!」とアタシの両手を握った。

 「え……あぁ、う、うん……」

 曖昧な返事をしてすぐに気づいた。外堀から埋めていけばいいんじゃん。短刀を攻略すれば、その保護者にあたる刀とか繋がりのある刀も、自然とアタシのことを認めてくれる。それに、数で言えば短刀が一番多いんだから――最終日に多数決でもして勝てば、それまでの過程はどうであれアタシがここの主! とにかく主にさえなっちゃえば、“”はもうここに出入りできないんだし、呪いの効果だって切れる。……これしかない!

 「……ええと、今剣、だよね?」

 今剣は人懐っこい笑顔で、「ええ、そうですよ! よしつねこうのまもりがたな、今剣です!」と答えて胸を張った。
 ふふふ、子どもなんてちょっといい顔して遊んでやれば、コロッと騙される。

 「うふふ、うん、すごいよね。それで? 何をして遊びたいの? いまつるちゃん」
 「――おい、おんな」
 「……へ?」

 アタシの両手を掴んでいる今剣の小さな手が、ギリギリと力を込めてくる。

 「“いまつるちゃん”はひめからたまわった、たいせつな、このぼくだけのこんめいだぞ。きやすくよぶな」

 表情のない顔にある赤い目が、ギラギラ光っている。逃げ出したくても、今剣は放してはくれない。

 「い、痛い……ッ! き、きやすくって、こっ、これから一ヶ月、私はここで暮らすんだし、仲良くなりたいと思って――」

 今剣が、目を細めた。

 「ぼくはおまえとなかよくするきなどありません。だっておまえからは――ぬすっとのにおいがするから」

 「っ、な、何を言うの?! わ、私はそんな、」

 冷や汗をかきながらなんとかうまい言葉を探そうとした。けれど、急にぱっと無邪気な笑顔を浮かべて、今剣はアタシの手を離した。

 「あ! もうひめがおかえりになるじかんです! もうちょっとおまえであそんでやりたかったですが、ひめをおむかえしなければなりませんから――またこんど、あそんであげますね」

 「ひっ、」

 いっそ悲鳴でも上げられたらよかったのに、喉の奥がからからで、声なんて出せそうもなかった。
 なんで……なんでなんで! なんでこんなにうまくいかな――。

 「おお、今剣、ここにおったか」

 「みかづき! ぼくはひめをおむかえにいきますから、みならいのことはおまえにたのみます!」

 「……ほう、見習いか。相分かった。俺が引き受けよう」

 縁側から声をかけてきた男――あぁ、これが本物の三日月宗近……!
 飛び跳ねながら走っていく今剣のことは、もうどうでもよくなった。だって、だって、こんなにもキレイな男なんて見たことない! ううん、この先だってこれ以上の男がいるとも思えない。……欲しい。欲しい!

 「見習い、俺がそなたの相手をしよう。こちらへ来い」
 「あっ、は、はい!」


 あえて三日月の後ろをそろそろとついていきながら、何度も何度も声を上げてしまいたくなった。ああ! アタシのモノになるって分かってても――違う。アタシのモノだから、早くそうだって言いたい。アタシがアナタの主だよって!

 「見習いとはまた殊勝なことよな。審神者とは稀有な能力を持った者であろう? だが、そなたは慢心することなく、主に教えを乞うべくこの本丸へとやってきた」

 三日月はアタシに好意的で、こうしてアタシに興味を持って話しかけてくれる。
 ふふ、さすが天下五剣。三日月にはおかしな呪いも意味なんかなかったわけね。ザマァ!
 演技なんかしなくても、自然と頬が赤らむ。あぁ、口元が緩んじゃってしょうがない!

 「そ、そうなんです! 私、立派な審神者になりたくて! ここの審神者様はとても優秀だって聞いたので、ぜひここで修行を積みたいと思っ――」

 「そうよな、修行をしに参ったのよな。――では、今すぐ始めよう。まぁ、俺が教えられることなどそうはないが。はっはっはっ」

 「は、はい!」

 ふふ、これでやっとまともな刀剣に会えた……! それも天下五剣の三日月宗近。彼がアタシにつけば、この状況なんていくらでも覆せる。まだなんにも始まってなんかない。これからが勝負――。

 「おっと、珍しいこともあるもんだな。を出迎えに行かなくていいのか? 三日月」

 ……これは――鶴丸国永だ。まともな刀剣にずっと会えなかったから、こいつもおかしいんじゃないかと身構える。
 三日月は袖で口元を覆って、小さく笑った。

 「なに、俺が出迎えずとも他のものがいるさ。見習いには俺が直々に、色々教えてやろうと思ってな」

 アタシをちらっと確認すると、鶴丸はにやりと唇を歪めた。

 「……へえ? きみが見習いの世話をするのか。きみがいなけりゃ、おひいさんは大層寂しがるだろうに。なら俺が世話をしてやるかな。じゃ、俺は行く――なんだ? 三日月。手を離してくれなくちゃあ困るぜ。を迎えにいってやれないだろう」

 え? と思ってよく見ると、三日月が鶴丸の腕をがっちりと掴んでいる。
 三日月は声を震わせながら、「っく……!お、おまえでは力不足だ。はこのじじいが大好きだからな」と言ったけれど、肩がわなわなと震えている。……ちょっと待ってよ……。
 鶴丸はさも困ったというような顔で、あからさまな溜め息を吐いた。

 「だが、きみは見習いの世話があるんだろう? それなら仕方ない。には俺から伝えておいてやる。『三日月は見習いに付きっきりだから、きみの相手はできないそうだ』とな」

 それを聞くと、三日月は地団太を踏ん――っは?!?!

 「あなやっ! ひ、卑怯だぞ鶴! はな、この俺が大好きなのだ! の一番の気に入りはこの三日月宗近で、俺が世話をしてやらねば泣いてしまうぞ!」

 「なら早く行け。今剣がもうおひいさんの手を引いてたぜ」

 「っそれを早うに言え!」 

 肩をすくめる鶴丸を押しのけて、三日月が走り出した。そして振り向きもしないまま、「見習いはおまえに任せたぞ、鶴!! あぁ、すぐにこのじじいがそばへいってやるからな! 〜! じじいは今行くぞ〜〜!」と――。

 「?! えっ、ちょっと待ってアタシはどうなるの?!」
 「俺がきみのお相手じゃあ不服かい?」

 鶴丸がゆっくりとアタシに近づいてくる。
 ……儚げな美形なのに、色っぽい声……。うん、悪くない――ううん、すっごくイイ!

 「そ、そんなことは……」

 鶴丸は唇をぺろりと舐めると、アタシの耳元にそっと囁いた。

 「ならいいじゃないか。――たっぷり楽しませてやるぜ、見習い殿」






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