またややこしいことになっちゃったなぁ……。けど、お母さんにとりあえず会うだけ会うと言ってしまったわけなので、お兄ちゃんがどう騒ごうとお見合いそのものはするわけである。…………もっとややこしいことになるに決まってるなぁ〜〜!
 はぁ、と重い溜め息を吐くわたしの肩を、清光くんが優しく叩く。

 「そんな心配しなくても大丈夫だって。ママが張り切っちゃってるだけで、は乗り気じゃないんだしさ。主にもそう言えばいいじゃん。ほら、主の妹でありながら自分の人生を歩むための知恵、ここで使おうよ」

 「そうは言うけどさ……」

 それにしてもうちのお母さんのこと“ママ”って呼んでるんだね清光くん……あの人わたしにもそう呼んでほしいみたいだから、刷り込むかのごとくわたしの前では自分のこと“ママ”って言うんだよね…………清光くんが呼んでくれてるんなら、わたしが呼ぶ必要ないね? いや(遠すぎる)親戚の若い男の子つかまえて“ママ”って呼ばせてるのはどうかと思うんだけど。
 余計な憂い事が増えてしまった……とまた溜め息を吐くと、乱ちゃんがしょんぼりした表情で肩を落とした。

 「ごめんねちゃん……。ボク、とりあえずみんなの、お見合いしたらちゃんが結婚しちゃうって思い込みだけなんとかすればいいと思って、ああ言ったんだけど……」

 ほんと、乱ちゃんの言う通り、お見合いイコール結婚なんて思い込みもいいところである。というか、当事者であるわたしの話を一切聞かないんだから、相手を気に入れば手のひら返して絶対結婚しろと言い出すんじゃないかとすら思う。まあ、お兄ちゃんがいる限りそれはなさそうだけれども。……いやそれもなんで……? 好きな相手がいて、そういうタイミングがあれば結婚なんて勝手にするよ…………なんてことは口が裂けても言えない事実である。そんな心配もするだけ無駄なんだけど。なんでって今わたしに彼氏はいない。できそうな気配もない。……。

 「分かってる分かってる、大丈夫だよ。お見合いはするけど、結婚するかって言ったらそうじゃないしさ。乱ちゃん間違ったこと言ってないよ。それにお兄ちゃん――と一部の人が大袈裟に騒いでるだけだし、騒ぐだけ騒いだら大人しくなるから。……それまでが長そうだけど……」

 とにかく、あの意味のない時間だけを浪費した意見交換会を終わらせたいまつるちゃんの一言によって、多くの人は(なぜだか)確かにそうだ的なことを言って納得していたので、どのくらいかかるかはハッキリ分からないにしてもそのうち静かになる、とわたしは思っていた。けれど、チョコレートケーキ――最近流行ってるお店の限定品らしい。宗三さんからの差し入れである――を食べていた安定くんが「それはどうだろう」と言うので……。

 「へっ?」

 気だるげな動作で後ろを振り向きながら、清光くんが「なんか用? 薬研。今女子会してるんだけど〜」と言うと、乱ちゃんも「そうそう、男のコはだめ〜」といたずらっぽく笑う。
 薬研くんは二人の言葉には何も返さず、黙ってこちらへ近寄ってきた。険しい表情をしているけれど、一体どうしたんだろう? ……いやまぁ、あんなくだらない意見交換会なんてものに時間を潰されたわけだから、何かしら思うところがあるのかもしれない……。宿題とかやりたかったよね、ごめんね……。

 「お嬢さん」

 薬研くんはドサッとわたしの正面へ腰をおろした。

 「ん? お菓子あるから、食べたいのあれば持っていっていいよ」

 せめてものお詫び……と思って、お高い専門店のクッキーを差し出す。ちなみにこれも三日月さんからの貰い物である。
 薬研くんは受け取ってくれたけれど、何を思ったのか、それをわたしの口元へと持ってきた。な、なぜ? 食べていいんだよ?

 「俺っちは、お嬢さんには懐の深い男でいようと思っちゃいるが――浮気はいけねえな」

 …………なんだって?

 「……へっ?」

 間抜けに開いてしまった口に、薬研くんがクッキーをぽいっと放り込んできたので、反射的に食べてしまったけれど――。

 「俺に嫁いでくれるんじゃなかったか? お嬢さん」

 清光くんがバッと立ち上がって、「えっ、それマジで言ってる?!」と言って目を丸くしているけれど口元がとっても楽しそうに持ち上がっているちょっと待って笑い事じゃないよ????
 乱ちゃんもぱあっとまぶしい笑顔を浮かべて、わたしの腕にぎゅうっとしがみつくと、すりすり頬を寄せてくる。

 「ボクは薬研でも賛成! ねえ、そしたら“お姉ちゃん”って呼んでもいい?」

 いやいやいや?!
 わたしは慌てて紅茶を飲んで、クッキーを流し込んだ。もう冷めててよかった――とか言ってる場合じゃないおまわりさんわたしは違います……!

 「ンンンッ、えっ、ちょっと待った、今なんて? 浮気? ……浮気?!」

 薬研くんは肩を揺らして笑った。細められた紫色の瞳は、いたずらっぽく光っている。ンンンおまわりさん違います、分かってます、色っぽいとしても少年は少年! 思うだけ! ノータッチ!
 頭の中でめちゃくちゃ(パトカーの)サイレンが鳴っているので、わたしの心中は大変穏やかじゃないのだが、薬研くんはそんなわたしを見て清々しいまでの笑顔を浮かべた。あ、あんまり大人をからかってはだめだよ……内容によっては息の根が止まってしまう……。

 「ははっ、その反応じゃあ心配する必要はなさそうだな。お嬢さんは、まだ嫁入りしようなんて考えてないんだろ? それならいいさ」

 そう言って髪をかき上げると、ぱちりと片目をつぶってみせた。
 う、うう、ほんと薬研くんは将来有望で……クラスメイトの女の子たちは毎日大丈夫かな? トキメキで発作起こしたりする子いない??
 どきどきしながら慌てて首を振って否定する。ほんと将来が楽しみだけど、これは恐ろしくもあるぞ……。

 「な、ないよないよ、みんな……っていうかお兄ちゃんが騒ぎすぎなの。わたし、結婚するなら恋愛結婚がいいし、今回のお見合いはお母さんがどうしてもしてほしいみたいだから……ほんと、それだけだよ」

 薬研くんは 「そいつはよかった、安心だ」と言って立ち上がると、腰を折ってわたしと目を合わせたかと思えば、ふと口元を緩めた。え、と思う間もなく、薬研くんの赤い唇が近づいてきて――えっ?!

 「――嫁入りしたくなったら、いつでも言ってくれ。今一度言うが、俺は“いつでも”大歓迎だぜ、お嬢さん。……邪魔して悪かったな」

 そう耳元で低く囁くと、何事もなかったかのように出ていってしまった。………薬研くんはリアル“見た目は子ども頭脳は大人”ってやつなのかな???? ……いやいやんなわけ〜! でもそれにしたって……とわたしは顔を覆った。

 「……び、びっくりした……」
 「じゃあびっくりの連続だね」

 もうチョコレートケーキを食べ終わったらしい安定くんがサラッと言うので――。
 「え?」と思わず口元を引きつらせた。
 そこへ、唇を真一文字に引き結んだ伽羅くんがやってきて、ぶっきらぼうに「……おい」と眉間に皺を寄せた。こんなあからさまに不機嫌そうに見えても、伽羅くんは決して怒ってなどいない。
 この間、どこからやってきたのか迷い込んだらしい子猫の気を引こうと、庭でこっそりとボール投げてたのをわたしは知ってる。光忠さんも目撃者だけど、伽羅くんが知ったら恥ずかしがるから内緒にしておこうと二人で決めたのだ。
 まぁそれはともかく。

 「伽羅くん、どうしたの?」

 伽羅くんはやっぱり不機嫌そうな顔のまま、ぼそりと「……嫁入りしたところで、どうせ変わらない」と…………ん?

 「……ん?」
 「あんたがここに顔を出すことは、決まっていることだ」
 「……う、うん、そうだね……ごめんね、いつもいつも……」

 ……どうしよう初めてまともに話した時もそうだったけれど、伽羅くんの言いたいことが分からないぞ……! と思いつつ、いつもお茶を出してくれたりする伽羅くんにはお世話になりっぱなしで、遊びたい盛りだろうにごめんね……なんて思ってるところがちょっぴりあったので、この機会だと小さく頭を下げた。すると伽羅くんは眉間の皺を一層深めた。え、言葉がないからって甘えてしまっていたけど、そんなに嫌だったかな?! いや嫌か! いちいちお茶出しに使われてるってことだもんねごめんね……!

 「何故謝る必要がある」

 「えっ、いや、わたしお兄ちゃんの妹ってだけだし、でもわたしがいると、みんな落ち着かないでしょ……?」

 言いはしないけど、伽羅くんだって休みのたびにわたしにお茶出すなんてめんどくさいに決まってるし、男子高校生の週末とはもっとこう……ハジけてるものなんじゃないのかなわたしはよく知らないけども! それに彼女とデートしたいとかそういう「……あんたはこの本丸の姫だろう。誰に遠慮する必要があるんだ。堂々としてろ」……なんてことだ教育上大変よろしくない思想が刷り込まれてしまっている……。

 「…………待って待って伽羅くんまで何を言い出すのかな? みんなのそのお姫様設定はなんなの?? そろそろやめない????」

 すると伽羅くんが舌打ちをしたので思わず肩を跳ね上げると、低い声で「……あの男は好かない。やめておけ」と言った。

 「いや、会うだけだしねほんと……えっ」

 「俺は口出しする気などないが、受ける気がないなら行かなければいい。ここにいれば、あんたの世話を焼くのはいくらでもいる」

 「えっ、あぁ、うん、それはそうなんだけど……えっ、あっ、伽羅くん?!」

 伽羅くんは振り返ることなく、足早に去っていってしまった…………え?

 「……えっ、用はなんだったの……」

 首を傾げるわたしを余所に、清光くんが声を上げて笑う。えっなんで?

 「あっはは! 素直じゃないねー、大倶利伽羅」

 ひぃひぃ言いながら紅茶を飲んで、それでも清光くんは笑っている。
 乱ちゃんもおもしろそうな顔で、「えー、でもかわいいとこあるじゃん! って感じじゃない?」と声を弾ませるけれど、わたしは何がなんだかサッパリである。

 「口出しする気はないとか言って、あれ完全に口出ししてるしね」

 そんな中でマイペースにクッキーをかじりながら、安定くんがのんびりと言う。清光くんがそれにうんうん頷く。……口元がまだ笑ってるよ……?

 「それね。てか大倶利伽羅はのタイプなんだし、実は付き合ってるってことにすれば? ママもそしたら諦めるんじゃない?」

 清光くんの恐ろしい提案に、乱ちゃんが黄色い声を上げる。待って待って待って?

 「あーっ、それいい! ママ、大倶利伽羅さんのこと結構お気に入りっていうか、かわいがってるもんね!」

 全然よくないよとわたしは顔を青くしながら頭を抱えた。お兄ちゃんが変に大騒ぎするから、その余波がいたるところで悪影響を……。というかお母さんはわたしの知らないところで(遠すぎる)親戚たちとかなり仲良くしてるのかな? え、それならわたしがここでお世話になる前に、その辺もうちょっと詳しく教えてくれてもよかったのでは……?
 色んな新事実に頭痛を覚えながら、わたしは疲れた声を出す。

 「そんなこと許されるわけないじゃん伽羅くん高校生でしょ……っていうかそんな話わたし聞いたことないよ……」

 まぁわたしは(一応)実家を出た身だし、そうなんでも話す機会もないのかもしれないけど…………いやいやんなわけ〜! だってわたし毎週末実家帰ってたじゃん〜〜!
 ますます頭が痛いな……とこめかみをさすっていると、「あっ、いたいたー。ねえー」と廊下からひょっこりかわいいお顔が覗き込んできた。

 「うん? どうしたの、蛍丸くん。あ、お菓子食べる?」

 わたしの言葉に「食べるー」と一つ頷きながら、とととっとこちらに寄ってくると、蛍丸くんは真面目な顔で「けど、その前に俺の話聞いて」と言ってわたしの目の前に正座した。ここのちびっ子たちはほんとにお行儀がよくって大変えらい。

 「うん? なぁに?」

 拗ねているように唇を尖らせて不満げな顔をしながら、慎重そうに答えた。

 「うちにはまだいないけど、そんなに結婚の必要があるなら国行にしてよ。それなら百歩譲って許す」

 …………。
 わたしが何か言う前に、乱ちゃんが勢いよく立ち上がって「ちょっと待ってよそれならボクだってちゃんにはいち兄にしてほしい! 薬研でもいいけど!」と腕組みした。…………うん?
 大人たちがざわざわ――というかあんな取り乱すから……せっかくの休日になんだってちびっ子たちはこんなつまらないことに心を乱されなくちゃいけないんだか……と申し訳なさで爆発しそうである……。というか“くにゆき”さんとは。それはどちら様なの……。また知らない人増えてるの????
 まぁそれはともかくとして、これ以上ちびっ子たちにまで不安――不安? いや、とにかく余計な考え事に気を取られることがないように、ここは当事者であるわたしがビシッと言わなくては。

 「……みんなちょっと落ち着こうよ。わたし結婚なんてしないってば」

 蛍丸くんは不安そうに大きな瞳を歪めて、「……ほんとに?」とわたしの目をじっと覗き込んでくる。

 「ほんとに」

 わたしもその視線から目を逸らさず、じっと見つめ返して答えると、どうやら納得してくれたらしい。

 「……ふーん。ならいいんだけど。でも俺、にはずっとここにいてほしいな。今はしなくても、いつか結婚したら来てもくれなくなっちゃうんでしょ? そんなのやだ」

 そう言ってわたしの服の裾を握りしめる蛍丸くんに、わたしは思わず笑ってしまった。
 ここのちびっ子たちはほんとにわたしのことを慕ってくれていて――いや、何をしてあげたということもない(むしろわたしがお世話になってる)けれど、それでも、とわたしのそばでにこにこしてくれるのを見れば、わたしのほうだってかわいいと思うし情も湧く。

 「いや、そんなことはないよ。みんなさえ良ければ、たまに顔出すくらいはするし……まぁ結婚できたらの話だからね、今はそんな話してもしょうがないよ(まず相手がいないから)」

 そういうわけだから、ひとまずここは安心してくれて構わないというおはなし。結婚は相手がいなければできないし、相手を用意されたところで、その人を大事に思えなければできやしない。大人たちも早いところこれに気づいてほしい。

 「んー、じゃあいいや。あ、これ食べていい?」
 「いいよいいよ」

 やっと心臓に悪い時間を終えたな、と思ってわたしもクッキーに手を伸ばすと、ものすごく焦った形相で国広くんが部屋へと飛び込んできたけどちょっと待って? あら??

 「……おっ、おい!」
 「あれ、国広くん布はどうしたの?」

 そう、布がない。洗濯しようにもなかなか手放さないと堀川くんがよく愚痴っている、あの布が。めちゃくちゃにイケメンなのに、国広くんがあえてそれを隠すということは、学校で黄色い声を上げる女の子対策とかそういうあれかな? 騒がしいのは苦手そうだし仕方ないんじゃないかな? 思春期だしね、みたいなことを思っていたけれど、国広くんはほんとにあの布を手放さないのでそんな簡単なことではない……? と心配していただけに、あの布がないとは一体どういう心境の表れなの……と、なんてことないふうな物言いをしつつ、ちょっとドキドキしていたのに。

 「そんなことはどうだっていいだろう……!」

 ……えええ絶対どうでもよくな「っ俺は! 反対、だぞ……!」んんん????

 「……えーと、それはお見合いのことかな?」

 国広くんは唇を強く噛んだ後、ぐっと胸の辺りを押さえて苦しげに吐き出した。えっえっ大丈夫?! 具合悪いの?! 布持ってくればいいの?!?!

 「いつかそんな日がくるのだとしても、それは今ではないし、そもそもあんたに見合うような男なんているはずないんだ……っ! う、写しの俺が何をと思うかもしれないが……だがっ、俺は――」

 「あっ、いいこと思いついた」

 「え、なになに?」

 安定くんと清光くんはなんでそんなにのんびりしてるのかな?! と声を上げそうになったけれど、安定くんのセリフを聞いたら一瞬で冷静になった。

 「母君って山姥切のことかっこいいって、会った時すごく喜んでたでしょ。山姥切がお願いしたら、ちゃんのお見合いなしにしてくれたりしないかな? そんなこと頼んできそうなタイプに見えないし、母君も考えてくれそうだと思うんだけど」

 …………。

 「待って待って安定くんなんでそうなるのっていうかお母さんも何をしてるの……」

 親戚の若い、しかもかっこいい男の子ばっかり捕まえてなんてことを「えっ、それいいんじゃない?」…………。

 「清光くんまで何を――」

 清光くんはぴとっとわたしにくっつくと、上目遣いでじぃっと見つめてきた。うう、JK力がすごいんだよな〜! かわいい小悪魔ちゃんめ〜〜!

 「だってさ。俺はが言うならそれを信じるけど、でもまだ結婚はしてほしくないなぁって思ってるわけ。けど、もし相手の男をが気に入っちゃったらアウトじゃん。だったらお見合いなんかしないほうが断然いい」

 すると反対側に乱ちゃんまでくっついてきて、ぷくっと拗ねた顔をしながらわたしの頬をつんつん突いてくる。

 「だよねー、今はちゃんもそんな気ないって言えるけど、もし相手がタイプだったらまた話変わっちゃうよね」

 そして「それなら山姥切さんがママにお願いしたほうがいいよね。やるだけやってみるっていう!」なんて言ってぱちんとかわいいウィンク。いやいやいや?!

 「そんなチャレンジ精神いらないよ……!」

 安定くんは小首を傾げて、国広くんの顔を窺いながら言った。

 「どうする? 山姥切。僕もちゃんのお見合いはどっちかっていうと反対だから、やる気があるなら手伝うけど」

 国広くんは静かに口を開いた。

 「……写しの俺に、期待などするなよ」

 乱ちゃんがすくっと立ち上がって、「じゃあやるってことで決まりねっ!」と――。

 えっ、えっ、え〜〜〜〜!




 ……そういうわけで、家のリビングにやってきたわけだけれど、ほんと本丸ってどうなってるのかな。どう考えても別空間なのにどうしてお兄ちゃんの部屋から行き来できるの???? と頭を悩ませていると、お母さんがのんびりした調子で出迎える。

 「あら〜ちゃんどうしたの?」
 「う、うーん、いや、わたしが用っていうか、」

 ちらりと背後を窺うと、やけに真剣な顔をした国広くんがわたしの前へと進み出た。

 「俺の話を聞いてほしい。そして、できれば力を借りたいんだ」

 国広くんを見た瞬間、お母さんは黄色い声を上げて喜んだ。……ほんとに国広くんのことお気に入りなんだね……でも自分の母親が若い男の子にきゃあきゃあしてるのを見るのは、娘としてはなんとなく複雑です……だって国広くんまだ高校生だよ……? いや、ものすごくかっこいいから分かるけど、娘もためらう年齢差なんだから……。

 「あら〜! まんばくん! どうしたの? 今お茶淹れるわね〜。うふふ、昨日ご近所さんから頂いた芋羊羹があるのよ〜」

 お母さんがうきうきとキッチンに向かおうとすると、国広くんは首を振った。

 「いや、その必要はない。それより話を聞いてもらいたいんだ。……折り入って、頼みたいことがある」

 ……なんだか話のスケールがすごく大きくなりそうな気配が……と口元を引きつらせるけれど、娘のこの緊張は母には伝わらないらしい。

 「あらそう……。それにしたって頼みたいことってなぁに? まんばくんのお願いなら叶えてあげたいけど、ママにできることかしら〜」

 「あぁ、あんたにしか頼めない」

 国広くんの真剣さが話の内容に釣り合わない……いいんだよ別にわたしのお見合いなんか……と思いながら「そうなの? オッケー、分かったわ〜。ママなんでも聞いちゃう〜!」…………なんだって????

 「うそでしょ話聞いてもないのに安請け合いしすぎじゃない?!」

 お兄ちゃんもわたし相手だと大分チョロいけどお母さんもイケメン相手だとものすごくチョロいんじゃないかなこれは?! 詐欺とかに簡単に引っかかってしまうのでは?! とここでまさかの可能性に背筋を震わせると、国広くんが落ち着いた声でゆっくりと口を開いた。

 「……縁談を、取り止めにしてほしい」

 するとお母さんは目を瞬かせた後、「ええ〜っ! それはママ困っちゃうわぁ〜」と言って、溜め息まじりに頬に手をあてた。

 「だってちゃんのドレス姿見たいし……あっ、白無垢もいいわねえ〜! それにね、孫も抱っこしたい。だからお見合いを中止ってわけにはいかないわ。ごめんなさいね、まんばくん……」

 すごい当事者のわたしの気持ちがまったく汲まれていない……全部お母さんの希望であってわたしの意思がどこにも反映されてないね……?
 我が母ながら、どうしてこうもマイペースなんだろうな……と額を抑えて溜め息を吐いた。

 「のことは、俺に任せてほしい」
 「ええ?」

 …………。

 「はいっ?!」

 口をぱくぱくさせるしかないわたしだが、国広くんもお母さんもちっともわたしの様子など気にしていない。うそでしょこれ当事者ってわたしだよねというかわたしだけだよね????

 「しかるべき時がきたら、俺が責任持ってを娶る。……写しの俺では許せないと言うなら――」

 「ほんと〜? そういう話なら分かったわぁ、オッケー! まんばくん、ちゃんってちょっと抜けてるところあるけどいい子だから、大事にしてね?」

 待って待って事態の変化が急すぎてわたしついていけないな?!?!

 「ちょっと待ってそういう話ってどういう話かな〜?! というかお母さんに抜けてるとか言われたくないよオッケーじゃないよ人の話はちゃんと聞こう?!」

 お母さんはわたしの話を聞いているようでまったく聞いていないので、にこにことご機嫌に微笑むどうしよう間違いが加速していく……!

 「うふふ、ちゃんも言ってくれればいいのに〜。まんばくんなら反対しないわよ。むしろこんなかっこいい子がちゃんの旦那さんになってくれるなんて嬉しい! おばさんたちに自慢できるわぁ〜。ママ、孫は男の子がいいな」

 「待って待ってそんなわけないでしょ……! そもそも国広くんは――」

 まだ高校生だしというか、わたしを相手にする理由なんか「感謝する。安心してくれ。俺のできうる限り、を大事にする。……幸せに、してみせる」……ちょっと待ってほんとにわたしついていけないぞ〜!

 「んんんんん〜?!?! 国広くんも何を言うのかな?!」

 思わず肩を掴んで声を震わせるわたしに、国広くんは小さく囁いた。

 「……余計なことを言うな。これで縁談は中止になったんだ、構わないだろう」

 …………わ、わあ……。

 「……国広くんの演技力すごい……」

 これだけかっこいいんだし、もしかしたら国広くんって演劇部とかそういうあれなのかな? あっ、布もファンの女の子に対する顔バレ防止みたいな、芸能人の帽子とかサングラス的な……逆に目立つしそれはないか! いや、ちょっと混乱する出来事が多すぎて、普通とか普通でないとか、そういう判断基準が揺らいでしまっている……。
 頭を抱えるわたしに、国広くんがぽつりと呟いた。

 「……あ、あんたが、俺で、いいと言うなら……俺は――」
 「ママ〜!」

 サッと何かが飛び出してきたと思ったら、次の瞬間には乱ちゃんがお母さんに飛びついていた。

 「あら乱ちゃん〜。どうしたの?」

 きらきらした瞳をますますきらめかせて、乱ちゃんは「山姥切さんのお願い聞いてくれる?」とお母さんの顔を見上げる。
 とてもチョロい状態のお母さんは、「あぁ、その話なら今オッケーしたところよ〜」とか返すので、なぜ当事者であるわたしの意見が通らなかったのか問い詰めたい。

 「乱ちゃんも、ちゃんのお見合いは反対なの〜?」

 乱ちゃんのサラサラの髪を撫でながら、お母さんがのんびりと言う。乱ちゃんは「もちろん! だってちゃんにはいち兄が――」と、途中で言葉が止まってしまった。

 「みんな反対だよ。ちゃんがお嫁になんて行っちゃったら、何するか分かんないくらいには」

 お邪魔します、と言って入ってきた安定くんは、咎めるような表情で乱ちゃんを見た。乱ちゃんのほうは、いたずらがバレちゃったような反応をしただけだけれど……普段は特にぶつかる二人じゃないのに、わたしが席を外してる間に何かあったの? と首を傾げつつ、それはそうと本丸の皆さんは何かとズレている。あとその方向性が場合によってとても物騒なので、何か問題起きたりしないか時々不安になる……。それもこれも――。

 「みんなお兄ちゃんに影響されすぎでは……?」

 すると後ろからすっと「えー、だってが結婚なんてしちゃったら、俺たちと女子会だって気軽にできなくなるじゃん。あ、ママー、これ食べていー? マドレーヌ!」と――。

 「あら清光くんも来たの〜? いいわよ〜、紅茶いる〜?」
 「いるいる〜」

 ……待って待ってほんとにみんなお母さんと仲良すぎじゃないかな……? お母さんとこんなに仲が良いなら、もっと早くに会っててもおかしくないのにな……。まぁでも親戚は親戚でも遠い親戚だし……ご実家が遠いからうちから――というか本丸から学校に通ってるんだし、わたしもわたしでもう実家を(一応)出てるわけだから、会う機会がなかったと言われればそれもそうだよね、わたしは毎週実家に帰ってたけど、うん……。
 というか、この感じだとわたしはお見合いしなくていいみたいだし、お兄ちゃんたちもこれで大人しくなってくれるか……とお母さんときゃっきゃお菓子を囲み始めた四人――女子会組三人はともかく、国広くんもお母さんに捕まってしまった――を見つめながら、若干ほっとして息を吐いた。

 「――おひいさん」

 振り返ると、鶴丸さんがドアに背中を預けて立っていた。

 「あれ、鶴丸さん」

 「どうやら縁談は潰れたらしいな」

 「ですねえ。お母さんも簡単だなほんと……わたしの意見は聞いてくれなかったのに……」

 鶴丸さんは少し笑うと、こちらへゆっくりと近づいてくる。

 「まぁいいじゃないか、これで面倒はなくなった。それで、おひいさん」
 「はい?」

 わたしの目をじっと見つめて、そのはちみつ色の瞳を細めた。

 「薬研も山姥切もいい男に顕現されちゃあいるが、俺も人がこぞって求めた色男だぜ。――これをと選ぶ際には、ぜひ参考にしてくれ」

 ………………。

 「はい?!」

 声を裏返させたわたしに忍び笑いをこぼして、それからわたしの髪をとると、そこにそっと唇を落とした――何がどうなってるの……。

 「俺も充分いい男だろう? きみの好みではないらしいが、食わず嫌いは良くないと以前も言ったはずだぜ」

 「つ、鶴丸さん、あの、」

 何を言えばいいんだか分からないけれど、とにかく何か言わなければと口を開いたけれど、鶴丸さんはくるりと背を向けると「さて、俺はこれから出陣だ。戻ってきたら、きみから労いの言葉を賜りたいものだな」なんて言って、あっさり離れてリビングを出ていった。
 …………いやほんと、わたしのお見合い一つでこんな問題ばっかり起きるとは思ってなかったみんなどうしたの……。とりあえずはっきりしていることは――。

 「……お見合い潰れてよかった……」


 そうじゃないと色んな意味で心臓に悪い……。






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