……これじゃあまったく作業がスムーズに進まない……。

 「ああっ! ちゃん! 玉ねぎ目にしみない? やっぱり僕が代わろうか?」
 「光忠さん大丈夫ですっていうか急に大きい声出さないでくださいびっくりしますから!」

 光忠さんのオロオロした声に返事をすると、歌仙さんが「、包丁を扱っている時に手元から目を離してはだめだ! 怪我をしたらどうするんだい?!」と厳しい声を飛ばしてくる。
 作業を始めてからずっとこの調子だ。わたしを“見守る”と言ってお台所までついてきたのに、全然見守ってくれないのはどういうことなの。いつどう声をかけられるか分からないので、そちらに気を取られてしまって思うように作業が進まない。“見守る”という言葉の解釈が、わたしと彼らとでは大きく違っているらしい。

 「分かってますから! 見守るんじゃなかったんですか歌仙さん! さっきからみんなしてうるさい!!」

 思わずイライラした声を上げてしまうと、堀川くんが「まぁまぁちゃん。心配なんだよ、怒らないであげて」と優しくわたしをなだめる。この落ち着いた様子からしてお母さんはわたしと同じ解釈! それならこの人たちをどうにか静かにさせてくれないか「あっ、今のうちに僕が卵溶いてようか?」……な……む、無理か! お母さん(過保護)には無理か!

 「堀川くんも! 大丈夫だから!」
 「では俺がやろう。いくつ割ればいい?」

 みんなほんとにわたしの話全然聞いてくれないね?!

 「っだから何もしなくていいんだって……ば…………え? ……え、どちら様ですか……」

 わたしの隣で卵を割り始めたこの人は……どちら様……? またとっても派手なお衣装である……。全体的に白っぽい感じだけれど、羽根が……ええと、色素の薄い孔雀的な……。
 あからさまに動揺しているわたしに、その人はとても静かに、冷静に応えた。

 「巴形薙刀だ。先程ここへ顕現された。主に、俺の役目は姫を守ることだと言われた。ならば、姫を手助けしてやることも俺の役目だ。違うか?」

 ……なるほど、仰ってること全部の意味が分からない!
 どうしようと思ったわたしは迷いなく叫んだ。

 「…………いまつるちゃんいませんか?!」

 すると、ひょこっとお台所の入り口からいまつるちゃんが顔を出して、ぴょんぴょん跳ねながらやってきた。すごい、さすがいまつるちゃん!

 「はーい! もちろんぼくは、いつでもおそばにひかえていますよ! どうされました? ひめ」

 ちびっ子はちびっ子でも、こんなに頼りになるちびっ子はそうそういないので、この場合は大人のわたしが頼ってもおかしなことではないはずである。……た、たぶん……。

 「この……この人は、ええと、」

 ぴこん! というような顔をした後、いまつるちゃんはにこっと無邪気な笑顔を浮かべた。

 「これは、ともえがたなぎなたといいます。たんとういべんとさいしゅうびにして、あるじさまがたんとうにせいこうしました! さきほど、けんげんされたばかりですよ。しんじんです!」

 ……ええと、ええっとつまり――。

 「……つまり新しいお兄ちゃんの仕事仲間ってことね、オッケー分かった! ……ええと、それで……えー、巴さん? でいいですか?」

 「姫の好きに呼べ」

 巴さんはわたしの目をじっと見つめてくるので、なんとなく居心地の悪い気持ちになる。ここはほんとうに美形率が高すぎて、採用基準にはお顔の良し悪しも関わってくるのかな? と思わずにはいられない。この巴さん、涼しげな顔立ちは冷たくも見えるけれど、それがお顔の美麗さを際立てている。
 まぁ今はそんなことを考えている場合ではない。とりあえず一礼して、「……ええと、じゃあ巴さん。きちんとご挨拶させていただきたいんですけど、今ちょっと手が離せないので、また後で――」と言ったところで、巴さんは表情を変えることなく、「構わない」と一言。しかし、続いた言葉に歌仙さんが顔色を変えた。

 「だが、姫が厨に立つなど……ここはもう後がない本丸なのか?」

 ……おっと見覚えがあるぞこれはとってもヤバイやつである……!
 歌仙さんは眉をぴくぴくさせながら、刺々しく、早口に言い放った。

 「巴形薙刀。僕は初期刀の歌仙兼定だ。顕現したばかりだからこそ言わせてもらうよ。はこの本丸の姫として、家臣に褒美を与えようと自ら厨に立っているんだ。後がないだって? ここのものは主を始めとして、皆がのために第一線で活躍しているよ。まだものを知らないとはいえ、言葉は選んでもらいたいね」

 すると堀川くんが「まぁまぁ歌仙さん、新刃さんなんですから」と歌仙さんをなだめて「これから教えていけばいいことですよ、みっちり!」……るわけではないなこれは!
 巴さんの言葉に思うところがあったのか、光忠さんは青い顔で悲鳴のような声を上げた。

 「ちゃん、やっぱり僕がするよ! 鶴さんには僕がよく言っておくから! ね、無理しないで!」

 ……全っ然作業が進まないな! これじゃあ一体いつ終わるか分かったもんじゃないぞ……!

 「はいはい大丈夫ですからもうちょっと皆さん静かにできません?!」

 わたしがきつく言ったところで、長谷部さんがものすごいスピードで飛び込んできた。しかも鬼の形相である。何事なの。エリート社畜の鬼の形相とかヤバイものしか感じられない……!
 長谷部さんはつかつかとこちらへやってくると、「おい貴様ッ! 主のお話はまだ終わって――なっ……何をしている……」……ギリッと歯を食いしばって、地獄の底の鬼の唸り声かな? というような低い声を出した。鋭い視線を向けられている巴さんは涼しい顔をしている。肝が座ってるどころのお話ではない気がするぞ……。

 「主からは、俺がこの本丸でするべきことはたった一つだと言われた。姫を守れと。その命に従って、姫を手助けしているだけだ。姫、次は何をすればいい?」

 ……な、なんだって〜? ここでわたしの名前がどうして出てきちゃうのかな〜〜〜〜???? というかお兄ちゃんの病はほんとうにいよいよヤバイぞ〜〜〜〜!!!!

 「えっ、え〜……。言いたいこといっぱいあるなお兄ちゃんは何をバカなことを……あっ、いや、とりあえず巴さん、来たばかりなら――」

 大広間かどこかでゆっくりしてたら良いのでは、と言おうとしたのだが、長谷部さんが鬼の形相というか、鬼すらビビるような表情で「ッ貴様ァッ!」と怒鳴り声を出すので喉がヒュッとした。

 「?!?!」

 長谷部さんは目を吊り上げて巴さんにずいっと寄って、ガンを飛ばしながら「様がお困りの際には! この俺を呼べッ! 貴様が様にして差し上げられることなど何もないッ!! そうですね様ッ!!!!」………え゛?!?!

 「え゛?!」
 「ちゃん! お鍋ちゃんと見て!」

 光忠さんが悲鳴を上げるので、慌てて返事をしようとすると「姫、俺は役に立たないか?」……次から次へと……!

 「えっ、いや、」
 「そうか。姫は俺は役に立つと言っているが」

 巴さんはそんなつもりはまったくなくて、こういう性格の人なんだろうけど……今の長谷部さんからしたら涼しげな表情も発言も、そのすべてが煽りにしか思えないのでは……。

 「様ッ! この長谷部はッ! 様に誠心誠意尽くし、様のお役に立つべく日々励んでいます!! この! 新刃なんぞより! 俺はお役に立ってみせますいかがですかッ?!」

 やっぱり……! ……ん?!

 「へっ、い、いかがです……? いかがです……とは……」

 どういうこと……と戸惑うわたしに、いまつるちゃんが「ひめ、つかえるものはつかうもの。ここはわかったというべきですよ」と言うので、な、なるほど……? と思って「え、わ、わかった……?」と返事をしたところ、長谷部さんが急に高笑いしたので肩が跳ね上がった。

 「ふははッ! 聞いたかッ!! このへし切長谷部は様ご自身から! 励めと! お言葉を頂いた! 貴様は用無しだ、出ていけ。様! 俺がなんでもこなしてご覧にいれますよ。さぁ、何をいたしましょう?」

 「んんんんん〜〜?!」

 とんでもなく誇張された解釈だぞ〜? これは更に作業が進まなくなるのでは???? と頬が引きつった。するともっと現状を厄介にしそうな人が、にこにこしながらやってきたので……もうどうすればいいのか分からない……。

 「進みはどうだ? や」

 嬉しそうに微笑む三日月さんに、わたしは「三日月さん、大人しく待っててくださいって言いましたよね」と若干疲れた声で応える。けれど、三日月さんはちっとも気にした様子なくにこにこするだけだ。……さすが平安貴族はのんびりしていらっしゃる……。

 「そうは言ってもな、俺のかわいいが俺のために厨に立っているのだ。様子を見てみたくてな」

 「姫さまのお邪魔をするなら戻れ、三日月。姫さま! 小狐は何かお役に立てまいかとやって参りました!」

 ……こちらもとってもにこにこと笑顔を浮かべているけれど、わたしには応じられるほどの気力はもうない。っていうか小狐丸さんはいつ現れたの……。どうしてみんな大人しくしててくれないのかな?

 「小狐丸さんも部屋に戻ってくださいね、お手伝いの手は足りてます」

 わたしには(作業を妨害する)手はこれ以上いらない……。
 溜め息を吐くわたしの隣で、巴さんが「姫の側仕えは俺がしている。案ずるな」と…………ああああわざとではないというか、ほんとに純粋な気持ちでの発言なんだろうけれどそのすべてが煽りなんですよ〜! と言いたくてたまらなかったが、「貴様に務まるかッ! 様には俺がいるッ!」と噛みつく長谷部さんを見て、もういい加減にこれ以上は……とわたしは首を振った。

 「も〜っ! もう〜〜っ! いまつるちゃん!」

 わたしの言葉にいまつるちゃんは強く頷いた。やっぱりこんなに頼りになるちびっ子を、わたしは他に知らない。本丸カーストでは上位だ、きっとそうだそうに決まってる。すごいぞいまつるちゃん……!

 「はいっ、わかりました! みなのもの! いますぐ、くりやからでなさい! ひめのじゃまをするものは、このぼくがなんぴとたりともゆるしはしません!」

 きりっとした表情で声高にきっぱりと言い放ったいまつるちゃんに、三日月さんがにこりと微笑んだ。

 「今剣や、俺はの邪魔など――」

 「おまえがくるからややこしくなったんですよ、みかづき。こぎつねまるをつれて、いますぐもどりなさい!」

 いまつるちゃんの赤い瞳がきらりと光ると、三日月さんは震えた声で「っ、う、うぐ……!」と呟いて両手で顔を覆った。
 小狐丸さんはどこか胸を張って、自信満々に口を開いた。

 「私は姫さまのお邪魔はしません。小狐は姫さまのお役に立っ――」
 「くちごたえをするなら、おまえにはひめのほうびはうけとらせませんよ」
 「なっ、なにっ?!」

 いまつるちゃんの冷たい声に血相を変えて、小狐丸さんはぴゅっとお台所から出ると顔だけを覗かせた。

 「……では姫さま、小狐は戻ります。私は聞き分けの良い狐ですゆえ」

 大人しく引き下がった小狐丸さんを見ると、三日月さんは低く唸ってささっとわたしに背を向けた。

 「ぐっ……! 、じじいはいつでも来てやるからな、何かあればすぐに呼ぶのだぞ!」

 何度も何度もわたしを振り返りながらも、三日月さんも出ていってくれた。あの人が一番手がかかりそうなので、早々に出てくれてよかった。ほんとにいまつるちゃんはつよい子である。

 「さぁ、おまえたちもでなさい」

 そう言って残った人たちを追いたてるいまつるちゃんに、歌仙さんが抗議の声を上げる。

 「待ってくれ今剣。僕は初期刀として、を見守る必要がある。宗三にも僕が見守ると言って引かせたんだ。約束を違えるわけにはいかない」

 少し黙ってから、いまつるちゃんはわたしを見上げた。

 「……ひめ、どうしますか?」

 ……歌仙さんにちょいちょい声をかけられるのはとても気が散るけれど、どうしてもわたしをお台所に立たせたくない――というか何もさせたくない宗三さんに、ああだこうだとくどくど言われるのもとてもしんどい。

 「……宗三さんに(謎の)お説教をされたくはないので、歌仙さんはいてください。でもうるさくしないでくださいね」

 わたしの言葉に、光忠さんが「ちょっと待って僕は?! ちゃんを残していけないよ……!」と青い顔をする。わたしは戦地にいるわけではなく、ただお台所で料理をしているだけなので構わず残していってほしい。
 すると堀川くんも、困ったような表情を浮かべる。

 「僕も、ちゃんが必要だと思った時、すぐにお手伝いしたいんだけどな……」

 ……過保護(それも果てを知らないレベル)のママとお母さんだが、わたしもいい歳した大人なので、料理をするくらいでここまで大騒ぎされる必要はまったくないし、たくさんの料理をするわけでもないのでお手伝いというのも特に必要じゃない。というかこれまでお手伝いをしてくれるどころか、ハッキリ言うと邪魔しかしてないことを自覚してほしい。
 しかしそんなことを言うわけにもいかないので、わたしはたった一言、「いまつるちゃん」とだけ言った。賢いちびっ子いまつるちゃんは、わたしの気持ちをすぐさま汲み取ってくれた。

 「ひめがてつだいをひつようとされたら、ぼくがよびにいきます。ですが、いまはおまえたちがいると、ひめのおじゃまになるだけです。そもそも、ひめはかしんのほうびのため、ひとりでくりやにたたれることをのぞんでおられるんですよ。そのおもいを、おまえたちはふみにじるんですか?」

 ……なかなかに辛辣なお言葉である……。じゃ、邪魔ときっぱり言ってしまった……。
 けれど、いまつるちゃんの言うことが琴線に触れたらしく、光忠さんは唇を噛みながらも絞り出すような声で「……わ、分かったよ……!」と目に涙を浮かべた。なぜ。

 「ちゃんは覚悟を持って厨に立ってるっていうのに……僕、心配で心配で……。でも、そうだよね! ちゃんが頑張るって言うなら、応援してあげるべきだ! ……僕は厨の外で待機してるからね! いつでも呼んで!」

 あっ、なるほど……とわたしが口元を引きつらせると、両手で顔を覆いながら震える光忠さんの背中を擦りながら、堀川くんも頷いた。

 「……そうだね。ごめんね、ちゃん。ちょっと心配しすぎちゃったよね……。でもお手伝いが必要ならいつでも遠慮なく言ってね! 僕も待ってるよ!」

 ……なるほどそうか……二人ともそこは譲らないんだね……とわたしは若干遠い目をしながら、「……は、はい……」と返事した。

 「俺は姫の役に立つ。姫もそう言った。出る必要があると思えないが」

 いまつるちゃんをじっと見下ろして、やっぱり冷静な表情で巴さんが静かに言った。すかさず長谷部さんが声を張り上げる。……だめだ、エリート社畜である長谷部さんと巴さんは相性が悪すぎる……!

 「何度言えば分かるッ?! 様のお役に立つだと……? 笑わせるなッ! 俺ほど様に誠心誠意、心から忠義を誓っているものなど――」

 「まえだ!」

 「はいっ!」

 いまつるちゃんが呼んだと思った次の瞬間には、シュバッと小さな影が飛び込んできた。……未だにこの超スピードには慣れない……。
 現れた前田くんは凛々しい顔つきで、「さぁお二人とも、お出になってください。これ以上は本丸の鉄則その一に反したとして、罰則を受けていただきますよ」と厳しい声音で言い放った。
 い、今まで何度か聞いたような気もするけど…………ほ、本丸の鉄則……そんなものあるの……? どうしようわたしそれ知らないんだけど……と今までの自分の振る舞いに不安を感じていると、初めて巴さんが表情を変えた。とは言っても、眉をぴくりと動かしたくらいのものだけれど。

 「……姫、何かあればすぐに俺を呼べ。近くに控えている」

 「……貴様は必要ない……ッ! 様、何かご用命の際には! この長谷部をお呼びくださいませッ!!!!」

 ……あ、あれ……この二人の反応からして、本丸の鉄則というのは知ってないとかなりまずいし、破った時の罰則というのもとてもヤバイのでは……? というか鉄則なのにわたし教えられてないんだけど……とさらなる不安に冷や汗でもかきそうになっていると、いまつるちゃんがわたしの服の裾を引いた。

 「ひめ、これでいいですか?」
 「ありがとう、いまつるちゃん。……ほんとに……ほんとにいい子だよ……」

 巴さんと長谷部さんを連行していってくれた前田くんにも、あとでしっかりお礼を言わなくては……。
 いまつるちゃんは無邪気な笑顔を浮かべて、「えへへ、ぼくはとーってもやくにたつかたなですよ! まかせてください!」とぴょんぴょん跳ねた。そういえばいまつるちゃんは(戦隊モノなのかソロなのかも知らないけれど)カタナというヒーローがお気に入りだったな、と思い出してほのぼのした気持ちになった……。

 「うんうん、ちょうかっこいいカタナだよ……」

 いまつるちゃんの頭へと思わず手を伸ばしそうになったところで、歌仙さんの「、手元から目を離すんじゃないと言っただろう? 怪我をしたらどうするんだ」という声が飛んできた。……誰かさんたちのおかげで手は結構前から止まってしまっていたので、その心配はあまりありませんと心の中で呟きながら、ここまでで大分(余計な)時間を使ってしまったので、さっさと作業を進めなくてはとわたしは気を引き締めた。

 「はい、やっと静かになりましたからね、サクサクやっちゃいます」




 「――よし、完成!」

 ここまで長かったなぁと思わず伸びをしたわたしの隣で、歌仙さんが目頭を押さえた。

 「……よく……っ! よく頑張ったね……!」

 ……うっ、うん……。
 いまつるちゃんのきらきらした大きな瞳が、嬉しそうにわたしを見上げてくる。

 「さすがはひめ! とってもおいしそうです!」
 「いまつるちゃん、味見する?」

 どうせならと、ちびっ子や本丸にいる人たちにおやつを作った。ここまで協力してくれたので、まずはいまつるちゃんにと……ちびっ子にはスプーンのほうがいいかな。大きな耐熱皿の中へとスプーンを滑らせてすくうと、少し冷ましてからスプーンを手渡した。

 「わーい!」と明るい声を上げて、いまつるちゃんはご機嫌である。大変かわいい。
 今度こそいまつるちゃんの頭を撫でようとしたのだけれど、ものすごい勢いで光忠さんが飛び込んできたのでタイミングを失った。

 「ちゃん! どこも怪我してない?!」

 堀川くんもやってきて、「いつ呼んでくれてもよかったのに……でもすごいよちゃん! 一人でできたね!」と…………。

 「……うっ、うん……一人でできるよ……。あ、どこも怪我してませんからね、大丈夫ですよ光忠さん。二人もよかったらどうぞっていうかほんとに外で待ってたんですか?!」

 「心配で気が気じゃなかったよ……!」

 うそでしょ……どうしてこんないい歳した大人が台所に立つことをそこまで心配するの……? やっぱりわたしのことは赤ちゃんにでも見えてしまっているのかな????
 ほんの少しだけ薄ら寒いものを感じて震えるわたしを余所に、光忠さんは力強く頷いた。

 「ありがとう、肉じゃがをもらうね! ……うん、煮崩れはしてないね。でも、しっかり味がしみてる。……うん、おいしいよ! ちゃん、頑張ったね!」

 そう言って、光忠さんはわたしの頭をそっと撫でた。……よしよしえらいね〜! ということだろうか……。いい歳した大人のわたしは嬉しいどころか恥ずかしい……。
 堀川くんも頷いて、にこりと笑顔を浮かべる。

 「うん、野菜炒めもいいんじゃないかな。シンプルな味付けだけど、野菜のシャキシャキ感とよく合ってる! すごいよちゃん! 燭台切さん、今日は頑張ったちゃんのためにおいしいもの、作りましょう!」

 …………うん?

 「それはいい考えだね堀川くん! どうかな歌仙くん!」

 ぱあっと表情を輝かせる光忠さんに、歌仙さんは――。

 「……今日の厨当番は人数を増やそう。和洋中、の好物をすべて並べる! さぁ、そうと決まれば早速始めよう! 、僕たちはこれから忙しくなるから、何か用があれば他のものに声をかけるんだよ」

 ……おかしいな、どうしてわたしがご褒美をもらうような流れに……?
 けれど、そんなことを言ったところでどうにもならないだろうと、わたしは「あっ、は、はい……」とだけ言った。
 パワフルな三人にあてられて思わず溜め息を吐いたところで、ぱたぱたと顔を仰ぎながら清光くんがやってきた。どうやらお風呂上がりらしい。そういえば今日は、『第一部隊で出陣』とチャット(女子力☆向上委員会)で…………えーと、つまりは課外授業とか部活の試合で他校へ行くとかそういう……。
 清光くんは並んでいる料理を見て目を丸くした。

 「うっそ、じーさんたちに料理してあげてるってマジだったの? えー、ずるーい! 俺もの手料理、また食べたいのに〜」

 「おかえり、清光くん」

 わたしの背中にぴたっとくっついてくる清光くんは、もしかしたらリアルJKよりもJK力が高いかもしれない……。
 くすぐったさに笑うわたしに、清光くんはいたずらっぽい目をしてますますひっついてくる。小悪魔ちゃんめ〜! とじゃれていると、べりっと引き離された。めちゃくちゃ笑顔の三日月さんが、「はっはっは、誉を百獲って出直せ」と言って目を細める。……け、気配がまったくしなかったけどいつ来たのかな……? それにしてもこの人は大人げない。今に始まったことじゃないけれど。

 「や、どれ、じじいが運んでやろう。おまえの細腕には重かろうからな」

 にこにことわたしに機嫌良さそうに声をかける三日月さんに、清光くんが拗ねた顔をする。そして「っはー? 感じわっるぅ〜! ねえ、今の聞いた?」と言って、またわたしにひっついてきた。あ、と思ったわたしは、引き出しからフォークを取り出して、乗せて焼いただけの特に名前のないおやつにぷつりと刺すと、清光くんの前にすっと差し出す。

 「清光くん、口あけて」
 「ん? あー……ん!」

 素直に口を開けてくれるあたり、清光くんはほんとにかわいい子である。この年頃の男の子なら、『うっとうしいなやめろよババア』くらい言ってもおかしくないのに……。わたしはまだババアではなくお姉さん(のはず)だが、高校生からしたら十分にババアだろうとも思うので……。とても切ないけれどそういうものである。

 「どうかな?」

 清光くんは何度か目をしばたかせた後、きらきらの笑顔を浮かべて「めっっっっちゃおいしい! なにこれー!」とはしゃいだ声を上げた。
 いまつるちゃんがぴょんぴょん跳ねながら、嬉しそうに「ひめが、ぼくたちのためによういしてくださったおやつです!」と言う。……ここの子どもたちはほんとに揃いも揃って大変かわいい。

 「じゃがいもにチーズのっけて、オーブンで焼いただけだよ」

 だからこそ手抜きで申し訳ない……と思いながら、食べ盛りの子が多いし、こういうのをおやつにしてしまってもいいかな? と作ってしまったのだけれど、こうも喜んでもらえるならもっと作ってもよかったな、とそれでも充分に大きな耐熱皿を見る。
 本丸にいつも全員が揃っているということはなかなかないし、とりあえず作ってみた程度のおやつだ、まぁ今回はこの量でいいかもしれないけれど。

 「待って待って、俺これちょー好き! チーズの下のソース、これ何?」

 綺麗な瞳をますますきらきらさせる清光くんに笑って、「あはは、ほんと? 照りやきソース。わたしの作り方でいいなら、あとで教えてあげるよ」と言うと、慌てて首を振った。

 「あっ、ダメダメ! 教えないで! 教えてもらっちゃったら、に作ってもらえなくなっちゃうでしょー? 俺はが作ってくれたやつが食べたいの!」

 思わず、今度はわたしから清光くんを抱きしめてしまった。いや、みんなしてわたしがお台所に立つことは反対、渋々でも許してくれたと思えば心配だからとちっとも静かに(そもそも必要ないんだけど)見守っていてくれないし……こうやってただただ喜んでもらえると、嬉しくてたまらなくもなるという。

 「え〜っ、うれしい〜!」

 ほんのりと頬を染めて、清光くんが「えー? じゃあもっと喜んでよね〜」とぎゅっと抱きしめかえしてくれる。

 「清光くんかわいい! 愛してるよ〜!」
 「のほうがかわいいよ〜! 俺のほうがもっともっと愛してる〜!」

 二人できゃっきゃとしていると、三日月さんがわなわなと震えだしたけれど特に構ってあげる気はない。大人げない大人を甘やかしてもいいことはないと、わたしはお兄ちゃんで学習済みである。

 「……どういうことだっ! なぜ加州に――」
 「あっ、清光くん、お手伝いしてくれる? これ運んじゃわないと」
 「オッケー任せて〜! 今剣、手伝ってくれる?」
 「はーい!」

 三日月さんは激しくショックを受けた様子で、「っ……! な、なぜじじいに意地悪をするのだ……ご機嫌ななめか? ん? 菓子がほしいのか? ん?」と…………お菓子を与えればいいとは……わたしのことはほんとうに小さい子に見えてるのかな……? 目を覚ましてほしい。

 「清光くんに意地悪する人は肉じゃがナシです」

 抑揚なく言い捨てるわたしに便乗して、清光くんが「あ、じゃあ俺食べていー? お腹すいちゃった〜。検非違使狩りマジしんど〜〜」と並んでいる品々をじーっと見つめる。

 「おいっ加州!」

 キッと視線を鋭くした(やっぱりとても大人げない)三日月さんに、清光くんは声を出して笑った。けたけた笑いながら「ジョーダンだってば!」だなんてやっぱり小悪魔ちゃんである。
 清光くんがにっと唇を持ち上げる。

 「じーさんたちがこれ以上死ぬ気で誉かっさらってくと、俺のご褒美遠ざかっちゃうし。それに、一応は今月の入賞に一番貢献したの、じーさんたちだからさ」

 そこまで言うと、わたしに視線を向けて「今日は優しくしてあげてよ。ね?」とウィンクをする。
 ……なるほど、優しく…………優しくかぁ。

 「加州……! そうなのだ! じじいはな、かわいいおまえに褒めてもら――」
 「頑張りましたね、三日月さん」

 三日月さんがぴたっとフリーズした。
 鼻歌を歌いながら、清光くんはおやつのお皿を持ち上げて「ー、じーさん泣かすのもいいけど、冷めちゃうよ? せっかく作ったのに。あ、これは俺たちで食べていいんだよね? 持ってくよ〜」と言うと、いまつるちゃんを連れてさっさと出ていってしまった。

 「え、あ、う――ん?!」

 えっうそでしょ?

 「三日月さん?! えっ、なっ、なんで泣いて?!?!」

 三日月さんははらはらと涙を流して、それをお衣装の袖で拭う。

 「っお、俺は……! もう、もういつ折れても悔いは…………いや、それではが悲しむからな、悔いを残さずというのは無理か。はは、やれ嬉しいなあ。や、じじいは今とてもご機嫌だぞ」

 至極幸せだとでも言いたげな微笑みに、わたしは「は、はぁ……」と生返事をして、ど、どうしよう……だ、大の大人を泣かせてしまったぞ……しかも男の人だどうすればいいんだろう……と内心とてもオロオロしていると――。

 「――俺にはないのか? おひいさん」

 「ひぇっ! っつ、鶴丸さん! 後ろから声かけないでくださいっていつも……っ!」

 耳元でそっと低く囁く声に、もちろんわたしは跳び上がった。だから皆さんどうしてそうも気配がしないのかな?! 忍者?!?! んなわけ〜〜! でもほんと気配がしないんだもんこんなに近づかれても!!!!
 鶴丸さんは、とても不機嫌そうに腕組みしている。

 「きみが俺を放って、三日月ばかりを相手するからさ。……一途な分だけ、妬かせると後が怖いぜ? おひいさん」

 ……つ……つまり……労いの言葉の一つでもかけろということだろうか……。いや、でも確かに営業成績一位を百回も獲ったら、誰でもいいからとにかく褒めてもらいたくなるだろう。どれだけ頑張ったらそんなに凄まじい結果を出せるのか、一社会人としてはぜひともお話を聞かせてもらいたい。

 「えっ、あ、お、お疲れ様です……!」
 「……それだけか?」

 不満そうな鶴丸さんに、「そ、それだけ……? え、えーと、が、頑張りましたね……?」とその顔色を窺いながら言う。鶴丸さんはすぐさま、「あぁ、きみのためにな」とわたしの目をじっと見つめる。……ん、んん……しかしわたしは会社には何も関わりがないので……と思ったのだが。

 「え、あ、ありがとうございます……?」
 「もちろんだ。……きみのためなら、何度でも」
 「え、えーと……」

 意味ありげに細められたはちみつ色の瞳に、なんとも言えない気持ちになっていると――目を輝かせた小狐丸さんがやってきて、鶴丸さんを押しのけてにこにこと笑った。

 「姫さま! 良い香りに誘われてやってきてしまいました!」

 「っ小狐丸さんいいところに! ほらっ、オムライスですよ! あったかいうちに食べましょうね!」

 嬉しそうに頷く小狐丸さんに、鶴丸さんがぴくりと眉を動かした。小さな声で何か呟いたようだけれど、わたしには聞こえなかった。

 「――随分と行儀がいいな?」

 「ふん、五条の小童が図に乗るな。――姫さま! 小狐は楽しみにしておりました! ささっ、お部屋へ参りましょう」

 わたしのそばに寄ってにこにこと笑う小狐丸さんは、がっしりとした人なのにどうしてかわいい動物のように見えてしまうんだろう……。“小”狐だから? いや、大きいけども。

 「小狐丸さん、そんなにオムライス食べたかったんですね」

 小狐丸さんは「ふふふ、ええ、もちろん。姫さまのおかげで好物になりました」と言って、わたしの両手を握った。それにしてもこの人はスキンシップが多い。留学の名残りとかそういう……?

 「まだ食べてもないのに、口がうまいなぁ」
 「小狐は嘘は申しません!」

 あはは、と笑うわたしに、小狐丸さんは目を細めた。

 「行儀の良い――姫さまの小狐ゆえ」

 とりあえず行きましょうか、と料理を運び出すことにした。一時はどうなるかと思ったけれど、無事に完成してほんとによかった。
 ……あとは気に入ってくれるかどうかだな……。
 そんなことを考えていたわたしは、三日月さんと鶴丸さんの不穏な言葉にはちっとも気づかなかった。

 「……鶴や」

 「あぁ、分かってるさ。遅参者にでかい顔されちゃあ困る。めでたく新刃も来たことだ。……ここでは野生を忘れてもらわなくてはな。――再教育といこうか」






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