いまつるちゃんに連れられてやってきた薬研くんに案内してもらって、一期さんの部屋を訪ねるところだが、薬研くんが苦い顔で「乱がお嬢さんに知らせたらしいな? 悪かった、仕事を抜けさせて」と言って溜め息を吐くので心が震えた。子どもたちは何も悪くないどころか大人たちがいい加減すぎるのが問題だというのに……しかも本来ならここへ出入りしてお世話になる理由なんてないのに、いつもいつもわたしの面倒を見てくれてるんだから、遠慮なんかしないでここぞとばかりに頼ってくれていいんだよ……なのになんていい子なんだろう大人たちが反面教師になってるのかな……?
 するといまつるちゃんがぷくっと頬を膨らませて、「まったくです! いちごひとふりのきょういくはどうなってるんですか! しっかりしてもらわねばこまりますよ!」と腕組みした。薬研くんはすっかり落ち込んだ様子で肩を落とす。いいんだよ、いいんだよ何も気にしないで……! 子どもは大人に守られていいんだよそれが当たり前なんだよ……!

 「……返す言葉もない」

 返す言葉もないのはどう考えても……と思いながら、薬研くんの肩をぽんぽんと叩く。そしてご機嫌ななめないまつるちゃんを撫でることも忘れない。

 「いやいやいいからそんなの! いまつるちゃん、ほんとにいいんだよ。確かに仕事は大事だけど、いまつるちゃんたちのほうがずっと大事なんだから」

 これを聞くといまつるちゃんは、たたたっと小走りして、ぴたっとある部屋の前で止まると障子戸を思い切り引いた。

 「…………ききましたか、いちごひとふり」

 えっ、と思って慌てて部屋の中を覗いてみると、布団の上でハンカチを噛み締めながら涙を堪える一期さんがいた。その傍らには前田くんが正座で座っていて、大きな瞳いっぱいに涙を浮かべている。えっ、どうしたの……。
 とりあえず小さく頭を下げて中へとお邪魔すると、一期さんは勢いよく起き上がって畳に額を打ちつけた。あれ、デジャビュ。

 「……っはい、しかとこの耳で……! お嬢様のお気持ちに報いることなく、このような醜態をさらし……っ! 私は情けないばかりです!! ……お嬢様、かくなる上はどんな処罰も甘んじて受けます……っ! この一期一振を、どうかお許しください……!」

 風邪一つで醜態とか言ってたらキリがないし、風邪一つで処罰ってどんな過酷な環境〜! と思いつつ、何度も畳に頭を打ちつける一期さんを慌てて止める。

 「んんんんんなんでそうなっちゃうんだろう〜〜! あのですね、人間誰しも風邪くらいひきますから、そんな責任を感じる必要はないというか皆さんすごく大袈裟なんですよね」

 あはは、と苦笑いで誤魔化すわたしにさっと近づくと、前田くんが深く頭を下げたなんでなの〜!

 「お嬢様……! 粟田口の失態は、この本丸に一番に顕現された僕の責任です! ですから、いち兄のことはどうかお許しください……っ!」

 粟田口家の兄弟愛は素晴らしいけど一期さんは風邪をひいただけであって、醜態でもなければ失態になんてなりえないんだよみんな生きてれば風邪くらいひくよお願い気づいて……!

 「んんんんん許すも許さないもないんだよ前田くんいいんだよ謝ることなんか一つもないんだよお願い分かって……!」

 ちびっ子の土下座とか見てられない心臓痛い……! となんとかやめさせようとしているわたしの後ろで、静かに正座していたいまつるちゃんが「ひめのかんだいなしょちに、ふかくかんしゃなさい。そしてこんご、にどとこのようなことのないように!」とか言っちゃうので一期さんがいよいよ泣き出した。

 「っはい……! もちろん今後はより一層、お嬢様のために死力を尽くしてまいります……! お嬢様、ありがとうございます……!」

 わたしのために死力なんて尽くさなくていいんだよその気力はかわいい弟さんたち含むちびっ子たちの笑顔のために使ってください……! と言いたかったが、前田くんが健気にも涙目で「お嬢様のお心遣いに、必ずや報います……!」とか明るい笑顔を浮かべるから……。

 「うん分かった! もう分かったよ! ありがとう!!」

 すると廊下から小さな声で、「……ちゃん……ボク、ごめんなさい、あの……」とおずおず乱ちゃんが声をかけてきて声が震えた。いつもキラキラしている宝石みたいな瞳が、心なしか曇って見える。気にしないでいいどころか教えてくれなくちゃダメなことだったんだよこれは……! むしろこんな恐ろしい環境でよく今まで頑張ったよ……!

 「乱ちゃんお願い謝らないでお願いだから……! 謝られちゃったらわたしなんのために来たんだか分かんなくなっちゃうから!」

 わたしの言葉に、乱ちゃんはわぁっと涙を流しながら飛びついてきた。

 「……ちゃあん! ごめんねごめんねっ、ちゃんがお仕事がんばってるの、ボク知ってるのに……!」

 「ああああもう謝らないでお願いだから〜!!!!」

 よしよしと背中を撫でながらぎゅうぎゅう抱きしめると、乱ちゃんはますます声を上げて泣くので困ってしまった。おかしいのはここの大人たちであって、乱ちゃんがわたしにヘルプしてきたのは至極当然である。罪悪感なんてまったく持つことないのだけども。
 いまつるちゃんがすくっと立ち上がって、「ひめが、こうおっしゃっているんです。このことはふもんとしましょう」と言った。……いまつるちゃん今日はほんとにどうしちゃっ「さぁひめ! つぎは、どのおおばかもののしりをたたいてやりますか?」今なんて言ったのかな〜?!

 「おみまいだよいまつるちゃん。そんな死人に鞭を打つようなことはしないよ」

 とりあえず乱ちゃんをあやしながら、どうしたものかと考える。まぁ、どうもこうも頼れる大人組がダウンというのが一番痛いのだと思う。お台所マスター、別名(過保護な)ママの光忠さん、そしてお兄ちゃんの右腕の“ショキトウ”歌仙さんまでもが頼りにできない時点で、この本丸にまともな判断力と生活能力が備わっている大人はいないようなので。なんでなのとしか言いようがない。今までどうやって生きてきたの。
 まぁとにかく、なるべく早いところこのお二人には復活してもらわないと、この週末はわたしがなんとかするとしても平日はちょっと厳しい。ここから会社に通うのは構わないんだけれど、ちびっ子たちの学校のこととか分かんないし。

 「うーん……こんなに酷いことになってるのは、やっぱり光忠さんと歌仙さんが倒れちゃったのが大打撃なんだよね、きっと。この二人が復活してくれれば、もう少しマシに――」

 にこっといまつるちゃんは無邪気な笑顔を浮かべた。

 「わかりました! では、まずはかせんのところへいきましょう! しょきとうを、まずはしつける。じつに、よいはんだんです! さすがはひめ! さぁいきましょう!」

 “しつける”とは“躾ける”だろうか。…………んなわけ〜〜!
 キリッとした表情で立ち上がって、前田くんが「僕もお供いたします!」と言う。う、う〜ん……。

 「わたしが来たことによって余計な騒ぎを起こしてしまった気しかしないぞ〜〜」




 とりあえず薬研くんと乱ちゃんに薬を頼んで、わたしはいまつるちゃんと前田くんを連れて歌仙さんの部屋へと向かっている。先頭をいまつるちゃんが行き、真ん中にわたし、後ろに前田くんの並びである。そしていまつるちゃん、病人の部屋の障子戸をそんなに勢いよく開け放ってはダメだよ。

 「かせん! おまえがなさけないしゅうたいをさらすので、ひめはたいへんおいかりですよ!」

 「いまつるちゃあん! 違うってばおみまいだよ!!」

 前田くんは歌仙さんの枕元に膝をつくと、神妙な顔つきで俯いた。

 「歌仙さん……粟田口の二振りが失態を演じながら、僕が言うのもおこがましいですが……早くからこの本丸で共に励んできたからこそ、僕はやるせない思いでいっぱいです……! どうしてあなたが……!」

 歌仙さんはただ風邪をひいちゃっただけなんだよ……! みんな死ぬまでに一度はかかるだろうメジャーでポピュラーでかかったからといってそんな深刻にならなくてはいけない病気でもないし、そもそも病気になること自体その人が悪いわけではないんだよ……!

 「前田くんまでやめてよこれはおみまいだよ……!」

 すると歌仙さんはゆっくりと起き上がって、ゆるく首を振った。

 「……いや、いいんだ……。……きみたちの言う通りだ。……僕は初期刀でありながら……姫たるを支え、守る立場にあるというのにこのザマだ……情けない」

 掛け布団を強く握りしめながら、歌仙さんは苦しげに呟い「けれどね、同時にぼくは、ぼくは……っか、感動してしまっている……! が、姫として、こうして家臣の慰問に訪れるなんて……! こんな日がくるだなんて……! ぼくは……!」……どうしよう言ってること全部がおかしい……!
 いまつるちゃんも前田くんの隣に膝をついて、諭すようにゆっくりと口を開いた。

 「かせん、ひめはおっしゃられました。おしごとよりも、ぼくたちのほうがずっとだいじだと。そのおきもちにむくいるには、しょきとうであるおまえがいちばんにかいふくし、ひめをおたすけしなければならないのではありませんか?」

 感極まった様子で、歌仙さんは強く頷く。

 「もちろん承知しているよ。……、ありがとう。少しだけ時間をくれ。……姫としての自覚を持ってくれたきみに、僕は必ず報いると約束しよう……!」

 早く治してくれるならそれほどありがたいことはないんだけどやっぱりズレてるんだよな〜〜!!!!
 けれどもうそんなこと言ってもしょうがない。だってみんながみんなズレてる。

 「……もうそれでいいです! 早く良くなってくれるならもういいです!!」
 「あぁ、必ず!」

 いまつるちゃんはにっこり笑って、「さすがひめ! これでかせんは、すぐにでもかいふくします!」とわたしの両手をぎゅっと握る。前田くんまで満面の笑みで「ご立派です、お嬢様!」とか言うのでもう……。

 「う、うん……ありがとう……。じゃあ次、光忠さんの様子見に行こうか……」
 「もちろんです!」

 元気に頷いてぴょんっと立ち上がったいまつるちゃんが、障子戸を開けていち早く廊下へ出る。前田くんもすくっと立ち上がると、「お嬢様のことは、今剣さんと僕でお支えします。ですから、安心して養生なさってくださいね」と歌仙さんに一言声をかけた。

 「ありがとう。すぐに戻るよ」

 歌仙さんが喜んで(?)くれたならそれでいいんだけど…………ズレてるんだよなやっぱり〜〜! ツッコまずにはいられないよね〜〜〜〜!!!!




 歌仙さんの部屋を後にして、今度は光忠さんの部屋へと向かっていたのだが。ちょうど角を曲がったところで、バッタリと男の子に会った。……どこの子かな? また知らない間に知らない子が増えているぞ……。そしてこの子とっても派手だなあ……。
 パッチリとした大きな目を丸くさせて、彼は「ちょおっと待った! 姫、なんだってここへ来ちまったんだい? あんたがまた風邪なんかひいちまったらどうすんだ!」と――待って待ってわたしはきみに会ったことが一度もないんだけど…………つまりは(ものすごく遠い)親戚かな?

 「……ええと……いまつるちゃん」

 わたしの困惑が色濃い声にいまつるちゃんは一つ頷いて、「これはたいこがねさだむねといって、だてけにゆえんのあるものです。ついみっかほどまえに、あたらしくやってきました」と彼を紹介してくれたけれど…………とてもレアな名字だということと三日前にここにやってきたことしか分からないぞ〜〜。家に“だて”という名字のおうちと繋がりがあるのか分からないので、その“だて”さんのおうちと縁がある“たいこがね”さんはもっと心当たりがないぞ〜〜。……とりあえず親戚(たぶん)ということで解決としよう、今考えてもしょうがない。

 「……な、なるほど……。えーと、貞宗くん?」
 「おうっ、貞ちゃんでいいぜ!」

 眩しいほどの笑顔がとってもかわいいので、貞ちゃんというあだ名もしっくりくる。なんだか久しぶりに子どもらしい子どもに会えたと感動すらしてしまいそうになりながら、「じゃあ貞ちゃん。光忠さんの様子、どうかな? 心配でお見舞いにきたんだけど……」と言うと、貞ちゃんは眉間に皺を寄せて、言いにくそうに頬をかいた。

 「……んん、姫に余計な心配させたくはねえが……まぁ良いとは言えないんだよなあ、これが。ほら、俺も顕現されたばっかだろ? 世話するって言っても、何すればいいんだかよく分かんなくてさぁ」

 もう頭がクラクラしてきそうだ……。信じられない、どうなってるの……。病人は放っておくわちびっ子たちを気にかけることもしないわここに来たばっかりの子の面倒を見ないわ……。

 「……ここの大人たちはほんと何してたの……。よし、とりあえずお邪魔させてもらっていいかな? さっきちらっと会った時、ものすごく熱がありそうだったから……」

 すると貞ちゃんは「そうこなくっちゃな!」と私の手を引いてくれたが、「さっすがみっちゃんが自慢してただけある! 優しいお姫さんでよかったぜ」と続いた言葉には乾いた笑いしか出なかった。よくよく考えれば恐ろしいことなのだが、姫と呼ばれることにもなんだか慣れてしまってなんとなく受け入れ始めていた。でもどう考えてもおかしいので、やはり一度お兄ちゃんによく話を――と考えていると、貞ちゃんがスパーンッ! と障子戸を引いた。

 「おーいみっちゃん! 姫が見舞いにきてくれたぜ!」

 みっちゃんとは………………いやいや、光忠さんみたいな夜の街が似合いそうなイケメンが“みっちゃん”なんてかわいいあだ名「ちゃんは部屋に入れないでって言ったでしょ貞ちゃん! また風邪ひいちゃったらどうするの!」……わあ……“みっちゃん”って光忠さん的にアリなんだぁ……いつもカッコよくカッコよくって言ってるから……あ、でもお台所マスター、そして(過保護な)ママというギャップが許されているあたり、“みっちゃん”もそういう…………というかものすごく親しそうだけど、もしかして“たいこがね”さんは燭台切さんのお宅と親戚関係にあるとかそういう……?
 ――なんてことをわたしがごちゃごちゃ考えている間に、貞ちゃんはさっさと光忠さんの枕元に腰を下ろして、「まぁまぁ、その姫に言われちゃあ帰れなんて言えねえだろ? 本丸の鉄則その一だぜ、みっちゃん」と笑顔でママ――じゃなくて、光忠さんをなだめている。
 ……この本丸は子どもになだめられる大人率が異常に高くないかな?

 「だからってちゃんが――」

 一体どのくらいの高熱なのか、真っ赤な顔をしながらも起き上がろうとする光忠さんを布団に押し込めながら、「わたしのことはいいですから!」と前置きしつつ、「光忠さん、光忠さんが早く元気になってくれないと困ります。ちびっ子たちが――」と言ったところで、光忠さんのスイッチが入ってしまった。もちろん(過保護な)ママモードのスイッチである。
 顔を両手で覆って、わぁっと布団に突っ伏しながら「ごめんねちゃん……! 僕が風邪なんかひいたばっかりに、ちゃんにおいしいものを食べさせてあげられなくて……! でも今の僕が厨に入って、きみに出す料理に余計な菌なんかが入っちゃったらと思うと僕はね……!」と…………いや、こうなると思ってたけどなんでそうなるんだろうねほんとに!

 「わたしのご飯よりちびっ子たちのご飯です問題は……! なんでわたし……!」

 わたしのほうがわぁっと泣き出したいような気持ちになっていると、なんともなさそうな顔で貞ちゃんが放ったセリフによって背筋が凍った。

 「まぁ俺たちは食わないからって死ぬわけでもねえしな。けど、姫は違うだろ? あんた一人で暮らしてるっていうし、ちゃんと食事してるかとか心配なんだよ、みっちゃんは」

 ………………。

 「いやどういうこと食べなかったら死んじゃうよ怖いこと言わないで?!」

 貞ちゃんが心底驚いたというように目を丸くした。なんで。なんでなの……!

 「おお……話に聞いちゃあいたが、姫ってホント優しいお人だなあ……これじゃあ俺たちも守りがいがあるってわけだ。聞いたかいみっちゃん! そういうわけなら早く回復して、姫にうまいもん食わせてやんなきゃだろ?」

 いやだからわたしのことなんかどうだっていいんだよ……! とわたしが口を開く前に、貞ちゃんの言葉にいたく感動した様子の光忠さんが「……そうだね貞ちゃん……! うん、僕が早く風邪を治すことがちゃんのためだよね……!」と言うので、もう何をどこから訂正すればいいのかすらも分からない……。
 はあ、と小さく溜め息を吐いたところで、貞ちゃんが「よし! じゃあまずは……んー、どうすりゃあいいんだ?」と言って、困った様子でわたしを見つめてくる。
 ……まぁ大人たちの意識改革は元気になってもらったら即刻行うべき最重要課題として、今できることといえば、そこにこぎつけるための彼らの看病と、ちびっ子たちの健全な生活を手助けすることである。

 「あぁ、そうだよね、うん。薬研くんと乱ちゃんに薬を頼んであるんだけど、その前にお腹に何か入れたほうがいいと思うから……もう少し待っててくれるかな? 他の人の様子も見て、食べられそうなものをまとめて作ってくるから」

 わたしの言葉に、光忠さんはバッと布団を払って「えっちゃんが厨に入るの……?! それはダメ! 怪我したらどうするの!」と起き上がろうとするので、すぐさま布団をかけ直す。

 「しませんから! 絶対しないって約束しますから寝ててください!!!!」

 光忠ママの過保護スイッチが熱のせいか、さらにヤバイ方向へ……と冷や汗をかきそうなわたしにぱちりとウィンクを飛ばすと、貞ちゃんが「まぁまぁ、みっちゃん」と一言。

 「お姫さんがここまで言ってくれてるんだ、ここは素直に姫に甘えとこうぜ。ありがたく受け取らないのはかっこ悪いと俺は思うね」

 かっこ悪い、という言葉に光忠さんが眉を下げる。

 「で、でも、」

 口ごもる光忠さんに、いまつるちゃんと前田くんがかぶせる。

 「ぼくとまえだが、おそばにひかえています。ひめをおもうなら、おまえはかいふくにつとめるのがいちばんですよ、しょくだいきり」

 「お嬢様のことはお任せください。燭台切さんがお戻りになるまで、僕たちが必ずお守りいたします!」

 貞ちゃんの「俺もお姫さんを手伝うからさ。それならいいだろ?」というセリフで、光忠さんはやっと折れてくれた。

 「……そこまで言うなら、任せるよ。でも、ちょっとでも危ないと思ったらちゃんがなんて言っても、絶対にやめさせてね! これだけは僕譲らないよ!」

 …………折れてくれたんだよねこれは……?

 「たんとうのきどうりょくのみせどころですよ。ぼくたちにまかせてください」
 「……頼んだからね、絶対だからね……!」
 「分かりましたからもう寝てください光忠さん」


 なんとか光忠さんを説き伏せることに成功――したのかちょっと怪しいけれど、まぁ一応は話がついたので部屋を出たのだが……なんだっていい歳した大人のわたしの心配を、ああも大袈裟にするのにちびっ子たちのことは……と深い溜め息を吐くわたしに、貞ちゃんが人懐っこい笑顔で明るく言う。

 「みっちゃん、あんたのことが心配でしょうがないって、全然大人しくしてらんなくってさあ。さすがの貞ちゃんも困ってたんだ。ありがとうな、姫」

 ……ここの子たちはほんと、よくできた子ばっかりで……それでなぜ大人たちがああなのかな……。

 「いや、なんかわたしのせいでややこしくしちゃって……」

 わたしの背中をぱしんっと叩いて、「なーに言ってんだ! 姫が見舞いにきてくれたんだ。みっちゃんのことだ、すぐ治しちまうに決まってる! だからそんな顔しちゃあダメだぜ」といたずらっぽく目を細める貞ちゃんに、わたしはとりあえず「そうだといいんだけど……」と笑顔を返した。いや、ほんと……ややこしくしちゃった気しかしないので……。

 「――で、他のヤツも見舞ってやるつもりなんだろ? なら、次は鶴さんのとこへ行ってやってくれねえかな。あの人、誰も寄せつけないで閉じこもっちまってさあ」

 もちろん鶴丸さんの様子も見に行くつもりなので、それは一向に構わないのだけれど…………ま、またよく分からないなそれは一体どういう……。

 「と、閉じこもってるとは……」

 貞ちゃんは肩をすくめて、呆れたような溜め息を吐いた。

 「俺も伽羅も門前払いで困ったもんだぜ。姫には絶対言うな、聞かれたら出かけてるとでも言ってくれ、だってさ」

 …………。

 「……なんでみんなわたしを基準にして考えるの……しかもズレてるんだよ考え方が……。うん、じゃあ鶴丸さんのところに行こうかな。貞ちゃんはどうする?」

 「みっちゃんに姫を手伝うって言ったからな! もちろんついてくぜ」


 今度は貞ちゃんを先頭にして、鶴丸さんの部屋へと向かっていたのだが「おーいっ鶴さん! 姫のお出ましだぜ!」……みんなどうして病人の部屋の障子戸をそんなに勢いよく開け放ってしまうのかな?

 「……おい、俺の聞き間違いだよな。はここへ近づけるなと言ったはずだぞ、貞坊」

 掠れて覇気のない声に少し驚いて、貞ちゃんの後ろからそっと部屋にお邪魔させてもらう。
 鶴丸さんというと、見た目詐欺の無邪気ないたずらっ子というイメージが強いので、見た目通りの儚い様を見せられるとなんとも……。

 「そんなこと言ってる場合じゃないですよ鶴丸さん……。どうなってるんですかここ。頼りになりそうな人が皆さん揃って寝込んじゃって、まともな大人が誰一人いません」

 言いながらその場にそっと座ると、鶴丸さんは気だるげな動きでゆっくりと体を起こした。

 「きみが無事ならそれでいいからな、俺たちは。そういうわけだ、俺のことはいいから――」

 ……だから! なんで! わたしを中心に物事を考えるのかな?!

 「だからよくないって言ってるでしょ話聞いてましたか?! みんなしてわたしのことばっかりで治そうって気あります?! ちびっ子たちはもちろんですけど、貞ちゃん本丸に来たばっかりなんですよね? 保護者のあなたたちがそれじゃあしょうがないでしょ!」

 つい大声を出してしまって、あちゃ〜……と俯く。
 い、いや、わたしの言ってることは絶対正しいんだけど、相手は病人なんだよなそういえば……いやだから余計になんで自分じゃなくてわたしを中心にするのかな? っていう話になるんだけど!

 「……驚いたな。きみに叱られるとは思わなかった」

 で、ですよね〜……と恐る恐る鶴丸さんのほうへ視線をやると――。

 「――ははっ、驚かせてくれるねえ! あぁ、きみの言う通りだな。分かった、大人しくきみに従おう」

 …………。な、なぜ笑うの……。というか、もっと今までの人たちみたいにぐずぐず言われるかと思っただけに、ちょっと驚いてしまった。

 「――へっ。え、あ、はい、そうしてくれると助かります……」

 ぼやっとした頼りない返事をするわたしをよそに、貞ちゃんがぱんっと膝を打った。

 「あっははは! いいねえいいねえ! 豪胆なお姫さん、俺は好きだぜ! じゃあ鶴さん、俺は姫を手伝うから、また顔出すまで大人しくしててくれよ」

 「そうさせてもらおう。貞坊、おひいさんのこと、任せたぞ」

 「おうっ! 任されたぜ!」

 ……ま、まぁいいか、大人しく休んで早く治してもらえるに越したことはない。

 「じゃあ鶴丸さん、ちゃんと横になっててくださいね」
 「きみの言いつけだ、もちろん守るさ」

 ……い、言いつけ……んんん結局やっぱりズレてるんだよなぁ〜〜〜〜!


 横になってくれた鶴丸さんの部屋を出ると、早速いまつるちゃんの大きな瞳がわたしを見上げた。

 「あとは、いずみのかみとはせべですね。いずみのかみは、ほりかわがついているとおもいますが……どうしますか? ひめ」

 あの様子のお母さん――堀川くんがついているなら、兼定くんは絶対に大丈夫だろう。顔は後で見させてもらうとして……ヤバイのは長谷部さんである。まだ死んでないよね? いや、まだっていうか死なれちゃったら困るんだけど……!

 「……そうだね、長谷部さんが一番心配だから、先に長谷部さんのところに行こうか」

 いまつるちゃんはぷんすか腕を組んで、「まったく、せわがやけますね」と頬を膨らませる。
 うう、やっぱり今日はご機嫌ななめだなぁ……。長谷部さんにはどうか優しくしてあげてほしいんだけど……。

 「……長谷部さんはね、しょうがないよ……」

 だってエリート社畜は休むということを知らないんだから……。






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