『ちゃん……ごめんね……。お兄ちゃんがちゃんを一生大事に、大切に、幸せにしてあげるって約束してたのに……。お兄ちゃんは、もうここまでみたいだ……。ちゃん、かわいい妹を残して逝くこの情けないお兄ちゃんを、どうか許してね……。でも、たとえもう会えなくなってもお兄ちゃんはちゃんだけを愛してるってこと、忘れないでね……。あと、お兄ちゃんがいなくなっても、変な男と付き合ったりなんかしちゃメッ! だよ……。変な男っていうのは具体的に言うと――』 この手のメッセージはもう何度も受け取ったことがあるので、わたしは最初の『ちゃん……ごめんね……』以降は読んでいない。薄情だと責められるいわれはないと初めに言っておく。それ以降の内容は分かっているのだ。どうせ『お兄ちゃんがいなくなっても〜』というのが延々と続いて、一言にまとめると『お兄ちゃんがいなくなってもちゃんは結婚なんてしたらダメだよ』、これ。これが文字限度数ピッタリにつらつら書かれている。もう言いたいことが分かっている以上、読むだけ時間の無駄である。そもそも、そもそもこれに反応することだってぶっちゃけ時間の無駄案件。 だってお兄ちゃんは体調をちょっと崩すとすぐにこの遺書(仮)を送ってくるので、いちいち相手にしていられないというおはなし。このちょっと体調を崩すというのはどの程度かというと、咳が出て鼻が詰まる、あれ? 風邪ひいたかな? という程度である。いちいち相手にしていられない。……いられないが、今回だけは反応せざるをえない。 以下、“女子力☆向上委員会(4)”のチャット。ちなみに4というのは参加人数で、わたし、乱ちゃん、清光くん、そしてなぜか光忠さんの四名である。乱ちゃんと清光くんが何も言わないからわたしも何も言わず受け入れている。さて、チャット本文がこちら。 みーんなのみだれ♡ 『ちゃんどうしよう〜っ(´;ω;`)』 『どうしたの?』 世界一かわいい♥加州清光 『主が風邪ひいちゃったと思ったら、厨番(永久指名組)と鶴丸、一期一振、兼定、長谷部、ついでにじーさんもぶっ倒れちゃってさ〜。堀川は兼定に付きっきりだし、今こっちちょーヤバイんだよね』 『長谷部さんとうとう……っていうか、えっ、光忠さんと歌仙さんもダウン?! ウソ! 誰がご飯作ってるの?! 大丈夫?!』 みーんなのみだれ♡ 『大丈夫じゃなーいっ(´;ω;`)燭台切さんたちがいないと、ボクたち何すればいいのかわかんないもん!』 世界一かわいい♥加州清光 『ほんとそれ〜。火曜からお菓子しか食べてないし、肌荒れちゃうよこんなの〜〜。ほんっとむり〜』 『まってまってちびっ子たちは?! おかし?!』 みーんなのみだれ♡ 『だってだって燭台切さんたちがいなきゃわかんないんだもん〜〜……。それに、勝手にいじったらあの人たち怒るよ(・ε・)ちゃんが帰ってきたとき、ちゃんとしたもの食べさせるために色々やってるんだから(`_´)って』 『わたしなんか週末しかいないんだからみんなの食事大事にしようよ何してるの?! 他の大人は?! 何してるの?! あっ、ほら蜂須賀さんとか宗三さんは?!?! あの人たちなら家事くらいできるでしょ?』 世界一かわいい♥加州清光 『えっ、のことじゃないのにあの人たちがそんなことするわけないじゃん! 何言ってんのwwwww 俺だってそんなめんどくさくて手が荒れること、ヤローたちのためになんかしたくないし〜』 みーんなのみだれ♡ 『ちゃんどうしよう〜っ。・゚・(*ノД`*)・゚・。』 ……そんなヒドイ状態だって聞いてほっとけるわけないよねどう考えても……。っていうか大人たちの判断基準がおかしいことにもっと疑問を持っていいんだよ?! なんでわたしに関わることじゃないからとかいう理由で大人として果たすべき責任を放棄してることを受け入れちゃってるの?! そんな環境にあんなかわいい子たちを……! と思ったら、わたしは会社を飛び出していた。子どもたちを庇護する大人として、というか人間として正常な判断である。 「みんな大丈夫?!」 ドアを勢いよく押し開けると、畳にお行儀よく座っていたいまつるちゃんが目を丸くして、じぃっとわたしを見つめた。そしてばっと立ち上がったと思うと障子戸を勢いよく開け放ち――。 「…………みなのもの! しゃきっとなさい!! ひめがおもどりになりましたよ!!!!」 「?!」 えっ何今の。えっ、何? と状況を飲み込めずにいるわたしに、いまつるちゃんはにこにこ無邪気な笑顔を浮かべながら駆け寄ってきた。わたしの両手を握って、嬉しそうにぶらぶらと振る。 「わーいっ! ひめ! おかえりなさい! きょうはとーってもおはやいおかえりですね! どうしたんですか? ……またおかぜをめされたんですか?! たいへんです! しょくだいきりたちをたたきおこして――」 今にも部屋を飛び出しそうないまつるちゃんの手首を捕まえて、「ストップストップいまつるちゃんストップ!!!!」と声を張ると、くるりとわたしを振り返って「はーい。なんですか? ひめ」と小首を傾げた。素直で大変かわいいんだけど今さっきのはなんだったの。そして光忠さんを叩き起こすって、あの人もダウンしちゃった組なんじゃないの……? とりあえず、今のここの状況をきちんと把握しないと、わたしがすべきことが分からない。風邪でダウンしちゃってるにしても、大人たちは最低限のことでどうにかなるとして、一番心配なのは火曜からずっとお菓子で食いつないでいたというちびっ子たちである。いまつるちゃんはいつもと変わらない様子で元気そうだけど、しっかりしたものを食べなければだめだ。 「お兄ちゃんはともかく何人か風邪でダウンしちゃったって聞いたから。ご飯食べてる? お菓子じゃなくてちゃんとしたもの! 風邪ひいてる人たちの世話は誰がしてるの? ……あっ! 長谷部さん生きてる?!?!」 そうだ、大人組はなんとかなると思ったけれど、エリート社畜の長谷部さんだけは別枠である。とうとう体を壊したかっていう感じだし、そうなると今までの疲労という疲労で風邪といえどもヤバイかもしれないという不安が拭えない。 はらはらして落ち着きのないわたしをじっと見つめながら、静かに話を聞いていたいまつるちゃんが、暗い声音で「……ひめ、おしごとはどうされたんですか?」と呟く。 「へっ? え、仕事? あ、早退して――」 「いわとおし!」 いまつるちゃんはなぜか眉間にくっきりと皺を寄せて、頬をむうっと膨らませている。なに、なんでご機嫌ななめなの……。 今度はオロオロして落ち着きなくしていると、岩融さんが廊下からぬっと姿を現して、わたしを見るなり笑顔をみせた。 「おおっ! 任されたぞ、今剣よ! 姫、よく戻ったな! ――さて。……集まれぇッ刀どもォッ!!!!」 「?!?!」 今度は何! カタナって……刀?! なぜ?!?! どういうこと全然意味が分からない……。さらに、うなだれるわたしのそばに立っているいまつるちゃんは、腰に両手をあてて怒っている。な、なぜ……。 「まったく! かぜでたおれるなど、ふだんからのそなえと、にんたいがふそくしているんです! ひめに、たいせつなおしごとをぬけさせるなんて! かしんとしての、こころがまえがたりない!!!! ……なにのんびりしてんですか! きびきびあるきなさい!! ひめのごぜんですよ、このおおばかども!!!!」 いまつるちゃんの怒鳴り声が響く中、ぞろぞろと部屋に人が入ってくる。今一番横になっててほしい人も――長谷部さんも廊下を這ってこちらに向かってくるのが見えた瞬間、わたしは背筋が震えた。 「?!?!?!?!」 大変ご立腹らしいいまつるちゃんの様子に、部屋に集まった人たちがどこか落ち込んだようにしゅんと肩を落としている。 けれどいまつるちゃんの(謎の)怒りは収まらないらしく、「だいたい、このことをひめにおつたえした、おろかものはどれです? このぼくが――」というところでわたしはやっと落ち着いて、いまつるちゃんの体をぎゅっと抱きしめた。これまでの動揺や混乱など一瞬で吹き飛んで、一気に冷静さを取り戻させるほどに長谷部さんがヤバそう。 「い、いまつるちゃんっ! ストップ、落ち着こう!! 長谷部さんは今すぐ布団に入ってください死んじゃうから!!!! 誰か運んであげてください!!!!」 わたしの言葉にいまつるちゃんは首を振った。横に。そして長谷部さんを冷たい目で見下ろしながら、「ひめ、あまやかすものではありませんよ。おれなきゃしにません!」などと恐ろしいことを言う。というか折れなきゃって何が?! 何が折れたら死んじゃうの?! 心が折れたら体も引きずられるみたいなこと?! それって一番ヤバいパターンじゃないかな?!?! えっ?!?! 「わ、わかった! 分かった! わたしがやるよそれなら!!!! ほら長谷部さん、起きれま――」 「っ俺を……! 俺を折って下さいッ! 様ッ!!!!」 とりあえず屈んで長谷部さんの腕を掴んだところで、長谷部さんが額を冷たい廊下に打ちつけたのでびっくりして、思わず手を離してしまった。というか長谷部さんも折ってくださいなんて相当病んでるこれはヤバイ……。 とにかくこの人は休ませなければいけない。逆にたっぷりと休息を取ってしっかりと体から疲労が抜ければ、自ら心を折ってくれだなんて完全に狂った思考もどうにかなる……。どうにかなってくれないとアブない……。 「あなたまで何を言い出すんですか?! 寝ましょう! 寝たら治りますから!! ね?!」 長谷部さんの背中をさすりながら顔を覗き込むと、生きてるよねほんとに……ゾンビとかそういうのじゃないよね……? と思うほどに青い顔をしている。それなのに長谷部さんはまた額を廊下に打ちつけ、そのままめり込んじゃうのでは? と見ているこっちまで痛くなるような勢いで額を擦りつけている。……これは素人のわたしが寝れば治るとか無責任なこと絶対言っちゃいけないやつ。 しかし、エリート社畜を極めた長谷部さんは、この後に及んでまだ仕事――仕事(?)をしようとしているから恐ろしい。さらに言えば長谷部さんが仕事と思っていることは仕事ではまったくない。 「様のお戻りを出迎えるどころか……ッ! 熱心に励んでおられる職務を放棄させ……あまつさえ! 様に抱き起こされる俺など……ッ!! なんの役にも立たない鈍ですッ!! どうぞ折って下さい後生ですからッ!!!!」 すると黙って事を見つめていたいまつるちゃんが、静かな声で「なにをばかなことをいうんです、はせべ」と言った。 「そう! そうですよ! そもそも長谷部さんは休む必要があ――」 「ひめのおてをわずらわせるなど、ごんごどうだん。せめてさいごくらい、じぶんでしまつをつけなさい」 どういうこと?! さいごとは。しまつとは。 いまつるちゃんの大きな瞳にハイライトがないような気がして…………ん、んなわけ〜! とか喉をゴクリとさせていると、長谷部さんが口惜しそうな表情で「……っく! 俺が……俺、は……、」と呻いて――。 「は、長谷部さん?!?! うそでしょ?!?!」 そのまま動かなくなったうそでしょ……ま、まさか……し、しん…………ん、んなわけ〜……! 指先の震えが止まらないわたしの隣で、いまつるちゃんが面倒そうな溜め息を吐いて、「まったくだらしのない……」と呟いた。今日はどうしたのいまつるちゃん……。わたしの知ってる天使みたいないまつるちゃんはどこ……この世を平和に導きそうな頼れるいまつるちゃんはどこにいっちゃったの……。 いまつるちゃんがビシッと長谷部さんを指差しながら、「いわとおし、ひめのおてをわずらわせるわけにはいきません。はせべをへやに」と言うと、岩融さんは豪快な笑い顔で長谷部さんをめちゃくちゃ雑に俵担ぎした。待って急な腹部への圧迫で長谷部さん何かを戻しそうになってる……! 「ではな、姫! 長谷部のことは案ずるな。俺が無事に部屋に届けよう! がははははっ!」 無事とはどういうことだっただろうか。すでに長谷部さんは無事ではないようにしか見えなかったぞわたしには……。 もう何もかもがおかしいと、わたしは思わず顔を覆った。 「……ど、どうなってるのここは……」 「、またあなたはそんな格好をして……。ほら、今日は僕が用意したものがありますから、早くそれに着替えなさい。行きますよ」 本丸は壊滅状態だというのにのんびり現れた宗三さんは、気だるげな溜め息を吐きつつも、わたしの手を引いて衣装部屋――恐ろしいことにわたし専用だと言う。なぜ――に連れていこうとする動きはきびきびしている。 するとそこへ眉間にぐっと皺を寄せた蜂須賀さんが割り込んできて、「ちょっと待ってくれ宗三左文字。俺が先日、京から取り寄せた友禅の反物の仕立てがやっと終わって、今しがた届いた。それを出さずにはいられない」だとか言い始めたけど、わたしのほうが溜め息を吐きたいし怒ってやりたい気分だというのをこのお二人は分かっていないご様子でなんでなのと言いたい。なんでなの。こんなおかしなことになってるのになんで通常運転なのおかしいでしょ……いや、その通常運転もおかしいからなんならおかしくないのかすらも分からない……。 蜂須賀さんの言葉に、宗三さんは少し考えるように口元に手をやる。いや、今もっと考えなくちゃいけないことありますよね? わたし的にはもっと早くに考え始めてほしかったんですけど。もちろんわたしの服のことじゃなくてこの本丸の状況についてである。 「……友禅ですか。なるほど、それならまずはそちらを拝見しましょうか。僕が用意したのは洋装ですから、確認はすぐに済みます。ほら、行きますよ」 またわたしの手を引こうとした宗三さんの白い手を素早く避けて、「いや、わたしの服なんて今はどうでもいいでしょ?! 倒れた人たちの看病もせずに何してたんですか今まで!!」とつい大声を出すと、蜂須賀さんがぴくりと眉を持ち上げた。険しい目つきで、まるで聞き分けのない子どもを諭すような調子で言う。 「……の着物がどうでもいい? いくらあなたといえど、その発言は許せない。いいかい。あなたはこの本丸の唯一無二の姫君なんだ。つまり、それに相応しいものを身につける義務があるんだよ」 清光くんのチャットでの発言は、ちょっと大袈裟に言ってるもんだと思いたかった……。だけどもう否定できる材料がない……ガチだ……この人ほんとにわたし(赤の他人)を中心に物事を考えてる信じらんない嘘でしょ……。 一般庶民のわたしには身につけるもののレベルとかまったく決まりはないので義務も何もないけれど、あなたには大人としてこの本丸にいる子どもたちの世話をする義務があるでしょ大真面目な顔(しかも若干怒ってる)で何を言ってるのかな……。仮にわたしにそんな意味分かんない義務があったとして、人にそれを全うしろと言うならあなたもご自分の義務を全うしてからにしてくださいお願いだから……。 蜂須賀さんがこれなら、この人も同じ、もしくはそれ以上にダメだな……と思いながら宗三さんを見る。 この宗三さんという人は、前世は絢爛豪華な安土桃山文化を謳歌した深窓のお姫様かな? というほどに価値観(主に金銭感覚)がブッ飛んでいる。わたしは「今の時代はいいですねえ。これだけの細工の品が、たかだか三百万で手に入るっていうんですから」とか言ってその三百万の簪で髪を結われた時の衝撃を忘れられない。もちろん、三百万もする簪が頭にあって普段通りの生活をできるほど神経が図太いわけないので、一日を終えるまでにものすごい心労で寿命のほうが先に終えてしまうかと思った。そんなわたしの様子を見て、宗三さんは「、あなたもいい加減に姫らしく堂々振る舞うことを覚えなさい」とか言って溜め息を吐いていたので、ほんと相容れぬ雲上人。その雲上人がどうしてわたしを姫と呼んで、正しくその通りに仕立て上げようとしているのかというと、そういうお遊びなのかもしれないなと最近若干の理解(という名の諦め)を示していたのだけれど――。 「何をしてたって……あなたに着せるもの、あなたに食べさせるものを、いつも通り吟味していましたけど、何か問題でも?」 お腹が空いてもきちんとした栄養のあるものを食べられず、お菓子でどうにか今日まで過ごしてきたとかいうちびっ子たちと同じ空間にいてこのセリフが出てくるとかどう考えても常人じゃない。蜂須賀さんと同様、この人もなぜわたし(赤の他人)にこれだけ情を持ってるのに、毎日顔を合わせているかわいいちびっ子たちにその情を持てないの……。わたしはいい歳した大人なんだから、服だろうが食べるものだろうが自分で用意できるって分かるでしょ……なんでなの……。 「あるでしょ?!?! っも〜!!!! なんで分かんないんですか?! なんで?!」 ちびっ子をたくさん預かってるこの本丸で、頼れる大人がいないとか嘘でしょ……? ほんと今までちびっ子たちはどういう気持ちでここで生活してたの……。みんな素直ないい子だから、大人がそうだと言ったら信じちゃうんだろうけど疑問を持っていいんだよ……! おかしいなって思っていいし言っていいんだよ……! 学校で肩身の狭い思いとかさせてたらどうしよう……。わたしも週末だけとはいえ、ちびっ子たちと一緒に過ごしてるんだから監督責任があるしなんとかしてあげなくちゃ大人とか名乗れない。というか、そもそもわたしの言っている意味が伝わるような、一般的な常識の範囲で会話ができる人がいないとかどう考えてもおかしい。話が分かる人いないの――。 「――あっ! 堀川くんと石切丸さんは?!」 宗三さんが「あぁ、石切丸は今、いつもの加持祈祷の時間ですよ。堀川なら――」と言ったところで、ドタドタと騒がしい足音が近づいてきて――その足音の主であった堀川くんは、氷枕と水差しを抱えた完全なる看病人スタイルで、セリフは完全なるお母さんだった。 「もうっ! 僕が何回言っても言うこと聞かないで、お風呂上りに薄着でウロウロするからだよ!! 兼さんはほんっとに僕がついてないとダメなんだから! なんで風邪なんてひくの! それもちゃんが帰ってくる日にまだ寝込んでるなんて、うっかりじゃ済まされない――ってちゃん! どうしたの? お仕事は? あぁ、ごめんね! ちょっと今バタバタしちゃってて……ちゃん?」 正直石切丸さんの“カジキトウ”って何という感じだったので、ここへきて本当に頼りになる人――これだけ大人がいるというのにまさかの中学生(たぶん)とは情けない――が現れてくれただけで御の字。だからお母さんのセリフ後半は聞こえなかったことにしよう。 「よ、よかった……! いた……! 話が分かる人いた……! あ、あのね堀川くん、風邪で何人か倒れちゃったんでしょ? わたしも手伝うから、その人たちの看病――」 わたしの言葉を最後まで聞くことなく、堀川くん――じゃなくてお母さんはクワッと眦を吊り上げた。なぜ。 「兼さんが風邪なんてひくからちゃんがこんなこと言い出すんだよっ!! ちゃんは何もしなくていいから、お茶でも――あ、そっか、一期さんもダメだった……あ、鶯丸さんに頼んで! ね? じゃあ僕、兼さんのお世話があるからまたね!」 …………こんなことも何も……病人がいたら看病するし、起きうるすべての事態に対処するよ誰でも……っていうかもう何度目かなって話だけどわたしのことはいいからちびっ子たちのことなんだよ問題は……! ……あ、あれ? わたしはまともな人をやっと見つけられたはずだったんじゃなかったかな? あれ?? 「…………な、なんてことだ堀川くんまでも……」 い、いや、でも彼の場合は兼定くんのお世話だけはしてるのか………………いやいやいやよくないよ! よくないよ!! その優しさを他の人にもほんのちょっとだけ分けてあげてくれないかなわたしのお茶なんかほんとどうでもいいから……! なんでみんなわたしを中心に考えるの?! いい歳した大人なんだからわたしのことはほっといていいんだよ! ちびっ子だよ問題は! 考えなくても分かるよそんなこと! なのになぜ! 伝わらない! 「…………や……」 すすり泣くようなか細い声音にヒヤッとして慌てて振り返ると、青い顔をした三日月さんがぼうっと立っていた怖い。――ん? 青い顔? というところでやっと思い至る。 「っ?!?! み、三日月さん――あ、そういえば三日月さんもって……あぁ、寝ててください、わたしのことはいいですからね、大人しくしててください」 すると三日月さんはゆるく首を振って、さめざめと泣きながら――なぜ? と言いたい――よよよ、と倒れ込んで呟く。 「しかし俺が寝ていては、誰がの世話をしてやるのだ……かわいいおまえを一人になぞ……」 …………。 「わたし大人ですからね、大丈夫ですよ。はい、三日月さんはお布団に入っててください」 背中を軽く擦りながら、なるべく優しく声をかけつつ、わたしっていつ要看護のおじいちゃんの世話をすることになったのかな? と一瞬思ってしまった。こんな目の覚めるような美形がおじいちゃんとか、んなわけ〜。青ざめた顔色ですら美貌が損なわれることがないとか羨ましいを通り越してほんとに同じ人間なのかな?? とすら。――なんて今考えることではない。 「…………が世話してくれるのか?」 「え? あぁ、そのために早く帰ってきましたからね、もちろんそのつもりですよ」 おっと、そうだ、なんだか(どうしてだかほんと疑問だけど)大きく逸れて近づくことすらできていないので、まさかだけど本来の目的をうっかり放置してしまうところだった。ツッコミが追いつかな「……そうか! うんうん、俺は世話されるのが好きだ。存分に世話してくれ」…………。なんだか一瞬で顔色が良くなったような。 「…………三日月さんは大丈夫そうですね。兼定くんは堀川くんがいるからいいとして……あと確認してないのは光忠さんと歌仙さん、それから一期さん、鶴丸さんか……。ていうか長谷部さんまだ生きてるよね……?」 事態は深刻なわけで、わたしは遊んでいる暇はない。貴族の遊び(?)に付き合ってあげる余裕もない。繰り返しになるけれど、事態は深刻である。 すると地鳴りが聞こえてきて、あー、ハイハイ、とわたしは心の中で溜め息を吐いた。 「お兄ちゃんは?! ちゃんお兄ちゃんの名前が出てきてないな! お兄ちゃん死んじゃいそうだな! ちゃんがお世話してくれないと死んじゃうな!!!!」 子どものように――と言ったら、いまつるちゃんのような賢い子だっているので失礼極まりない気もするので駄々っ子として、お兄ちゃんが地団駄を踏みながら登場すると、三日月さんも同じようにぐずり始めたのでほんとそんな暇も余裕もないですとしか言いようがない。 「そうだぞ! 俺を放って他の連中の世話などしてやるな! 図に乗るではないか!!」 「ちゃんお兄ちゃん死んじゃいそう! 死んじゃう!! ちゃんがお世話してくれないとすぐにでも死んじゃうよ!!!!」 「はいはい二人ともお布団で大人しくしててください後で手が空いたら様子見に行きますからね〜〜」 すると二人して同時にぴたっと動きを止めたかと思うと、眩しいくらいの笑顔を浮かべたので絶対死ぬことはないと確信できた。 「よーしお兄ちゃん張り切ってお布団はいっちゃうぞぉ〜!!!!」 「絶対だぞっ! 絶対だからな! 必ずだぞ!! じじいは待っておるからな!!!!」 「はいはい〜」 手が空いたら行きますよ手が空いたら〜〜。 まったく面倒を見てあげる必要はないけれど、別の意味で手のかかる二人がさっさといなくなると、いまつるちゃんが抗議するようにぴょんぴょん跳ねた。わたしの手をぎゅうぎゅうしながらぷんすかする。 ……今日のいまつるちゃんはご機嫌ななめみたいだけど大変かわいい。やっぱり栄養が偏ったらダメだね。あとでちゃんとしたものみんなで食べようね……。 わたしが頭を撫でると、飛び跳ねることはやめてくれたけれど、ほっぺたをぷくっと膨らませた。 「……ひめのおやさしいところ、ぼくはとってもだいすきですけど、だからってかしんにあまいかおをしてはいけませんっ! ひめは、ひめさまなんですよ! かしんのせわなんて、するひつようありません!」 ……かしん……かしんかぁ……。 「……いまつるちゃん。かしんの世話をしてあげるのも、上に立つものの役目なんだよ。だからね、わたしは――」 言いながら、わたしは何を言っているんだろうと思っていると、ダダダダダッとものすごい足音が聞こえてきて、気づけばそこに感極まった様子の歌仙さんが立っているのを見たら何が起こっているんだろうと思い直した。何が起こってるの。 「…………! ついにきみも、姫としての自覚を持ってくれたんだね……! 僕は嬉しいよ! 思えば主に初期刀として選ばれたあの日から今日まで、きみを思わない日なんて一日たりともなかっ――」 「話は後だよ歌仙くん! 今は寝てる場合じゃない!! 今夜は宴だ! ちゃんの好きなものだけを並べるからね!!!!」 歌仙さんに続いて飛び込んできた光忠さんまでも、目をうるうるさせながら意味の分からないことを言っているのでとてもヤバイ。 「二人とも顔真っ赤ですよ熱どのくらいあるんですか?! 薬研くん体温計ってどこに…………薬研くんがいるじゃん!!!! いまつるちゃん!」 ここへきてやっと頼りになりそうな人を思い出せたと思ったらやっぱり大人じゃなくて情けなさで頭を抱えたが、とにかくできることからさっさと手をつけて、一刻も早くこのカオスをどうにか処理しなければ。 わたしの声にいまつるちゃんはすぐさま元気に「はいっ、やげんをよんできますね!」とお返事をしてくれて、やっぱり頼りになる! とわたしも「うん、お願いね!」と小さな背中を頼もしく見送っ「わーい! ひめからじきじきに、ごめいれいをたまわったぞー!」 ………………。 め、めいれい……せ、せめておてつだいと言ってほしいな……! 「う、ううううん違うんだけど今はそれでいいや〜〜!」 |