さて。先週実家に戻ったところ、お兄ちゃんの部屋が謎の改装をしていて、さらにはわたしの知らない遠い親戚からお兄ちゃんの仕事仲間(もちろんこちらも知らない)まで、ものすごくたくさんの人の出入りがあることが発覚した。 まぁ良い人たちばかりだったけれど、わたしはお兄ちゃんの仕事は自営業(在宅)であることしか知らないし、お兄ちゃんの仕事仲間についてあまり興味はない。遠い親戚たちについても、今まで存在すら知らなかった上にわたしはもう実家を出た身なので、顔を合わせることはもうないだろうなと思っていたのだが、なんでそうなったんだかさっぱりだけども実家に戻ったらお兄ちゃんの部屋の異空間で過ごすようにとのお達しが出てしまった。 建物そのものはわたしの実家で間違いないけれど、お兄ちゃんの部屋から一歩先の異空間については“実家”とは捉えられないので正直あんまり顔を出したくない。 そういうわけだから、わたしはノックをしてからも迷いに迷って、やっとの思いでそうっと慎重にドアを押し開いた。 「し、失礼しまぁ……あああああっ?!?! えっ?! 長谷部さん?!?!」 長谷部さんがいた。正座で。 わたしの顔を見てぱぁっと表情を輝かせ、その後なぜかキリッとした顔をしてみせた。おばあちゃんちに親戚が集まった時、久しぶりに顔を出したイトコのショーちゃんを見た時のお梅(柴犬・メス)の反応にそっくりである。 なぜだかお兄ちゃんは一部の人に“あるじ”と呼ばれている(何がどうしてそうなったのかあだ名らしい)けれど、長谷部さんから聞く“あるじ”は主人という意味の“あるじ”にしか聞こえない。んなわけ〜〜。 ここまで現実逃避。 「様! おかえりなさいませ。本日も大変お疲れのことと思いますが、お戻りになられたからにはご安心くださいッ! 本丸ではこの! 長谷部が! 快適に過ごしていただくべく、様のお世話すべてを――」 言い慣れた様子でパシリ宣言をしながら、徐々に頭を垂れて土下座スタイルになってく動きが自然すぎて震えが止まらない。 長谷部さんはお兄ちゃんの仕事仲間(というか部下)らしいけれど、もしかしなくともお兄ちゃんにいじめられていて、その身内であるわたしを見ても反射的に防衛意識が仕事して“逆らったら何をされるか分からないから逆らえない”とかそういう……。 お兄ちゃんの仕事そのものには興味ないと言ったけれど、自営業ならば社員との良好な人間関係の構築は必須でしょ……? 大丈夫なの……? と、このくらいの心配はしてもいいはずである。だっていくら社長の妹だとしても、顔見たら土下座かますって長谷部さん相当追い詰められてるでしょ……。 若干遠い目をしてしまったが、キラキラした目で長谷部さんがわたしをじっと見上げているのにハッとした。 「いやだからわたしの顔を見たら土下座っていうそれはなんなんですか?! と、とりあえず立って! 立ってくださいよ!」 その場に屈んで長谷部さんの腕を掴むと、もはや発光体なの? というほどに全身から滲み出るオーラがキラキラ――いや、ギラギラしたので思わず手をパッと離した。極めつけにこのセリフ。 「はいっ、ご命令とあらば! 他には何を致しましょう?」 命令とは。わたしそんなものした覚えないんだけど……と思いつつ、もしかしたら“言われることはすべて命令”とか思っちゃってるんだろうか……。何それめっちゃブラック環境……。 でも長谷部さんの輝く笑顔を見るに、気質がワーカーホリックだから“命令”という名の仕事がたくさんあればあるほどに楽しく、果てには喜びなんてものさえ感じているのかもしれない……………何それブラック怖すぎ。 「ん゛んっ、め、めいれい……いや、ええと、何もないのでとりあえず兄……はだめだ、意味ない……」 お兄ちゃんはわたしのこととなるとだいぶ頭がヨワくなるタイプのシスコンなので、こんな状況を見たら「ちゃんはお姫様だからなんでもワガママ言っていいんだよぉ〜」とアホみたいなこと言い出すか、「お兄ちゃんがなんでも叶えてあげるよ。お兄ちゃんが」とか意味のない対抗心を無駄に燃やすに違いないので使い物にならない。 そして色々ビックリなこの異空間(みんな“本丸”と呼んでるけど、由来は謎)でわたしが頼れる人となると、うっかり“ママ“と呼びそうになるほど甲斐甲斐しい光忠さん、物腰柔らかで紳士な一期さんあたりが無難である。年齢も近そうだし声をかけやすい。そして何よりわたしが知ってる“常識”を理解していて、同じ価値観で生きてる感じがする。まぁ、ふたりともとんでもないイケメンで、光忠さんは芸能人だって霞むほどなのになんで家(の異空間の)キッチンの管理をしてるのかな? って話だし、一期さんに至っては“社会勉強のために身分を隠して日本で庶民を学んでいる、どこかの国の王子様なのでは?”という疑惑がまだ消えていないので、あくまでも“感じがする”というフワフワな理由で確信などない。 「えー、ええと、そうだな、み、光忠さんか一期さんを呼んで――」 スパンッと引かれた障子戸に、わたしの言葉は遮られてしまった。 上品な色合いの柔らかな薄紫の髪は、彼がうっとりと語るまさに“雅”という感じだが、ちょこんと結わえられた前髪が子犬を思わせてとてもキュートである。しかし、浮かべている表情に溢れんばかりの小姑感を察知。 「へし切長谷部、いつまで暇にしてるつもりで――」 不機嫌に言葉を放っていた彼は、わたしの姿を認めるとぴたりと言葉を止めた。 わたしは軽く会釈をして、とりあえず笑顔を浮かべてみせる。 この人――歌仙兼定さんは、なんでもお兄ちゃんの“ショキトウ”らしく、この本丸の創設時からお兄ちゃんと一緒に…………いや“ショキトウ”って何? と思いつつ、まぁつまりは本丸(会社)の立ち上げから今日まで、お兄ちゃんを支え続けている右腕的な存在なんだろう。ということは、お兄ちゃんが非常にお世話になっている人なわけなので、わたしも失礼はできない。 長谷部さんはキッと目を鋭くさせて、「おい暇とはなんだ? 俺は様をお迎えするために――おい、歌仙?」……ん? ズザァッ! と素早くわたしに詰め寄って(ほんと一瞬だった)、歌仙さんは――。 「! 帰ってきたのなら、まずは誰かに一声かけろと言ったじゃないか! 仕事で疲れてるんだ、茶を淹れ――何があったんだ……!」 「あ、か、歌仙さん、どうも……。いえ、声をかけようとはしたんですけど――って、え? な、何もないですけど……?」 いきなりどういうこっちゃと首をひねるわたしに、歌仙さんは顔を真っ赤にしながら恐ろしい形相で叫ぶよう言った。 「そんなわけがないだろう……! きみはこの本丸のたった一人の姫だというのに、その格好はどうしたんだ……! それではまるで……まるで下女じゃないか! まったく雅じゃない!! そもそも僕はね、きみが外で仕事をするだなんてこと自体反対なんだよ! 早く良縁を見つけて、家でゆったりと――」 下女。いやその前に“姫”。 いまつるちゃん――あのちびっ子“いまのつるぎ”くんは“いまのつるぎ”くんでいいそうだが、このあだ名を許してくれた――を代表として、わたしを“姫”と呼ぶ人は恐ろしいことに一定数いるのだが、何をどうしてそうなったのかというお話である。帰り際、お兄ちゃんにそのことについて苦く言ったのだけれど、「ちゃんはお姫様だからいいじゃん〜〜」とか全く役に立たなくて頭が痛くなった。ほんと頭ヨワい。 いや、そんなことより。 わたしは自分の格好を確認して、うーん、と唸る。 「いや下働きって……っていうか、そんなにおかしい格好はしてないというか、ただのジャージですけど、」 まぁ実家(たぶん)といえど、お世話になるのはこの異空間だし、他人がいる以上はちゃんとした格好がいいかとも思ったのだが、ちびっ子たちの遊び相手をするとなると動きやすい格好でいたかったし、正直みなさん個性的なコスプレばりの変わった衣装(服、とは言いにくい)ばかりなので別にいいかな楽だし〜〜なんて軽い考えでジャージで来てしまったわけだ。 「それが雅じゃないと言ってるんだ!!」 ほんと軽い考えだったと今激しく後悔している。ていうか先週も思ったけど“雅”って何。縁遠いものすぎて分からない。叫ぶのは“雅”ではないのでは。この鬼の形相を前に言えないけど。 「おい歌仙、長谷部を連れ戻すと言ってきみまで何をして――」 廊下から顔を出した人に、わたしは心底ホッとした。 「あっ、あっ、蜂須賀さん……! あの――」 蜂須賀さんは一見(お衣装的に)派手だが、丁寧な所作からは気品が溢れていて、なおかつ案外面倒見がいい人だったのできっとわたしを助けてくれるだろうと助けを求めたのだが。 「一体どうなっているんだ歌仙兼定!! きみがいながらどうしてがそんな格好を……!」 「この人もだめだった……!」 そうだあんなお衣装を身にまとっている人がジャージなどお許しになるはずがないか! 歌仙さんの“雅”同様、そういえばこの人も“シンサク”がどうのこうのとか――“雅”の仲間的なものだろうか“シンサク”って。 「貴様ら様に向かって何を無礼な――」 地を這うような唸り声にハッとして、わたしはそうだ! と口を開いた。 「長谷部さん! 光忠さんか一期さん呼んできてください!!」 「……! ご命令ですね! お待ちしておりましたすぐに!!」 “命令”ではないですと言いたかったけれど、ツヤツヤした顔で眩しい笑顔を浮かべられてはなんとも言えなかった。正直訂正しても無駄では? と思うので、その無駄を省いたとも言う。 「あなたたち、いつまでも何をして――」 飛び出していった長谷部さんと入れ替わるようにして入ってきた宗三さんに、わたしはもう声が震えてしまった。 「ダメだもう次のセリフが分かってしまうこんばんは宗三さん……」 「……! あなたって人は……!」 宗三さんはピシャリと障子戸を閉めると、ツカツカわたしのほうへ寄ってきた。憂げな溜め息を吐いて、くどくどと言いながら、わたしの姿をじっくり見る。 「僕はね、常々、主に進言していたんですよ。外へ働きに出るなんてこと、させる必要はないと。ここにいれば、僕たちがそばにいるんですからね、あなたがすることなんて何もないんです。ああ、とにかくすぐに着替えましょう。あなたたちも何をぼさっとしているんです? にいつまでもこんな格好をさせておくわけにはいきませんよ、早く支度をしなければ」 宗三さんの言葉を受けて、歌仙さんはふぅ、と息を吐いた。額に手をやって、「……僕としたことが、つい熱くなってしまったよ……」と首を振るので、あぁよかった落ち着いた雅な(?)表情になってくれそう……とわたしも息を吐い「さぁ、僕たちが責任持って、きみを姫君に戻してあげるからね」……どういうこと。 蜂須賀さんは機嫌良さそうに笑って、「先日、とても華やかな帯を見つけてね。にと思って買っておいた甲斐があったよ。ぜひそれを使わせてくれ」なんて歌仙さんに提案しているがちょっと待ってなぜあなたがわたしにと思って帯を買うんですか……。 「あ、あの、」と震えた声を出すも、歌仙さんも先程までの鬼の形相はどこへやら、ふわりと雅な微笑みを浮かべて……わたしの呼びかけは華麗にスルーである。 「きみの目利きは信用に値するからね、いいだろう。だが、まずは品を見てみないと何ともね」 えええ、なんだかわたしにとってとてもよろしくない方向に話が進んでいる気が……とヒヤリとしたものを感じていると、宗三さんが重苦しい溜め息を吐いた。 「、早くおいでなさい。僕はあなたがそんなみすぼらしい格好をしているところなど、これ以上見ていられません」 ……もうこれは諦めるしかないようだ……。 「は、はい……」 抑揚なく返事をしたところで、救世主が現れた。(ほんとにいるんだかは知らないけど)神様はわたしを見捨ててはいないらしい。 「お嬢様、一期一振にございます。入室をお許しいただけますか?」 「い、一期さん! 一期さん待ってましたどうぞ!!!!」 失礼いたします、という声の後、すっと静かに障子戸が引かれた。 待ちに待った常識人……! とわたしは早速口を開こうとしたが、宗三さんがピシャリと言い放つ。 「一期一振、今は立て込んでいるんです、後にしてください」 えええ……! 中途半端に開いた唇が震えた。 一期さんは困惑した様子で、「……お嬢様、これは……一体……」と呟いて目を丸くした。 「いえ、それがです……ねぇええっ?! ちょっ、い、一期さん?!?!」 そしてハンカチを目に押し当てて、わぁっと顔を伏せたどういうこと。 「ああっ、おいたわしや……! 先日のお召し物につきましては、あれがお勤め先での正装であると伺っておりましたから何も言うまいと……っ! ですが、お召し替えをなさったお姿が、よもやこんな……っ! ……私もお手伝いさせていただきます。よろしいですね、御三方」 ……どういうこと……。いや、どうもこうも――。 「本当、どうしてがこんな酷い格好を……さ、夕餉のまえにどうにかしましょうね、ほら、行きますよ」 ……こういうことらしい……。 もうわたしには、「…………は、はい……」と言う以外にはなかった。 た、大変な目に遭った……。 大広間の長机の前に用意された座布団に堅苦しい正座をしながら、わたしは溜め息を吐いた。 歌仙さん、蜂須賀さん、宗三さんに加えて一期さんの四名は、ああでもないこうでもないとわたしを何度も着せ替えて、彼らがやっと納得したころには既に二時間が経過していた。 正しい名称はわたしには分からないが、白に近いような淡いグレーの着物に、蜂須賀さんが(なぜかわたしのために)用意したという金色に白梅と紅梅が描かれた帯と、一期さんが選んだ帯締め。それから歌仙さんが選んだ簪で宗三さんが髪を結って――完成したわたしの姿は、それは上品な淑女といった感じだが、疎いわたしですら良いものだろうと思う品物ばかりでちっとも落ち着けない。それどころか緊張して体のいたるところに余計な力が入って、心身共に非常にしんどい。 はぁ、とまた思わず溜め息をこぼすと、湯呑みが載っているお盆を持った男の子が、廊下からじっとわたしを見つめていた。腕に特徴的なタトゥーが入っている……いかにも……ヤンキー……といった風貌の子である。 「あ」 彼はそっとわたしのそばへ寄ってくると、「……茶だ」と言ってお盆の上の湯呑みをわたしの目の前へと置いた。 ……ええと、彼は確か――。 「ありがとう、ええと、伽羅くん? だよね?」 光忠さんがそんなふうに呼んでいたような……? という記憶をなんとか引っ張り出したわたしは、しかし慎重にそう言った。 正直間違ってたらどうなっちゃうのかな……と心臓が痛い。平たく言うとヤンキーこわい。 「……大倶利伽羅だ」 一瞬ぴくりと動いた眉にどきりとしながら、わたしはなんとか笑顔を浮かべて「……おお……すごい強そうな……あ、いや、そっか、おおくりからくんか」と言って、内心またすごい独特な名前の子だな……どういう意味が込められているんだろうか……と思った。 「……別にいい」 「……ん? ……べ、別にいい……とは……」 ヤバイ彼の言いたいことがどういうことなのかまったく汲んであげられない。 おおくりからくんは眉間に皺を寄せると、小さく「……呼びにくいなら、構わないと言ってる」と言う。 「……ん、ん……?」 ……つまり……気安く呼ぶんじゃねえ的な……? 「あっはっは! おい伽羅坊、そうぶっきらぼうに言ってやるな。ちゃあんと『呼びにくいなら呼びやすいよう、好きに呼んでくれて構わない』と言ってやれ」 「?!?! っつ、るまるさん……どうも……」 背後から現れた鶴丸さんに、心臓がばくばく嫌な音を立てる。どこから現れたのこの人……。 鶴丸さんは明るい笑顔を浮かべて、わたしの向かいへと腰を下ろした。 「よっ、おひいさん! なんだか大変だったらしいな? けどまぁ、俺もそっちのほうが好きだぜ。よく似合ってる。な、伽羅坊」 にやりと口端を持ち上げた鶴丸さんに、おおくりからくんが苦い顔をする。 「……うるさい、絡むな、俺はもう行く」 不機嫌にくるっと体を反転させて、さっさと出て行こうとする背中に慌てて声をかける。 「あっ、ええと、お茶ありがとうね、伽羅くん」 すると伽羅くん――遠慮なくこう呼ばせてもらおう――はゆっくりと振り返って、「……光忠がうるさい。ここではジャージはやめておけ」と言うから、脳みそにガンッと衝撃を受けた。な、なんだって……? 「えっ光忠さんもなの……あ、えっと、うん、そうする……」 着せ替え四人衆にあれだけ振り回されてこれだけしんどい思いをしたのに、せっせとわたしの世話を焼いてくれた光忠さんまでもがそこへ加わってしまったら――。思わず額を押さえた。 「俺は、」 「うん?」 一度口を真一文字にぴったりと閉じたかと思うと、伽羅くんは本当に呟き程度の音量で口を開いた。 「俺は……あれで、いいと思う」 それだけ言って、彼は今度こそ出ていってしまった。 「……う、うん? …………鶴丸さん、今のはどういう意味でしょう……」 首を傾げて鶴丸さんを見ると、彼はおかしそうに肩を揺らしながら「くくっ、伽羅坊は“働くお姉さん”がお好みだとさ」といたずらっぽく目を細めている。 「は、はぁ……?」 ますます困惑するわたしに、鶴丸さんは言った。 「スーツ姿のきみは色っぽいって話だ」 …………。 「あっ……なるほど。ザ・男子高校生って感じですね、あはは」 ヤンキーとか思ってごめんね、実はとってもかわいい子なんだね……と生温かい気持ちになった。 そして、はたと思う。 「あ、そういえば鶴丸さんと伽羅くんは、えーと……どういう関係で?」 伽羅くんは――実はそうでもなさそうだけれど――一匹狼っぽいのに、鶴丸さんを冷たくあしらっているようでいて、だからこそどこか気安さを感じられた。なので、ふたりはとても近しい間柄なのでは? という疑問である。 「ん? あぁ、以前同じとこへいたもんでな、昔馴染みなんだ。光坊もそうだぜ」 「あっ、幼馴染なんですか。いいですね、仲良しで」 ……なるほど。……ということは…………一体誰がうちの親戚……? さすがに親戚の幼馴染までは知らない……というかそもそも結局どなたがうちの親戚なのか、確実にそうだというのは一人も分かっていない(だって仕事仲間ですらここで寝泊まりしてるらしいのだ)。けど、親戚とは言っても先週まで存在すら知らなかったほど遠すぎる親戚なわけだから……と思いつつお茶を啜っていると、「おお、が来たか! おーい、や、じじいが戻ったぞ〜」という声が…………。 鶴丸さんは苦い顔で溜め息を吐いて、やれやれというように立ち上がった。 「ったく、あのじいさんは……。、悪いが玄関先まで迎えにいってやってくれ。俺は厨で茶をもらってくる。頼んだぞ」 「へっ?! あっ、ちょっと鶴丸さん……!」 鶴丸さんはひらひらと手を振りながら、さっさと行ってしまった。 えっえっえっ、ときょろきょろしていると、「や〜、じじいはここだぞ〜」と再度のんびりとした声が聞こえてきて――。 「分かりました今行きます!!!!」 今日も平安貴族のような格好で、三日月さんはにこにこと穏やかな微笑みを浮かべている。この人はおよそ普通の人間とは思えないほど、圧倒的な美しさの持ち主だなぁと思うのだけれど、いかんせん感性が独特すぎて扱いに困る。平安貴族ってみんなこうなんだろうか。浮世離れしすぎていて、ほんとに平安貴族なんじゃないかと真面目に思う。んなわけ〜! という話だけども。 「おお、、よく来たな。じじいは待ちわびたぞ。そなたのためにな、部屋に菓子をたんと用意してあるのだ。じじいと茶を飲もう」 これ。“じじい”ってどういうことなの。どう考えてもあなたが“じじい”と自称できるのには、まだまだ時間がかかるだろうに。貴族の流行りの遊び(?)なんだろうか。やっぱり独特の感性である。わたしにはどういうことなのかさっぱり理解できない。 すると、ぴょんぴょん跳ねるような足取りで、いまつるちゃんが頬を膨らませて駆け寄ってきた。 「みかづき! ゆうげのまえにかしをすすめてはいけません! たべられなくなってしまうでしょう。きょうはひめのおすきなはんばーぐなんですよ!」 腰に手をあてながら、ぷんぷんして三日月さんを見上げるいまつるちゃんに目線を合わせるように屈んで、「え、ハンバーグなの? 嬉しいな。光忠さんのご飯、すっごくおいしかったから楽しみ」と声をかけると、ぱあっと無邪気な笑顔を浮かべて、さらにぴょんぴょん跳ねだした。うーん、かわいい。 「ひめ、こんばんは! おしごとおつかれさまです! ぼくもきょうはひめとあそぶために、はやくかえろうとがんばりました! てきをたくさんやっつけてきましたよ! おかげできょうのほまれは、ぼくがいちばんです! すごいでしょう!」 ……つまり……つまり…………幼稚園でヒーローごっこをして遊んだよってことかな? とってもご機嫌な様子がやっぱりかわいくて、思わず頭を撫でてしまった。ちびっ子ってすごい。しんどさがどっかいった。 「こんばんは、いまつるちゃん。そっかぁ、すごいね! 一番だなんて、わたしはなかなか取ったことないなぁ」 いまつるちゃんは胸を張って、「ふふん、ぼくはとーってもつよいんですよ! ですから、ひめのことも、ぼくがまもってあげますからね!」なんて言いながら、わたしの手を取って頬をほんのりと上気させた。 「あはは、うん、それは頼りになるなぁ」と言ったところで、はたと気づく。……そういえば。 「あれ、今日は岩融さんと一緒じゃないの?」 “いわとおし”さんも“いわとおし”さんで呼び方は間違いないらしいので、緊張することなく口にできた。あの人は規格外に大きいので、実際目の前にいると威圧感がすごくてちょっと及び腰になってしまうのだけど、小さいものが好きで、とても大らかな優しい人である。それに、もしかして凶器なのかな?? と思うほど鋭く長い爪の持ち主なのに、所作が綺麗で洗練されている。伽羅くんと同じく、人は見かけで判断してはいけない。余談だが、美少女だと思っていた乱ちゃんはなんと男の子だった。 いまつるちゃんはにこにこしながら「いわとおしは、ひるにやっと、ちょうきのえんせいからもどったので、きっとまだねむっています。あとでぼくとおこしにいきましょう!」と言った。……ええと、出張に行ってたってことかな? 「え、寝かせてあげておいたほうがいいんじゃ――」 わたしの言葉を聞くと、いまつるちゃんは「いけません!」ときつく声を張り上げた。それから「ひめがいるというのに、かしんがいつまでもねているなんて! さぁ、おしょくじまでのじかん、またぼくがおせわしますからね、ひめ!」と淀みなく続けるので……かしん……家臣……? ……いやまさか〜〜! と思いながら、「あ、う、うん、ありがとう」と勢いに負けて頷いてしまった。 ずん……とじめじめした空気が漂っていることに気づいてそちらへ視線をやると、三日月さんがしょんぼりと肩を落としている。 「……み、三日月さん、」 「じじいはな、おまえが喜ぶと思ってな、」 ……孫がかわいくて仕方ないおじいちゃん感がすごいけど、そういうのは(まだまだずっと先だろうけども)いつかできるであろう本当のお孫さんにやってあげましょうよ……と思いながら、このまま放っておくわけにもいかないので、この遊び(?)のルール(?)はまったく分からないけれど、わたしは「夕飯の後でお菓子はいただきますから、とりあえず中へ入りましょうね。鶴丸さんがお茶を用意してくれてますよ」と努めて優しい声で言った。 すると三日月さんはたちまち笑顔になって、機嫌良さそうに――。 「そうか! うむ、ならば夕餉まで、このじじいと遊んでいような」 「エッ、あ、は、はい……」 思わず返事しちゃったけどどういうこと……。 |