「神永さんッ! どっちがいいと思います?! うちのフェアリーをますます輝かせるに相応しいピアスってどっちだと思いますッ?!?!」 「もーっ! はずかしいこと言わないで!」 そう言いながら顔を真っ赤にするうちの子はやっぱりどう考えてもフェアリーちゃんなわけだが、そのフェアリーちゃんのかわいいお耳をきらきらしたピアスが飾ればもっともっときらきらになっちゃうに決まってるので、私はマジに真面目に真剣である。 ――というのはまぁ一回、一回置いといて。 現在実行中の作戦に則り、(しばらくの間は)デートは常に三人で。というのが現状なので、昨日の夜、神永さんがうま〜〜いこと(私をダシにして)を誘い出した今回も、もちろん私を含めた三人でのお出かけである。予定通り、横浜にある大型ショッピングモールまでやってきた。 そんでもってこれも予定通り、私は一生懸命をフェアリープリンセスにすべく、あちこち連れ回しながら着飾らせることに忙しくしている。 「うーん、やっぱりこっちの揺れるパールじゃないか? キャッチにビジューが付いてるのもいいな。後ろ姿までかわいくなるだろ」 「……すごい、なんかめっちゃ……」 彼氏面じゃん……と言ってしまいそうになって、なんとか飲み込んだ。いやいや彼氏面っていうか彼氏になってもらわにゃ困るし、というか今もう(言葉はないんだけど)一応は付き合って…………る……みたいな、みたいな感じだしいいんだけど! むしろ神永さんのこういう態度にが押されてくれれば言うことなしのハッピーエンドすぐそこじゃん?!?! っていう。 ……まあ、肝心のそのちゃんはめちゃくちゃ微妙な顔をして、まるで聞こえてませんってな感じで「こっちの花びらのもかわいいよ、わたしこれ好き」と、体ごと私を向いて言う。 ん゛、んんん……わ、分かるけど、分かるけど空気が……ですね……。 「そっ、そうね! ちゃんが気に入ったのが一番だしね! これ買っちゃお?! ねっ?!?!」 「んん……さっきのワンピースと合わせたらかわいいよね……。んー、うん! これは買っちゃおうかな、お値段もかわいいし!」 ……お茶目な感じで笑ううちの子、最高に最高のエンジェルじゃん???? 今この世の邪悪すべてが浄化された、間違いない。 ――なんてことを思いながらも、フラれてしまった神永さんをちらりと見る。……相変わらず、な〜〜んもショックなんか受けた様子はない、しれっとした顔である。鋼メンタルすぎんか???? ま、茨の道なのは神永さんが誰より承知してることのはずなので、こんなとこで折れてもらっても困るけど。 「思い切りいいもかわいいよ〜っ! さっ、次もどんどん行こッ! タイムイズマネー、まだまだ回るよ〜!」 「えっ、もう充分だよ〜っ! あっ、待ってってば!」 の手を引きながらずんずん歩き出した後ろで、神永さんが小さな笑い声を零したのが分かった。ハイハイハイ、相変わらずちゃんの全部がかわいいのね、知ってる、私も同じだから。 「――さて、晩飯はどうする? いつものとこまで行ってもいいけど、せっかくだし、この辺でうまいとこ探すか?」 買い物しまくって、ついでにゲーセンで遊んだりなんかもしてたら、すっかりいい時間になってしまった。ま、今日は神永さんが車を出してくれたわけなので、時間を気にすることはまったくしてなかったし、この後も気にする気はない、皆無。 けど、確かにもうそろそろディナータイムだ。この辺りで引き上げて、ゆっくり食事を楽しむのがいいだろう。ちらっと盗み見たところ、も疲れてきたみたいだし。 もちろんそれを分かっているから神永さんが切り出したのも分かるので、さすが、彼氏力カンストの観察眼は侮れない。頼りになりすぎる。 「ちゃん、何食べたい?」 が遠慮するからと、私の分まで荷物を請け負ってくれた神永さんが、甘い笑顔を浮かべながらの顔を覗き込んだ。ちょっと上目遣いになってる辺りがめっちゃくそあざといが、顔の良さもガンガン使っていくべきなので何も言わない…………というか少女漫画のワンシーンみたいで心のシャッター押すのに忙しいから……。 「、えっと、」 「なんでもいいよ」 神永さんはそう言ったけれど、すぐに「中華なら、せっかくだしビュッフェがいいかな。探してみよっか?」と続けた。 はぱっと顔を上げて神永さんを見つめた後、どこか苦しそうに眉を寄せる。な、何を思ってるのか手に取るように分かっちゃうぞ〜〜〜〜?? 横浜まで来たんだし、なんでもいいから中華食べたいなとは思ったけど、なんでもいいからどう決めたらいいか分かんないし、でもお店を決めるのにそんなに時間かけても……みたいなこと考えて迷ってたのに、そういうの全部分かってるみたいにビュッフェなんて提案されちゃうなんて、また神永さんに甘えるかたちになってしまった自立(??)したいのに……ってなとこだろう。 いや、この場合しょうがないというか、神永さん相手ならどうしようもないよ、場数以下略のカンスト彼氏が本命を本気で甘やかそうとしたらこうなるよ、必然だから誰も抗えないから。 ――とは言えないので、私はな〜〜〜〜んも考えてないテンションを装って「ビュッフェ大好き好きなもんいくらでも食える最高」と笑顔を浮かべて、ぎゅーっとの体を抱きしめた。 「、中華やだ? 私、中華ビュッフェ行きたい!」 「……ううん、わたしも中華がいい」 よしよし、素直で大変かわいい……と頭を撫でながら、んじゃあお店探そうかな! とスマホを取り出し「お、ここ良さそうだな。どうだ?」と、神永さんが――。 「仕事はっっっっや!! でも私、に食べさせるものにはうるさいんで、適当なとこだったら容赦なく却下…………いやめちゃくちゃいいじゃんここにしましょう」 ったく神永さんのこういうとこ、頼もしいけどを誰より愛していると言っても過言ではない私なので、若干のジェラシーを感じざるをえない……。わ、私のほうがちゃんのこと分かってるし!! その上、ちゃんからも純度1000パーで愛されてるし!!!! いらん対抗心を燃やしつつ、「んじゃ、早速行きましょ!!」とまた先導しながら、「予約は私しとくんで!」と、と手を繋ぎながら、反対の手でスマホを操作することにした。 「んん〜〜このエビチリおいしいな?! 豆板醤の辛みがいい感じにきいてる……! 〜、食べてごらん〜〜」 お皿を寄せると、卵スープを飲んでいたが、にこにこしながら箸を伸ばした。う゛ッ! かわいい!! 「ん! ん〜っおいしい! 今まで食べたエビチリの中でもいちばんおいしい!」 ……はしゃぐ姿、世界でいちばんかわいい……。 思わずハンカチを取り出し、その尊さに涙する私を余所に、今度は神永さんがすっとお皿をに差し出した。 「小籠包もおいしいよ。ただ熱いから、一回割ったほうがいいかも」と、にこにこ笑っている。 「……ん、」 分かってはいるが、はやっぱり難しい顔でそれを受け取って、けれど、言われた通りにちゃんと割って、ゆっくり口に運ぶと――。 「ん! ん! おいしい……!」と目をきらきら輝かせて、「かみながさんっ! これおいしい!」と久しぶりに前みたいな――全部を安心して任せてるからね、なんて言ってるように見える、どこか甘えたな笑顔を、神永さんに向けて見せた。 神永さんは一瞬目を見開いて、それから、今日一番に溶けた瞳で、じっとを見つめた。 「うん、よかった。あ、お土産に買って帰る? 入口にお土産コーナーあったから、多分あるよ、この小籠包も」 「買って帰る!」 の、あまりにも久しぶりすぎる甘えんぼさん……心のシャッター、連打……(拝み)……。そして何より、私もいることで安心して、警戒心も解けてきたかな? と思ってこちらも安心した――かった。 はハッと気づいたように表情を強ばらせて、小さく「ご、めんなさい、」と呟いた。神永さんはまったく気にせず「うん? 何が? はしゃいだって別に笑わないよ」と優しく、でも楽しそうに笑顔で返す。……さ、さすが鋼メンタル、折れない強い心……。 「さて、まだ時間はたっぷりあるし、次の予定でも決めよう。君、何か案はあるか?」 「――……あっ、はい! えーと……あっ、こないだほら、神永さんが言ってたやつ! 体験いっぱいある水族館! あれどうです??」 「、水族館好きでしょ?」と、視線を向けると、何か言いたげな目で私を見つめていた。 「……? ど、どうかした……?」 「――あ、あっ、ご、ごめん! なん、なんでも、ない……」 は取り繕って笑ったけれど、まったく笑えていない。 が俯いたのを見てから、ちら、と神永さんの様子を窺ってみる。 「かみっ……、」 神永さんはなんとも甘い、甘すぎる溶けきった表情を浮かべていたが、その口元は薄ら歪んでいる。思わず口を閉ざしてしまった。いやシンプルにゾクッときてしまって、黙らざるをえなかったと言いますか……。 この時、私は神永さんが何を考えてるんだかサッパリだったから、もちろんが何を考えているんだかもサッパリだった、情けないけど。なんたって私は完全無欠の至上主義者。 だから、後から話を聞いた時――ああ、やっぱり、を安心して任せられるのって、どう考えても神永さんの他にはいないな、なんて思ってしまった。 それと同時に、はやく、が一秒でもはやく、神永さんを受け入れてくれたらいいのに、とも。 「……ちゃん、起きて」 先にあの子を送り届けたわけだが、その時に口酸っぱく手を出すなと釘を刺された。もちろん、しっかり距離を置かれている現状、俺から離れていこうとしているか弱い女の子を無理にベッドに押し込めるなんてこと、するはずもない――いや、できるはずがないのだ。 他の女の子が相手なら、綺麗に飾った言葉でいくらでも誘えるが、彼女にだけは、そういう嘘を吐きたくない。そんなことをしてしまえば、彼女の隣を歩くことも、その手を引いてやることもできなくなってしまう。その資格を、永遠に失うことになるのだ。 せっかく、ここまでやってきたのに。 あの子がはしゃいであちこち連れ回したものだから、ちゃんも疲れたんだろう。高速に乗ってしばらく、後部座席から寝てしまったとあの子が伝えてきてから、彼女を降ろしてちゃんの自宅にこうして辿り着くまで、どうやら一度も起きなかったらしい。 腕を伸ばして、手の甲で頬を撫でる。 「ん、」と、甘い吐息をこぼしながら、体を小さく丸める姿に口元が緩んでしまった。そうやって逃げようとするならきちんと逃げればいいのに、小さな手が何かを探すように動いているのだ。 「いるよ、ここに」 手を握ってやると、ほとんど力はこもっていないが、それでも確かに、柔く握り返された。 「はは、」と思わず声を上げてしまう。 もう頼らない、甘えない、ひとりにしてほしい。 そうは言うのに、彼女はこうして、無意識のうちに俺に甘えているのだ。もう意識が行き届くこともない心の奥底では、とうの昔に俺を受け入れている。 握り返してきた、小さな手の温もりが、その何よりの証拠だ。 まぁでも、思ったよりも順調に事は進んでいる。まだ時間は掛かるだろうから、気長にいこうかと思っていたが、そうでもなさそうだ。 その確信は、彼女のあの目だった。 何か言いたげに、あの子を見つめていた。本人は――どちらも気づいていないようだったが、あれは、嫉妬だ。 あの子に対する、そして、俺に対する嫉妬だった。 あの子には後でしっかり説明する必要があるが、ちゃんにしてやる気はない。彼女が自分で気づかなければ意味はないし、気づいた時にこそ、辿り着くのだ。俺への、執着に。 「……かわいいよなぁ、ほんと」 いつでも味方でいてくれた。 彼女はそんなふうに思って、俺を甘く見ているのだ。きっと、時間を掛ければ分かってくれるだろうとか、もしかしたら、いつかは諦めもつくはずだ、だなんてふうにすら思っているかもしれない。もしもそんなことがありえるなら、俺はきみを選ぶ選択をしなかったのに。 そういうところが、素直でかわいくて、放っておけないと思わせる一因だとも思うが、だからこそ、俺みたいな男に目をつけられちゃいけなかった。彼女が思うような優しい男なんかではないから、いつまで待ったって分かってなんてやらないし、どれだけ突き放そうとしたって、諦めるわけもないのだから。 それに、俺は負ける勝負は初めからしない主義だ。彼女は俺を信じているらしいが、彼女が知らない俺がいるとは思っていないだろう。そこには、信用も何も必要はない。知らないことに対しては、どうもできないのだから。 だから、俺には勝算しかないのだ。それも、パターンは一つじゃない。彼女がどれだけ逃げようとしても、俺を冷たくあしらおうと、辿り着く先は一つきりなのだ。 「……俺もあの子も、きみに夢中なんだ。きみだけを見てる、他はいらない。――だから、いくらでも妬いてくれ。縛ってくれたら、どこへも行かない」 既に俺が囲っていることには、気づかぬまま。自分のせいで俺がどこへも行けないのだと、そうやって責めればいい。 そうして罪悪感に溺れてくれればくれるほど、俺はまた前みたいにしてあげられる。優しい男のふりを。 ――きみが、それを望むなら。 「……ん、」 「あ、起きた?」 「え……あ、ねちゃって、……すみません、」 「いいよ、疲れたでしょ、今日一日、振り回されたから」 「あの子、ちゃんのことになると猪突猛進というか、はは、きみのこと、本当に好きだよなぁ、彼女」と俺が笑うと、ちゃんはまた、“あの”目で俺を見つめた。まだぼんやりしているが、宿るのは確かに、嫉妬だ。 「なんで……」 「うん?」 「なんで、いじわるするの……?」 「意地悪? そんなことした? いつでも、ちゃんにだけは優しいつもりなんだけど」 たどたどしく紡がれる言葉の一つ一つに、どうしようもなく心が揺さぶられてしまう。 ああ、もう少しだ。そういう確信が、ひとつ、またひとつと積み上げられていくようで。 「……あの子のこと、とらないで」 「とらないよ」 「、あの子に、」 「俺をとられるの、怖い?」 眠たげにぼんやりしていた瞳が、はっと大きく見開かれた。混乱した様子できょろきょろ視線を動かしながら、「ご、ごめんなさい、寝ぼけちゃって……」と言いつつ、けれど、自分が何を口走ったのか、それはなんとなく察しがついているようだ。 唇が、ゆるりと弧を描いていく。 「……心配だから、部屋まで送るよ」 「え、や、いいです、大丈夫、ちゃんと、」 「ちゃんのことだから心配なんだよ。きみが、何より大切だから。俺の安心のために、うんって言ってよ。笑って部屋に入るの見届けなくちゃ、眠れないかも」 彼女は大いに戸惑って、けれど、躊躇いつつも頷いた。 ――あとはもう、転がり落ちるような速度で、今度こそしっかり沈めてみせる。 |