昨日の夜、おかしな夢をみた。 わたしと――“わたし”と神永さんが、ふたりで同じ道を、ただずっと歩いていく夢。神永さんが何かを指差すたびに、“わたし”は楽しそうにはしゃいでいて、そんな“わたし”を見つめる神永さんは、とても嬉しそうに目を細めていた。わたしには、真っ白な背景にしか見えなかったけれど。 あの二人の目には、何が映っていたんだろう。 分からないまま、夢から覚めた。 「――ちゃん」 通い慣れた会社のエントランスの少し手前、そう声をかけられた。振り返ると、神永さんがいつものように笑っていた。……前なら、わたしも笑って挨拶ができたはずなのに。今はもう、どう笑っていいのか分からない。 そもそも、あの時、わたしはどうしてこの人の手を、握り返したりしちゃったんだろう。そんなことさえしなければ、きっと分かってもらえたはずなのに。どうして、わたしは肝心なところで――この人に、甘えてしまったんだろう。 甘えてしまった。それも、この人に。神永さんに、甘えてしまった。 どんな時でも、わたしのことを優しく受け止めてくれた人だからこそ、わたしはこの人にだけは甘えちゃいけなかった。それなのに、神永さんの優しい言葉が、甘い誘惑のように思えてならない。 わたしはどうにか唇を吊り上げて、「……神永さん……、おはよう、ございます……」と言った後、「あ、あの――」と言葉を続けようとした。 ――全部、これっきりにしましょうと。 もともと、わたしの所属は神永さんと直接の付き合いがある部署じゃないし、挨拶を交わし合うことだって以前ならなかった。だから、もうこれっきりで終わらせることができる。挨拶はもちろん、気軽に連絡を取り合ったり、一緒に食事をするだなんてことも、本当ならありえないことだったんだから。ありえないことが起きていたことのほうが、よっぽどおかしい。だから、正しく元に戻るだけ。 ――なのに。 「ちゃんおはよう〜〜! 昨日ちゃんと眠れた? あっ、神永さんもついでにおはようございます〜〜」 わたしをぎゅうっと抱きしめる、大好きな大親友の目が、昨日の夜のことを忘れさせてくれない。 ねえ、どうして昨日、あんなこと言ったの? わたしの応援してくれるって、言ったじゃん。なのに、なんでわたしをダメなままでいさせようとするの? どうして、怒ってくれないの? どうして――。 「あぁ、ちょうどよかったな、今昼飯の話をしようとしてたんだ。きみ、何か案はあるか? 俺は無難に、テイクアウトできるベーグルサンドの専門店を持ってきたんだが」 「はッ?! それ私が今日に教えるつもりだったんですけど?!?!?! まぁいいや、〜、今日は何食べたい〜? 神永さんの奢りなんだから好きなもの言っていいんだよ〜〜!!」 ――どうして、わたしじゃなくて、神永さんの味方をするの……? 「え……、あ、」 いつものように笑うことができなくて、思わず言葉に詰まった。神永さんが、優しく笑う。 「うん? なぁに、ちゃん」 「な、なにって、」 こんなのおかしい。 そう言えればよかったのに、わたしはやっぱり言えなかった。わたしの味方は、もう誰もいない。そんなふうにまで感じてしまう自分が嫌だと思うのに、ちらりと視線を投げた大好きな親友も、神永さんのように優しくわたしを見つめている。 どうすればいいんだか分からなくて俯くと、神永さんが顔を覗き込んできた。その表情は、わたしには優しすぎて。わたしに向けられるにはあんまりにも似合わない甘い色をした瞳に、情けない表情が浮かんでいる。 神永さんは「言ったでしょ、俺はズルするよ」と言って、わたしの髪を撫でた。 「――じゃ、仲良く相談しといてくれ。待ち合わせはエントランスで。後でね、ちゃん」 ねえ、どうすればいい? ちゃんと、ちゃんとするって決めたのに、わたしは彼女に答えを求めてしまいたくて仕方なくなった。でも、その大好きな親友は、「あっ、神永さん! ちなみに私も奢りだったりしますかッ?!」と茶化すような明るい笑顔を浮かべていて、わたしの言葉はやっぱり出てこない。せめて、彼女にだけは。彼女にだけは、この得体のしれない不安を打ち明けたいのに。そうしたらきっと、わたしに力を貸してくれるはずだって。今までだってずっと、わたしだけの味方でいてくれたんだからって。そう、信じてるのに。その、はずなのに。 「はぁ? きみは昼飯まで俺にたかる気なのかよ。……ちゃんのついでだ、礼は彼女にな。ほら、のんびりしてて遅れるなよ」 「さっすがぁ〜〜! えへへ、ちゃんゴチになりやすッ!!!!」 「……ごめん、わたしやっぱり、」 神永さんの背中を見送りながら、ほとんど呟くようにして言ったわたしに、彼女は言った。 「……、お昼ご飯一緒に食べるのなんか、別に初めてのことでもないじゃん。それに、神永さんとの思い出って他にも色々あるんじゃないの?」 「それは――」 いつもの、わたしの大好きな眩しい笑顔がすっと消えて、いつになく真剣な目で見つめられる。思わず、うろたえてしまった。そんなわたしの様子を見てか、彼女はちょっと困ったように笑う。 「……に言う日が来るとは思わなかったけど。……さ、神永さんに靴選んでもらったことあったでしょ」 「え、あ……うん、一緒に、帰ってたころに、」 「あれね、ジンクスあるの知ってる?」 何がそうさせるのか、わたしはいやに緊張して、「し、知らない」と答えた声は情けなく震えた。 「まぁ実際は靴をプレゼントしたらって話なんだけど、『靴を贈ると遠くへ行ってしまう』っていうジンクスがあるの」 「……、」 ……ねえ、わたし、どうすればいいの? 「私それ聞いた時、この人バカかよって思ったんだよね。だからそれそのまんま言ったらさ、神永さん笑ってた。――三好さんから引き離すために選んだ靴なんだって、あれ」 「え……」 “あの”靴を選んでくれた神永さんは、そのままその手で履かせてくれて、すごく似合うよと何度も褒めてくれた。そう、何度も。でも、神永さんがどんな顔をしていたのか、思い出せない。 彼女は言った。 「あの靴、に最高に似合ってる。私が言うんだから間違いない。それに――まぁストレート勝ちではないけど……ジンクス負かしてやった神永さんに勝てる相手なんか、もうどこにもいないよ」 ――わたしの味方は、きっともういない。そう、どこにも。 三好さんの姿が目に映るたび、三好さんには関係ないことなのに、わたしは一方的に気まずくなってしまって落ち着かないまま、お昼休みに入ってしまった。もちろん、仕事はきちんと集中して進めたけれど。――いや、やっぱり自信がない。 だって、神永さんの手を放さなかったこと、あの優しさをはっきり突き放すことができなかったのは、他でもないわたし自身なのだから。 自業自得だというのに、鉛でも抱えているみたいに心が重たくって、胸が詰まる。それでも時間は進んでいくから、いつものように明るくはしゃぐ親友の話に相槌を打つ。 「はあ〜〜! つっかれたねえ……いやマジで私労働とか向いてない。クソォ〜〜……来世は大富豪の娘としてこの世に生を受けたい…………ってのはまぁいいとして! 〜、お昼は神永さんが言ってたベーグルサンドでいい? 私も!!!! あそこ調べてたんだけど、人気店すぎてヤバかったのが最近やっと落ち着いたらしくてさ〜。これは行くっきゃないじゃん」 わたしもいつものようにしていたつもりだったけれど、やっぱりダメみたいだ。少なくとも、彼女にだけは誤魔化しは利かない。 「――ってどうしたの?」 でも、でもね。 「……どうしたのって……こっちが聞きたいよ……。なんで……なんでわたしじゃなくて、神永さんの味方するの……?」 「え……え゛?! えっがヤキモチしてくれるとかいう最高なこのシチュ何――っていうか……神永さんの味方してんの私?!?! え?!?!」 えっえっと何度も繰り返してうろたえる姿を見て、はっとした。何をバカなこと、言っちゃったんだろうと。咄嗟に「っごめん……! へ、変なこと言ってるよね……!」となんとか口にできたけれど、でも、今朝のことを考えると、頭の中を整理するには時間が足りなくて、それだけの心の余裕もなくて、ついこぼしてしまった。 「……そう、分かってるんだけど……なんだか色々、頭の中が整理できなくって……。ごめん、忘れて。あっ、ベーグルサンド! おいしいといいね!」 いつも通りに笑ったつもりだけれど、本当にわたしは笑えているんだろうか。 ……当たり前だけどちゃんの元気がないまま、神永さんとの約束のためにエントランスで待機していると、私たちの姿を認めた神永さんが小走りにやってきた。いやこの場合は私たちというかちゃんだな?? 本命にゃそうなりますわな〜〜〜〜さすが神永さん、こういうとこ。 「悪いな、待たせたか?」 まぁそれはともかく。 「あ、お疲れさまです〜! よっしゃ早速行きましょベーグルサンド!! 待ってる間にメニュー調べてたんですけど、私はチキンのやつで、ちゃんはサーモンのにします!!!!」 今の私ができること――すべきことは、の幸せのためになりふり構わねえことなんだわ……つまり、全面的に神永さんの都合の良いように動く、これだけ。これがベストアンサー。 ……の気持ちを知ってる私がこんなことするのは、私を信じて、大好きだって言ってくれるを裏切ることだと思わないわけじゃない。でも、私だってが大好きだ。というか私の愛情重すぎじゃん???? って感じなんだけど、親友を名乗っていいってなった瞬間からこれまでずっと、私はのことが何より誰より一番なわけよ……。だからこそ、神永さんの共犯になるって決めたし、それしかないとも思った、というか思ってるから今現在も私は空気読むことはしない。神永さんなら大丈夫だって確信があるからを任せようと決断したし、神永さんなら私のこの期待を裏切ったりはしないとも確信してるから。 ちらっと神永さんを見ると……あ〜〜〜〜なんかもうこの世の優しさ集約しましたみたいな、これが究極の愛です……みたいな目でを見つめて柔らかい笑顔を浮かべてっから……。 「ちゃん、前のデートの時もサーモンのパンケーキにしてたもんな。好き? それなら、次のデートは魚介メインの店でも行こうか」 「……あ、いえ、それは……」 ……まあ、そうなっちゃうよね。うん、の性格上、じゃあ神永さんに甘えちゃお〜〜! なんてなるわけないし、就業中はいつも通りにしっかりお仕事こなせてたけど……やっぱりこう、元気ないっていうか不安そうっていうか……もう心配で心配でしょうがなくなっちゃうほどだったし……。 どうしたもんかな……いやそれを考えなくちゃいけないんだけど……とコッソリ目を伏せたが、神永さんの「ま、とりあえずはメシだな」という言葉にバッと顔を上げた。私まで様子おかしかったらが変に思っちゃうしね! 明るくいこうね! 最終的には何がなんでもハッピーエンドにするわけだから! 「ですね!! じゃあサッサと行ってゆっくり食べましょ! あ、そういえば――」 「神永さん! これからランチですか〜? ……私もご一緒させてもらいたいです! ダメですか?」 …………これからっていう時に邪魔が入るコレ、そろそろ名付けたほうがよくない???? 私は見たことないけど、まあ神永さんの部署の女の子だろう。かわいい〜! みたいな子である。オフィスカジュアルはオフィスカジュアルだけど、なんていうかこう……かわいい〜! みたいなさ? 分かる?? ダメなやつじゃないからどうこう言うことではないんだけど……神永さんに声かけるっていうのがさ〜〜〜〜!!!! ちなみに私はめんどくせえからスーツ。もめちゃくちゃシンプルにシャツにジャケット、基本スカートでたまにパンツなんだけど。仕事は仕事、プライベートはプライベートってしっかりしたい子だからねウチのかわいいフェアリーちゃんは……。 いやそうじゃなくて。 「あぁ、お疲れ。ランチは無理だ、こっちが先約なんでな。今度の飲み会でうまい店連れてくから、その時にしてくれ。じゃ、午後からまたよろしく」 ……さすが神永さん。(どうでもいい)女子のあしらい方、完璧――と思ったんだけど、まぁ〜〜〜〜あ引き下がるわけないよね神永さんを狙うような女がさ〜〜〜〜! ウチのにマジ恋してからは完全に肩書き突っ返したけど、この人ゴシップ王だったからね……この子普通にかわいいし、押したら付き合えるっていう自信がなんとなく窺える……。いや昔ならイケたかもしれないけど今はもう無理ですし現在それどこじゃねえから!!!! ウチの!!!! ちゃんの幸せかかってんだよッ!!!! ……なんて口には出せないことを思っていると、肉食女子は「……そうですか。分かりました」としおらしい態度を一瞬見せた後、にっこり笑って「じゃあ、飲み会の時には隣に座らせてくださいね! ランチが先約で無理なら、これ約束してください」…………。 「考えとくよ。――さ、行こうか」 神永さんは(私視点だと)おまえにはまっっっったく興味ないしまっっっっっったく考えもしねえよという顔でサラッとお断りして、逆にきみにはめっっっっっっっっちゃ優しくしたいしどこまでも守ってあげるから……みたいな顔してサラッとおてて握って颯爽と歩き出すとかするからもう……(黙っておそらを見上げる)。 さて。やべえうめえと評判のベーグルサンド専門店にやってきた私たちだが――。 「やっべえめっちゃうまい……。具材ギッシリなのが最高……スープも最高に好み……ミニサラダの彩りとか神懸かってる……。どう? 。おいしい?」 いやうまいうまいとはね、口コミサイト(これめっちゃ信頼できるやつ。検証済み)でもレビューすごかったんだけどさ、それでもこんなうめえモンだとはぶっちゃけ思ってなかったんだわ私……。もうね、溢れんばかりの具材にしっかりと絡まったソース、そして肝心のベーグルのこのもっちり感。ウチの子に食べさせるにふさわしい完璧なベーグルサンドとしか言いようがない。そんでもってスープがまたね……すごい……。このミネストローネ、味付けで誤魔化してない素材の味がしっかり感じられる……つまり旨味で勝負ってことよ、そんでその勝負に見事勝利してる……。その上さ? 新鮮でないわけがないシャッキシャキのレタス……プチッとはじけて甘味のあるミニトマトをはじめとしたサラダの彩りがまぁヤバイ。オシャレ。つまり総合すると百億点満点ってこと。 これはも気に入ってくれたに違いない……と思いつつも確認すると、にこにこしながら「うん、おいしい」と言うので私も勝利した……。 「あ、ちゃん。上がりの前に連絡くれる? 昼飯食べてるところで気が早いけど、今夜食事行こう。今日車だから、家まで送るしさ」 案外デカく口開けてバクッと男らしく食べる姿がベビーフェイスに似合わな――いや逆に少年っぽいギャップ萌え要素が……ではなく。とにかく、おしゃべりは私たち女子に任せて腹を満たす作業をしていた神永さんが、あ、言おうと思ってたんだけど〜〜みたいなテンションでサラッとを誘ったので、今度は私が黙って腹を満たす作業する番……。 はあからさまに戸惑った様子で、「え……え、いえ、こ、困ります……。だって、」と、まぁ断ろうとしているわけだけど、神永さんがそれを許すわけがない。 「前だって一緒に帰ってたことあるし、寄り道だってしたじゃん。ちゃんと付き合うことになったんだし、ついでに買い物でもしようよ。――今度こそ、俺が買った靴、あげたいからさ」 ……いや決定的な言葉は何一つ出してねえくせにどの口が〜〜! というか今まさに迷ってるに、三好さんから引き離すためにただ“選んだ”頃とは違って今度は靴をガチで“贈る”ってつまりそういうことじゃん〜〜〜〜ッ!!!!!! ……まぁ今の私は空気と同化している存在なので素知らぬ顔でやべえうめえベーグルサンド頬張りつづけるけども。 躊躇うように口を開いて閉じてをしたが、ついにきゅっと唇を引き結んだ。 「……食事だけなら。きちんとお話ししたいこと、あるので」 「うん、もちろん聞くよ。何食べたいか決めておいてくれる?」 「いえ……いつもの、居酒屋さんがいいです」 ……ウン、分かってるし分かるよが話したいこと……。いつもの居酒屋イコールこれはデートではないしサッと帰りますっていう意思表示だよね分かる……。 ――でもね。 「そっか、じゃあそうしよう」と言って相も変わらず瞳を甘く溶かしているこの男が、の話を聞いてウン! 分かった! なんて言うはずないんだわ。そして、私はそれを黙って見逃すどころか……後押ししちゃってるんだよ、。 「……すみません、」 それはこっちのセリフなの、本当は。 私はそう思いながらも、「え、なんで? まぁとりあえず、上がりのタイミングで連絡くれればいいから」とにこにこする神永さんが続けた、「……大丈夫だよ、何も心配しなくて」という言葉にそっと目を閉じた。 なんだかんだ、何かが起きる時にはいつもこの居酒屋が舞台になるな。 俺はそう思いながら、思い詰めた様子で俯くちゃんの「……神永さん、」というか細い呼びかけに、ただいつものように笑ってみせる。 「ん? 食べたいもの決まった?」 予想するまでもないことだったが、やっぱり彼女は言った。 「……ごめん、なさい、」 両手を組んだ上に顎先を乗せて、その様子を窺うように首を傾げてやる。俺はもう、お優しい男でいてやろうなんてバカな気持ちは捨ててしまったので、以前のように口には出さない彼女の意を汲んでやる気はない。そうでなくてはいけないのだ。誰よりも、俺のために。 「……それは何に対して? 俺はちゃんに謝られるような覚え、ないんだけど」 ちゃんは今にも泣きそうな――いや、もうその瞳いっぱいに涙を浮かべた。 「わ、わたし、神永さんには、これまでずっと迷惑ばっかりかけてきて、でも、わたしのずるさのせいで、いつまでも甘えたままで、だから、」 「――だからだよ。ちゃんは……俺が守ってあげないと、壊れちゃうと思うから。だから、ちゃんが嫌がっても俺は勝手にそばにいるし……もう俺のこと、突き放せないだろ?」 白すぎる頬に手を伸ばして親指で撫でると、細い肩が揺れた。 子どもじゃない。わざわざ付き合おうだとかなんとか、言葉がなくたって構わないのだ。俺が勝手に、俺の好きなように彼女のそばにいればいい。 言った言葉そのまま、彼女はもう――俺を突き放せやしないから。 お決まりの、いつもの屋上。私は青いお空の下、こちらもいつも通り肺にニコチンという名の劇物ブチ込んでる神永さんを見つめながら、「……しっかしまぁ、うまいことやりますね神永さん……。さすがカンスト」と呟かずにはいられなかった。昨日のとのやり取りを聞いての感想である。 神永さんは「その嫌な言い回し、きみは一体いつ改めるんだ?」と言いつつ、ふと笑みをこぼした。 「……まぁ、ズルはいくらでもするって決めた上に……きみって共犯がいるからな。特段、心配することはない」 …………いやね、まあそうなんスけども……。私もさぁ……なんていうか、になんで神永さんの味方するの? って言われたのがこう……当たり前に引っかかってるもんだからさぁ〜〜〜〜!!!! いくら心に決めたっつったってさ……からしたら、いっつも味方でいた――と思ってくれてると私は思ってる――のに、のなんか言いたげな素振りに気づいてない“フリ”して……るってのも気づいてるだろうし……やっぱりコレって裏切りになるよなぁとか思わないわけがないんだよね……。 でも、神永さんだけじゃなく私も、もう引き下がれないのだ。 言い訳がましいだろうし、からしたら余計なお世話にすら感じるかもしれない。だってあの子が自分で選んで、自分の進みたい道に進もうとしているのを邪魔してるんだから。でも、誰よりに幸せになってほしい。辛い思いなんかひと欠片だってさせたくない。これ以上は。この気持ちには嘘なんてないと胸を張って言える。……いやこれこそ言い訳に聞こえるよな……あああ……。 ――と、私が一人自己嫌悪に陥っているところ、神永さんは煙草を灰皿に落とした。 「それより、ちゃんはどうした? いつもはもうランチの時間だろ」 「……今の私のミッションは……神永×を成立させてにこれ以上はないってほどの幸せを味わってもらうことなんで…………クソ腹立つ波多野のクソガキに譲ってやりました」 「相変わらず波多野のことは毛嫌いしてるな、きみ」 ヒクッと口端が痙攣した。波多野のあの……あのハハンッ! って顔思い出したらつい……。しかも図々しくの手なんか引いちゃってさ……クソ、思い出すとまたムカついてくるななんだあのクソガキ……仕方なく譲って! やったんだぞこっちはよ……。 「いや腹立てんなってほうが無理でしょあのクソガキ……」 まぁそれは今置いといて。今は。 「――ってのはどうでもよくてですね、とりあえずは神永さんと、一応! 一応は付き合うことになったって……ことで、いいんですよね? ……の気持ちは……ともかく……」 ウグッ……やっぱ自分で言ってて自分にダメージ(強)……。いやいや、これはもう割り切……にこれ全部知られたら、私完ッッッッ全に嫌われるよね、そうに決まってるよね……エッ吐きそうだけど……? 思わず口元を手で押さえる私を見て、何を考えてんだか察したらしい神永さんが苦笑いを浮かべた。 「そう暗くなるなよ、きみだって共犯なんだ、ズルくいてくれ」と言って。ただ、この人はそれだけでは終わらない男である。 「――それに、勝算なんていくらでも用意してる。今話した通り、とりあえず一緒に過ごす分には問題ないからな」 ッカ〜〜〜〜! 初期では私も色々とイチャモンつけましたけど、こうなりゃ神永さんほどイイ男なんざこの世に存在してねえ〜〜〜〜!!!! と思わせるコレ。……そうだよ、コレよ。コレがあるから、私は神永さんの共犯にならなるって決めたんだよ。っていうか、この計画がバレたら終わりなのは神永さんだっておんなじ……どころか(多分)私よりヤバイのは確実なわけだからさ、失敗するようなヘマすっか???? 神永さんが???? って話なんだよね。――ってことはさ? 「……よしっ! じゃ、とりあえずはの神永さんへの複雑な気持ちもろもろあるし、しばらくは三人で出かける計画色々立てましょうッ!! 実際、三人で出かけるにはまぁ……抵抗なかったですしね、」 うん、そうだよ。の幸せをこの世の誰より願ってるに決まってるこの私がッ!!!! こんなとこでつまずいてちゃオハナシにならねんだわな!!!! 私はやる……ッ! やってやるんだ……ッ! ……それにきっと、だって分かってくれる。今すぐにじゃなくたって、いつかきっと。 「……ま、それが妥当だろうな。じゃ、ちゃんが楽しめるプラン、色々出してやってくれ」 ――こんなに優しい声で名前を呼んで、こんなに甘い瞳の裏にその姿を映せるような人、他にいやしないんだから。 私はなんだかむずむずっとして、ちょっと大げさに「はっ?! アンタが計画すんでしょこういう場合ッ!!!!」と声を張ってみたけれど、唇が浮ついてしまった。その様子を見てか、神永さんがまた笑う。それから、煙草を取り出して火をつけた。 「それじゃあちゃんが構えるだろ。きみが声をかけたほうが頷きやすい」 ……た、確かに……。 「よ、よし任せろ! 私が誘います。これ以上ねえッ!!!! ってほどデートの約束キメてきますね。ただしッ! プランは神永さんのほうでも考えといてくださいよ?!」 それじゃ早速〜ッ! と、神永さんに背を向けてダッと走り出した私には、その言葉は聞こえなかった。 「分かってるよ。――全部な」 波多野くんと二人でお昼を食べて、それから一人でデスクに戻った。 食事中もなんとなく気がそぞろだったわたしを、波多野くんはずっと心配してくれていたから、悪いことしちゃったな。二人っきりでご飯食べるの、ちょっと久しぶりだったのに。だっていつもなら――。 「ごめんね〜! 波多野のクソガキに意地悪されなかった?!」 ぱっと顔を上げると、額に汗をかいた大好きな大親友が、どうしてだか肩で息をしながらそう言うので首を傾げた。 「え? え、波多野くんはそんな、意地悪なんてしないよ」 そう答えてちょっとだけ笑う。 ――突然、なんて表現したらいいのか分からない、不安みたいな、そういうものがわーっと込み上げてきた。 ダメだ。そう思った時にはもう遅くて、大きな波に流された言葉は、口から簡単にこぼれ落ちてしまった。 「それより……、あの、お昼休み、どこ行ってたの?」 「え゛っ?! い、いや、そのぉ〜〜……」 ……わたし、知ってるよ。 本当に隠したいことほど、わたしにだけは隠せないこと。だって、わたしのことが一番大事だよって言ってくれるその言葉には、いつだって嘘がないって知ってるから。だから、隠さなくちゃって思ってても、素直で、嘘が吐けないから……つい大きなリアクションで誤魔化そうとしちゃうってことも、知ってるんだよ。 ――でも、隠したいことがあるのはそうやって教えてくれるのに、その中身はやっぱり教えてくれないね。 「……ごめん、詮索するようなこと言って……。午後も頑張ろうね!」 大好きで、誰より大事な大親友が、安心したようにぱっと顔色を明るくした。 「あ〜〜……労働したくないよぉちゃん……。あっ! それよりさ、今晩飲み行かない? 神永さんも誘って三人で! いいお店見つけたからさ!」 「え……あ、あぁ、うん……、」 もう、意識はぼんやりとしていた。 ……こんな、大親友を疑うようなこと、絶対しちゃだめなのに。それに、彼女の交友関係に、わたしが口出しする権利だってありはしないのに。 ――きっと、お昼休みは神永さんと一緒だったんだろうな、なんて考えが浮かんでしまう。しかも、わたしはそれに対して……二人のどちらにもひどいことだって分かってるのに、心のどこかで、嫌だな、なんて勝手なことすら思う。 わたし、なんでこんなにズルくて弱くて、心が狭いんだろう。こんな、彼女を疑うようなこと、今まで一度だってなかったのに。なのに。 ――わたしは今、わたし自身が一番怖い。 |