真夜中に目が覚めた敦盛は、隣りで休むヒノエを起こさぬよう気をつけながら、そっと部屋を出た。 廊下のひんやりした感触に、ふと外の空気が吸いたいと思う。 こちらへ来てしばらく、生活には大分慣れてきたが、まだまだ分からないことの方が多い。 この刻限に一人、外へ出ても大丈夫だろうか。 少し考えると、敦盛は溜息を吐き、そろそろと廊下を進み階段を降り始めた。 (……駄目だ、この異郷の地で皆に迷惑をかけるわけにはいかない) 近頃は一人きりでも買い物をしたり、図書館へ出掛けたりも出来るようになってきたとは言え、 戦がないこの世界も夜道は危険という話だし、何かあっても自分では適切な対処は出来ないだろう。 そうなれば皆に、特に世話になっている有川家に迷惑を掛けてしまうことは分かりきっている。 (水でも頂いて、また横になろう) どうも眠れそうにないのだが、敦盛はそう考え直すと、僅かに開いたリビングの扉から光が漏れているのに気付いた。 ということは、誰かしらが敦盛と同じように起きてきたのだろう。 それなら、敦盛も遠慮せず中に入れそうなものなのだが、ただ難しい顔をしたままその場で立ち尽くすだけだ。 元々内向的であること、怨霊となったあの日より人と関わることを避けていることもあって、共に戦ってきた仲間にさえ、 今でもどこか一線を引き遠慮している敦盛には、それは難しいのだろう。 しかし、飲み水が入っている冷蔵庫はリビングの向こうのキッチンにある。 ちなみに有川家のキッチンは対面式のもので、キッチン、ダイニング、リビングと続きになっている。 と、それはまぁいいとして。 心を決めて中へ入るか、部屋へ戻るかの二択しかない。 敦盛は困り顔で、ドアに背を向けた。 しかし、 「敦盛くん?どうしたの、入ってらっしゃいよ」 囁きに近いような声だったが、静けさのお陰で案外それは大きく響いて敦盛の耳をくすぐった。 その心地良い柔らかな声に敦盛はすぐさま振り返って、ほんの少し頬を染めると、はにかんで笑う。 「起きていらしたのは、貴女だったのですか」 そう言った敦盛に、も笑った。 「目が覚めちゃって、それからちっとも眠れなくってねー。っさ、敦盛くんも中おいで。 今起きたんなら、まだしばらく眠れそうにないでしょ?」 「……、はい、殿さえよろしければ。ご一緒しても構いませんか?」 敦盛はためらうような素振りを見せたが、その様子をじっと期待に満ちた瞳で見つめてくるに、次第になんだか照れた様子で頷いた。 この時、の瞳に宿る、どこか甘さを含んだ色が、ひどく苦手な気がした。 の方は、敦盛のじりじり変わっていく表情を見つめながら、うちの弟達もこういう愛嬌があれば可愛いのに、 と思うと、敦盛ににこりと微笑み、えぇもちろん、とその手を引いた。 *** 「敦盛くん、ココア飲めたっけ?」 の問い掛けに少し考えてから、敦盛は答えた。 「ここあ、とは、土色をした甘い飲み物だったろうか」 「そう、それ。この前譲がおやつに出したヤツ。嫌い?」 「、いや、私は、」 右手にはココアの素のパック、左手には敦盛専用マグカップを持って、対面式キッチンからにこにこ敦盛の返事を待つ。 敦盛は、やはりこの人の澄んだ瞳が甘い色をするのは、どうも居心地の悪い気になるな、と思った。 そして、 「私が頂いて、構わないなら」 と答えた。 「じゃあすぐに用意するわね」 は形の良い眉をハの字に下げると、困ったように笑った。 |