冬の静かな昼下がり、やけに静かな有川家にチャイムが鳴り響いた。 ごくり、と誰かが喉を鳴らす。 「じゃあ、俺が出ます。……昨日打ち合わせた通り、お願いしますよ」 静かに立ち上がった譲が、きらりと眼鏡を光らせるくらいに厳しい眼光でそう言い放った。 今日、有川家長女が、実家であるこの家へと帰ってくるのだ。 両親が留守の間、弟達の面倒を見る為に。 譲の厳しい顔を見つめ返し、九朗が真剣な顔で頷く。 「任せておけ、譲!仲間として恥ずかしくない振る舞いをし、お前の姉上に認めて頂いてみせるッ!」 昨夜からずっと、なんだか色々勘違いをしている様子の九朗に早くも一同不安を隠せない。 譲も、そう言う貴方が一番心配なんですよ、と心の中で溜息を吐いた。 それに対して、将臣は堂々溜息を吐き、諦めた風に口を開く。 「姉貴も勘のいい人だしな、あんなつまんねぇ嘘、どうせすぐにバレちまうだろ」 譲の顔色が変わった。 眉間に深くしわを刻み、きっと鋭く将臣を睨みながら声を荒げる。 「だからって正直に話せないだろ!……昨日の話し合いに参加すらしなかった兄さんに、そんなこと言われたくないな」 譲の言葉に、今後は将臣が表情を厳しいものに変える。 「どうしたって言い訳なんか出来ねぇだろ。下手にあれこれ言うより、黙ってた方がいい。それくらい分かるだろ」 いよいよ派手に喧嘩を始めそうな様子に、敦盛と景時、白龍と朔が不安げな目で二人の幼馴染みである望美を見る。 けれど望美は、いつものことだから、とケロッとした顔で早口に答えると、それっきり何も言わなかった。 望美としては、二人の喧嘩よりも、外で譲か将臣が出迎えてくれるのを待っているだろうの方が心配で、 今にも自分が玄関へ飛び出しそうなのを我慢することの方が、よっぽど大変なことなのだった。 ここでさっさと玄関へお出迎えに行くのもいいのだけれど、彼女が実家へ戻ってくる時は、必ず兄弟のどちらかが出迎えるのが暗黙のルールとなっていたし、 何より望美は、「あれ、望美はいないの?」と言って自分をきょろきょろ探す姿を、影からこっそり見るのが好きだった。 (たっぷりそれを堪能してから飛び出していって、私がぎゅっと抱き着いた時のさんの驚いた顔!そして柔らかく微笑む顔ったら……!) ……望美がピンク色の脳内でうふふと一人笑っているすぐ傍で、彼女の考えていることなど全く知らない譲は、それはそれは悔しそうに唇を噛んだ。 「っ、兄さんはいつもそうだ、そうやってッ、」 望美がうふふと一人笑っているすぐ傍で悔しさに唇を噛む譲を見つめながら、弁慶は考えていた。 望美を除いて、全員シリアスモードなので。 いつまでもこうしてはいられない。 この時間こそ変に思われてしまうだろう。 (……ただでさえ、見るからに共通点のなさそうな人間がこれだけ集まっているのだから……) 警戒され、怪しく思われても仕方ない。しかし、余計な詮索をされても困るのだ。 譲が言う通り、正直に自分達の話をするわけにもいかないし、第一信じてもらえるわけがないのだから。 自分達の生きていた世界で当たり前だったことは、この世界では通用しない。 白龍の神子だの八葉だの、ましてや荼吉尼天を倒す為に自分達はこの世界にやって来てどうの、などというのは。 「将臣くん、譲くん、もう来てしまったものは仕方ありません。喧嘩よりも先に、姉君を中へ迎え入れて差し上げてはいかがですか?」 「そうだねぇ、冬の寒空の下、麗しい姫君が一人きり、というのはいただけないな。いつまで待たせるつもりだい?」 弁慶の言葉に便乗して、ヒノエも言う。 二人の言葉を聞いて、将臣と譲は一度ぴたりと固まったように身体を強張らせると、気まずそうにお互いから視線を逸した。 「……そうですね、すみません。それじゃあ、いってきますね」 気まずそうな表情のまま、譲はそれを誤魔化すように無理に笑って、急ぎ玄関へと向かおうとしたその時だった。 不機嫌そうな女性の声が、玄関の方から聞こえてきたのは。 「ちょっとー、誰もいないのー?ゆずー?いないのー?……将臣ィ!アンタ出るの面倒だからってまた居留守とかしてンじゃないでしょうねー!将臣ィ!!」 まず最初に、堪えきれず望美が噴き出した。 それにつられたように、景時が顔を背け、敦盛は俯く。 二人の肩は、小さく震えている。 ヒノエは面白そうに口笛を吹いて笑って、弁慶はおやおや、と呟いて楽しげだ。 リズヴァーンは何故か感慨深かそうに目を閉じている。 譲はなんとも言えない顔で溜息を吐いたが、乱暴に髪をがしがし乱した将臣は、ひどく不機嫌な顔だ。 そして、九朗の「お前達の姉上は凄いな!この家を出て長いと聞いたが、まるでずっと将臣のことを見ていたようだ!」という発言と、 白龍の「そうだね九朗っ、いつもの将臣の様子を見事に言い当てているね!」という発言が、将臣の不機嫌を更に煽った。 悪ノリした望美の、「あはは、みんな一応将臣くんに遠慮して言わなかったのにー、白龍ったら正直なんだからぁっ」という発言ももちろん。 はぁっと大袈裟に溜息を吐いて、将臣はずかずか大股でリビングのドアへ向かった。 「ったく、しょーがねぇなぁッ」 その発言に誰もが、いや、しょうがないのはお前だよ、と思ったかどうかはさておき。 将臣の後を追って譲がリビングを出ていき、望美がその後を追って出ていった。 「さーんッ!会いたかったぁっ!」 という、望美の狂喜まじりな叫び声に、リビングで待機している全員がびくりと肩を揺らすまで、あと数秒。 |