ふふ、とちいさく笑うは、なんだか分からないけど至極ご機嫌だ。その姿はかわいくって、俺も思わず嬉しくなる。何かいいことでもあったのかい?と聞くと、うん、とっても!とこれまたかわいい笑顔で答えてくれる。は笑ってる顔がいちばんだ!ちら、とその甘いひとみの先を追ってみると、細い指先がやわく、けれどもしっかり握りしめている小さな紙。ふーん、この紙になんかあるってわけかい。俺が見る限りじゃなんの変哲もない紙だけど、ってことはそこに書かれてるなんかがをこんなにも幸せそうにしてるってことになるわけで。それは単純な好奇心と、俺にも出来るならしてやりたい、というへの気持ち(……下心?)だった。へえ、そんな笑顔になっちまうことが書いてあんのかい?その紙に。俺がそう言うと、はとびきりの笑顔でこう答えた。 そう、ラブレターもらったのよ。 「――――で、その続きは」 「いやそれがさぁ、それっきりなんにも教えてくれないんだよ」 「ほお……馬鹿かテメェ!!!!」 「いってぇな何すんだよ馬鹿野郎っ!」 神妙な顔つきで聞いていたのが一転、成実の馬鹿、教科書の角っこで頭殴ってきやがった!それ日本史じゃねえかよ通りで痛いわけだよね!!ってそうじゃない。俺だってがあんな、あんな顔して、うれしそうに「ラブレターもらった」なんて言うもんだから、びっくりしたり胸が苦しくなったりしたよ。それでも、誰からもらったんだとか、どういう内容かって聞き出そうと頑張ったんだ。でもはうれしそうに笑うばっかりで、ないしょ、とその紙持ってどっか行っちまったんだ。俺にはどうもできないだろそんなの!殴られたところを擦りながら、成実に喰ってかかる。でもまぁそれも、「肝心なことがなんも分かってなきゃ意味ねェだろ!」という言葉に反論する術はなく、はあ、と二人で重い溜め息を吐くことでおさまった。 「しっかしラブレターねぇ……送り主はよっぽどの馬鹿野郎かよっぽど自分に自信ある馬鹿だな」 「そりゃどっちにしろ馬鹿ってことじゃないか!なんだってそう思うんだよ」 「ばーか、相手はあのちゃんだぞ?まず本人の手に届いてるって時点でおかしいだろ」 成実の言葉に、それもそうだと頷く。にはまず元親と元就っていう幼馴染みがいて、しかも政宗のお気に入り。それを知っててそう簡単にラブレター出そうなんて奴はいないだろう。それに普段はいつも俺と成実、確実にどちらかが傍にいるし、そうじゃなくたって佐助や幸村、先生で言えば生活指導の片倉せんせーなんかも目をかけてるような子だ。……考えてみりゃ、送り主は限定されるってことだ。1年一緒にいて、今までがラブレターをもらってるとこ……、そういや見たことないし……、いや、まず幼馴染みの双壁がそういうの昔っから徹底的に排除してたっていうから(佐助調べ)、自体がそういうのに疎そうだし……、 「とにかく!ここでオレ達二人でうんぬん言ってても解決しねえ!!」 * ・ * 「……何?」 「ラブレターだァ?」 とりあえず、のことなら幼馴染みのこのふたり!ってわけで、俺と成実は毛利の兄さんと元親のもとへ。……いやぁ、予想はしてたけど……すっげえ剣幕。そりゃかわいいかわいい幼馴染みのに、どこの馬の骨とも知れない野郎からラブレターなんてきちゃ、そう冷静でもいられやしねえとは思うけど。が歳のわりにちょいと子どもっぽいのは、やっぱりこのふたりの過保護っぷりにも原因があると思うね、俺は。と、そんなこたぁ今は置いといて、だ。とにかく今は、どこのどいつが俺達のかわいいに手を出したかってことが大事だ。あ、いや、まだ手を出したってのは違うか。ラブレター渡しただけだもんな。しっかしソイツもどうやったんだかなぁ……だって今神妙な顔つきでなんだか考えてる毛利の兄さんにしろ、舌打ちを繰り返しながらどんどんイラついてく元親にしろ、この幼馴染み双壁のふたりだけでもだいぶ厄介なもんだ。それをどう出し抜いて、に直接ラブレターを渡したのか。どんな野郎がってのももちろん気になるけど、そのテクニックにも興味があるなぁ、俺。このふたりを退ける方法があるってんなら、俺なんかとデートしまくれるよ。まぁ、今のポジションでも満足してるけどさ。と買い物出来るのなんて、俺くらいなもんだもんな。毛利の兄さんは女の子のファッションなんて興味なさそうだし、元親の好みにゃは似合わねえし。あっ、でも政宗や佐助は女の子の流行にも敏感だし、何よりセンスいいしなぁ……。 「おい、聞いてんのか馬鹿」 「いでっ!お前いい加減そうやってすぐ人を小突く癖どうにかしろよな〜」 「安心しろ、お前にだけだ。で、話聞いてたか?馬鹿」 「聞いてたよ!!……いや、えっと、な、なんだっけ?」 「聞いてねぇじゃねーかよ!!だァから、毛利サンもちょーそかべサンも心当たりねぇってゆう話だよ!」 成実に小突かれたところを擦りながら、毛利の兄さんと元親に視線をやる。このふたりに心当たりねぇってことは、もう以外誰も知らねえんじゃねぇかな。とは、いくら俺でも流石に言えない。毛利の兄さんは無表情加減がいつもよりずーっと冷ややかだし、元親なんて今にもその辺の男みんなど突き回して口を割らせそうだ。ふたりとも対照的だけど、共通してるのはとんでもなく腹を立ててるってとこだ。いやぁ、これ見たら犯人も口割れないだろうね。いや、別にラブレター自体はいいんだけどさ。用はが笑って受け取るような野郎だからこんだけ気になるんだよ。はソイツに惚の字なんじゃないかとか、がイイ男って認めるような男ってのは一体どんなもんなんだとか。俺は、が幸せならそれでいいと思うけど、でもやっぱりさみしいと思う。もしに恋しい人が出来たら。俺とはもう、どっか遊びに行ったり、なんかうまいもん食ったりとか、しなくなっちまうんじゃないかって。そりゃ、が恋人が出来たくらいで友情をほっぽり出すような女じゃないのは分かってる。でも、恋ってのは時に人を変えてしまうもんだと、俺は知ってるから。 「毛利サンもちょーそかべサンも知らないとなると、あと頼りになんのはサスケせんぱいくらいスかね」 「そりゃどういう意味だ若造!俺があの猿に劣るとでも言いてェのか?!あァん!?」 「だってそうでしょ!あとこんなこと知ってそうなの、サスケせんぱいくらいしかいないじゃないスか!!」 「いい度胸だ表出ろやァ!!俺ァな、がちっせえ時から傍にずっといんだぞ!!」 「別にそれとこれとは関係ないでしょ!!ねっ、毛利サン!!おい慶次!お前もなんとか言え!!」 「へっ?あっ、そ、そうだぜ元親!(なんのことか分かんねえけど)」 「おまっ、ちゃんと話の流れ分かってっか?!いででっ、ちょーそかべサンどこ引っ張ってんスか!!」 「騒ぐな」 いつの間にかまたぼーっとしてたみたいで、話の流れがさっぱりだったので毛利の兄さんの声でほっとした。まつ姉ちゃんに人の話聞けって毎日のように言われてるけど、その通りだよなあ。いや、俺ちゃんと人の話聞いてっけどさ!ただちょーっと時々頭が別のこと考えちまうだけでさ。えっ?それって話聞いてねぇって?いや、でも誰にでもそういう時あるだろ!俺の場合、それがちょこっと頻度が多いってだけでさ。とりあえず、元親が引っ張ってた成実の左耳を解放して、どかっと椅子に腰かけ、成実も耳を気にしながらも大人しく話を聞く態勢になったので仕切り直しだ。で、なんの話だって?と俺が言うと、成実が俺の頭をスパンとはたいた。だからお前そうやってすぐ暴力に訴えるのやめろよな!だから政宗や片倉の兄さんにぼかぼかやられるんだよお前!人にやさしく! 「我が思うに、恋文の差出人はと非常に親しい仲だ」 毛利の兄さんの言葉に、俺はもちろん成実も元親もぽかんとして毛利の兄さんを見た。六つの眼の視線をがんがんに浴びながらも、毛利の兄さんは涼しい顔で言葉を続けた。毛利の兄さんにも元親にも相談することなく、俺や成実が何も知らないとなると、ラブレターをに渡した野郎はと仲のいい奴で、大方週末どこかへ行かないか?とかそういう類の手紙じゃないかということだ。いや、でもそれなら尚更俺や成実にナイショにするなんておかしくないかい?自慢じゃないけど、は週末の予定なんかは大抵俺達に聞かせてくれるし、第一仮にに親しい誰かにせよ、わざわざ手紙を出すようなことには思えない。政宗なんか毎日のようにのとこへ来ては、毎回毎回出かけようって誘ってるくらいだし。手紙なんてまどろっこしいようで粋なことするようなタイプじゃない。と、俺は思うんだけどなぁ。 「なるほど、毛利サンの案外当たりかもしれねえな」 ふむ、とそれらしく頷いてみせる成実に、元親が喰ってかかった。 がたんと席を立って、成実の胸倉を掴んで怒鳴り散らす。 早く事を解決しねえと、こりゃほんとにその辺の野郎みんなをど突き回しそうだなあ。 「あ゛ァ?!こんな姑息な手でを誘い出すような真似をしやがる野郎なんざ、どうせロクなモンじゃねえ!」 「オレが言ってンのはそういうことじゃないスから!」 何がそうさせんのか分かんないけど、入学当時から成実と元親はどっか馬が合わないみたいで顔を合わせりゃすぐに言い合いになる。不良とヤクザの血が騒ぐんだろうか。野郎と顔を合わせて毎回言い合いなんて、とんでもなくつまんねえことをいつまでも続けるふたりの心境なんて、俺には到底分からない。そんなことしてるヒマがあるんなら、かわいい子の一人やふたり捕まえてみせりゃいいのに。なんて俺が考えてるのを知らないふたりはぎゃんぎゃん言い合っていたが、毛利の兄さんの黙れという一言で押し黙った。もちろんふたりとも全然納得しちゃいないけど。それでもやっぱり優先事項はのことだと思い直したのか、成実は乱れた制服の襟をこれ見よがしに正して、じゃあやっぱりサスケせんぱいのとこッスね、と呟いた。それに元親がまた何か言おうとしたけど、毛利の兄さんが一睨みすると、舌打ちして居心地悪そうにしながらまた椅子に腰かけた。毛利の兄さんはそれに満足そうにして、では行ってくるがいい、我が捨て駒共よ、と言い放った。 「あー、はいはい、なんでもいいッスもう。おらっ、行くぞ慶次!」 「えっ、ちょ、ちょっと待てよ成実!」 いつものこととは言え、毛利の兄さんはもうちょい人の心情を推し量るような人間になれないもんかねえ。いや、のことに関してはそりゃあ人情の分かる人だけど。せめてその半分くらい、他人にも優しくなれないのか。そんなこと俺が気にしたってしょうがねえのは分かってるけどさ。あんたがいつまでもそれじゃ、いつもあんたの足りない言葉をフォローしてるが報われないって話だ。もしここにがいたら、なんて言ったかなあ。「おい慶次!早くしろよ!」成実の言葉に急かされて、慌てて教室の出入り口へ向かう。もちろん、毛利の兄さんと元親に一言を忘れず。 「じゃ、なんか分かったらまた来るな!元親、イライラして備品とか壊すなよ!」 「うるせえさっさと行ってこい風来坊!!」 「おい、前田」 「ん?」 「報告はいらんぞ」 へ?と俺が振り返ると、毛利の兄さんはどういうことだと詰め寄る元親をよそに、優雅に読書を始めていた。元親が怒鳴るのも道理だ。報告はいらねえって、どういう意味だ?確かめようにも、俺を引っ張る成実に阻まれて、それは叶わなかった。 * ・ * 「で、俺様のとこに来たってわけか」 そう言うと、佐助はおかしそうににやにや笑った。そうなんスよセンパイ〜あの人達ちゃんの幼馴染みとかいうすげえおいしいポジションにいるクセしてまったく使えないンすよ〜とか調子いいこと言って揉み手してる成実はどうでもいいとして、校内のことに関しちゃプロ並みの情報力を持つ佐助は、もう事の真相を知ってるような余裕っぷりだ。ふーん、こりゃなんか知ってるって顔だな。そうでなけりゃ、これを聞いてすぐさま教室から飛び出してたはずだ。がラブレターをもらったなんて聞いて、こんなへらへらしてられるわけがないもんな、コイツの性格からして。いつもにこにこしてる反面、佐助は腹の内じゃ何考えるか分からない曲者だ。殊、のことに関しちゃ、時々ぞっとするようなことも平気でやってのける奴だし。に傾倒してる俺が言えたことじゃないのは分かってるけど。それで?ちゃんにラブレター渡したヤツ見つけて、どうすんの?という佐助の質問に、成実は興奮ぎみに答えた。 「どうするってそりゃあ簀巻きにして海にでも沈めてやりますよ!!なっ慶次!!」 「え?簀巻きィ?そりゃちょっとやりすぎだろ」 「やりすぎがあるかボケェ!!ちゃんがどこぞの毒牙にかかったとなりゃそんくらい当然だろうが!!」 こりゃだめだ。 お前いっつも政宗や片倉の兄さんのこと言ってるけど、お前も十分ヤクザだよ。 「ふーん、なるほどね。うん、俺様知ってるよ、ちゃんにラブレター渡したヤツ」 「なっ、どこの野郎ですかソイツは!!」 息巻く成実の背後から人の気配を感じて視線だけやると、 「ふ、風魔!!」 「風魔ァ?!なんでそこで風魔サンが……、」 「あ、風魔、こいつらお前のこと簀巻きにして海に沈めるらしいよ」 「いっ、いやあぁああああああ!ふふふ風魔サァァアアアン!!!!!」 「ご、誤解だよ風魔、いや、がラブレターもらったなんていうからさ、気になって、」 も ん ど う む よ う 多分、唇はそんな風に動いてたと思う。 え?その後どうなったかって?……俺の口からは言いたくないよ。 とりあえず、毛利の兄さんはぜんぶ勘付いてたってことだけは確かさ。 |