「番犬はいないのか、」 口が悪いですよ、と咎(とが)めはするのだが、どうも口元が緩んでしまう。さんも、そのようだ。番犬だなんてひどいですよ、と言いながら笑っている。才蔵はふいっと視線を(そ)逸らすと、居心地悪そうだ。おかしそうに身体を揺らしている佐助と、目が合う。口下手で強情な才蔵は、いつも彼女に優しい言葉をかけてやれず、空回りばかり。それを分かっているさんが、とても上手い具合に才蔵の口を動かすものだから、こうして傍(はた)から見てるのはおもしろくて仕方がないのだ。人事である。しかし風魔がいなくてよかった。一匹狼で、誰にも懐かない野犬のようなあの男。才蔵も似たようなところがあるものだから、顔を合わせるとすぐに小競り合いだ。飄々と上手くやれる佐助と違って、才蔵は不器用。なんでも要領よくこなす秀才は、ことさんに関してはさっぱり駄目なのだ。では佐助はというと、こちらもさんのこととなると途端に不器用になるのだが。いやはや、本人達の気づかない所で全てを眺めているのは、いけないなぁと思う反面実におもしろいものだ。 「いつも一緒にいるわけじゃないですよー」 「そうか。番犬がいないと何も出来ないだろう」 「そうですねー、購買の人ごみとか。手も足もでないですよ」 「いつも弁当じゃないのか」 「デザート買いに行くんです」 「そうか。みかんのゼリー、誰が買いに行く?」 「そうです!才蔵せんぱいはみかんゼリー好きですか?ちなみに買いに行くひとはその時々です」 「男も女も、お前の思うままだな」 「才蔵せんぱいは?」 笑ってやりとりを見ていた佐助が、眉間にしわを寄せた。不機嫌顔で才蔵を見つめている。それに対して才蔵は、なんともまぁだらしない顔だ。普段は無表情、たまにぴくりと眉を動かすだけ。それが口端が持ち上げて、ぎこちないながらも微笑みを浮かべているのだ。だらしない。ちらりとさんに視線を向けると、無邪気ながらもいたずらっぽい笑顔を浮かべて、わくわくと才蔵の言葉を待っているようだ。佐助の顔が、ますます歪んでいく。佐助、いつものへらへらした顔はどうしたんですか。男の嫉妬くらい見苦しいものはないですよ。そういう僕も、あまりいい顔をしていないのは分かっているのだけれど。自分を冷静に見つめることなど、本当の意味では誰も出来ない。ま、人のことだからこそ、あれこれ勝手を思えるわけだ。きっとこれこそが、自分の余裕なのだろう。 「、お前は俺に頼み事をしないだろう」 「じゃあなにか頼んだら、きいてくれますか?」 「……、教室まで送ってやる」 「はぁい。じゃ、由利せんぱいと佐助せんぱい、またあとでー」 「はい、今度は僕に送らせて下さいね。佐助、行きますよ」 「ちゃんってばつれないねぇ、俺様がいるってーのにさぁ。昼休みにご奉仕してくださいよー」 「散れ猿。……、行くぞ」 「佐助せんぱいのやきもちやきー!っあ、さいぞーせんぱい待ってくださいよー!」 階段を駆け上がるさんの後ろ姿を見送って、佐助を見る。不機嫌顔だ。しかし無理にでもついていくと思っていたので、少しだけ驚いた。顔を見る限りでは、それもう凄まじい葛藤があったであろうことは確実だが。ふと目が合うと、苦笑される。自分も同じ気持ちなのかもしれない。そろそろ予鈴が鳴る頃だろうし、教室へ帰ろう。階段を1段上がると、振り返る。佐助、どうしますか?確か次は本願寺顕如の倫理だ。あれはどう考えても倫理教師には向いていないと思う。が、そんなことを言えばこの学園の教師は全て教鞭(きょうべん)を取るに相応しい人格の持ち主ではないし、第一理事長がまず話にならない。鋭い眼光を思い出す。身震いしたくなるような気持ちになる目だ、あれは。なんてったって、魔王と呼ばれているくらいなのだから。何か考えるように首を傾(かし)げていた佐助が、笑った。 「次、本願寺だろ?サボリで」 「あまりサボってもよくないですよ。後で苦労します」 「その辺は抜かりないですって。弱みはばっちし握らせてもらってるから」 「君は敵にしたくないものですね。じゃ、僕はこれで」 「はいよー」 |
◎なんだかんだ好きなくせに
(忍び会い、というには、まだ足りないでしょうが)