「チカちゃんせんぱぁいっ、助けてくださぁい……!!」 だからチカちゃんせんぱいはやめろっつってんだろうが……!!背中から聞こえた声に、あちこちから、くすくすと笑い声が聞こえる。隣を歩く佐助も、肩を震わせている。……、あとで覚えてろよ。ぴくぴくと青筋をたてていると、佐助がのんびりとした口調で言った。助けてくださいだってよ、チカちゃんせんぱい。お前もいちいち一言多いんだよ!!怒鳴りつけてやろうと思った瞬間に、たすけてください、という言葉がそれを止めた。勢いよく振り返ると、目に涙をためたがきゃあきゃあ言いながら走ってくる。追われているのだ。……追っているのは、ヤツだ……! 「テッメェはホント懲りねェな独眼竜!!にちょっかい出すなっつってんだろうが!!」 「Ah?テメェには関係ねェだろうが、西海の鬼ィ!Hey、こっち来い」 「やだやだ政宗せんぱいすぐ触ってくるからやだァ!!」 「あは、またセクハラしたの?竜の旦那ァ。いい加減学習しなよねー。そういう構い方はダメなの」 「うっせえ黙ってろクソ猿ァ!!Honey、休み時間終わっちまうぜ?早く来い」 「やだやだやだぁ!!チカちゃあぁんっ、政宗せんぱいどっかやってぇええ!!」 3年3組、伊達政宗。似てるようで似てない、似てないようで似てる悪友だ。同じクラスになったのは1年の時、1回きりだが何かと行動を共にすることが多い。口は悪い、すぐに手が出る。まァオレも人のことを言える立場じゃねェが。……それはいいとして。伊達政宗という男は仁義に厚く信念を持ったいい男である。ヤクザさんの元締めの息子だとしても、だ。仁義に厚い野郎は嫌いじゃねェからな。ヤツはいい男だ。それは認める。見た目もなかなか、悪かァねェ。イイ面構えしてるといえる。つまり、この男に寄ってくる女なんざ掃いて捨てるほどいるわけだ。釣り合いがとれるかと聞かれれば正直困るが、ま、それなりに見れる女も中にはいた。しかしコイツはどんな女にも自分の隣を許さなかった。今ツルんでる3年の連中は大体理由を知ってるが、それはまた今度ってことで。とりあえず結論、ヤツは、伊達政宗は。 女嫌い、というやつだ。 女そのものを毛嫌いしているわけだから、騒がれるたび、告白されるたび、実は陰で死にそうな顔をしていたのをよく覚えている。それでも気まぐれに優しくしてやったりするから、女共はその上辺だけに魅せられて、ヤツのそんな様子には気づかなかった。ただ安っぽい愛を口にするだけで。それがまた女に対する嫌悪感をより一層高めて、政宗はくだらねェ女遊びを繰り返した。女好きと陰口をたたかれ、気まぐれに付き合わされた女達には「この女嫌い!」と頬を叩かれながらも。もちろん、女嫌いという話は誰も信じなかったが。あれだけ女をとっかえひっかえしてりゃあ当たり前だ。最長が1ヶ月、最短は3時間。別れの言葉は「飽きた。やっぱ付き合うのはナシにしてくれ」。今思い返してみても、よく平手打ちだけで済んだと思う。刺されてもおかしくねェだろフツーに。仲間うちじゃあこの話は伝説となって語り継がれている。いろいろ面白おかしく尾ひれをつけて。 まァそれはそれで、そんな女嫌いがある日を境に一変しちまったっていうのが話の本筋だ。 ある日ってのは去年の入学式で、今現在2年4組に在籍しているオレの幼馴染、がめでたく入学してきた日のことだ。これからは一緒だとはひどくはしゃいでいた。だけが、別の中学に通っていたので。同じ学校の制服を着て、3人で並んで歩くのはなんだか緊張した。けど、元就もオレも顔には出さなかったが、と同じように嬉しかった。……元就のことは分からないが絶対そうだ。アイツ普段は表情まったく変えないくせに、と一緒の時だけは妙に表情豊かになる(分かりづれェけどな)。とりあえず、オレはすごくうれしかった。よく覚えている。だから、そのきれいな思い出とセットに色濃く焼きついてしまっているのだ。伊達政宗の、突然変異の瞬間が。 元就とは幼馴染というより、お互い腐れ縁という認識でいるし、仲は決していいとは言えない。しかし悪いとも言えない。だからオレ達は昔からふたりでいるのが苦手で、いつも間にがいた。と別々になった中学での3年間は、ほとんど話をしなかったと思う。家にいて、しかもがいて、3人の時だけオレと元就はよく話をした。もしかしたらふたりだけでも話くらいしていたかもしれないが、覚えちゃいない。その程度なのだ。もちろん、高校に入ってが入学してくるまでの1年間もずっとそうだった。最後に交わした言葉すら覚えてないのに登下校を共にするはずもないし、姿を、顔を見た時、そういえばこんな気難しそうな顔をしていたっけか、と思った。を起こしてやることだけは物心ついた頃からずっと続いてる習慣なので、毎朝顔を合わせることはもちろんしていたし、がいればよく話もしたのだ。それなのにオレは、ぼんやりそういう風に思ったし、ヤツも同じ風に思ったと思う。……結局オレらは仲がいいのか悪いのか。いやだから、そういうのは今関係なくて。 で、の受験戦争からの解放と入学を祝って遊びたおそうということで、街を歩いていた時。 普段は滅多に会わねェし、会ったとしても「よぉ」「おぅ」の一言でさようならの伊達政宗が、なぜか絡んできた。連れてた女を無理矢理帰して。オレはともかく元就が女と一緒なのはめずらしい、というかありえない。なので、からかいついでにちょっかいかけるか、という具合に。一応いっておくが、オレは決して女にだらしないわけじゃない。ただ、寄ってくるモンは別によっぽどウザくなきゃわざわざ追っ払わねェし、もらえるモンをわざわざ突っ返すこともしねェってだけだ。付き合うとかなんとかってェのは、ちゃんと見極めてやってる。や、今はフリーだし、が傍にいる以上誰かと付き合う気もねェからやって「た」ってのが正しいか。……とにかく、オレはどっかの竜のように節操無しじゃねェっていうことで。じゃなく。話が脱線してばっかでしょうがねェな、なんだったっけか。……あ、政宗の話か。で、こんな上玉連れてどこ行くんだよ?とかなんとか、いつもの調子でさっそくを落としにかかったわけだ。オレも元就ももちろんちょっかい出すなぶっ殺すと怒鳴ってやったが、が空気を察して「元親先輩と元就先輩のお友達ですか?わたし、ふたりの幼馴染のといいます」とにこやかにあいさつをした。って、あン時は元親先輩っつって……、あ、あぁ、まァいい、今はいい。……そんで、あぁそうかよろしく、じゃあオレはこれで。なんて爽やかじゃねェアイツは、あろうことか自分も一緒に行くと言い始めた。はオレと元就の友達っつーことで気を使ったようで、もちろん大歓迎です、なんて笑ってみせた。がそう言うんじゃオレと元就が政宗を帰せるわけなく、結局4人でファミレスへ行くことになった。そこで待ち受けていたのが、政宗の元元元元元元、元元、もと、元?いや、元元?……何番目だか知らねェが元カノ。当時大学3年のその女は、そこでバイトをしていた。政宗を見た瞬間、表情がガラッと変わったのですぐにヤツの昔の女だと分かった。政宗の昔の女達は、いつも同じ顔をする。そして次にを認識すると、ふと口元を歪めた。背筋が凍るような、嫉妬に狂った笑みだった。 政宗は女のことをすっかり忘れているようだったが、女の方はそうはいかない。無意識に眉間にしわを刻んでいたようで、向かいに座ったがちらちらオレを気にしているのが分かった。元就はじっとテーブルを見つめたまま、何も言わなかった。いらっしゃいませ、という明るい女の声。顔を見なくとも、すぐにあの女と分かった。慌ててメニューの上に視線を走らせるが、すみません、まだ決まってないんですけど、と言い終える前に。 「ッ!!」 「っ、」 「……貴様、どういうつもりだ。……、化粧室へ行って来い」 「、あ……あぁ、うん、」 「政宗、その子が今度の新しい女?今度は年下かしら。かわいいわね、どんな風に落としたの?」 コップになみなみと注がれた冷水は、の前髪から顔、制服までも濡らした。元就が薄い緑のハンカチを持たせたけれど、は頷いたっきり動かなかった。女はまっすぐ、政宗を睨みつけている。ぽたぽたと、テーブルから水がこぼれていく。の髪からも、ぽたぽたとしずくが落ちる。政宗はその様子をじっと見つめていたかと思うと、女に視線を向けた。ゆっくり口を開いて、一言。 「お前、誰だ?」 もちろん女は怒り狂って、政宗の頬を思いっきり引っぱたいた。感情を露わにして、暴れる。そんな女を前にしても、それでも表情一つ変えなかった。店長だかなんだか、オッサンが出て来てオレ達に頭を下げる。若い男が何人も来て、女を押さえつけた。は、泣いて恨み言を吐く女を静かに見つめていた。じっと、まばたきすらせずに。元就がジャージを取り出して、に着替えろ、と言った。それが、ヤツの出せる精一杯の優しい声だ。それでも、は動かない。元就はぴくりと眉を動かしたあと、を抱き上げてトイレの方へ歩いていった。他の客の好奇の視線から逃げるように、オレ達はそそくさとファミレスを出た。しばらく歩いて、駅の方まで来た時。ふと、が口を開いた。 「ええと、伊達、せんぱい、で、いいんですよね?」 「……悪かったな、嫌な思いさせて。4月といってもまだ寒いからな。オレがあっためてやろうか?」 「おい政宗、テメェもっと言うことあんだろうが!」 「…………伊達、貴様がどこでどんな女と遊ぼうが関係ないが、始末は完璧にしろ」 「チカちゃん、なりくんも、わたしは大丈夫だから。ケガしたわけでもないし」 「へぇ?随分とお優しいんだな、ちゃんよォ」 「……政宗、いい加減にしろ」 「もうよいわ、、帰るぞ。……伊達、貴様は今後一切に近づくな」 の手を取って、元就はくるりと背を向けた。しかし政宗のニヤついた顔が気にいらない。とりあえず一発は殴らねェと気が済まないし、帰れるわけがない。胸倉を掴んでやると、政宗は口元を歪めた。殴りたきゃ殴れよ、と。オレがこういう男なのは知ってただろ?オレがお前らのかわいいちゃんに手ェ出すことだって分かってたはずだ。なのにオレを振り切らなかったのはお前らだろ。殴りたきゃ殴れ。だが、肝心な責任をオレに押しつけンのはやめてくれよ?確かに、ヤツの言う通りだった。オレも元就も政宗のことはよく知ってる。でも、がオレと元就の交友関係を思って、政宗が一緒に来るのを了承したことも分かり切っていたことなのだ。政宗もそれを分かっている。分かった上で、言っている。返す言葉もなくて、オレは乱暴に手を放した。元就の表情は窺えないが、同じような顔をしているだろう。その時、ふとが、口を開いた。 「………そうですね、伊達せんぱいは、最低のおとこだわ。ご自分で、分かってらっしゃるんですね」 驚いた。元就も振り返ったくらいだ。けれど政宗は怒りの方が上回って、不機嫌そうにハッと笑い飛ばした。眼はギラついていて、ケンカする時と同じだけの殺気を向けていた。に。政宗は、めちゃくちゃだし、ケンカもよくするし、ヤクザさんの元締めの次期当主だし、女遊びは激しいし、取るとこといえばその見た目と頭くらいだ。金持ちだがヤクザさんってことでそこはプラマイ0だろう。そんな政宗だが、女子供に乱暴を働くようなバカではないし、その辺はしっかりしてるヤツなのは分かってる。だからこそ、余計に驚いた。が会って間もない、しかも第一印象最悪な男に対して面と向かっていること。が言ったこと。政宗が女に向ける殺気。鋭すぎる視線。 「テメェに何が分かる。男両脇に連れて、女王様気取りか?笑わせるぜ、」 「政宗ェ!!テメェなぁ……ッ!!」 「……これ以上を愚弄する気ならば、容赦はせぬ」 「ふたりとも、黙ってて。伊達先輩はわたしと話してるの」 「Ha、テメェらよりずっと頭がいいぜ!上等だァ、お前がその気ならなんだって相手してやるぜ?」 「伊達せんぱいがどう思って、あのひとと付き合ってたのかなんて知りませんけど、 少なくとも、相手の好意に気づいてて、それなのに、相手が望むものをあげて、 それであの人にああ言ったなら、伊達せんぱいは最悪な男です」 行き交う人々が、ちらちらとこちらを見てくる。けれど、ファミレスの時のようには気にならなかった。その視線が注がれているのはオレでは――オレと元就ではなく、政宗とだからだ。オレと元就も景色に溶け込むように、ふたりの世界から徐々に遠ざかっていった。ついさっきまでオレも近くにいたのに、今も、政宗のすぐ横にいるのに。なぜだか、ずいぶん距離があるような気がするのだ。遠巻きに、見つめる。 「…………相手の好意に応えて、望むモン与えてやることの何が悪い」 「それも分からないんですか?だから最低なんですよ。だからあのひと、悔しかったんですよ」 「バッグでも財布でもなんでも買ってやった!身体だって好きにしてやった!それで何が不満なんだ!?」 「あのひとが……、伊達せんぱいが付き合ってきた女の人たちはきっと、物なんかいらなかったんですよ。 物じゃなくて、ただ、本当に好きなってもらいたかったんですよ。ほんとに、好きに、 伊達せんぱいだってそうでしょ?本当に好きなってもらいたいから、だからっ、」 「ちっ……、なんで泣くんだよ……!」 「なんでお前が、泣く、んだよ……、」 あの時も、おんなじようにそう言った。なんでお前が泣くんだよ。政宗はの涙を見た瞬間、殺気立ったあのギラついた眼をはっとさせて、苦しそうに吐き出した。困ったような、悲しくてしょうがねェような、よく分からない表情を、ヤツはしていた。でも、「縋りたい」。縋れるものがあるなら。縋れる人がいるなら。縋りたい。とにかく縋りたい。縋りたい。それがきっと、本音だったんだろう。そしてという女は、そういう気持ちを見抜くことが出来て、自分に縋る人間を突き放すことが出来ない性質だった。震えながら縋りつく見えない腕を、簡単に振り払うこと。突き放された瞬間の絶望と、信じる心を失って送る日々の辛さ。は、誰よりも知っていた。だから、聞こえない声に笑ってやって、見えない腕を取ってやって、教えた。誰も、ひとりじゃない。 「、だ、だってまさむねせんぱい、すぐ触ってくるでしょ、」 「好きだからだ。お前のことを愛してるからだ。好きな女に触りてェと思うのは当たり前だろ」 「いや、竜の旦那のはそんなかわいーモンじゃないでしょ。セクハラセクハラ」 「Shoutup!オレは本気だ。、愛してる。オレの傍にいてくれ」 「……もう。政宗せんぱい、ときどきすごくずるいことする」 政宗の女嫌いは相変わらずだが、だいぶマシになった。あの日から。気を許してる連中にはそれなりの優しさを見せるし、女遊びもぱったり止めた。……それもこれも、のおかげというか、のせいというか。まァの存在が、政宗の持ってた女に対する考えを変えたのは本当だし、そのいい方向にヤツが変われてよかったと思う。も、後々政宗の女嫌いの原因を知って、ずいぶん政宗には時間を割いてやってたし。が、にゾッコンの政宗は、毎日毎日セクハラまがいの(本人が言うには)スキンシップで迫りまくり、最終的にはこうして一線引かれてしまうようになった。……哀れっつーか、自業自得だろうな、これは。甘えたがりのは構われることが好きだが、政宗の構い方は気に入らないらしい。ま、セクハラだもんな。急に抱きしめたりキス迫ったり。なんもしなきゃ逆にからしてくんのによ。……教えてやらねェけどな、もったいねェ。でも結局は政宗に甘いので、最後には折れてやるんだからヤツは懲りないわけだ。でも、毎日こうして政宗との追いかけっこを見ていると、毎度あの日のことを思い出すオレもまた、懲りないわけで。どんなに怒鳴り散らしても、無理に引き剥がしてもみても、傍にいながら世界からはみ出したような気分になって、悔しくなるばかりだ。……はっ、ガラじゃねェにも程があるぜ。ま、それは今は置いとくてしてだ。 とりあえず政宗、から離れねェと殺す。 |