「やべー、プリント忘れたー!!」 なるみくんの声に、びくっと肩が震えた。おそるおそる、という具合に前を見る。うわあ、こじゅーろーせんせーめちゃくちゃ怒ってる。背中に龍が見えるもんやばいよこれ。この状況で「こじゅーろーせんせー、わたしも忘れちゃったー」なんて言えるわけがない!あああ、どうしよう!そんなわたしの落ち着きのなさに気づいたのか、ちょいちょいと隣のけーじが肩をつついてきた。どうした?きょとんとしたような顔。……はっ!けーじも忘れてたりとかしてないだろうか!というかけーじに限ってちゃんと提出期限を守るなんてそんなこと、だって、ねえ。去年1年一緒だったから言えるけど、けーじってば忘れっぽいし何より風来坊の名にふさわしくぶらぶらしてて、なんでも枠にはまらないんだもん。提出期限守ってプリント出すこととかあったっけ?思い返してみると、放課後呼び出しをくらってそれをすっぽかし、また呼び出される永遠ループでへらへら笑ってるけーじばかり。……これは今日も持ってきてないな。けーじも仲間だと思うと、なんとなく気分が軽くなった。もちろんこじゅーろーせんせーのお説教はこわいけど、なるみくんとけーじと一緒なら平気だもん!……た、たぶん。 「あれ、プリントは?」 「へ?……あ、えと、忘れちゃって、」 「めっずらしーこともあるもんだなぁ……ってオレが提出期限守ったりしたからかな? ヤリが降る代わりにが忘れ物!あははーって、おーい、?」 ……今、なんて? がったん!と大きな音がしたのは、立ち上がった勢いあまってイスが倒れたからだ。いや、そんなことはどうでもよくて。今けーじなんて言った?ヤリが降るかわりに?ううん、そのまえ!……「オレが、提出期限守ったりしたからかな?」……?う、うそぉ……。でも、けーじの机の上にはプリントがある!ちゃんと答えも埋めてある!……ヤリが降った方がまだマシだよ!!あああ、どうしよう!っていうかわたしもなるみくんも忘れちゃったのになんでけーじだけ持ってきてんの?!いつも忘れものばっかりのくせに!!……い、いや、人のせいにしちゃいけないよね、忘れものはわたし自身がしっかりしてないから、う、ううん、でもけーじの方がしっかりしてない……あああ、ちがう、そんなことじゃなくて!「おい、大丈夫か?」 だめだ、こじゅーろーせんせーの目をみれない……。両手で顔を覆って、わたしはこのピンチをどう乗り切るか考えた。……考えたいんだけど、こじゅーろーせんせーが気になって集中出来ない。あぁ、でもここで正直にプリント忘れましたって言う勇気もない!ああ、なりくんチカちゃんどうしよう!なりくんはきっときちんと正直に言えばなんとかなるっていうよね、でもチカちゃんは誤魔化し方とかよーく知ってそうだよなぁ……っていや、ごまかそうなんていけないよわたし!、大丈夫か?というけーじの声が遠く聞こえる。けーじ、だいぶ大丈夫じゃないよ、わたし。どうしよう。でもけーじがイスを直してくれたので、とりあえず座る。ああ、そういえばなるみくんはどうするんだろう!でももう告白しちゃったわけだし……、と、そぉっと廊下側の席に座るなるみくんを盗み見る。うわ、すがすがしい!きれいな顔してる……!!いっさいの罪を浄化したような顔だ……。正直者しか味わえない清らかな気持ちになってるに違いないわ、きっと。ああ、やっぱり素直に告白したほうがいいよね。意を決して?わたしはまっすぐこじゅーろーせんせーを見る。うああ、目ぇあっちゃったどうしよう……!!や、やっぱりこわい、 「、どうした?具合悪いのか?」 「……ち、ちがうんです、あ、あの、プリント、なんですけど、」 「プリント?あぁ、今から集めるぞ」 「…………そ、その、わたし、わすれ、ちゃって、」 「……何?」 ぴくり、とこじゅーろーせんせーの眉毛がぐっと寄せられた。眉間にふかいしわ。……こわー!!どどど、どうしよう!忘れちゃった理由とかゆうの?!え、でも理由とかない!忘れちゃったから忘れちゃったんだもん!!い、いや、そんなの言い訳だもんね、うう、どうしよう!ふ、と視線が自分の机まで下がると、じわじわ目がうるんできた。……な、泣くことじゃなくない?!あ、でもこじゅーろーせんせーこわいし……!!こじゅーろーせんせーの授業中はいつも静かだけど、今日はいつになく静かな気がする……。しかもみんなの視線が突き刺さるようにわたしに向けられている。授業中断させてごめんなさい、プリント忘れてごめんなさ「……プリントの回収は明日だ。全員忘れんなよ」 ……い? あした、回収?ぽかんとしたマヌケな顔をしてるかもしれない。でも、それはわたしだけじゃない。みんな同じような顔だ。なるみくんもけーじも。だっておととい、こじゅーろーせんせーは今日提出ってゆったもの。忘れたらどうなるか分かってんだろうなってすごい怖い顔して。………あ、おもいだしちゃった。いや、そうでなく。今日は間違いなく提出日なんだよ。明日じゃなくて、今日なんだよ。でも忘れた身でそんなこと言えないし、わたしは黙ってこじゅーろーせんせーが黒板に昨日やった公式を書いてるのを見ていた。背中には、もう龍がいない。……ごまかそうとか思ったりしてごめんなさい、こじゅーろーせんせー。それからありがとー、こじゅーろーせんせー。はあぁあぁ、とため息をつきそうになる。かすがせんぱいが謙信せんせーを見つめながら漏らす溜息と同じようなのを。だけど、隣の席の前田慶次の席を立つ音で、なんとか現実にかえってきた。 「こじゅーろーせんせー!提出今日つってたじゃん、オレ忘れず持ってきたんだけどー」 「提出日は明日だ。明日また持ってこい」 「ええ、絶対今日だって!こじゅーろーせんせーがおととい言ったんじゃん、忘れたら「黙れ」 |