「元就せんぱいはせーとかいで、チカちゃんせんぱいは、なんだっけ、なんか、こうそう?」


毛利の旦那の生徒会は分かるとして、抗争って何よ抗争って。やんちゃもいいけど程々にしなよねー、チカちゃん。はあ、と溜息を吐く。いくら鬼の異名を持った不良であっても、もしちゃんが巻き込まれたら大変でしょーが。人質とか、考えただけでも恐ろしいっつーの。ま、そんな卑怯な手を使うヤツらに負けるような人じゃないし、鬼相手にそんなバカなことするのもいないだろうからいいけどね。ちらりとちゃんを見る。うん、それにしたって今日もかわいくって何よりですよ。迷彩のペイントがかっこいい愛車を引きながら、眠気でふらふらのちゃんに合わせてゆっくり歩く。朝からこんなにツイちゃってていいんだろうか。いつもちゃんにべーったり、絶対に破れぬ超難関門の幼馴染ふたり、毛利の旦那と鬼の旦那はお留守。そして俺様が毎日身を削ってお世話してる真田の旦那も、部活の当番で先に登校。……へへっ、影にも陽が射してきたねぇっと!持ち上がる口端とは裏腹に、腹の底を冷たいものが駆けた。


「そーいえば、さなだくんは一緒じゃないんですか?」
「旦那は部活の当番。5時頃かな、あわただーしく出てったよ」
「ほお、がんばってるんですねー」
「何事にも一生懸命だからねえ、あの人は」
「かわいいですよね、さなだくん」
「、あは、それ旦那にゆってあげてよ」


丸1年、この姿を見つめ続けてきたわけだが、変わらない。何度こうして顔を合わせても、何度言葉を交わしても、胸を熱くさせる想いは大人しくならない。それどころか、膨れ上がって、暴れるばかり。たとえ後ろ姿であっても、見間違えることなんかない。その姿は瞼に、心に、色鮮やかに焼き付いている。何があっても、彼女だけは見失わない。どんな場所からでも、見つけてみせる。だから、分かった。あの日、旦那が嬉しそうに話した、女の子。名前は知らない、女の子。すぐに、ちゃんのことだと分かった。分かってたんだ、旦那。気づきたくはなかったけど。知らない振りは得意で、嘘を吐くことだって簡単だから。でも俺は、彼女の柔らかい笑顔を思い出して、口を噤(つぐ)んだ。旦那は気づいていないようだけど、あの、目は。俺と、同じ目をしていて。さすけせんぱい?というちゃんの、やたらと甘い声に、背中がふるえた。


「……旦那さ、ちゃんのことすごく気にしてんだよね」
「、あー、よく剣道部に顔出してるってゆったから、」
「………それだけじゃないんだけど、まあ、そうだね。でさ、こないだ放課後も面倒見てくれたでしょ?」
「そんな、たいしたことしてないですよーぅ」
「でも嬉しかったんだよ、旦那。それで俺様とちゃん、仲よしだろ?やきもち焼いちゃって」
「あはは、やきもちかあ、」
「うん、やきもち。……だからさ、今度会ったら仲良くしてあげてね」
「………、さなだくん、いいこだしね。わたしも仲良くなりたい」


いやだねえ、影の性(さが)ってヤツ?勘弁して欲しいよなあ。そりゃあ俺は旦那に仕える身だし、何よりも旦那を優先しなくちゃいけない。自分のことは二の次でなくちゃいけないわけだ。自分の幸せよりも旦那の幸せ。今まではそれでよかった。それが当たり前だと思ってたし、むしろ自分の幸せなんて望むだけ贅沢だって。なのに、今は違う。彼女だけは、譲りたくないと思ってる。ひっそりと抱いた恋心でさえ、本来ならあってはならないと分かっているのに。だからこそ、俺なんかが敵うわけない旦那が、彼女の手を取ってくれればいい。俺から遠ざけてくれればいいと、そう、思う。それは嘘なんかじゃ、ないんだけれど。


「でも、佐助せんぱいがやきもちやいちゃったら大変だから、ほどほどに」


深い意味はない、思わせぶりな瞳。俺だけじゃないと分かってるのに、うぬぼれてしまう。ほーんと、天性の小悪魔ちゃんだよねえ、ちゃんって。しかも捕まえたら逃がしてくれないし。無邪気な笑顔に心が洗われるのだが、その一方で俺を深く沈める。前田の風来坊じゃあるまいし、恋とか愛とか語る気は全くない。だけど、目には見えない想いの力っていうのは、確かに存在してる。この身体で、しっかり証明させられてるんだから間違いない。旦那、悪いね。あんたが気づいてないのをいいことに、俺も知らない振りをさせてもらうよ。もちろん、いざぶつかった時には身を引けるようにしとくからさ。せめてそれまでは、彼女を想うこと、許して欲しい。こっそり、ひっそりで、いいから。どうせ影だし、忍ぶことには慣れてる。彼女の頬に伸ばした手は、簡単にその肌を撫でた。柔らかい感触に、しっとり絡む熱。意思を持つことが許されるなら、ただ、


「、さすけせんぱい?」
「んー、でもウチの旦那、女の子苦手だからねー」
「けーじから聞きましたけど、そんな風にはみえなかったなあ、」
「それは多分、ちゃんだからだよ」
「へ?……それってわたしが女の子らしくないってことですか」
「………ま、そう取ってくれてもいーけど?」
「さすけせんぱいのばかあ!もう、うしろ乗せてくださいっ!」
「はいよー、お姫さまのためならなーんでもしてあげちゃう!ってね」


◎猿飛佐助のとある朝
(こうやって時々触れる熱を、少しでいいから与えてほしいと思う)