「ってことで、ちゃんが必要なんだよ」


新入生が入ってすぐ、それは始まる。新入生を捕まえる戦争だ。新入生獲得戦争と人は呼ぶ。その年の4月の部員数で部費が決まるため、どの部も必死なわけだ。4月決まった部費は、その後変更されることは滅多にない。減らされることはよくあるものの、増えることはほぼありえない。いっきに30人くらい部員が増えたとなりゃあ別だけど、そんなのそうあるもんじゃないし。そんなわけで、うちの部ももちろん例外でなく、新入生獲得戦争に参戦することになっているわけだ。そしてこの戦争に直接参加するのは主に2年なので、元気でやる気のある1年坊主を捕まえるため、こうして作戦会議を開いているわけなのだが。


「絶対ダメだね!つーかなんでが行かなくちゃいけないんだよ!剣道部じゃねーだろ!」

「けーじ、わたしは別にいいよ!剣道部にはいつもお世話になってるし」

「ほら、ちゃんはいいってゆってくれてんじゃん!」

「うるせぇ黙れ!だいたいお前や独眼竜が道場壊すのがいけないんだろ!」

「しょーがねェだろ壊れちまうんだからっつーか壊すのはほとんど梵でオレじゃねぇってんだよバカ野郎!
っていうか部外者のくせして気まぐれにウチ来ちゃ道場壊してくお前にゃ言われたくねえ!!」

「ぐっ、っつかわなきゃ口出ししねーっての!!」

「テメェも破壊活動行ってんだからそういう問題じゃねェんだよタコ!
あ゛ぁ〜!!お前と話してると話進まねェ!!」


確かに慶次の言うとおりで、オレや梵(まぁほとんど梵だけど)が道場壊さなきゃいい話なんだけど。ぶっちゃけそれさえなきゃ部費は余るくらいだし。でもそれはもしもの話であって、もしもが起こりえない今はそんなこたぁどうだっていい。というか今まさに行われた会話からも分かるように、この年中頭が春満開のこのバカが、気まぐれにうちの練習に参加しては梵とハデにやりあって……そりゃもうとても見れたもんじゃない状態にしてくれるのだって一つの大きな原因だ。事態は深刻である。ここである程度の金額をもらえなけりゃ修理費が自腹になる。今までは大会で記録残しゃあそれでOKだったわけなのだが、もうそれも通用しないほど壊しすぎたのだ。……うん、考えれば考えるほどオレらが悪ィ。そういうわけで、梵と小十郎が今後はまず道場の無事を念頭に置いて活動しますと校長に約束したから廃部はまぬがれたものの、今壊れてる道場を修理するための費用は必要だ。それに設備の維持やら備品のための費用も。というわけで、新入生獲得のためにあれこれ試行錯誤して辿り着いたのがBSR学園一の美女、ちゃんに協力してもらうことだったわけだ。本人に許可をもらうよりも、梵や小十郎に許可をもらう方が大変だったわけだがなんとか、なんとか無事頷いてもらえた。が、しかし、ここにきてなぜか部外者であるクラスメイト(しかも道場を破壊する原因の一人)、前田慶次が最大の壁となって立ち塞がっている。どちらも一歩も引かない押し問答は、かれこれ1時間は続いていると思うのだが、やっぱりどちらも引かない。どうしたものかねぇ、とちゃんをちらりと見ると、困った顔をされてしまった。そりゃそうだ。


「とにかく、には絶対手伝わせないからな!」
「だぁからそれはお前が決めることじゃねーっつってんだろ!しつけェんだよ!」
「しつこくて結構だね!が変なヤローに絡まれたりしたらどうすんだバカざね!」
「オレが傍離れねぇつってんだろ何回も同じこと言わすなアホ!!」


ちゃんの視線が、ゆらゆらオレと慶次を行ったり来たりする。くそ、女の子の前でデケェ声出したくねぇのにこのバカは!はあ、と溜息をつくと、慶次が眉間にしわをよせた。そりゃあオレだってちゃんを狼の巣窟なんぞに送り出したくねェよ。だけど、背に腹はかえられないんだってマジで。ぎりっぎりじゃなきゃ梵と小十郎がちゃん応援要請に許可出すわけねェだろうが。いっそこの際自腹でよくね?って話になったけど、他の部に示しがつかねぇってんで仕方なくこういうことになったんだし。いちばん辛いのはうちの部員だって分かってねェな、このバカ。つん、とYシャツの裾が引っ張られる。視線を落とせば、小さくてしろい手。ゆっくり視線をあげていくと、いたずらっぽい目と視線がかち合う。ちゃんが片目をつぶって見せたので、にやりと口元がゆがむのを必死にこらえた。慶次、熱弁振るってるとこ悪いけど、こりゃオレの勝ちだぜ!


「けーじ、剣道部が活動出来なくなっちゃったらわたしも困るし、ほんと、いいんだよ」
「け、けどさ、」
「なるみくん困ってるし、ほうっておけないよ」
「、そうかもしんないけど、」
「それにほら、けーじも一緒に勧誘のおてつだいするんだし、いいでしょ?」
「……へ、」


「けーじもいっしょ、ね?」


あれだけぎゃあぎゃあ言ってたくせに、一発KOかよ情けねェ!とかゆって、オレもあれやられたら即死亡だわ。Tシャツの裾をちょんと引いて、上目づかいでおねだり。こりゃあ誰も断れねーわ。ごしゅーしょーさま、慶次。困ったような顔をしてちゃんの頭を撫でる慶次に見えないようにして、ぐっと親指を立てると、ちゃんがおかしそうに笑った。そしてぐっと、親指を立てる。それを見て頷くオレを、慶次がなんともいえない顔で見てるのが分かった。まずい、バレる前にズラからねば。オレはさっさと立ち上がって、わざとらしいくらいに大声を出した。さすがちゃん、フォローも忘れない。


「んじゃ、梵に報告行ってくっかなー」
「もう行くの?わたし具体的に何をすればいいのかわからないんだけど、」
は立ってるだけでいいんだよ」
「ええ、それじゃあおてつだいにならないじゃん!」
「いやいや、慶次のゆうとーりだから!ちゃんはオレと慶次の間にいればよし!」
「、つまんなぁい。佐助せんぱいのゆってた子、ええと、さなだくん?あいたいのに!」
「どうせうちの部だから、いつでも会える会える」
「むぅ、ずるい!」
「はいはい、」


しっかしここまで長かったなぁ、結局、げぇ、マジで1時間も押し問答かよ。廊下に出る間際、ちゃん(とついでに慶次)に手を振る瞬間、ちらっと見えた時計にげんなりする。これから梵と小十郎に報告、それから練習とかうわあ、帰りてえ。はあ、とこれで何回目か分からない溜息をついて、とぼとぼ廊下を歩く。でもまあ、これで部費の心配はしなくていいんだ、もう気にするのはやめよう。それになんともまぁかわいいちゃんを見れたわけだし、新入生獲得戦争中は慶次というおまけがつくにしろ一緒にいられるわけだ、よしとしよう。よし、と口にすると足取りが軽くなったので、オレは廊下を全力疾走した。すると運悪く生徒会長様に見つかって説教、廊下は走るの厳禁。そして報告が遅くなって梵と小十郎に説教、テメェ今まで何してやがった。罰として反省文、道場の掃除(ひとりで)。……マジかよ。


◎部活対抗新入生捕獲戦争
(そして戦争で獲得した赤い1年がさらに道場破壊活動に貢献するのを、オレはまだ知らない)