「はあぁ、ねむーい、」 あくびをひとつ、は目を擦りながら言った。おまえいっつもそればっかりだな。毎朝ギリッギリまで寝てるクセしてよ。長い髪を風に遊ばせて、今日もふらふらした足取りで登校する。いつものことだ。ただ、生徒会の用があるとかで元就がいないことを除いて。まぁ、それもめずらしいことじゃねェからどうだっていい。とにかく、ふらふら歩 いてるコイツが、そのうち電信柱にでもぶつかるんじゃねェかと心配だ。普段はわりとしっかりしてる幼馴染は朝が苦手で、ほうっておくことができない。目をはなせない理由がそれだけでないのは、とうの昔に分かってるが。 「てゆーかさぁ、チカちゃんなりくんといっしょに行かなくてよかったの?」 「あァ?つーかオメェ毎朝人に起こさしといてなんだその口のききかたは」 「うん、いつもありがとうね、それでさぁ、」 「(聞いちゃいねぇ)あんだよ」 「今日、頭髪検査でしょ」 「………は?」 「だからぁ、頭髪検査ぁ」 マジかよ。 元就の野郎、わざと言わなかったな。まぁ注意されんのはもう慣れっこだし、別に構わねェけど。ただ、あの生活指導の片倉って教師が苦手なだけだ。悪いヤツじゃねェのは分かってる。1年からずっとヤツのクラスで世話になってきたし、人柄の良さは充分知ってるつもりだ。けど、なんだかこう、苦手だ。ヤツはむずがゆい。その道の人間みてェな(まぁ間違っちゃいねえけど)任侠顔してるクセして気づかいができて、野菜なんぞ育てたりしてやがる。家庭科の調理実習で野菜をつかう時は、必ず片倉の野菜をつかう。あのヤクザ顔が育てたモンなのにどうしてかうまい。そして小さくてかわいいモンにはやさしい。がよくアメをもらって喜んでいる。何かやりたくなる気持ちは分かるが、教師がそれでいいのか。というか今そんなこたぁどうでもよくねぇか。 「んー、チカちゃんどうするー?」 「どうするったって、どうもできねェだろ」 「そうだけどさぁ。わたしてっきり知ってると思ってたのにぃ。なりくんわすれちゃったんだね、ゆうの」 「(わざとな)ま、大丈夫だろ。どうせオレだけじゃねェしな」 「……だね。せんぱいたち奇抜な髪色しすぎ」 「お前の学年も言えねェだろ」 「あは、たしかにぃ」 校門が見えてくると、ぞろぞろと列ができている。時々妙な叫び声が聞こえるが、いまさら気にしない(悪は削除ォォ!だとか、使えぬ駒め!だとか、たたっ切るぞコラァ!だとか)。注意されてる顔はほとんどが見知ったヤツで、やれやれと肩をすくめる。ま、テメェもだけど。しかしウチはそれほど厳しくねェから、反省文を提出すればそれで終わりだ。たまぁに廊下なんかで注意されることもあるが、黒くしろとは言われない。頭髪検査も実は形だけだったりする。なんてったって教師も奇抜な頭してんだから、注意されても生徒は正す気になれやしねェ。それでも一部、この頭髪検査に燃える野郎どもがいるが(悪は削除ォォ!だとか、使えぬ駒め!だとか、たたっ切るぞコラァ!だとか叫んでるほんの一部)。 「こじゅーろーせんせー、おはよー」 「片倉先生だろうが、。おはよう、今日も眠そうだな」 「んー、あ、ながまさせんぱいもおはよーございまぁす」 「お前はいつも眠たそうだな、。おはよう」 「おい、浅井にはおはようございますでどうして俺にはおはようなんだ」 「なんとなぁく。あ、なりくーん」 げえ、置いていきやがったあのバカ。浅井と目が合う。正義正義うるせぇ熱血漢だ。というかお前風紀委員長でそれは許されるのか?お前に注意されたってなんとも思えねェぞそのよく分からん長髪。はあ、と溜息をつくと同時に、浅井の手がわなわなと震えはじめた。赤いファイルがかたかた音をたてる。耳をふさぐ準備だ。うるせぇぞ、こりゃあ。ふと元就の野郎がいる方へ目をむけると、ヤツめ仕事そっちのけでと話してやがる。くそ、アイツがにこにこ気色わりィくれェ笑ってっと腹が立つぜ。 「悪は削除なりィ!長曾我部元親!貴様いつになればその奇抜な髪の色を正すのだ!!」 「あーあー、うるせェな、テメェもその長髪どうにかしやがれ!」 「何ィ?!今日という今日は許さぬぞ長曾我部!!」 「アァ!?上等だコラァ泣きっ面かくんじゃねェぞお坊ちゃんがァ!!」 「テメェらうるせぇぞ!!黙ってやることやりやがれ糞ガキどもがァ!!!!」 マジ怒鳴るとガチでヤクザだぞ片倉(いや、間違っちゃねえんだけど)。ちょっとばかしビビっちまったぜ。さっきまでわりとガヤガヤしてたのがウソみてェに、一瞬で静かになった。このくらい大目に見てくれと頼んでいた生徒達が、口を閉じたわけだ。とりあえずまた溜息をつくと、騒ぎの中心にわざわざ駆け寄ってくるのがひとり。色素の薄い茶髪をふわふわさせている。バカが。こういうことに首突っ込んでばっかいるから、お前もちょっと浮いてんだぞ。見た目が見た目なだけに余計。 「長政せんぱいとチカちゃんせんぱいの声、こっちまできこえたよ。で、こじゅーろーせんせ、どしたの?」 にこにこ笑って言う。おまえ、空気よめよ。というかチカちゃんせんぱいはやめろってゆってんだろ、聞いてねェのは知ってるけど!幼馴染でも学校では先輩と後輩だから、その辺はちゃんとけじめつけるために先輩って呼ぶつったのはどこのどいつだお前だろうが。言っとくが、なんでも先輩つけりゃいいんじゃねェんだからな。分かってんのか。そんなオレの気持ちを知ってか知らずか(知らねェに決まってるが)、は片倉に話しかけている。こないだのケーキおいしかったよ、ありがとうね。こら、学校でそういう話しちゃいけねぇって何度も言ってるだろ。……おい、お前ら何してんだホント。片倉、教師はそれじゃあいけねェだろうが。 「長政せんぱいも、こないだ宿題教えてくれてありがとーございましたっ」 「あぁ、気にするな。努力することは良いことだ。いつでも協力しよう」 「わぁい、じゃあまたお願いしますね。市ちゃんにも言っておきまぁす」 「っ、いいいい言わんでいい!い、市には言うな!!」 「ええ、なんでですかぁ!市ちゃんもよろこんでたんですよっ」 「………そ、そうか、喜んでいたか、」 「ふふ、じゃあそろそろいきますね!ほらチカちゃんせんぱい、いきますよー」 「っうお?!ちょ、っ!ひっぱんなっ、あぶねェっつの!」 オレよりずっとちっせぇクセに、ぐいぐい手を引いて先をいく。もちろん、本気で抵抗すれば簡単にはずれる。それをしないのは惚れた弱みと下心、ってヤツだ。女ひとりに振り回されるなんざ、鬼の名が泣くぜ。野郎どもには見せらんねェな、こんな、情けねェところ。口元がゆるんで、仕方ねェや。くるっと振り返ったかと思えば、は笑った。イタズラに成功したガキみてェなワリィ顔で、にたりと。 「これで反省文はまぬがれたでしょ!」 「……は?」 「頭髪検査の罰!」 「、は、おまえ、」 「毎朝起こしてくれてるから、そのお礼」 「………っふ、ははっ、バカかおまえは、」 「なによぅ!せっかく人が助けてあげたのに!」 「おう、ありがとな、」 「えへへ、うん、どういたしまして」 |