いやね? 私が今言いたいことってね?? たった一つだけだから言うね????

 「……三好さんはともかく。なんっっっっで神永さんがいるんです?」

 神永さんはにこにこ上機嫌に笑いながら、「なんでって、きみのかわいい大親友に『俺も行きたいな』って言ったら、快く頷いてもらったから。ね?」と言って私の隣に座るに向かってクソあざとく小首を傾げた。
 もちろん三好さんがそんなことを許すわけがない。今に始まったことじゃないけど、この人はホントちゃんガチ勢(ガチ)だから信じられないくらい心が狭い。無事にお付き合いが成立して、ちょっとは落ち着いたようにも見えるけどホント見えるだけな。

 「おい、僕の許可なしにさんを見るな」

 そう言った三好さんの顔は能面みたいだったし、この目で過去に何人か抹殺してるなっていう気迫さえあったが、に「さぁさん、なんでもお好きなものをどうぞ。今日はだし巻きはどうしますか?」と微笑む様はまさに貴公子ッ!
 やればできる男なんだよ三好さんは……やればというか“やれれば”だけど……と思いながら、ちらりと横目でを見る。すると、はそっと三好さんに視線をやって、おずおずと口を開いた。

 「……あ、あの、三好さんは、どっちがいいですか?」

 …………私は思わず両手を組んで天を仰いだアーメン……(祈り)。
 三好さんは思わずといった感じに頬を緩めて、「……僕はあなたが食べたいものを食べたいんです。さんが僕に食べさせたいのは、どちらですか?」と言いながら腕を伸ばして、の可憐な桜色の唇を指先でなぞった。
 「……もう、」と言ってその指先を優しく払うが女神すぎてホント無理ッ!!!!
 私は思わずテーブルに頭を打ちつけそうになったが、そんなことをしてはこの神聖な世界が壊れてしまうと思いとどまった。えらい。ただ萌えずにいるのは無理。ホント無理。

 「ん゛ンンッ! そうそうそうそうこういうやつこういうやつ……! 三好×ホンット最高だなッ?!?! 初々しい感じがたまらんッ! もっとやって!!!!」

 とりあえずビールをどちゃくそ勢いよく煽ってジョッキを叩きつけると、向かいの神永さんがシラけた顔で「きみは相変わらずそればっかりだな」と溜め息まじりに呟いた。は???? この人何言ってんの失礼じゃない? 私のことなんだと思ってんだよ。

 「生き甲斐なんで!!!!」

 三好×のカップリングを推すために生まれてきて、三好×カップルの幸せのために生きてるのにコレばっかりじゃなかったら逆におかしいでしょ????
 あ〜〜〜〜今日も酒がうめえ〜〜〜〜! 三好×で今日も酒がうめえ〜〜〜〜!!!! としみじみ頷いていると、神永さんがじっと私を見て、それから重く息を吐き出した。

 「……少しは俺に興味を持ってくれてもいいんじゃないか?」

 …………この人ホントこないだの“あの”屋上の件からずっと頭おかしくない???? 何言ってんのこの人。ずっと触れないようにしてあげてるのになんなの? 死にたいの? 気まずさで死にたいの? 死んでもいいけど私まで道連れにしようとすんのやめてくれます????
 マジで病院連れてったほうがいいやつじゃないのコレ……と思いつつ、私は自分に素直に生きている人間なので、「そんなヒマがあるんなら三好×カップル観察してたい」という本心を隠すことはできなかった。
 「ったく、」と神永さんが溜め息を吐いたところで、がぱっと思いついたように声を上げた。

 「あっ! ねえねえ、来週末の温泉だけど――」
 「温泉……?」

 絶対零度の声音の三好さんが握っているビールジョッキの持ち手がピシ……とか言った気がするけどもう慣れっこの私にはノーダメージです〜〜〜〜(笑)。

 「もう一日フリーパス買ってあるよ〜。そんでもって三好さんの言いたいことは分かるんで口開かないでくださいね〜〜」

 そうは言っても黙れと言われて黙るだけの賢さがあったらカップル成立までにこんなにこじれたわけがないので、もちろん三好さんは不機嫌全開に不満を爆発させた。自分ではクールを装ってるつもりだろうけど、眉間にクソ深い皺寄ってるわビールジョッキの持ち手が今にも粉砕しそうだわ、分かりやすすぎでしょ。これで笑うなとか無理だわ笑いが止まんねえ(笑)。

 「そんな話、僕は聞いていませんし許可もしません。さん、どういうことですか。温泉に行きたいなら、僕がどこでも貸し切ります。ですから、温泉はこの僕と行きましょう。そういうわけですからさんは行きません、いいですね」

 で、出た〜! 貸し切り〜! 三好さんが得意なやつ〜〜(笑)。
 まあね? お付き合いしてからのは、なんだかんだ三好さんのワガママを聞いてあげてるし、なんだかんだ三好さんのこと好き〜! っていうのが見え見えだからね? 押せばいけるって思うよね、分かる分かる。

 「アッハハハッ! 口開くなって言っても言うと思った〜〜! でも残念でした〜〜ちゃんココのエステ行きたいって先月からずっと言ってたんでコレ反対したら三好さん嫌われる〜〜」

 ほらほらどうします三好さん〜〜〜〜? 私知ってますよ〜〜コレが魔法の言葉だってこと〜〜〜〜!

 「……そんなはずありません」

 三好さんはますます眉間の皺を深めて、それから視線をテーブルに落とした。ついでに声のボリュームも落ちてる(笑)。ホンットこの人のこと大好きだよね知ってた〜〜。
 俯いて笑っているのを一生懸命誤魔化そうとしていると、神永さんが余計なことを言った。

 「そんなに心配なら、三好も行けばいいだろ。で、俺も行くからダブルデート。どう? ちゃん。俺たちも一緒じゃ嫌?」

 「えっ、いえ、そんなことないです!」

 思わずと言った感じで目を丸くしながら返事したを見て、私はドンッ! とテーブルをぶん殴った。

 「おいうちの子は天使なんだから嫌でもイエスって答えちゃうに決まってんだろ自重しろよッ!!!! 、温泉でリラックスしたいし、エステで女磨きもしようねって! 二人で楽しもうね! って約束したじゃん!!!! コイツらクソ邪魔でしょどう考えてもッ!!!!」

 の細い両肩をぐっと掴んで揺らすと、は「そ、そんなはっきり……」と苦笑いを浮かべた。ウッ、素直かよかわいい(真顔)。
 そうだよね、三好さんに釣り合うようになりたいからってエステの口コミ見て行きたいって言い出したんだもんね……三好さんいたら困るよね……恥ずかしいもんね…………ンン゛ッ! ぎゃわいいッ!!!!
 でもそういうちゃんのかわいい女心を三好さん(笑)が察してあげられるわけがないので、「それはどういう意味ですかさん。僕がいては邪魔? なぜです?」とか言って詰め寄る。まぁ面白いからの言葉のホントの意味を教えてあげる気はない。
 ――とりあえず。

 「ホンットにアンタって人は口を開けばなんでもややこしくするな???? なぜってそういうとこなんだよッ! 空気読めよってことだよッ!! ねっ、!」

 は三好さんのことをチラチラ気にしながら、「え、えっと、その、わたしたちはわたしたちで楽しむし、」と言うと、無駄に仕事の速い神永さんが無駄な仕事をした。

 「あ、ここ? 二人が行くとこ。へえ、結構面白そうだなぁ。お、水着着用での混浴もあるじゃん。いいねえ」

 スマホの画面を見ながらにこにこしている神永さんを、三好さんが冷たい視線で射抜く。そして水着着用と言えど、混浴とか三好さんがブチ切れないわけがない。

 「貴様、よくそう頭の軽いことを言えるな。さん、易々と肌を晒すような真似は――」

 まぁでも、私は自分の欲にいつだって忠実。

 「ちゃんのビキニかわいいですよ三好さん。白のフリル付いてるやつ。しかも首の後ろでリボン結ぶタイプのビキニ」

 三好さんはきらっと目を光らせて即答した。

 「仕方ありませんね、さんがどうしてもと言うなら付き合います」

 「え、」と一人呆然とするにはかわいそうだけれど、ごめんね、私は三好さんとちゃんの水着イベントめっちゃ見たい。

 「イエーイ! 水着で戯れる三好×とかヤバイめっちゃテンション上がってきた!! ちょっと神永さんヤバくないですか?! 水着のちゃんという天使が三好さんの前で恥じらう姿を同じ空間に存在して見守れるとか今世紀最大のビッグイベントすぎません?!?! えっ無理!!!! ヤバイ!!!!」

 テーブルから身を乗り出して神永さんの肩をバシバシ叩くと、神永さんにぐっと腕を握られた。呆れた顔で「語彙力が死んでるぞ」と言うと、にやりと唇を吊り上げる。嫌な予感がして腕を引き抜こうと思ったが、その前に口を開かれてしまった。

 「まぁ、それならきみの水着姿も拝めるってことだよな。どんな水着だ? それとも俺と一緒に買いに行く?」

 …………。

 「三好さんと同じこと言うのは非常に癪だけど神永さん頭軽すぎません???? 別に私がどんな水着だろうが、神永さんに関係ないじゃないですか」

 乱暴に手を掴んで払うと、神永さんはつまらなそうに肩を竦めた。

 「なんで? きみ、どうせちゃんのことばっかり見てて、周りに注意がいかないだろ。タチの悪いナンパでもされたらどうするんだ?」

 ……この人ホントこないだっから何を言ってんだ……?

 「水着姿のちゃんが同じ空間にいるのに他に見るものとかあります? ないんですけど。っていうかナンパって、夏の海で頭茹だっちゃってるパリピみたいなのがそういるわけないでしょ、何言ってんですか?」




 ――とかなんとか言ってたら、夏じゃないし海でもないけど頭茹だっちゃってるパリピがいた。

 「お姉さん一人なの?」

 こういうトコはどこもナンパ行為は禁止と決まってるだろうがッ! 施設の人もヒマじゃないからすべてを取り締まることはできないんだろうけど、そもそもおまえみたいなヤツが人様の無駄な仕事を増やしているのだとなぜ分からない……?
 とりあえず、声かけられたのがじゃなくてよかった。いや、三好さんがいる以上声かける隙なんてできやしないと思うけど、万一そんなことが起きてしまったら事件に発展してしまう……。まあ、あの人はこういうチャラッチャラのナンパ男は見つけ次第、にその魔手が伸びる前にと先に暗殺するに決まってるけど。どっちにしろ事件か(笑)。……あんまり笑えないね……。
 とにかく。こういうヤツがウロウロしてると三好さんが知ったら、すぐにでも帰りましょうとか言い出すに決まってる。それじゃあ私の真の目的(三好×の水着イベント見守ること)を果たすことができない……。なのでここは私が対処しておこう(使命感)。

 「友達と来てるしアンタみたいなのは見つけ次第ソッコー始末する殺し屋もいるけどどうする?」

 若干高圧的に上から下、下から上までジロジロ見ながら言う私に、ナンパ男は頭悪そうに笑う。
 は〜〜困りますわホントこういうの〜〜と顔を顰める寸前、ナンパ男のその後から現れた人影に、私は別の意味でゲッ! と顔を顰めた。

 「あはは、お姉さんおもしろ〜! ねね、俺と――」
 「死にたいならそのまま続けていいが……どうしたい?」

 無駄にキラキラした笑顔を浮かべる神永さんを見て、ナンパ男は顔を真っ白にして「……や、なんでもないッス、」とか細く呟いてフラフラと去っていった。
 クソ、ダブルデートとか言い出した時からずっと思ってるけど、この人マジで邪魔くせえな……ッ!

 「ちょっと神永さんあっち行ってくださいよ!」
 「そんな必要ないだろ、一緒に来てるのに」

 神永さんは肩を竦めてちっとも悪気なさそうだ。いや悪く思えよなっていうッ!!!! 私はこの人の魂胆が分かってるから、ホントに本気で邪魔くせえと思ってるしできるなら今すぐ帰ってほしい。これ真面目にマジな。

 「勝手についてきただけでしょうがッ! アンタがウロウロしてると女の子たちがざわざわするの! 三好さんとちゃん見守れないからあっち行ってて! 邪魔ッ!!!!」

 こっちをチラチラ気にしてそわそわしている女の子たちを横目で見ながら、神永さんにガン飛ばして舌打ちをかます。少し離れたところにいる三好×をじっと見守りたいってのに、神永さんのくせに無駄にイイ体してるせいで存在そのものも邪魔くせえッ!!!! なのにイケメンオーラ振りまいて女子を釣ってんじゃねえぞその気もねえのに……ッ!!!!
 神永さんは私をじっと見つめて、「……だから、きみがそう過保護にすれば進展するものも進展しないだろ。少しはそっとしておこうと思わないのか?」と呆れたように言う。
 はぁ????

 「は?? 今更何を言ってんです?? そっとしとけるわきゃないでしょ、うちの子の相手はあの三好さんなんですよ。下手なことしないように見張ってないと、何しでかすか分かったもんじゃな――」

 階段状になっている温水プールの縁にを正面から囲って、三好さんがかわいい耳元に顔を寄せている……(ゴクリ)……。
 ……待って……? 待って……?

 「っや、……みよしさんの、えっち、」

 一生懸命顔を背けるの頬に、三好さんがますます近づいて自分の頬をすり寄せる……。

 「……嫌です、こんなにかわいいあなたを、どうして他の男に見せてやらなくちゃあならないんです。……ほら、よく見せてください。――僕にだけ、」

 ……きっとね? きっとね……? ちゃんを見つめてる目は静かに凪いでるのに、どこか鋭く光ってるのよ……そんでね……? 首筋をすっと雫が滑ってくのよ……髪から雫がこぼれるのでも良し……(拝み)……。
 何を言いたいかって言うとね……?

 「…………ヤバイ神永さん。あれはヤバイ。三好さんてそういえばすごい顔が良かった。水も滴るいい男。ヤバイ、ちゃんが天使、すごい、むり、語彙力死んだ、死んだ」

 神永さんは溜め息を吐きながら、「はいはい、それじゃあ俺たちは邪魔しないように移動するぞ」と私の腕を取った。

 「はっ?! いや無理でしょ! ざわつく周囲の無遠慮な視線から二人を守らなくちゃ……! それこそが私の存在理由なのに!!」

 「いや、いつも無遠慮にあの二人を観察してるきみが言えるか? 三好がいるんだ、下手なことはさせないだろ」

 「んなこと言ったって……なんですかその顔」

 静かな表情で、「まだ言ってなかったと思って」と言うと、神永さんは優しく目を細める。…………。

 「……一応聞きますけどなんですか」
 「水着、似合ってる。かわいいよ」

 …………あ〜〜〜〜…………。

 「あ〜ハイハイそういうの間に合ってます〜〜。っていうかそれじゃアンタもさっきのヤローと変わんないんですけど。ほら邪魔ッ! 神永さん無駄にガッシリしてるから見えないッ!!!!」

 神永さんの腕を振り払うと、くすくすと笑った。……クソ……。

 「自分を口説いてる男が目の前にいるってのに、余裕だな。分かってるか? 裸同然の格好なんだぞ、俺も――きみも」

 耳元で低く囁く耳を引っ張ってやって、「〜っうるせえ! アンタ無駄に顔良いんだからやめろッ!!!!」と体を離すと、神永さんはますます面白そうに笑った。唇をくっと吊り上げて、「なに、意識しちゃう?」と……。

 「だっからうるせえっつってんだろッ!! はっ倒すぞッ!!!! ちょっともうホント勘弁してくださいよ、私そういうの求めてない! 三好×なら最高だけど自分のカプとかマジ無理ッ!!!! ほらあっち行ってくださいよッ!!!!」

 まるで味気ないとでもいうような顔をして、神永さんは「つれないなぁ」と肩を竦めると、「ま、そうは言っても、アレを見ちゃ邪魔しようなんて気は起きないだろ?」と顎をくいっと動かした。

 「あ゛? ……あ……? あ、ああ……ッ!」

 神永さんが指した方向を見て、私は思わず崩れ落ちそうになった……(号泣)。

 「……三好さん、ちかいです」

 を後ろから抱きしめるようにして寄り添う三好さんの肩を、体を捩って押し返そうとしているちゃんがかわいいとかいうレベル越して守ってあげたい庇護欲ととにかくやみくもによしよししてあげたい盲愛と、それを感じ取って恥じらう姿に対する愛おしさで絶対三好さんああああもおおおお〜〜〜好き〜〜! 大好き〜〜〜〜! ってなってるでしょ私には分かる私もそうだから(真顔)。
 三好さんはの体を反転させると、縁に追い詰めるようにして「いつもはもっとくっついているじゃありませんか」と……(号泣)……。

 「それはおうちだから! ……人目があるところで、やめてください、もう、」

 俯くこの世の奇跡・我らが希望のエンジェルちゃんが、伏し目がちに俯く。その項を指先でそっと撫で上げて、三好さんは言った。

 「人目があるから、ですよ。あなたは僕のものだと、この場にいる人間すべてに分からせたい」

 …………。

 「……三好さんのばか。女の子みんな、三好さんのこと見てるのに、」

 振り返って、が両手で三好さんの頬をそっと包み込んだ……。
 三好さんは甘く瞳を細めて――。

 「僕はあなたしか見えません。さん、移動しましょう。洞窟温泉、楽しそうじゃありませんか。以前、お化け屋敷に入った時のあなたは――」

 「行かないっ! も〜っ!」

 私はあまりの尊さに唇を噛みしめた……。

 「…………」
 「行くか? ちゃんのところ」

 両手を合わせながら、しみじみと呟く……。

 「……むり……ホーリーすぎてこの距離から拝むのがギリ……」

 神永さんは明るく笑って、「だろ? なら、必然的にきみは俺と二人っきりだ」と言って私の顔を覗き込んできた。
 「あ゛? 周りに人いるでしょ、バカなの??」と睨んでやると、ますます笑みを深める。

 「そう憎まれ口利くなよ。――顔、赤いけど?」

 ……クソッ腹立つなこの人!!!!

 「あーー! もう全身かゆい! 無理! やっぱのとこ行きま――あっ、」

 うっかり足がもつれてしまって、そのまま硬いタイルに頭からゴッチン! といくかと思って目をつぶると、神永さんが腕を掴んでそのまま引っ張り上げてくれた。そして呆れたように「足元には気をつけろ。ったく、危ない……ぞ、」……この人、忘れがちだけどイケメンエリートばっかのうちの社でも、一、二を争うイケメンである。

 「……こっち見たら殺すかんな……」

 そう言って顔を背けながら体勢を整えて、乱暴に神永さんの腕を引きはがした。面白そうに喉を鳴らす声が聞こえて、血管ブチ切れそうだけど落ち着こう……私は事件なんて起こさない……。
 しかし神永さんはこういう時あえて空気を読まない場合があるのを知っている……事件は起こさないけど。起こさないけど。

 「へえ? 俺に見せたくない顔なら、余計に見たい。かわいい顔してるんだろ、見せて」

 ……チッ!

 「……うるさいなホント……! あーあーー! ー! 私も一緒に行くー!」

 私はわざと声を張り上げてたちに近づいていくと、迎えてくれたはにこにこ笑って「うん? うん、洞窟温泉だって」と隣に立つ三好さんをちらっと見た。三好さんの口元が緩んだのが分かってしまって、私の口元も思わずゆるゆるっとしてしまう。

 「上がったらエステ行く?」

 「行く!」とぱあっと表情を輝かせると、はご機嫌に洞窟温泉のほうへと向かっていく。その後ろ姿を追いかけようとすると、三好さんがふいに口を開いた。

 「……神永はいいんです?」

 私はあえて、三好さんの顔を確認することはしなかった。
 そして、しれっとした口調――というか、いつもと変わりないテンションで「三好さんね、神永さんのことしっかり見張っててくれます?? なんなんですかあの人……」と返す。すると、三好さんは言った。

 「人の恋路には興味がありません」
 「はあ????」

 思わずその表情を確認して、私の体はぐっと緊張した。

 「――ですが、一つ言えます。あなたと神永は馬が合うようですし、流してばかりではなく、少しくらい相手してやってもいいのでは?」

 ただ思ったことを素直に口にしただけとでもいうような口振りの三好さんは、それだけ言っての後を追っていった。

 「……三好さんのくせに……」

 そこに、「あれ、三好たちは?」と軽い調子で神永さんが声をかけてきた。
 私は少し考えてから、「……二人っきりにしてあげようと思って」と静かに答えた。

 「珍しいな、きみがそんなこと言うなんて」
 「だからちょっとくらい相手してもいいですよ、独り身の神永さん。ヒマなんで」

 神永さんは驚いた様子も見せず、ただ明るく笑って「ははっ、きみが頷けば、今すぐにでも卒業できる独り身だ」なんて軽口を叩く。

 「調子乗らないでくれます? これは三好×のためなんで!」
 「はいはい、分かってるよ。……せっかくのチャンスだ、無駄にしない」
 「はいはいもう耳タコです〜〜」

 そう言って私も歩き出そうとすると、神永さんが「手、繋ぐ?」…………。

 「は?」
 「この間、言っただろ。これはダブルデートだ」

 私は思わず呆れてしまって、「まだ言ってんですかそれ。デートじゃねえよ」とめんどくさそうに返した。神永さんはそんな私の肩を図々しくも軽く抱き寄せて、機嫌良さそうにウィンクまでする。

 「まぁまぁ、デートでいいだろ?ほら、なんでも好きなもの奢ってやるから」

 かちんときた私が、「あ゛? ならココのエステのフルコース。私との分」とケンカ売ってやると、神永さんはまさかだけど驚いたように「なんだ、食べ物じゃなくていいのか?」と……この人このタイミングで驚くってどう考えても――?!?!

 「……はっ?! バカでしょ?! なんで?!?!」

 目を引ん剥く勢いで丸くして声を上げる私に、神永さんは何を言ってるんだという顔をして首を傾げた。いやなんでだよッ!!!!

 「は? 言ったのはきみだろ? まあ、ちゃんの分は三好が出すだろうが」

 「そりゃそうでしょうけどそうじゃなくてッ!!!! なんでアンタが私のエステ代なんか出すの????」

 息巻く私に、神永さんはにやりと唇を吊り上げた。

 「そんなの決まってる。俺の女がいい女になるのに、金を出してやらない理由があるか?」

 …………。

 「……ダメだコイツ……所詮三好さんと同じ穴の狢……」

 本気で呆れて肩を落とす私の手を握って、神永さんが「ほら、ちゃんのためだぞ、先に予約に行こう」と歩き出す。さっきすっ転びそうになったこともあるので、私はそれに素直に従いつつも声を荒げた。

 「私一人で行きますッ!!!!」
 「財布がいるだろ」
 「いやアンタ財布じゃないしッ!!」
 「じゃあ彼氏?」

 三好さんじゃねえんだから頭痛くなるような会話さすなッ!!!!

 「日本語不自由かよッ!!!! そういう意味じゃないわッ!!!! ていうかココのエステのフルコースっていくらすると思ってんですッ?!?!」

 ここはカップルからファミリーまで楽しめるよう、広い敷地に様々なかたちの温泉、温水プールがある。もちろん、普通のプールも。でも、実は女性向けのエステやリラクゼーションに最も力を入れている。そしてこれが結構イイお値段。それでも口コミでめっちゃくちゃに高評価なので、かなり期待できる。だからこそ私とは、数ある温泉施設の中でもここと決めてきたのだ。
 というわけで、フルコースなんていくらすると思ってんです?? と言葉通りの気持ちである。
 すると、神永さんは白けた顔で「きみの飲み代に今までいくらかけてると思ってるんだ?」と…………。

 「……ウソでしょ私そんなに他人の金で……?」

 思わず呆然としながらぽろっとこぼすと、神永さんはまた私の腕を引いて歩き出した。そして、「ほら、行くぞ。予約しておいてフルコースって知ったら、ちゃんが喜ぶ」とどんどん進んでいく。……え? この人マジで????

 「ウソでしょマジで????」

 神永さんはぴたりと足を止めて、私を振り返った。それから、さも当然というような顔で言う。

 「俺は自分のものにけちけちするのは嫌いなんだ。自分の時間を有意義にするためならいくら使ったって構わないし、女の子に対してもそうだ。とにかくきみは、ちゃんと一緒にエステを受けてくればいい。彼女一人でフルコースじゃ、気が引けるだろ。それともきみ、あれだけちゃんのことがかわいいと言っておいて、まさかエステのフルコースくらいでけちけちする気か?」

 今度は私が神永さんの手を引っ張って、ずんずんと歩き出した。

 「おう上等だよ受けてきてやんよッ!!!! ついでにオプション付けまくってやっから後で泣くなよッ!!!! ほらさっさと行きますよ!!!! ちゃんの笑顔のためなら私はなんでもするッ!!!!」

 神永さんは楽しそうに笑った。

 「ははっ、そうだ、きみはそれでいい」

 ……ったく、いつまでもいつまでも――未練タラタラかよ。ホント、自ら墓場に向かってってどうすんだかね、この人は。そしてそれを私はいつまで見張ってなきゃなんないわけ?? まぁ、アンタがをいつまでも好きだとしても、私は何も気づいてない振りをどこまでも貫き通してやるけど。だって私は私で、の幸せを守ってあげたいから。
 だから、こんなクソみたいな茶番にも付き合ってやりますよ――神永さん。






画像:十八回目の夏