「……あ、おかえり。急務、大丈夫だった?」

 私が席に戻ると、はそわそわした顔でそう言った。
 ……正直大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃないんだ……と思いつつ、まさかそんなこと言えるわけがないので「うん、大丈夫」と答えたものの、やっぱり頭痛い何この展開……と思ったら「……まぁ、なんとかなる……たぶん……」と付け足していた……。

 は眉間にきゅっと皺を寄せて、「……やっぱりわたし、手伝うよ。できることあるなら言って」と私の顔を覗き込むようにして言った。やっぱりうちの子フェアリーみんなに自慢したいけどこれ以上ややこしくなっても困る……。

 「が心配することじゃないって。まぁしばらくは……色々ゴタゴタするだろうけど、なんとかなる」

 「……なら、いいんだけど……」

 まぁホント、今は私のことはいい。それよりもずっと大事な問題がある……。
 が三好さんとの約束をどうするか、佐久間さんに連絡するのかどうするか。これをちょっと待ってと保留にしてたわけなので、私はそれをどうにか解決しなければならない。

 ……クソッ、神永さんももうちょっとタイミングをだな……と今更なことを思いつつ、「……私のことよりさ、。……今日の三好さんとの話なんだけど――」と口を開いたところ、が「あぁ……」とぼんやり応えて、それから「ごめんね、保留にしておいてって言ってたのに……断っちゃった」と言ったので……ちょっと待って?

 「……なんで?」
 「ん……、なんか、体調悪くなってきちゃって……」

 はほんの少し俯いて、難しい顔をした。
 ……神永さんとの“約束”、守るって頷いちゃったもんね……のことだ、そうなるわ……。

 「そっか、ならしょうがないね。……大丈夫?」
 「……うん。だから今日は真っ直ぐ帰って、ゆっくりする」

 いや、でも……ややこしくしてくれたなホント……とは思うけど――“ゲーム”のこと、それから田崎さんの考えが読めないっていうこの現状からして、神永さんの考えがまったく理解できないというわけでもないので、私としてはが神永さんに言われたことをどう感じて、どういうふうに考えているのかを確認しないと、と思うわけである。

 「そうしたほうがいいよ。……ねえ、――」

 ホントに体調悪いだけ? なんか心配事とか、そういうのがあるんじゃなくて?
 ――と聞こうとしたのですが。

 「お話し中、失礼します。……さん、少し彼女をお借りしても構いませんか?」

 ……うあああ今一番顔を合わせたくない人ランキング堂々一位……ッ!
 アンタ出てくるとホントどうしょもないのになんで出てくんの三好さん……!!

 「え、あ、はい……」

 「すぐにお返ししますから。……さ、行きましょうか。手短に済ませたい用件なので」




 三好さんと二人で沈黙とかツラァ……もうかれこれ呼び出されて数十秒経ってるんですけど…………無理。これ以上は無理、耐えらんない。ただでさえこの人の考えることって斜め上がデフォなのにこれ以上の時間沈黙貫かれるとか拷問すぎ。
 しかも腕を組んで、更には革靴でずっと床をトントン叩いてるんだわこれが……。もうそんな激怒してますって態度取んなら用件さっさと言ってくれ……。
 というわけで、「……あ、あの、三好さ――」ん、と声をかけようとしたところ、これでもかってほどに表情を歪めた三好さんが静かに言った。

 「さんに何を吹き込んだんです?」
 「は、」

 私がそれにまともな反応を返すのを待たず、今度はふと微笑んでみせた。……目は笑ってないけどなッ!!!!

 「あなたのことですから、さんから僕が彼女を食事に誘った件、聞いていますよね。……昼休憩が終わる少し前に、体調が芳しくないので今日はやっぱり遠慮したいと断られました。どういうことです」

 この人、質問してんじゃなくて脅迫してんだわ……のこととなるとホント色んな方向にやべえな……。
 私も口元が引きつっているのはもちろん分かっているが、なんとか笑ってみせた。

 「……あー……それについてはですね、ちょっと込み入った事情がありまして――」

 「そうですか。それで?」

 聞こうよ。人の話聞こうよ。

 そうは思いつつも、田崎さんのことはもちろんだけど、違う方向にややこしい神永さんのこと……どう考えても三好さんの耳に入れていい話じゃない。
 何がどうなるのか、いつも一緒につるんでるって神永さんが分かんないって言うんだから、何をするんだかホント分からない……この人ただでさえ斜め上なんだからさ……。……っていうかこいつらマジで貴重な青春時代を――まぁそんなことはどうだっていい。

 「……どうあっても三好さんにお話しできることじゃないんで変に威圧してくるのやめてもらえます? 言いませんよ私」

 頭痛いな、寝不足のせいだけじゃないよホントどうしてくれんの……と額を押さえつつそう言うと、三好さんはもう一度微笑んでみせた。
 そして案外冷静な声音でゆっくりと、「なら田崎ですか、神永ですか? どちらに聞けばいいんです?」とか言うので背筋震えたこいつはやべえ。

 「泥沼確実なんでどっちもやめてくださいややこしくなります」

 思わずサッと視線を逸らしてしまった。だってマジにやばい……。三好さんがブチ切れた場合マジでどうなんの……?

 三好さんは一歩、一歩と私に近づいてくるが、体動かないマジ怖い。
 震える私のすぐ目の前にいるのは、逸らしたというのに三好さんの革靴がバッチリ視界に収まっちゃってるので分かる……。見上げたらやばい死ぬ……と思っていたら、三好さんが私の顔を覗き込んで――冷めた目をして言った。
 絶叫しなかった私を褒めて。

 「だったらどうにかしてもらえますか。……駅まで送るというのも断られたんです。あなたの言うことなら、さんは素直に聞き入れるでしょう。もう一度言います。どうにかしてもらえますか」

 疑問符どこだよ大体それが人に頼む態度なのか? エリートふざけんなややこしいことばっかりしやがって……ッ!
 怯えていたはずが血管ブチ切れた。

 田崎さんだけで手がいっぱいだっていうのに神永さんも事をややこしくしてんだよその上いっつもいっつも役に立たないアンタまで割り込んできたらややこしいどころの話じゃなくなんだよッ!!

 「だからどうにもできない事態なんだっつってんだろっていうかアンタが出てくると余計にややこしくなんだよ大人しくしてろどうせ使いモンにならねえんだからッ!!」

 思わずブン殴ってやろうかと思ったが、三好さんは意に介していない様子で「さんに何かあったというなら、僕が解決します。どうにもできない事態? そんなものはこの世に存在しません。御託はいいですから、さっさと事の次第を説明してください」とか澄まして言うからホントふざけんな以外言葉がない。
 しかし『どうにもできない事態? そんなものはこの世に存在しません』キリッ! とか私も言ってみたいわエリートは言うこと違うなッ?! 凡人はどうあってもそんな自信持てないわッ!!!! いやそんなんどうだっていいわッ!!

 「ホントが関わるとこっちの話全ッ然聞かないなアンタって人は!!」

 「さんに何があったかを聞いているんです。それ以外の話をする気はありません。僕も仕事があるので早くしてもらえますか」

 私が暇人みたいな言い方すんのやめてもらえますこっちも凡人なりに仕事してるんですけどッ?! と言いたいところだが、私も三好さんに今回の問題について話すわけにはいかないので、余計なことは言えない。
 まぁもう切れた血管についてはどうにもならないけど。つまり言いたいことは言う。

 「〜こンの……ッ!! アンタ人の気も知らずによくそんなこと言えますね?! 大体、三好さんがさっさと分かりやすいストレート投げてりゃこんなややこしい問題にならなかったんですよエリートエリートした顔しといてただのバカなんだからホント!! どうすんだよマジでッ!! なんでもっと早くからまともな仕事しなかったんだよふざけんな私の夢が――……とにかく。今日は諦めてくださいよ。今日できたんだから次もできるでしょ、また誘えばいいじゃないですか。しつこくすると嫌われますよ。ただでさえ好感度ゼロなのに」

 私も腕を組んで、最後には溜め息までオマケしてやったわけですが、三好さんはのこととなるとホント色んな方向にやばいわけなので私の話とかまともに聞く気ない。

 今回も謎自論〜。それがこちらです〜。

 「……何か理由がなければ、彼女が僕の誘いを断るわけがありません」

 「だっかっらッ! 人の話聞いてます?! 本人が言ってるんです。アンタがどう思おうがは! 体調! 悪いんです!! っていうか毎度その自信どっからくんだよ……」

 若干やけっぱちになって、今度は嫌味ったらしい深い溜め息を吐いた。
 三好さんはそれにもちろん不快そうに眉間に皺を寄せたが、この人はナンバーワンもオンリーワンもなわけなので私が何をどうしようとどうだっていいらしく、むしろ自分のほうが迷惑こうむってるんですけどというような顔をした。
 エリートさまは凡人のこと――いや、この人は違う、以外のものはすべて“その他”っていう括り……。

 「本当に体調が悪いなら、僕だって無理を言いやしませんよ、当然でしょう。……ですが、あれは“体調”ではなく“調子”が悪いとしか思えません。だから理由を聞いているんです」

 ホント私思うんだけどD機関卒のエリートって実はみんなバカなんじゃないの??

 「体調悪いんですからそりゃ調子も悪くなるに決まってるじゃないですか何言ってんです? だからエリートエリートした顔しといてバカなのかよアンタ考えなくても分かるでしょ」

 ここでこれ以上イライラしたら全部ブチまけそう私……と空を仰ぎ見て、ついでに拳を握ってなんとか堪えようとしたわけだが、それは無駄なことだった。
 いや、ビックリどころの話じゃなくて、一瞬感情という感情すべてどっかいった。

 「なら、様子がおかしいと言えばお分かりいただけますか」

 断定的な言い方は、もう確信してると言いたいのがよく伝わってきた。
 なんと言うべきか――と思ったが、私は意外と迷いなく口にしていた。

 「……なんでそう思うんです?」
 「どうしてそう思わないんです?」

 もうどっか……誰もいないとこに行きたい連れて……と思いつつ、私は目をつぶった。これはもうどうしようもない。

 「……三好さん……アンタなんでいつもそういうふうにまともに仕事できないんですかね……」

 まぁこれも知ったこっちゃないという感じで、三好さんは「さんに何があったんです。……これが最後ですよ。あなたが口を割らないなら、さんに直接聞きます。放っておけませんからね」としれっとした顔で言う。

 もう一度言うが、これはもうどうしようもない。
 私はもう何度目だよっていう溜め息を吐きながら、こうなったら余計なことは考えまいと首を振って、それからじっと三好さんの目を見た。

 「だからしつこくすると嫌われるっつってんだろ話聞いてくださいホント。……めんどくさいんでもう言いますけどね、私は三好さん、あなたのこと応援してるんですよ。私はと三好さんにくっついてほしいんです。三好さんには、どうあっても、と、付き合って、ほしいんです」

 三好さんは目を丸くして、けれど次の瞬間には、はっとした顔をした。
 それから何かを考えるように少し黙った後、ほんの少し上擦ったような声で言った。

 「……それならどうして言えないんです? 彼女の様子がおかしい理由」
 
 な、なんか三好さんがそう素直な反応というか、分かりやすくビックリするとなんかこう……と思いながらも、私がしっかりしないと話は進まないし、三好さんにもしっかり、まともな、仕事をしてもらわないと困るわけだ。私の夢のためにも。
 でもまぁ溜め息を吐かずにはいられない状況ではあるので、やっぱり「はぁ、」と肩が上下した。

 「アンタ出てくると話ややこしくなるんですって言ったでしょうが……。今さっき言ったばっかりですけどね、三好さんがいつまでもいつまでも変化球ばっかを……それもまったくに向かっていかないコースに投げまくってなければこんなことになってないんです」

 三好さんは何か言いかけたが、口を閉じた。

 「……まぁとりあえず今はそんなこと言ってる場合じゃないし、三好さんの頭のネジ外れまくってんのも今に始まったことじゃないんで置いておきます。……いいですか三好さん。のこと好きなら、今はそっとしといてください。絶対、なんにも、余計なことを、しないでください。つまり、毎度毎度余計なことしかしないあなたができることは今現在何一つないというか、ちょっとでも何かしたら完全に終わりと思ってください。いいですか、なんにも、しないで、ください」

 私の言葉に、三好さんはあからさまに不愉快だという顔をした。
 大好きマンなわけだから三好さんの気持ちはまぁ分かるけど、アンタ変化球しか投げれないんだからそんな顔したってどうにもならないでしょと言いたい。というかが心配してるだろうからさっさと戻りたい。
 早くこの話終わんないかな私もう何回も同じこと言ってるんですけど、と組んだ腕に指先を何度もトントンしていたら――。

 「僕には責任があります、彼女に対して。僕はさんのことを愛してるんです、心の底から。誠実であることの証明として、彼女に対しては責任があります。何があっても守って、何があっても彼女の味方でいることが必要なんです。あなたにどう言われようと、僕はその責任を果たさなくては――」

 「だから何度話聞けって言えば分かんだよでも正直ついに三好×成就への光見えてきて震える今のほぼほぼ完璧なセリフなんでちょっと修正加えてタイミング見てに言ってください最高アンタやればできるんじゃん最高……」

 状況的に慌てたり困ったり――いや、ほぼほぼ苛立ちしか感じてないけど、まぁ混乱していいところなのは重々承知なんだけど、そんなことより今の聞きました?! 三好さんが……役に立たないどころか余計なことしかできない三好さんが……と思うと、もう感涙というか、私の夢が叶う日ってもしかしたらすぐそこだったり「……田崎が何を考えているのか、認めたくはありませんが僕も読めませんからね。彼女に何かあってからでは遅いんです。ですから――」…………。

 「ストップちょっと待ってください三好さん。…………え?」
 「はい?」
 「三好さん今なんて言いました?!」
 「彼女に何かあってからでは――」
 「その前! その前ッ!!」
 「田崎が何を考えているのか――」
 「なんで知ってんですそれ!!」

 もしかして話聞かれてた……? いや、三好さんってわざわざ屋上なんかに顔出すような人じゃないというか、そんなヒマあるならを構ってるし、これはないはずだ。

 なら神永さんとの会話を聞かれてた? ……いや、これもないはず。
 まぁ屋上に顔出さない理由と同じだけど――そもそもあそこは屋上に繋がる廊下で、その屋上というのは(一応)立ち入り禁止。いくら昼休みといえども、うろつく人間はいないはずだ。

 ……じゃあどこで? と私が三好さんの表情を窺っていると、三好さんはなんてことない顔をして言った。

 「なんでも何も……僕は奴のことを何も知りませんが、僕が知る田崎と今の田崎は一致しません。僕からすると、田崎の言動には違和感しかありませんから」

 「……ガチでまともなスイッチ入ってる……ッ! ……オッケー、分かりました、三好さんもそう思ってるんですね、オッケー」

 すると、三好さんは溜め息交じりに「“も”ということは余計なことをしたのは神永ですね、分かりました」と言った。
 ……げっ、やらかした……あぁ……と頭を抱えたが、三好さんはやっぱりなんてことない顔をしている。その上、「まったく、奴のあの性分はどうにかならないんですかね。なんでもいちいち首を突っ込むのはやめろと、僕は何度も言ってるんですが。まぁ僕は奴のことも知りはしませんし、特に知りたいとも思いませんから構いやしませんけど」とか余裕さえ見受けられるので、え、マジでこの人は三好さん……? と首を傾げてしまった。いや、だっておかしいでしょ三好さんだよ……?

 「やれやれ、しかし余計な仕事を増やしてくれたものだな……」

 「いっつも余計なことしかしてない三好さんにだけは神永さんも言われたくないと思いますよ」

 アッ、三好さんだ、オッケー! と心の中で頷きつつも、この人ってホントどうにも斜め上だないっつも余計なことしてんのアンタだけでしょ……。

 「っていうかね、神永さんは常識人の部類、しかもお兄ちゃん枠なんで余計なことは何一つ…………して、ない……です……よ……」

 …………いや、田崎さんは黒に近いグレーかな……って感じだけど神永さんは完全に黒だった……。さすがにこれはバレちゃまずいと、私はぐっと構えた。
 ……構えた……んだけども……三好さんは私のあまりにも不自然な態度に対して何も指摘せず、「とにかく、さんに僕との約束を断るよう言ったのが神永なら、話は早いです」と言って、何も気にした素振りなく腕時計を確認している。
 お、おっとこれは……? とゴクリとして、私は恐る恐る「……それはどういう……?」と聞いた。声めっちゃ震えてる。

 「さんに訂正させるよう話をするまでです。何を吹き込んだかは見逃してやります。僕はひとまず、さんに約束を取り付けられればそれでいいので。後のことは自分でどうとでもできますしね」

 「いや、それはやめといたほうがいいです」

 やっぱね……やっぱそうなるよね三好さんだもん……ほっとくわけないわ……。
 私の即答に、さすがに三好さんは表情を変えた。眉間に皺が寄っている。

 「神永も田崎のことを不審に思っているなら、奴をよくよく注意するでしょう。僕がいる以上、彼女には何もさせやしません。ですから、必要のない心配は無用だと伝えるだけです。何か問題がありますか?」

 なんと説明したものか……と思いながら、どうにかこうにか当たり障りなく、三好さんが余計なことをしない方向に話を持っていかなければ……と、三好さんの様子を注意深く窺いつつ、私はゆっくりとそれに答えた。

 「……神永さんには問題ないですけど、それじゃあのほうに問題が起きるんです。……理由は言えないですけど……今まで使いモンにならなかった三好さんが田崎さんのことを分かってるならそれで充分なんでこれ以上のことは時期を見て進めたほうがいいんですよってば聞けよ」

 やっぱりゆっくり慎重にとか無理だった。

 三好さんに常識求めたってしょうがないのは分かってるけど、それにしたってもう何度も同じこと言わせんなと私は何度繰り返せばいいの? って話であるからしてちゃっちゃか話をまとめて、三好さんには無理にでも納得してもらわないといけない。

 ――けど、相手は、三好さん。ここすごく大事。
 ……しかも厄介なことにこの人、今まで全然まともな仕事しなかったくせにここへきて急にまともな仕事し始めたから……。

 「……神永も良からぬことを考えていると受け取っていいんですか」

 元は鋭い人なわけだからこうなるわな。
 でも何をするんだか分かったもんじゃないこの人に、この状況で何かされるのは非常に困るわけだ。

 「あの人は常識人の部類って言いましたよね。ブッ飛んでる三好さんよりずっとまともな神経してるんで大丈夫だから余計なことすんなと何回言わせんだって話なんですけどホンット聞いてます??」


 ――と、その時だった。

 「か、神永さん、あの、」
 「……約束、ちゃんと守れた? ちゃん」
 「っあの! ……あ、あの……」

 の声は震えていて、それを宥めるような神永さんの声は、ひどく優しかった。

 「……ごめんね。でも、何も心配しなくていいから。俺の言ったこと、確かに意味分かんないと思うし、納得できないことばっかりだと思うけど、今は俺が言ったこと、守ってほしいんだ。絶対に悪いようにはしない」

 ……“ゲーム”のことはもちろんなわけだが、神永さんの話を聞いてしまった以上は何も思うなというのも難しい。
 そっと三好さんの顔を盗み見ると、そこに表情はなかった。

 「……理由、どうしても、言ってくれないんですか……?」

 の言葉に、神永さんは「……さっき言ったまんまだよ」と返したが、それが嘘でも方便でもないことを知っているので、どういうふうに――何を思えばいいのか分からない。いや、私はのことしか心配じゃないし、神永さんの心境とかどうだっていいけど。

 ……どうだっていいけどさぁ……。

 「帰り、俺が送るから、その時にまた話そう」
 「……はい、」

 そういう展開になると、今のこの状況で、の友達っていう立場の私はさ……(遠い目)。


 「……どういうことです? ……何を吹き込んだのか、それは見逃すと言いましたが――そういうわけにもいきませんね。元々、特別接点があるわけでもない、ましてや親しい間柄でもない神永とさんが、どうしてあんなに親密そうに話をするんです?」

 ごもっとも……という話だけども、いやだからアンタ首突っ込むとややこしいどころの話じゃなくなるし、そうなった場合私なんかじゃ手をつけられない――どうにもできないっていう最悪の結末しか見えてないのよそれじゃ困るのよ三好×推しの私としては……。

 三好さんは表情がないまま、「……田崎が相手ならともかく、どうして神永が彼女と? ……吹き込んだ内容ももちろんそうですが、それによって何がどう動いたのか非常に気になりますね。今のうちに口を割るのが身のためだと、初めに言っておきますが――どうします?」と淡々と言った。正直怖い。
 けどここで私が折れてしまったら、本当に三好×のターンとか泡になって消えること間違いナシだから。それだけはハッキリしてるから。
 三好×の成就。私の目的――定めるべきものはたった一つ、これッ!!
 つまり今三好さんに伝えることもたった一つ……。

 「どうもこうも私の方針は変わりません。変えたらその時こそ終わりなんです。言いましたよね。神永さんのほうは私どうだっていいですけど、のことはどうあっても、どうだってよくなることなんかないんです」

 三好さんの眉が、ぴくりと動いた。
 何も言わせまいと続ける。

 「に余計な心配とか不安抱えさせないためにも、今三好さんができるのは“何もしない”コレだけ。……突撃しなかったのには百点あげますけどね。いいですか、私も今のうちに言っておきますよ。ホント何もしないでくださいね頼むから。特にに詰め寄ったりとか、神永さんブチのめすとか絶対ダメですからね。うちのかわいいちゃんと上手くやっていきたいなら、私の言うこと守ってくださいアンタやること全部斜め上だから正しい道に進めなくなる。マジで。ガチで」

 とりあえず言うべきこと、言いたいことは言い切った――けど、三好さんの反応によっては……と生唾展開……。

 もう逃げたい……逃げたい逃げたい、今すぐ逃げたい……ッ! 膝震える……と思いつつ三好さんの言葉を待った。

 何言い出すかな……この人斜め上だからほら……と手汗を握りながらもなんとか堪えていたのだが、三好さんはたった一言、「……さんが心配するでしょうから、戻りますよ」とさっさと私に背を向けた。

 ……あ、嵐の前の静けさ的な……そ、そういうやつじゃないよね?!




 「……大丈夫? 三好さんに呼ばれることなんて、今までなかったよね? 何言われたの? 平気?」

 まぁ三好さんというと、にとっては色々と問題がある上司なわけなので、心配ですという顔をされるのも気遣われるのも分かる。本来ならここで『三好さんザマァ(笑)』とするところなのだが、ちょっと今回は事が事なのでそういう余裕がない。
 けど、に心配させることは本意ではないし、そういう方向に色んなことを意識されたら泥沼確実。

 というわけで、私はなるべくいつもの調子いつもの調子……と思って口を開いたが――。

 「あぁ、うん……まぁあの、ほら、例の急務に関することで……ちょっと……」

 声震わすなってのは無理(真顔)。

 けれどは一応はホッとした顔をして、「そうなんだ。なかなか帰ってこないから、心配になっちゃって……」と言った。でもその後に眉間にきゅっと皺を寄せて「呼び出したの三好さんだし……。わざわざ呼び出すって、やっぱりその急務すごい大変なんじゃ――」と言い出したのでコレはヤバイと私は慌てて応えた。

 「そんなことないよ! まぁゴタゴタはするし……なんか余計にややこしくなりそうな気配はしてるけど、どうにかする。どうにかさせないと(私の夢が)ヤバイ」

 「そ、それ全然大丈夫じゃないじゃん!」

 が顔色を変えたが、私は貫かなければいけないのだ、この信念を。

 「だけど! ここで折れたら終わりなの(私の夢が)。だから絶対になんとかするし、なんでもする覚悟できてるから(私の夢のために)。全部私の私欲……ん゛ん、せ、成長の糧になるからこの仕事は! だからは応援してて! それで(三好×の成就が)成功したら、一緒にいっぱい喜んで! ね!」

 はちょっと迷ったような顔をしたけれど、すぐに笑ってみせた。

 「……分かった! いっぱい応援する! 頑張ってね。わたしも仕事がんばるー!」
 「(うちの子最高……)うん、うん……っ! 頑張ろうね……!!」

 そういうわけだから私はどうあっても三好×をどうにかこうにか成就させる……ッ!!!!




画像:十八回目の夏